第四章 迷子のまいごのナザリベス
第17話 お兄ちゃんを、あたしは、いつも見守ってるから――
お兄ちゃんを、あたしは、いつも見守ってるから――
『ナザリベス』という7歳の女の子は、作者が数年前に誕生させた最高傑作と自慢できるキャラクターです。
この女の子の性格というのが、それが、そのですねぇ……
「いいですってば、ここで」
「まあ、そう言わんと」
お爺さんがそう言って入場券を、と思ったら、
「ちょっと駅員さん。見送りにホームまで入らして」
と、慣れた感じで言って、
「ああ、いいですよ」
って駅員さんも軽い返事で、成立した……。
「どうも、本当に色々とありがとうございました」
「もうすぐ、列車が来るんかな?(列車と!)」
「ええ、あと数分だと」
「これから、どこへ行くんかいな?」
「ええ、ひとまず岡山まで言って、新幹線に乗って大阪、そこから紀伊半島をぐるっと回って伊勢にでも」
「岡山までは鈍行かな?(鈍行と!)」
「……いいえ特急です。自由席ですけどね。新幹線も同じですけど」
「大阪か、もう昔のことじゃ、わしは東大阪の工場で見習いをやってたことがあった」
「東大阪? 私の高校は八戸ノ里です」
「八戸ノ里? わしは永和の駅前に住み込みで見習いをやってた」
「八戸ノ里の駅は永和の次の次です」
「ああ、そうかじゃあ近いな。あの町はええわなあ……」
「この駅も昔はおっきかったんじゃ、あっちに整備工場があって、SLが出入りしていた。知ってるかな? 丸い形でそれがぐるって一周して、SLの向きを変える」
「ああ、名前は分かりませんけど、見たことはあります」
「この町も大分人が減ってな、近所の小学校は昔はたくさんの子供達が通っていたが、今ではたった2クラスじゃ」
「そうなんですか……」
「旅館では、よく眠れましたか?」
「ええ、お陰様で」
「普段、お客さんが滅多に来ないもんじゃから、前もって電話をくれれば布団も干しておいたんじゃが。風呂を沸かすのにボイラーを使って、屋根の上の太陽光発電を使って、うちくらいなものですわ」
「とっても、いいお湯加減でしたよ」
「晩飯はどうじゃった?」
「オムライス美味しかったです」
「うちのお婆さんが、若いもんにはこういうのがええって言って、坂を下って、スーパーにわざわざ買いに行ったんじゃ。(わざわざって)でも、ケチャップは上の畑で採れたトマトを使っとる」
「畑があるんですか? いいですね!」
「……日本全国を旅しているって、結構大変なんじゃ?」
「ええ、まあ」
「体力がないとできんわな。わしには、もうできんことじゃ。そんなこと。ところで、何で旅しとるんじゃ?」
「あはは、よく聞かれます。まあ、色々と」
「いろんなものを見ておくことは、いいことだと思うぞ」
♪♫♫~ ♪♫♫~ まもなくこのホームに……
「ああ来ました! どうも、ありがとうございました」
「そうか行くんか……。まあ、悔いのないように旅を続けなされ」
――次は、備中高梁、終点の岡山へは4分の遅れです。
悔いのないようにか、それができたら幸せだ。
人には誰でも失いたくない思い出がある。自分にとっては、それはあの場所だ。あの瞬間から始まった。
幼稚園のすべり台……。幼い頃の思い出だ。
それを、どうすれば失わずに済むかを考えた。それが『ナザリベス』である。決して、消えることのない守護霊。
自分のおおもとにある記憶を失うことは、つまり、生きる意味が軽くなること。それも、もう消えつつある。
その方が、いいのかもしれないな……。
「コーヒーにお茶、サンドウィッチ、岡山名物吉備団子はいかがですか? (今は車内販売していません)」
「……ふう。あの、コーヒーを1つ」
「缶コーヒーですか? 紙コップですか?」
「じゃあ、紙コップのを」
「ホットですか? アイスですか?」
「じゃあ、ホットコーヒーを」
「はい。ところでブラックでいいですか?」
「いや、ミルクと砂糖を」
「砂糖は角砂糖ですか? スティックですか?」
「別にどちらでも……」
「どちらでもというのは、あいにく取り扱っていません」
「……じゃあスティックを」
「何本ですか」
「……1本で」
「本当にそれでいいですか?」
「はいってば!」
「……その前に、このコーヒーと、とっても相性がいいのが、このサンドウィッチですよ」
ですよって。
「それは結構です」
「また、お茶にも合いますけど」
「それも結構です!!!」
「コーヒーだけで?」
だけって。
チッ (舌打ちと!)
