第五章 異次元の世界、ナザリベスワールド!!

第19話 うっ、うわっ! ちゅどーん!! ちゅどーん!!

 自分の心の中に旅する気持ちがあれば、どこに行っても楽しいだろう。

 やっぱし頭を打ったのが原因なのかもしれない。後遺症なのかも?

 でも、自分はじっと耐えてきた。


 ある日、自分はこの世界の人間ではないと思ってみた――



「じゃあ、行くで」

「ああ待って」

「じゃあ、元気でな」

「向こうについたら……」

「元気でな」


「うん……」



 調布、つつじヶ丘、マンション4階の一室――

「ちょっと、もう朝ですよ。トケルンさん。ねえ? 朝なんだから、早く起きてくださいな。朝食が冷めてしまいますって。ほら、伴美はもう起きていますよ。伴美、パパにおはようは?」


「……お父ちゃん、おはよう」


「さあ、早く朝食を食べなさい」

 ――目が覚めたら家庭がそこにあった。

 自分はイスに座って、朝食を食べた。でも、いまいち設定がつかめない。


「そうだパパ! いつになったら私の写真を撮ってくれるの」

「写真?」

「もう! トケルンさん。忘れちゃったのですか? 伴美の七五三の記念写真ですよ。トケルンさんが俺が撮るって言い出したんじゃないですか」

 そんなこと言ったんだ俺は。

「んもー!! パパなんかもう嫌い!」

「こら伴美、パパにそんなこと言っちゃダメよ」

「嫌いは好きで、好きは嫌いだよお父ちゃん」


「?」


「じゃじゃーん!! 私はウソしかつかなーい」

 ――この女の子は『ナザリベス』である。

 この子の設定は、もともと自分が結婚して一人娘がいたら、どういう子供になったのかを想像したキャラクターである。


「伴美、ほらそろそろ時間よ。バスが来るから早くしなさい。トケルンさん! 伴美と一緒に出ないと電車にも乗り遅れますよ」

「俺、何処に行けばいいの?」

「トケルンさん、寝ぼけないでください。今日のトケルンさん、なんか変よ?」

「パパはいっつもへーん。だって、この前のパパのお弁当の中身、ブドウパイとバナナパイにイチゴジャムだよ」「こら伴美! パパにも好みがあるんだから。そういうこと言わないこと」

 好みじゃなくて、ご飯じゃなくてデザートじゃんっていう問題だと思うけれど。



「――行ってきまーす」

「ねえ? トケルンさん。何か忘れてない」

 忘れ物は……ないよな。

「いや別に」

「もう! 行ってきまーすのチューですって!」


「いやーん。ママったら!」

 やっぱり、よくわからん設定だ……。




 ――バスの中。


「ねえお父ちゃん! 今度学校で音楽発表会があってね。あたし達のクラスは、オモチャのあれを演奏するんだよ」

「オモチャの? ああ、チャチャ……のあれか」

「あたしはリコーダーで左上の隅で演奏するんだけどね」

「ああ、そうなんだ。それは凄いな」

「頑張るね」

 そう言って、伴美は学校前で下車した。

 自分はそのままバスに乗り続けて、終点のつつじヶ丘駅につく。

 そして急行で新宿 JRで神田へ向かった。


 でも、どうして場所を知っているのだろう?


 着いた場所には、小さなフォトスタジオがあった。

「あ! トケルンさん。おはようございます」

「君は?」

「何言っているんですか。アシスタントの佐倉ですよ。あ、昨日の昼食代をきっちり2で割り切れなかったからってまだ怒っているんですか。やめてくださいよ、そんな小さな話――」


「そうそう、どこかのアニメ会社から注文されたA1サイズのポスターのラフが仕上がってますよ! 今日はこのラフを見せに行って打ち合わせする日なんですから、早く行ってきてください」


