第三章 トケルンとチウネルとナザリベス。長かったけれど、ようやく伝説へ――
第15話 ここは、もっちろん! 天国だってば!!
「お兄ちゃん! お兄ちゃんってば!! 何があったの? どうしてケガしてるの? ねえ、あたしの知らないところで何があったの??」
……と言ったのは、この物語のヒロインである7歳の幽霊の女の子、本名は田中トモミ――愛称はナザリベスである。
「何でもない」
ぶっきらぼうに返事をするこの男は、なんでも知っていて何でも解ける――できる男の杉原ムツキ。
「何でもないことないでしょ! ねえ、お兄ちゃんってば! 守護霊のあたしにちゃんと話してよ!!」
――旅先で、私は思いっきりケガをした。
「トケルン! どうしたの? 何があったの? チウネルにも教えてよ!」
心配そうにトケルンに詰め寄る女の子、彼の幼馴染で大学の同級生、深田池マリサだ。
「だから、何でもないって!」
「ウソ! 私には分かるよ。トケルンが何でもないっていう時には、必ず何かあったんだってこと……」
「あたしも、お兄ちゃんも、ウソしかつかなーい!!」
「こら!!」
「あっ痛!」
幼き7歳の女の子の頭をゴツンとゲンコツくらわせたのは、カナッチ。数学の天才少女である佐倉川カナンであった。
――幽霊だから痛くはないのかもしれない。
「あんた、何があったのよ。私には分かるから。あんたが無茶をする時には、必ずあんたは何でもないっていう。あんたの口癖なんだから」
「カナッチさん、チウネルさん、知りたいか? 俺に何があったのかを」
「もちろん、トケルン! 私もあんたの話が聞きたい」
「そうか、じゃあ話すかな……」
「お兄ちゃんってば、あたしも聞きたーい!!」
――俺のPCに一通のメールが届いたからだ。
その内容は、『これはお願いではない。要求である。場所は坂の上7-5-3番地である。1人で来い。必ず来い』
俺は宛名を見た――その名前は
「うわー。本格的な謎々だ~」
「俺はその名前を見た瞬間に、ああ、そういう意味かって理解した」
翌日の早朝、俺は場所に向かった。
「メールの場所なの?」
いや違う。知り合いのお店だ。
「知り合いのお店?」
そう、そのお店は写真に関係するお店、つまり古い話になるけれど、写真館で現像屋だ。
「現像ってなに? お兄ちゃん」
昔の写真はアナログで撮った写真のネガを、写真館で現像してもらわなければいけなかった。
「で、何しに行ったの? トケルン」
――昔、俺がとった写真がある時、受賞したことがあって、その写真のネガがその写真館に預けていて、そのネガをどうしますかって話になって、俺はいいですよ。
処分してもいいしって言ったら、それはもったいないですよ、せっかく受賞した写真のネガなんですから。
そうだ、もう一度現像してうちのお店に飾ってもいいですか? って話になって。
で、前々から飾らせてもらっていますという話を聞かされていて、俺は見に行ったんだ。
――だいぶ雪が降ってきた。
俺はその後、川沿いの河原の道を歩いていた。
「お兄ちゃん、そこが坂の上なの?」
いや違う。
ホテルの中でずっと考え続けていたことを、もう一度考えたくなって、そこを歩いて考えようと思った。
坂の上の意味は理解していたけれど、俺が考えていたのは、そのメールを送ってきた、桜山蜜柑の目的だ。
「あんた、どういうことなの?」
「その人と俺はかつて交際していて、でもあるときにケンカしてバイバイした。そのバイバイした相手がどうして俺を呼び出したのか?」
「…………あんた」
「…………トケルン」
「…………お、お兄ちゃん!」
で、いろいろ考えてはみたんだけれど、やっぱし目的はよく分からなかった。
お互いすべて忘れましょうって話になったから、お互いに関係するもの、例えば写真とか雑貨なんかはすべて処分したし……
本当にわからなかった。
でもメールには要求である。って書かれていたし、俺に何をどう要求したいのかも、てんで理解できなかった。
――まあ、そんなことを川沿いの河原の道を歩きながら考えていたんだ。
その後、メールに書かれてあった場所へ行った。その地元でも有名な神社の境内だ。
その人は俺をここへと呼び出した。
……まあ、まさかもう一度交際しましょうなんて、そんなことは言ってこないとは分かっていたけれどさ。
結構雪が積もっていた。
「まさかお兄ちゃん、その坂で転んでケガしたの?」
いや違う。
――神社の境内には1人の女の子がいた。
それが桜山蜜柑だ。見た瞬間分かった。
その女の子は本栖蜜柑だって。そりゃ分かるよな、だって交際していたんだからさ。
「…………あんた」
「…………トケルン」
「…………お、お兄ちゃん!」
「おい! お前。どうして、どうしてあれを捨てたんだ! 答えろ!!」