「……あの、スティックシュガー早くくれませんか?」
「…………」(無言って!)
「だからさ、お気持ちは分かるんですけどね……。私はホットコーヒーだけで結構ですから…………
って、お前これ! 冷めとるやん!!」
「お買い上げ、ありがとうございました。……コーヒーにお茶、サンドウィッチに」
ところで、あの人は誰?
――まもなく、のぞみ14号東京行きがまいります。途中の停車駅は、新神戸、新大阪、京都、名古屋、品川です。グリーン車は……。
あー遠い。新幹線の自由席は遠い。もうかなり並んでいる。座れるかな。
でも、大阪までだから立ち乗りでもいいけど。
「あ…あ……あのう? お兄ちゃん」
振り返って足下を見た。見たら子供が、女の子がいた。
「……あのう、お兄ちゃん? あたし、新幹線のさくらで名古屋まで行きたいんだけど、これでいいの?」
今にも泣きそうだ。
これって指差した列車はのぞみ。
「違う、これはのぞみ。さくらじゃないぞ」
「そうなんだ」
「それに、さくらじゃ名古屋までは行けないよ」
「あたし、名古屋駅まで行きたいの」
「行きたいのって、君はひとりなの?」
「うん」
「どうして? お父さん、お母さんは?」
首を左右に大きく振る。
「あたし、名古屋へ行きたいの」
「行ってどうするの?」
首を左右に大きく振る。なんなのだろう? まあいいか。
「君、お兄ちゃんはこの新幹線に乗る。だから君も乗りなさい。お兄ちゃんは新大阪で降りるけど、名古屋は新大阪の次の次の駅だから、新大阪から大体40分で名古屋だから。まあ自由席だから、隣に座れるかな?」
1号車だったら大丈夫と思って、そしたら2人掛けに座れた。運が良い!!
「あたし窓際がいい!!」
「どうぞ」
「うわ! 速い、はやい!!」
急に元気になったな……。
「君、名前は?」
「田中伴美だよ」
「歳は?」
「いやーん、女の子に歳を聞くなんて」
「あの君ね。こんなに幼い女の子が、1人で新幹線で名古屋までっておかしいだろ」
「あたしお菓子食べたーい。車内販売! 車内販売!」
それは、もうコリたから。
「えー? 食べたーい。お兄ちゃんも食べたーいでしょ? 食べたーい。食べたーい。買ってくれるなら、あたしの年齢教えてあげるよ!」
「……コーヒーにお茶、サンドウィッチ、幕の内弁当と大阪名物たこ焼き、京都の生八つ橋はいかがですか?」
聞き覚えのある声。見ると。
チッ
また舌打ちか!!
「あたし、ポテトチップのうす塩ね!」
「お前、ずっと車内販売の籠の中を見てただろ? 絶対買ってやらないから」
「えー! でもさ、それでいいと思ってるの? お兄ちゃん。あたしがここで大声で、ゆうかーいって叫んだら、お兄ちゃんヤバイよ」
「お前から話しかけてきたんでしょ?」
「いいの? 叫ぶよ」
「……まあ、安いからいいか。あの……ポテトチップをください」
(………………)
また無言だ。しかも、何で睨んでいるの?
