第20話 ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……
――オモチャの、チャチャ……。
ん? ああ今度は伴美の発表会に来ているんだ。
ん? あれ? 違うぞ。
自分も演奏している。
ああ……。
自分が7歳くらいの時の音楽会の思い出なんだ。
そうだ、自分たちの演奏のテンポが速すぎて、指揮していた先生が凄く困って。
幕が下りて。でも、なんとか無事に終わらせた。
――クラスのみんなが帰っていく。
あれ違う? 目の前の女の子1人だけ帰ろうとしていない……。
「ねえトケルン君。あたしのこと覚えてるかな?」
誰?
「ふふん、あたしは誰かなー。思い出してくれたトケルン君。お兄ちゃん!!」
ナザリベス。田中伴美。俺の守護霊――
「……あのさ。まだ、俺に言いたいことがあるのか?」
「だって、あたしはお兄ちゃんの守護霊なんだもん。言わせてもらうよー」
何を?
「もんだーい!!」
謎々か。
ナザリベスが歌いだした。
「井戸の中からコンニチハ 君はワーワー泣きはじめ それでもあたしはよりそって あたし踊るよ……なーんだ?」
さっきの演奏の替え歌だった。
――自分が7歳の時の、幽霊に出逢った思い出だ。
「あったりー。そりゃ分かるよね? お兄ちゃんにしか分からない思い出なんだから。とうぜーん!!」
自分が7歳の時に住んでいた家。
新しく部屋をつくるときに古井戸を埋め立ててつくったらしい。
その話を聞いた数日後、その部屋に1人で入ったら、古井戸があったらしい場所に白い子供の姿。
それがすーっと……自分の方へ向かって来た。
「あれ、お前だったのか!! 俺が見た幽霊は」
「あったりー。第一さ、あたしって言ってるし」
そりゃそうだった。
「ふふ、実はあたしはお兄ちゃんのことを、あの頃から知っていたんだよ!!」
「ああ、お前はよく知っているな。そうか、そういうお前もいたんだな。だけどな、お前の知っている俺の人生は、俺が経験してきた人生とは違うから……」
「うん。知ってる!!」
バイアスの問題、立場が違うから言っても無理。
自分の人生はそういうものじゃない。
そういう幼稚な奴らと一緒にしないでほしい。
そう思いたい――
「お兄ちゃんも大分変わったね。よくここまで我慢して生きてきたね。1人で辛かったのによく耐えたね。強迫性障害、鬱病に精神疾患。ほんと、よく生きてこれたよ。いくつかの病気になったけれど自力で治せたんだから」
「手前味噌ではないけれど……。事実だ」
「自分の頭の中で世界をデザインできるなんて、もしかして、お兄ちゃんの方が誰よりも世界に好かれているんじゃないかな? だからこそ、ここまで物語をたった1人で創ってこれたんじゃない? これを天才の才能と断言してもいいのだと思うよ!!」
――数年間は抗鬱剤を呑んで治療してきたけれど、医師からなるべく呑まない方がいいと言われて、それで呑むのを止めた。その一か月後に壮絶な幻聴、その後に鬱状態になった。
結局、長年の無理が祟ったのである。その症状がでてから半年が経過して、ようやく原因と治療法が分かってきた。
思考の分離――
自分の生きたいように生きればいいだけだと、そう思うことにした。
「――まさに厄年。だから、ずっとお参りしてきたんだよね。昔の人は知恵があるね。お兄ちゃんの今現在の年齢は男性にとって人生の頂上、これから下山する人生。昔の人は厄払いの重要性を知ってたんだ。――更に、お兄ちゃんはこの世界から虐待されているようなもの。子供が言うことを聞かないから躾ける。子供なんて言うこと聞くわけないじゃない。幼稚なんだから。幼稚な奴が躾をすると問題が必ず発生する。野良猫でも子猫を育てられるのにね」
精神的肉体的そして社会的に災いを受けて、
それでも生きているお兄ちゃんは凄すぎるって。
これほんとだよ。
普通の人だったら無理なんだからね!
どうせ、自分はこの世界の人間ではないから。俺は短命でいいけれど――
「そんなこと言わないでください!! 私達が、どれだけあなたに感謝していると思っているんですか? あなたがいなければ、私達は今でもレベルを上げられなかったのですから……」
誰?
あれ? 公園だ。
いや違う。目の前に線路がある。
駅だ。
どこの駅?
『金橋』と書いてあった。
もう真っ暗だ。夜だった。
自分は田舎の無人駅の駅舎の椅子に座っている。隣にはリュックと寝袋があった。
――ああ、一人旅の途中か。
時刻表を見た。あ、寝過ごして最終を乗り逃してしまったようだ。
……いや。まだ一本残っていた。
これからどうしよう。またここで寝るか?
