第23話 ――これは、あたしが、とっても大切なお友達にウソをついてしまった物語だよ。
……おもちゃの ……おもちゃの
……おもちゃの
空にキラキラお星様…… みんなスヤスヤ眠る頃……
……トモミはおやすみ チャチャチャ
パパ―― ママ――
優しいパパとママの子守唄が、あたしは好きだった――
だから、あたし本当は眠かったんだけれど、眠れないふりをして。
ずっと、パパとママの子守唄を聞いていたかった。
「さあ……トモミ。おやすみなさい」
パパが、優しく微笑みながら、そう言ってくれた。
「良い夢を見ましょうね。トモミ」
ママが、あたしの髪の毛を優しく撫でながら、そう言ってくれた。
……
…………
………… ……
フランス人形 素敵でしょ
華のドレスで ナザリベス……
生きていれば、あたしは、いいことあったのかな?? パパ ママ
――これは、あたしが、とっても大切なお友達にウソをついてしまった物語だよ。
「……ナザリベスちゃん。ほら起きて! もうすぐ吉野神宮駅に着くよ。ほら起きて!!」
深田池マリサが、隣で眠っているナザリベスの肩を揺らして話し掛けている。
「ほら、起きようね。ナザリベスちゃん」
――近鉄特急吉野行きの車内
「……ん? お姉ちゃん」
ナザリベス、眠気まなこでゆっくりと目を開けた。
「なに、お姉ちゃん」
「ほら! もうすぐ降りるから仕度しようね」
深田池マリサはナザリベスのはだけた胸元の襟を正しながら、まるでママのような口調で言った。
「……うん。分かった。お姉ちゃん」
それを、今度はナザリベス自身が、自分で胸元の襟を整える。
その合間――ナザリベスは車窓を見た。
目下には吉野川流れている。ナザリベスが乗車している近鉄特急は吉野線の名物の橋を、ゆっくり通過していた。
清流の吉野川が見えている――
かなり広めの白い河原があって、そこに幾人かの集団がいて、ある人は吉野川に竿を垂らして魚釣りを楽しんでいた。
また、ある集団は――バーベキューだろう。車の隣で煙を上げながら囲んで談笑している姿が見えた。
田舎の清流沿いの――良い風景だ。
「ねえ、チウネルさん?」
「なに? カナッチ」
今回も座席をくるりと180度回転させて、その席順は、前回の岐阜県飛騨高山に行った時のワイドビューと同じである。
窓際に杉原ムツキ、向いにはナザリベス、その隣に佐倉川カナン、そしてその向かい、つまり杉原ムツキの隣に深田池マリサという席順である。
――向い同士の佐倉川カナンと深田池マリサ。
「今回も、またタクシーに乗るの?」
佐倉川カナンが軽快に尋ねた。
「ううん。今回はね、駅から徒歩で行ける距離なんだって」
同じく軽快に返す深田池マリサである。女性同士、仲がいい感がよくわかる光景だ。
「そうなんだ……。なんかよかったね」
佐倉川カナンがそう言うと、
「今回の旅はさ、山奥じゃなくって道も間違えずにすんだな……チウネルさん。まあ、吉野川沿いは奈良でも人が多く住んでいる方かな?」
と、杉原ムツキが窓の外の吉野川を見ながら呟いた。
「ちょ、トケルン! あんたも早く仕度しようね? もう、降りるんだから」
思い出すは過の山口県の山奥の悪夢――道に迷うは、日は暮れるはの……あれ。
(ああ、思い出したくないって。……トケルンのバカ!!)
だから、深田池マリサ。急き立てるかのように杉原ムツキに喋ったのであった。
「……はいはい」
それを、杉原ムツキは気にすることなく。ぐーっと大きく背伸びをしてから、棚の上に乗せてあったリュックを降ろして膝の上に置いた。
「ちょい! トケルン!! それ私のリュックなんだからね……もう」
深田池マリサは自分のリュックを、杉原ムツキが勝手に持とうとした姿を見るなり、素早くそのリュックを自分の足元へ置いた。
「……俺は、下すのを手伝おうと」
横目でじ~っと深田池マリサを見る(しらけながら……)杉原ムツキがボソッと言った。
「…………」
ナザリベス――
杉原ムツキと深田池マリサの夫婦漫才の会話を……珍しくスルー。まだ窓の外を見つめていた。
ほら、もうすぐ吉野神宮駅に到着するよ。
……パパ ……ママ
「着いちゃった……」
深田池マリサが言うと――
「そりゃ、着くだろ」
と、杉原ムツキが言いました。
ここは、近鉄吉野神宮駅から徒歩数分の――
「まあ、今回は駅の近くでよかったじゃない?」
佐倉川カナン、改めて駅の近くで、徒歩で行ける場所に目的地があってよかったじゃん! というこの正直な気持ちは親友の深田池マリサへの励まし、プラス、思いやりである。
「……ほんと、ゴメンなさいカナッチ。いつも、いつもさ」
ペコり。深田池マリサは佐倉川カナンに頭を下げた。
「……いいって、チウネルさん。私も良い旅ができて嬉しいんだから」
佐倉川カナンはそう言うと、フッと笑みを深田池マリサに見せた。
「……旅って、罰ゲームだろコレ?」
空気読めない杉原ムツキ。いや、まいど、まいどの深田池マリサに呆れてか?