「はいどうぞ」
「どうも。ほらこれでいいか?」
「うん!!」
……車内販売が、まだ隣にいる。
「あのう? お客様、ホットコーヒーにホットブラックコーヒーはいかがでしょう?」
選択肢がかなり狭まった。
「いや結構です」
チッ
「別にそういう意味じゃなくって、本当にいらないから……」
「……そうですか。コーヒーにお茶、サンドウィッチ、それにホットでとっても美味しいコーヒーはいかかですか? いかがですか~?」
……行っちゃった。
「で、年齢は?」
「いやーん」
もういいって。
「7歳だよ~」
「で、名古屋へ行く理由は?」
「おしえなーい」
「教えなさい」
「おしえなーい」
「おい、お前!」
「じゃあ、謎々出すから、それにせいかーいすれば教えてあげる」
「嫌です」
「えー!! あたしの謎々が嫌なの?」
「別にそういうわけじゃ」
「あたしかなしい……」
またぐずりだした……ちょっと伴美ちゃんって。
「ははん! じゃじゃーん!! あたしはウソしかつかなーい!!」
「……で問題は?」
「もんだーい!! 『迷子のまいごのお兄ちゃん』あなたのお里はどこですか?」
――自分の里なんてない。はじめっからない。
小学校の時の家は親戚の家、実家に引っ越していきなり、ここが本当の家と言われても実感がなかった。東京では慣れなかった寮生活、その後の東京もウィークリーの仮住まい。
実家に帰ってきてからは、離れの2階。でも、こういうものだと割り切って生きてきた。
『まもなく京都です。ご乗車ありがとうございました』
隣には女の子がずっと自分を見続けている。女の子は言った――
「だから、旅したくなったんでしょ。これがせいかーい!!」
「あ……ああっ!! 京都って乗り過ごした!!! どうしよう?? ……まあ、とりあえず京都で降りて引き返せば」
ってこの女の子どうしよう。
「伴美ちゃん、お兄ちゃんは京都で降りるからな。君はこのままのぞみに乗ってね、あと30分すれば名古屋に着くから、いいね?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん!! じゃあね。お兄ちゃん!!」
「――ええ。迷子のまいごの7歳の女の子が、のぞみ41号に乗ってます。で、名古屋で降りるみたいです」
京都で駅員に事情を教えた。これでいいか。
新幹線に乗っている方が安全だろう。名古屋を乗り過ごしても停車駅は都心だ。
ああ、どうしようこれから。紀伊半島を回る俺の夢……。
「あのう、お兄さん」
まただ……。
「はい。なんでしょう」
今度は、お婆さんだ。
「近鉄電車はどこですか?」
「近鉄電車ですか? それなら、向かいのあれが近鉄の京都駅ですよ」
「ああ! どうも、ありがとうございました」
そういえば近鉄電車で伊勢市へ行けたはずだ。
自分はスマホを取り出す。wifiで路線を検索した。
なるほど大和八木駅で乗り換えか。これなら数時間で伊勢市に。
んで、紀伊半島の旅はまた今度にしようと、とっておくことにして特急券を購入した。すると……。
「あの、お兄さん? 近鉄の大和高田駅へは特急で行けるのでしょうか?」
さっきのお婆さんだった。
「……ちょっと待ってください、今調べますから。……大和八木駅で下車して、そこから大阪線に乗り換えて2駅ですね」
……分かるわけないか。
「私の娘夫婦が大和高田で民宿をやってての、私も1度娘達が経営している民宿に泊まってみようかと」
「はあ……」
「泊まらないかっていう話を孫娘から電話でもらって、お兄さんは何処に?」
「いえまあ……伊勢にでも」
「それは急ぎかい?」
「いえ別に……」
「それなら泊まっていかないかね? 大和高田から伊勢は特急ですぐじゃから。
別に急ぎのあてもないし……って、これ客引きかい!!!
――今日も近鉄特急にご乗車くださいまして、ありがとうございます。
途中の停車駅は丹波橋、高の原、西大寺、西ノ京、大和八木……。
「お兄さんがついて来てくれるなんて、ありがとう」
「いえいえ、別に急ぐ用事もありませんし」
(なんかやられた……)
「お兄さんは旅を?」
「ええ、ひとりで日本全国を旅しています」
「へえ、ああ、お若いから体力もありますしね」
――本日2回目。
「どうして日本全国を旅して?」
「はは、よく聞かれます」
これも本日2回目!!