それとも乗ろうかな? 寝袋はあるけれど。
「お客さん、そのリュックと寝袋。もしかして旅をしているんですか?」
駅員だった。こんなど田舎に? 何もないのに?
どうも分からない。
公園で家庭の夢を見ていたのか?
それとも、一人旅の途中で公園の夢を見ていたのか?
「お客さん。これからどこに?」
「はは……。次の最終に乗ってみようかと。」
♪~♫♫ ♪~♪♫~
その時、携帯に電話が鳴った。アシスタントの佐倉さんからだった。
「ちょ、トケルンさん? あんた、どこにいるんですか? 早くデータを送ってくださいって。クライアントから困りますって電話が」
「お客さん、あれ最終ですよ。乗るんですか? 乗らないんですか?」
「ご、ごめん、後でかけ直すから」
ガチャ
自分は、慌ててリュックと寝袋をかついで電車に飛び乗った。
(駆け込み乗車はだめですよ)
ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……
でも、何処に行こうとしているんだっけ?
「あのう? ここに座ってもよろしいでしょうか? 向かいの席に」
「あ、はいどうも」
自分は向かいの席に置いてあったリュックと寝袋を慌てて退かす。
「……すみません」
見たら深田池さんだった。
「お母ちゃん。あたし窓の近くがいいー」
「こら伴美!静かにしなさいって。もう夜遅いんですから。どーも、すみません」
その女の子、どう見てもナザリベスだった。
ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……
――外は真っ暗、ガタンゴトンの音だけ。
自分は深田池さんと向かい合って座っている。不思議な感覚。
今日の朝自分を起こしてくれた人。でも別人みたい。なんか気まずいな。
「……あのう? 旅をなさっているんですか?」
リュックと寝袋を見てそう深田池さんが言った。
お互い、気まずいと思っていたみたい。
「あ、ええ、そういうようなもんです」
「これから……どこに行かれるんですか?」
「ええ、とりあえず大きな駅で下車して宿を探して、今日はそこで寝ようかなって」
「旅してるの? 冒険者さんだね!!」
深田池さんが伴美ちゃんの口をふさいだ。
もう、この子ったらダメよっていう仕草が続いた。
ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……
「…………どうして旅を?」
「あはは、よく聞かれます。」
本当によく聞かれるな。
「私には、妻も子供もいません。その代わりのようなもので気分転換かな……」
「今までどんな旅をしてきたのですか?」
「あたしもしりたーい!!」
深田池さんが伴美ちゃんの口をもう一度ふさいだ。
もう、この子ったらダメよっていうしぐさも、もう一度続いた。
「いろいろありましたよ。熊野の新宮に行った時は、帰りに台風に遭遇して鈍行列車で4時間の乗車。途中で何度も緊急停止して車両点検があって、横風が吹く中、ゆっくりゆっくりと電車は動いて、途中で横倒しになってしまう状況が何度も続いて、あの時は危なかった……」
「出雲に行った時は大変でした。お参りした後参道を帰っていたら、急にお腹が痛くなって、どうしようどうしようと左手を見るとトイレがありました。あの時はキツかった。で無事に終わらせて市電の駅へ向かうと、ちょうど私が乗ろうとしていた電車が行ってしまいました。私は駅舎に1時間、次の電車を待っていました……」
「函館の駅前のホテルに泊まって、なんだか眠れなくて、夜中じゅうずっと月を見続けていて、ふと買い物がしたくなってホテルの向かいのコンビニに行きました。夜中の3時に慌てて店員が来て、ものすごく不機嫌な表情でした」
「あはははっ。へえー、そういうことがあったんですか」
深田池さんが笑った。
伴美ちゃんはというと、口をふさいで大きな声をださないように……でも笑っている。
「大変なんじゃないですか? 旅って……」
「……そうですね。……でも、子育ても大変でしょう」
ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……
――いつの間にか、伴美ちゃんは眠っていた。
「今日はこの子の7歳の誕生日でして。私の祖父母がどうしても見たいって言って、それで田舎までこうして」
「それは祖父母も喜んでくれたでしょう。この子とっても元気がよさそうですから」
「いいえ。祖父母のお墓へ参ったのです…………」
ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……
♪~♫♫ ♪~♪♫~
携帯に電話だった。見ると佐倉さんだ。
「はい。もしもし……」
「トケルンさんって!! あんた、掛け直すって言ったよね?」
「ちょっと今電車の中だから……」
「データ送ってくれって、クライアントがさ!」
「それ、俺のパソコンの何処かにあるって、勝手に探しといて。じゃ……」
「ちょっ! トケルンさんって!! 何処かってどこに……」
ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……
続く
この物語は、フィクションです。
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