「もう! トケルンってば!!」
深田池マリサがぷく~っと頬をふくらまし、赤面した。
「俺にはさ、頭を下げないな……お前って」
またも、しら〜と横目で見つめる杉原ムツキだった。
「わ、……分かってるよ! トケルン。……その、いつも、いつもありがとうございます」
深田池マリサは、杉原ムツキにもペコリ。
「……お前、どう分かってる」
杉原ムツキは意地悪なことを聞く。
「……もう。トケルン。その、何度も、何度も、トケルンの頭脳明晰な判断で私のピンチを救ってくれて」
「救ってくれて?」
ちょっと、どこまで意地悪なんだ君は?
「だ、だから、分かってるって。感謝しています……」
もう一度、今度はさらに深く杉原ムツキに向かってペコリした深田池マリサであった。
「うんうん! ……よろしい」
杉原ムツキは深く頷き、納得する。
*
――今回も深田池マリサの赤点のお仕置き……ではなくて。これは教授からの、どうしてものお願いだという。
奈良県の吉野町に住んでいる、本栖湖ミカンさん。彼女の女の子のお見舞いに行ってきてほしいとのことだ。
ん?
そんなの、自分で行かなきゃ意味ないじゃんって、誰もが思うのだけれど、相変わらず教授は忙しいみたいで……
いやいや……本当のところ、東京から奈良県まで行きたくねー。
あのね……。東京駅でも品川駅でもいいけれど、JRの通勤特快に乗っても40分はかかる。そこから新幹線で京都まで2時間と少し、更に近鉄特急で橿原神宮前まで1時間と少し、そこから吉野線で――ほんとに遠いんだよ。
東京と奈良って――
「――なんでさ、俺達がお見舞いに来なきゃいけないんだ?」
杉原ムツキが率直な疑問を深田池マリサに尋ねた。
「わ、私も分かんないけれど、どうなんだろうね? トケルン??」
深田池マリサも率直に返す。
「お俺に返すなって。お前が教授からお願いされたんだろ?」
「まあ、そうなんだけどね……」
そう言うと、深田池マリサ少し俯いて、
「……私、どうして教授からのお願いを引き受けちゃったんだろ」
「だから、俺に聞くなって」
杉原ムツキが頭をかいた……。
「……たぶん、こうなんじゃない?」
そこへ、佐倉川カナン。
「スタジオジブリ作の[魔女の宅急便]のキキはどうして、都会に修業に行くのか? と似ていると思う」
「……どういうこと、カナッチ?」
なんだかよく分からない話が入ってきた。と思った深田池マリサ。さらに話はややこしく?
「……別にさ、行かなくても、一人前の魔女になれると思うんだ」
「どうして?」
深田池マリサはさらに、さらに分からなくなって、……と、
「ポワンカレ予想を証明したペレリマンさんがいなくても、予想は正しかったんだと思う」
一体、佐倉川カナンの頭の中はどういう思考がよぎっているのだろう?
天才数学少女と謳われている彼女だけに、彼女にしか理解できないロジックがあるのだと確信できた場面。
「ポワンカレ?」
深田池マリサ、当然聞く。分かるわけないよね?
――それを察した佐倉川カナン。
「…………まあ、それはいいとして」
佐倉川カナン、肩まで下がっている自分の髪を、指でノの字をクルりと巻きながら。
「……つまり、私が言いたいことは、田舎でも魔女修業できるじゃないってことを、言いたいんだ」
ということだそうです。
――いやいや! それじゃアニメ映画にならないじゃん。
魔女の宅急便って、思春期の女の子が大人の女性に成長する過程を描いている傑作なんだから。
そういうことを、軽々に言わないように。
(あんた子供の前でそういうことをネタバレしなさんな ← 担当編集からの苦情)
落ち込んだこともあるけれど、ナザリベスは元気だよ ^_^
ピンポーン!!
インターフォンを押したのは、ナザリベスである。
「こっ! こら、ナザリベスちゃん。勝手に」
「だってさ、お姉ちゃんの話長いんだもの……」
ピンポーン!!