「私には嫁も子供もいませんから、気楽な人生なんです。気分転換みたいなものですよ」
「……車内清掃サービスに、ご協力ください。…………車内清掃サービスに、ご協力ください」
「お兄さん。西ノ京を出ましたよ。あと15分で八木ですよ」
「…………ん。んあ? 私眠っていましたか。……そ、そうですか」
「お兄さん、私の娘達が田舎から出て行くっていう話を聞かされた時は、私も私のお爺さんも、ぼうぜんと頭の中が真っ白になって、でもしょうがないんです。生きるためには稼げる土地で生きていかなければいけない。人間が生きることってのは苦しいもんなのだから。それで、お兄さん気分転換して何か変わったのかな?」
「あの? いきなり何の話でしょうか……」
まもなく大和八木駅……。車内案内が聞こえた。近鉄特急で京都駅から大和八木駅は速い。
「……私が旅することは、間違っているのでしょうか?」
「ふふっ、間違っていない。お兄さんは旅を続けたいんだろ。好きなのだから。だからそれでいいじゃないですか」
「――どうも、狭いところで」
「いえいえ、そんなことないですよ」
民宿の名は深田池だった。
「今日は、とても助かりました」
「お兄さん、今日はゆっくりしていきなさい。炊事も冷蔵庫も好きなように」
「もう、お母さんってば! ほんとごめんなさい、母を京都から連れて来てくれて、私達がいけないんです。母の性格を考えたら……」
「そんなことは……私も今日も、こうして宿にありつけました。娘さんの電話のお陰ですって、気になさらないでください」
でででで……。障子の向こうの廊下から、誰かが走ってくる。
「お母さーん、お祖母ちゃんが甘いものが食べたいって、長旅で……」
「あっ! ご挨拶しなさい」
「……こんばんわ」
「はいっ。こんばんわ!」
「7歳の娘です」
「お若い娘さんで!!」
おいおい……。この娘さん、見た目がナザリベスと、まったく同じじゃねーか!!
「お客さん……?」
「そうよ、このお客さんはね、お祖母ちゃんを家まで連れて来てくれたのよ。だから今日一晩、泊まってもらうのよ。あのう、お客様、お名前は?」
「小樽川です」
「小樽川さん、ひとまずお風呂をどうぞ。その後は晩御飯ですので。お風呂は普段はボイラーで沸かしているんですけれど、今日は天気が良かったから太陽光発電でも沸いています」
これ、伯備線の時と同じ話だ。今日は同じ話が続いているな……
「どうでした湯加減は?」
「ええとても」
「どうぞ召し上がってください」
見るとオムライスだった。
「娘がお母さんから電話をもらって、そして急いでスーパーへ買い物に行ったんですよ。でもね、このオムライスの上に乗っているケチャップは、庭の家庭農園のトマトから採ったものなのですよ!!」
やっぱり同じ話だ……
「ねえ、お兄ちゃんあそぼー?」
(さすが民宿な!)
遊ばないわけにはいかないか。ゲストハウスと同じで安い宿ほど気を使う。
「なにして遊ぼうかな?」
「あたし、謎々が好きー!!」
やっぱしこうなるわな。
「謎々いくよー! 払う払ったお兄ちゃん。追われて逃げたの、どこの店?」
「こら伴美! お客様になんてこと言うの!」
バージョンアップしてきたな。
「違うよ、謎々だよ。ねえ? どこの店?」
『……小学生の時の文房具屋と駄菓子屋だ』
伴美って名前どこかで……。ああ……。新幹線で出逢った、迷子のまいごの女の子だ。
謎々タイムを終えて、それから――
「ねえ? お兄ちゃん。幸せだった? 辛かった?」
「だから、そんなことないって」
「もう、こら伴美! お客様になんてこと……」
「あははっ、どうぞ、お気になさらずに」
幼い子供だからね。
「ウソ。あたしはウソしかつかなーい!! お兄ちゃんのウソなんて、すぐに分かるよ。お兄ちゃんはずっと我慢してきたんだから。そうでしょ?」
「そんなことないって……」
なんか、気分を変えようか……。
窓の外を見上げたら、綺麗な満月が浮かんでいた。
――たまにだけど、こんなことを思う。こんな世界、どうでもいいって思いたい……と。
「あのお兄さん? 随分うなされて――」
「……あっ、眠ってしまったか?」
自分は布団に入っていた。いつの間に? と自分でも疑問に思った。
横を見る。すると、お婆さんがふすまを開けて、自分を見つめていた。
「随分うなされて……」
「い、いいえ。心配しないでください」
「いえいえ心配なんて。そこの仏壇が心配でして」
「ここは仏間だったんだ……」
(さすが民宿ぞ!)
「お爺さんがこの世を去って、ずいぶん達ました」
(お客になんの話な!)