 ――外に出た。背中を押されてむりやり。

「行ってきてくださいと言われても、どこに行けばいいのかな?」

 この設定。俺は何をやっているんだろう。


 公園があった。ベンチに座った。

 俺は、緩やかに流れている空を見上げた。



 空はゆっくりと


 ……でも、こういう人生の方がよかったのかもしれないな。



「お兄ちゃんの一生には限りがある。この世界のために心配しても、誰も褒めてくれないんだから」

「??」

 目の前に女の子がいた。伴美だった。

「お前、学校には……、まさか、ついて来たのか?」

「そうだよ。パパお弁当忘れたじゃない。だから届けにね」

「こんな都心まで1人で、危ないからもう……」

「お兄ちゃんが思っているほど、一人娘は簡単には育ってくれないよ……」


「ふふ、じゃじゃーん!! あたしはウソしかつかなーい」


「誰だ?」

 この女の子。何か違う。

「お兄ちゃんが、いちばーんよく知っている幽霊だよ」

 幽霊?

「だから言ったじゃない、お兄ちゃん。パラレルワールドなんだって。どんな世界に行ったとしても、お兄ちゃんの人生はお兄ちゃんだけの世界。今日の朝のパラレルワールドは、本当に素晴らしい世界だったのかな?」


 自分は自分の目的地をずっと探していい。そこに行けたらそれでいい――


「まだ分からない? あたしのこと。あたしは、お兄ちゃんのことをよーく知ってるのに、さみしー。分からないっていうのは、居ないのと同じかな? 認知と理解はイコールじゃないものね。人間が勝手にイコールにしてしまっているだけだからね。本当は幽霊なんて見えない方が幸せなのかもね」


「ここは、本当は何処なんだ?」

「ふふ、そうだ! 謎々に正解したら教えてあげる。もんだーい!!」


「――お皿の上にアップルパイとオレンジパイが6つあってね。あたしはそれにチョコレートをたっぷりかけてみたよ。さあて、誰に食べてもらおうかなー?」

「自分で食べるきだろ」

「甘いね!! で答えは?」


 ――オイラー積、π^2/6だ。


「なんで?」

「オイラー、つまりおいら……、自分」

「さあ一個残して、他のを少しずつ分けて食べよー。おいしい!! でもね、全然へらなーい。どうしてー?」

 ナザリベスの謎々には続きがあった。


 ――オイラー積の公式。πは無理数、パイは無限に減らない。


「もう一つ、減らないものがあるよねー? というよりも無限だね」


 ――素数Pだな。


「だから割り切れなーい。ところで、だれが?」


 ――オイラー、自分が……。



「お前、何これ?」

「あたしの、オシャレ謎々ー」

「“お”は、いらないって」


「そもそも素数ってなんなのかな?」

 知らないって。

「じゃあ、円周率ってなんなのかな」

 それも、いまいちわからん。


「宇宙の中で液体は球体になる。円はこの宇宙の基本的な形なのに、それを無理数で表すことしかできない。人間には本質的に理解することができないなんてね。一片が1の正方形の対角線の長さがルート2なんて、誰でも対角線を引くことはできるのに、その正確な長さが本質的に理解することができないなんてね」


「皿には(さらには)不完全性定理! 数学が数学自身から見つけ出した論理式を、その論理式自身だけでは証明できない。……ということを数学自身が証明してしまった。この宇宙の中にあるすべての論理式を使っても、それが正しいのかどうかは私達には、本質的に証明することができないなんてね。無限に実在する世界の中のお兄ちゃん。まるで何かににているね」



 素数



「ここはどこかな? 何番目の素数なんだろうね」

 ――知らないし、分からない。

「アップルパイとオレンジパイごちそうさまー」

 ナザリベスは姿を消した。


 ナザリベス……。ナザリベス。

 思い出した。幽霊として出逢い謎々が大好きで、対決して……守護霊になった。……なってくれた女の子。


 自分は、この世界の人間ではないっか……。




 ――うっ、うわっ! ちゅどーん!! ちゅどーん!!


 爆撃機からの凄まじい爆弾投下だ。

「トケルン少佐、こっちへ!!」

 戦闘機から集中攻撃がくる。


 ちゅどーん!!ちゅどーん!!


「なんなんだ、これ?」


 ちゅどーん!!