ナザリベスは、もう一回押した。
「もう! 何度もピンポン押さないの。ねっ!?」
深田池マリサ、ナザリベスの手を掴んで言った。
「お姉ちゃん? 誰も出てこないね」
「…………そういえば?」
ナザリベスの手をつかんだまま、深田池マリサも気が付いた。
本当に、うんともすんとも反応無しよーである。
「………………」
しばらく一同沈黙して、
「それにしても、喜鏡荘って教授から聞いたけれど……トケルン?」
「……ああ。山口県のお屋敷、瑞槍邸とは全然違うな」
「だ、だよね……? どうしてかな」
杉原ムツキと深田池マリサ。
2人は同時にその建物――喜鏡荘を見上げた。
初回を読んだことのある読者であるならば、ある程度この会話に予想がつくと思うのだけれど、瑞槍邸は山奥の中にある、いかにも何か物語が始まりそう(事実、はじまったけれど)というお屋敷だ。
一方の喜鏡荘はというと――外観はごく普通の、それなりに大きな家という感じだ。
「……チウネルさん。ここは奈良県で、大阪とか京都に通勤できる立地なんだから、そりゃ土地の単価も全然違うわよ」
佐倉川カナンは冷静に、それでいて大胆に、固定資産税とか瞬間計算しての回答である。
「――私、教授から、エルサスさんが設計して建てたって聞いてるけど。なんだか『月となんとか……』っていうか。これ本当にエルサスさんが設計したのかな? ずいぶん普通だよね」
身体を左右にゆらして、喜鏡荘の建物の外観の隅々を見渡して深田池マリサはぶっちゃけた。
「エルサスさんって建築家だったんだな……知らなかった。」
杉原ムツキも、同じく喜鏡荘を見つめながらの納得ボイスである。
「また、謎が解けたね。お兄ちゃん」
ナザリベス。ちょっと嬉しそうだ。
「……別に謎でないだろ? というより、エルサスさんはナザリベス、お前のパパじゃないか!?」
ピンポーン!!
3度押したナザリベス。
「こら! ナザリベスちゃん。そんなに押さないの」
深田池マリサが少し怒った?
「……だって出ないんだもの」
「もう! だめ……ね?」
「……はーい。お姉ちゃん。ごめんなさーい……」
しょげちゃうナザリベス……可愛いね。
――しばらくして
ガチャ
インターフォンの受話器を上げる音が聞こえた。
「…………はい。どちら様ですか?」
なんだか、かぼそい声だった。
「で、出ちゃったね。お姉ちゃん!?」
ナザリベス、不意打ち感でちょっと驚いた。
「そ……そりゃ、出るわよ。アポイントちゃんと取ってあるんだし」
深田池マリサはそう言うと、インターフォンに近寄り、
「……あっ。あの私達は東京から来たんですけれど。その……武蔵谷文芸大学の教授からのお使いで…………お見舞いに、確か教授からメールか何かでお知らせが……」
深田池マリサ、なぜか緊張してしまった。
なぜって? 脳裏によぎるは、ゴーレムのあの家の入り口でのやり取りがあるからだ……。
「……ああ、ママから伺っています」
その人物は、かぼそい声でそう返してきた。
「でもね……」
と、その人物。
「でもね?」
深田池マリサは当然尋ねる。
「玄関の扉は開けませんから……。あしからず」
そう、キッパリと言ったのでした。
思い出すは瑞槍邸――ゴーレムのあの家の、入り口のやり取りと似ている。
「……な! な、なんでですか?」
深田池マリサは、当然来れば玄関の扉を開けてくれるのだと、いや誰だってそう思うはず……と。
「なあ、俺達は遠路遥々、東京から来たんだぞ。開けろって」
杉原ムツキが深田池マリサの後ろから、まるで行列を割り込んで駆け込み乗車するかの勢いで、危ないからマネしないでくださいね。そしたら、
「ちょっと、トケルンさん。怖い口調止めようよね! 相手は女の子みたいだし……」
佐倉川カナンの助言が割り込んできました。
「……それが何か?」
しかし、居直る杉原ムツキ。
「……トケルン? もうさ、本当にいい加減にしてちょうだいね。私、今大事な会話を、コミュニケーションをしている最中なんだからね」
深田池マリサの額に怒りマーク見えてきたぞ。
「じゃあ、こうしましょう!」
その女の子がインターフォン越しに言いました。
「あたしが皆さんに、謎々を出しますから。それに正解したら扉を開けます」
「なぞなぞ――!!」
ナザリベスが反応した。
続く
この物語はフィクションです。また、[ ]の内容は引用です。
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