「でも不思議なもので、もう、ほとんど忘れてしまいました。あれだけ好きだったのですけれど、歳はとりたくないですね。お兄さんは……、あんまり若くないですね」
「はあまあ……」
「若いころが懐かしいと、思い出すことが多くなったでしょう。でもね、桜の花は永遠には咲きません。咲かないから美しいのです。青々と葉っぱがしげった桜、その木にセミが鳴く。紅葉した桜、それを写真に撮る人がいる。雪が積もった枝の枝先を見れば、そこに小さな蕾があった。すべて美しい。そう見えませんか。思えませんか?」
「あの? いきなり何の話でしょうか……」
――これも、本日2回目である。
「湯冷めしないうちに眠ってください。それでは明日の朝。おやすみなさい――」
……はい。
――あったかいな。
まあ、悔いのない人生なんてないとは思ったけど、違うのかもしれないな。
自分はもしかしたら、誰もが通っている道を、通っているだけなのかもしれないし……。
「朝三暮四だね、お兄ちゃん。ふすまを少し開けてこっちを見ている」
(民宿な!)
「違うのか違わないかなんて、まだ、お兄ちゃんの人生が終わってもいないのに、分かるわけないやん。そうは思わへんか?」
お前は、フィギュアの関西限定バージョンか!!
「なあ、お前はん?」
それは京言葉。
「経験した出来事への解釈が違うだけなんじゃない?」
「解釈?」
「昔から言うじゃない、結婚して子供がいたら、家庭は賑やかになるけど、大変なことがある。独身で子無しだと寂しいけれど、その分気楽だって」
子供に諭される自分って……。
「お兄ちゃんは旅をして、何を探しているの?」
「別に……」
「ウソ! あたしには分かる。お兄ちゃんはこの世界すべてに絶望してしまった。だから、旅をして幸せを探しているんだよ。出逢う人、出逢う風景、その中に幸せを感じたいんでしょ。ねえ、お兄ちゃん? 旅をしていて楽しい? 何が楽しいのかな? めんどくさくないの。旅をしていて、寂しくないの? 怖くないの? ねえ本当は怖いんでしょ。逃げたいんでしょ?」
「俺は誰とも、深い関係になりたくないだけだ」
「なんでー? 旅をしていればいろんな人と出逢うのに、相手と仲良くなることもあるでしょ? 本当は誰とも仲良くなりたいから旅をしたいんでしょ? ほんと、お兄ちゃんはウソしかつかなーい!!」
――俺は本当は、何を思って旅しているのだろう?
「――ちょっと! お兄さんって」
……ああ、また眠っていた。
「ちょっとお兄さん、特急券買ってないでしょ! 困りますって」
見上げると車掌が立っていた。
「ここは?」
「近鉄特急です。お客さん、どこまで行くんですか?」
……ああ、思い出した。
朝起きて朝食。区間準急で大和八木駅についたら、すぐとなりのホームに近鉄特急が来て、慌てて乗って。
「だから、どこまで行くんですか!」
「あ、え……ああ! 伊勢神宮まで行こうかなって。確か、五十鈴川駅が内宮の最寄駅だったはずで……」
「何言ってるんですか? この特急は伊勢方面には向いませんよ」
「は?」
「この特急は名古屋行きのアーバンライナーです。次の停車駅は名古屋ですよ」
どうしよう。俺の紀伊半島をぐるっと、つまり伊勢の旅は大失敗。どうしよう!?
心配してもこんなもんか。旅なんて、上手くいかないものだ……
――ふと、気がついた。
自分の前のテーブルが広げてあって、なにか四角いものが置いてあった。
ああ、思い出した! 民宿からもらったお弁当だ。広げると柿の葉寿司だった(作者はこれが苦手)。
じー
もっと気がついた……。
隣の座席に誰か座っていた。小さくてよく分からなかったけれど、子供だ。
多分と思って窓際の座席を見た。
またこの子だ。ナザリベスだ。
「……お前はどこにでもいるな」
じー
返事をしない。
代わりにテーブルにある柿の葉寿司を見つめている。
昨日今日と、流石にこれだけ子供の相手をするのは疲れる。
寝よう。
じーーーーー
視線が……。言おうかどうしようか。
「……よかったら食べていいよ」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん!!」
すっごい笑顔になった……。
続く
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