「もうっ!! トケルン少佐なにやってるんですか? もっとビルの淵を歩かなければ、さあ、こっちです少佐」

「ここは?」

「もうしっかりしてくださいよ。ここは伊丹戦線ですよ」

「君は……」

「私は深田池です。この伊丹戦線で空港を死守しなければ、そうしなければ?」

「どういうこと?」


「もう! トケルン少佐の命令を私達が遂行しているんですから?」

「……?」

「しっかりしてください!!」


 なんか、よく分からないけど。なりゆきで――

「報告しろ」

「はい!」


「現在我がトケルン少佐の第041部隊は、大本営から伊丹空港を死守する命令を下されました。この命令は大陸からの敵、朝鮮半島や中国大陸からの西日本上陸を阻止して、死守するための神風部隊なのであります。――敵は西日本の重要拠点である、この伊丹空港を占領する戦略です。それを阻止するために私達の部隊はここにいます。すでに関西空港と神戸空港の連絡橋は、敵の爆撃で寸断されました。残された関西の重要拠点は伊丹だけです――」


「その伊丹を占領しようと。で、どうするの?」

「もう、あんた! しっかりしてくださいって!」

「今度は誰?」

「佐倉です。赤十字の佐倉です。あんたね、狙撃兵からどれだけ撃たれたと思ってるの? そんでもって、なんで生きてるのかな?」

「そんなこと言われても」

「なんで、あんだけの処方薬だけで元通りになるのかな?」


「……だから、そんなこと言われても」


「ところでさ、白浜空港も落ちたみたいよ」

 深田池へ佐倉が。

「ええ! でも、どうして敵はあの空港を?」

「対潜哨戒機が邪魔だったんでしょ。あいつら総攻撃ね。そこまでして、この国を奪いたいのね」


「深田池先輩」

「あら、どうした伴美ちゃん」

 見ると幼い。こんな少女兵をも戦場へ?

「こんな子供が戦場になんでいるの?」

「トケルン少佐、忘れたのですか? あなたが判断したのです」


 嘘だろ……


「わ、わたしはウソしかつかないもーん」

 伴美が笑って言った。

「お姉ちゃん、敵の部隊が六甲山と生駒山と、比叡山を占領したって報告があったよ」

「うん、ありがとね」

 笑顔の伴美の頭を深田池がなでる。


「……なんで、こんな幼い子が?」

「その幼い子を指名して、偵察させたのでしょ。あんたが」

「……お、俺が?」


「んもー!! トケルン少佐!! あなたは一体何がしたいのですか?」



 分からない――



 ちゅどーん!! ちゅどーん!! ちゅどーん!!


 空爆が激しくなってきた。

「少佐、もう遠方の部隊からの援軍は来ませんよ。ここは死守されるべき空港です。ここを死守できなければ我が軍は、福井の原発を爆破して放射線をまき散らし、関西全域を死の土地にして使用できなくする計画です」

 深田池さんが悲痛な顔を見せる。

「……ということは、舞鶴はすでに?」

 佐倉さんの表情も切迫していた。


「はい。敵の潜水艦が機雷群を突破して湾に侵入、味方の爆雷も効果がなくてなすすべなく落ちました」

「じゃあ京都のレーダー施設も!」

「……破壊されました」


「劣勢なんだ、我が軍って……」

 俺は思わずそう呟いた。


「そんなこと言わないで……少佐。私達はただの道具なんかじゃ」

「あたし達もうダメかもね」

「お姉ちゃん……」




 ――んふふ。


 お兄ちゃんは、最強で最大の敵を倒してしまった。


 だから、その後の世界が戦争になったんだよ。




 ちゅどーん!! ちゅどーん!!


「あれは? 無人爆撃機フェニックス!」

 凄い名前である。

「しかもステルス」

 でも、見えたら意味ないでしょ……


 ちゅどーん!! ちゅどーん!!


「どこを狙ってるんだ?」

「大阪ですよ、少佐」

「あいつら街ごと、ふっとばすのか?」

「空港さえ手に入れば、っていう考えなのでしょうね」


「お兄ちゃーん、あたしこわーい」


 俺も怖いぞ……


「もう! トケルン少佐しっかりしてください。聞いていますか? 命令を出す立場のあなたがしっかりしなければ、どうするんですか?」


 そんなこと言われても……



「ねえ、何処に行けばいいのですか? 何処に行きたいのですか? ご命令を下してください。早く!!」





 続く


 この物語は、フィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る