第16話 そして、エンディングをこれから見ようね!!

「勿論! 言いたいことがあるからさ、お兄ちゃんの前に、こうして現れたんだから」

「はいそうですよ。お兄ちゃんさん。私もあなたに言いたいことがあるので、こうしてあなたの前に姿を見せました」

 だから何が言いたいんだって。もういいじゃないか。俺は死んでこうして天国まで来て。

「まだ、来てないよーお兄ちゃん」

「はい、お兄ちゃんさん。まだ、天国には来ていません」

「それってどういうこと?」



 あなた、まだ生きてるじゃない。



「お兄ちゃん……」

「お兄ちゃんさん……」

 そして、2人一緒にこんなことを言いました。

「あなたは、あまりにも多くの死んで行った人達を知りすぎて、自暴自棄になってしまっている。自分のせいで、みんなが死んでしまったんだと。お兄ちゃんはその重荷に耐えられなくなって、もう自分なんていなければっていう自暴自棄に陥った――」


「でも、それは違います!!」


「あなたがどれだけ身を削って、みんなのうちの何人かを救って、でも、その結果お兄ちゃんが死んでしまったとしても、それは本当の解決と言えるのでしょうか?」

「ううん。言えないね!!」

「お兄ちゃんさん。その気持ちを越えるにはね!」



 生きようとする意志が大切なんだからね。

 人を生かす前に、自分が生きることを考えてくださいね。


 ――ナザリベス、田中伴美さん。自分にそれをしっかりと教えてくれないか?



「うん! 分かったよ。お兄ちゃん」



「……大怪我。本当に危なかったですね」

「いい? お兄ちゃんは自分自身を事故として、自殺じゃない事故として死のうとしたのです」

「あなたの遺伝子が、そのように発動してしまったのです」

「でも、お兄ちゃんさんは、命を落とす悔しさを知っている。お兄ちゃんさんは、命を奪われる哀しみを知っている」

「お兄ちゃんは命を守ることの尊さを、誰よりも知ってきた……」


「2月3日に亡くなった、お兄ちゃんの大切なあの人……。お兄ちゃんが決して忘れることができない、その日です。大怪我はその7日前くらいでしたね。これには、勿論、因果関係があります」

「お兄ちゃんの遺伝子は、無意識にその日の数日前に、自らの命を終えようと考えていたんだ……」


 本当なのか? それは……


「はい! それは決して、お兄ちゃんの意識がやったことじゃなくって、お兄ちゃんの無意識がやったことなんだよ。もう十分だから死のうって、お兄ちゃんの無意識がそう思ったんだ」

「でもさ、どうして死ねなかったんだろう。俺は」

「そんなのかんたーん」

「ええ、簡単ですよ!!」


 どうして?


「だって!」

「だって!!」

「あたしもお兄ちゃんも、ウソしかつかなーい!!」

「お兄ちゃんさん。これは謎々ですよー!」


「もんだーい。お兄ちゃんはどうして死ねなかったのでしょうか?」



 分からない。


 本当に、分からない……。



「もしかして、お兄ちゃんは自分が死ぬべきだって思っていて、自分はこういう人生だったんだって諦めているんでしょう」

「それは違います、お兄ちゃんさん!」

 田中伴美さんは、はっきりとそう言った。言ってくれたのか?

「じゃあはっきりというね、お兄ちゃん」

 ナザリベスも……大人になった自分自身に話を合わせる。

「私も言いますよ、お兄ちゃん」

 言ってくれる?



「お兄ちゃんは、すんごく頑張ったんだからね!!」



「――お兄ちゃんにもいろいろな出来事があって。ありすぎて。でもみんなにだって。いろんなことはありますよ。この世は苦であるんでしょ、お兄ちゃんさん。苦には原因がありますよね。その原因は無明、つまり根本的なこの世界に対する無知なんでしょ?」

「お兄ちゃんは、それをなんとしてでも理解しようとしましたね。そして、その答えをようやく見つけることができたんでしょ」





 どうして自分は生きているのだろう?


「はい! この答えがすべてですね」

「すべてだね。謎々の答えだね」

「箱の中に入った猫を箱を開けて、見てみたら、生きていましたね。生と死は同一、死は生の裏返しだね、お兄ちゃん」

「確率ですね。無意識のすさまじさでしたっけ? IQ140の結果ですか? 謎々が好きだね……そして、謎を解くことが大好きなんだね! お兄ちゃんさんってさ♡」




 ――お兄ちゃん。


 天国の宿泊費はちゃんと用意してきた? きてませんよね?


 天国の宿泊費、そういうのがいるのか?


 お兄ちゃんってば! あたしはウソしかつかなーい!!

 あたしもウソしかつかなーい!!



 また、話がややこしくなるのかな?

「もうならないって! はい。もうなりませんよ」

「まあ、そういうことで、パンパカパーン!!」

 ナザリベスが再び手に持っていたラッパを吹いた。

「私もです。パンパカパーン!!」

 あの伴美さん? 彼女も手に持っていた、いや持っていない……。

 自分の言葉でパンパカパーンって言ったんだ。


 お兄ちゃん、あたしの守護霊としてのパワーすごいでしょ!!

 ああ本当に凄いな。

 ありがとうナザリベス。


 ところで伴美さんは、どうしてここに来たのかな?

「それは簡単ですよ。最初の謎々の答えを覚えていますか?」

(詳しくはナザリベスシリーズの初回を読んでください)


 日付を?


「そもそも、あの日付が登場する物語の最終話って、自分が滑り台から落ちて、左腕を骨折するところから始まりましたよね。私はこの小さな私のどちら側に立っていますか? ついでに小学4年生の捻挫もです」

 ……ああ左側だ。


「あの子供の頃の骨折や捻挫が、実はお兄ちゃんの無意識による反応の結果だったとしたらどうします?」

「あっ、あれは自分がかってに足をすべらした事故だから……」

「ふふ、お兄ちゃんは本当は引っ越しして、あの幼稚園には行きたくなかった。無意識が幼稚園を否定したかったのですよ。お兄ちゃんの無意識による自己主張だった」


「――お兄ちゃん? あなたの母方の祖母が、来月施設で暮らすことを強制されてから、食欲がなくなり再入院して、その数日後にあなたがお見舞いに行って、その一週間後に亡くなった。あなたの父方の祖母が食事会を終えて、それから通所介護に通うことになって、その数ヶ月後に入院してしばらくして亡くなった」


 ああ発動してしまったんだ。


「この現象は、緊急避難という現象で説明ができます。雪山で遭難して食料がつきて、仲間の一人が死んだ時、人間はその仲間を食べるという現象です。あたしは映画で見たことがあるのですが『白鯨』の物語の中でそういう緊急避難の話がでてきます」

「あたしも見たことがあったよー!」

「あなたは白鯨へ勇敢に立ち向かって戦って、けれど無茶苦茶にされて太平洋を小舟で漂流することになった。仲間は次から次へと死んでいく。あなたの周りには海水しかない。勿論飲めない。たまに降る雨水だけがあなたの救い。あなたは海に飛び込んで死ぬ道か、それとも自ら死んで仲間に人肉を与えるか、与えられてそれを食べるか……」



 それをすべて決めるのは、遺伝子と無意識――


 ここがポイントだよ!!



「お兄ちゃんの一生は、お兄ちゃんの無意識がすべてを決定していて、お兄ちゃんの脳がかってに反応してお兄ちゃんを動かしているんだ。この世界で、一定の要因が揃ってしまった時に、あたし達は最初から遺伝子にプログラムされたそれを発動するんだよ」




 さあ、買い物行こうか。

 歯医者で、祖母の前で痛くて泣きじゃくっていた自分。


 泣いたらあかん。



『ありがとう。また、天国で逢えたら嬉しいです』




「これで、ようやく脳の違和感という病気から回復できるね、お兄ちゃん」

「ああ……ようやくだ」

「お兄ちゃんの脳は、無意識による働きで動くべくして動いています。それは、お兄ちゃんの意識では制御できません。脳の違和感は過去のお兄ちゃんが経験してきた、様々な出来事を我慢して抑圧してきた結果――の怒りや嫌悪感なんだから」

「だから、あなたが思い続けた病気回復のキーワード」



 思考の分離



 とは、ぶっちゃけると加害者との分離のことなのですよ。


「これが、だいせいかーい!!」




 だからさ、


 お兄ちゃん

 お兄ちゃんさん

 トケルン

 トケルンさん



 クリアーだよ。



 そして、エンディングをこれから見ようね!!





 終わり


 この物語は、フィクションです。

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