桜山はかなり怒っていた。でも、俺はまだ、その意味が分からなかった。
「答えろ! 私たちの思い出を、どうして軽々と捨てたんだ!」
「捨てた? 何を」
「あんた、にぶいわね」
「トケルン、にぶい」
「あたし分かんなーい。あっ、あれだあれ!」
「あれって言われても」
「写真だ」
「写真?」
「あの写真館に飾られている、あの写真のことだ!!」
「ああ。君も見たんだ。俺もさっき見てきた。結構いい写りだったな。よかった、よかった」
「よかった、じゃなーい!!!」
「なあ、どうしてそんなに怒っているんだ」
「アホか、お前は! バカかお前は!!」
「??」
「……ああ、私、トケルンの」
「……あんたのそういうとこ」
「あたしも分かったよ。蜜柑だけに未完にはさせなーい」
「だから、あの写真館に飾られているあの写真は!」
「ああ、良くできていただろ。あそこまで綺麗に撮れたんだから、そりゃ受賞できるのも当然だろう」
「そうじゃなーい!!」
「なあ? 何を怒って。誰だって怒るぞ。受賞できたのに?」
「お前、アホか! バカか!!!」
「……俺達の幼い頃に、2人で撮った写真じゃないか。それが受賞できて、そして、写真館にも飾らせてくれたんだぞ。それの何が嫌なんだ?」
「アホかバカか。大体あの写真を受賞って、何応募していたんだ。そして写真館に飾るって、何考えているんだ」
「俺たちの記念の写真じゃないか、この神社で撮った思い出の七五三だろ?」
――ああ、お兄ちゃん。ここで番地が出てくるんだ。
「ところで2人とも、なにをムッとしているの?」
「……いいから、トケルン。話を続けてくれる」
「あんた、続けなさい」
「アホか、バカかお前は! あの写真は私たち2人の、七五三だろ?」
「それはそれで? じゃあなにが嫌なんだ? ……キスだ。あの桜山さん。聞こえなかったんだけれど、なんて?」
チューだ!!!
ちゅう??
言わせるな。キスだ!!!
――俺は理解した。要求とはこういうことなんだって。
俺と桜山は幼馴染で七五三に一緒に行って写真を撮って、その時の子供同士のおめでとうっていうやつで、お互い唇と唇を、チュってした。
それから……しばらくして俺達は交際したっけ。
交際したと言っても青春時代の1ページのような物語の交際。
そんなの長く続くわけがない。
お互い大人になってお互い別々の人生を生きて、やがて好きな人ができて、それも大人の恋愛。
桜山蜜柑は、俺にこう言いたかったんだ。
俺にとっては七五三のチュってした写真は、過去の思い出だけれど、彼女にとっては、それを誰にも見られたくない。
俺は別にって思うのだけれど、あいつは、つまり乙女心っていうやつだ。
ちょっとまった!!!
「あんた達、付き合ってたの? ほんとに本当に??」
「まあ、若いころに青春ってやつですよ」
「青春って、トケルン。青春って!!」
「だからさ、女子軍団よ……落ち着いてくださいなって」
「……トケルン。あんた、やっぱ最低だわ」
「あんた、女の子の気持ちをよくもまあ……」
「お兄ちゃんって、乙女心が分かんなーい!!」
――そうでもないと思うけれど。
んでオチ……
「まあ、お互い淡い青春ってことでさ。青春越えて春よ、来い来い。桜山だけにさ!!」
おい! お前。最低だ!!
ボコッ! ボコッ! ボコッ! ボコッ! ボコッ!
「……ったく。こんな男と別れて良かったわ」
最後に登場したのは……まあ、書かなくても分かりますよね?
――そして、私は気絶して坂の上から転げ落ちました。
んで、気が付くと……。
パッパカパーン!!
「なんだ? なんだ??」
「お兄ちゃん、おめでとう!!」
「お兄ちゃんさん、おめでとう!!」
「だから、なんだなんだ??」
目の前に2人いる。向かって左側にはナザリベスがいた。いつものナザリベスがそこにいた。
さっきのパッパカパーンってのは、ナザリベスが手に持っていて吹いたラッパだった。
じゃあ、向かって右側の見た目が20歳過ぎの、この女性は誰なんだろう。
「お兄ちゃんおめでとう。ようやく死ぬことができたね。そんでもって地獄じゃなくって、ここに来ることができたんだね」
ここってどこなんだ。自分は辺りをキョロキョロと見回した。
「お兄ちゃん、こんなの謎々にもならないってば」
「じゃあさっさと教えてくれ! ここはどこなんだ??」
「ここは、もっちろん! 天国だってば!!」
「……ああ。やっぱ打ちどころが悪くて、俺、死んだんだ」
「そうだよ、お兄ちゃん。おめでとう」
全然、めでたくないだろが!
「なんで、だってお兄ちゃんは言ってたじゃない。自分はもう十分に生きたって。ずっと覚悟を決めて、今日まで生きてきてそして死んじゃった。大往生って言っていいんじゃないかな?」
そうなのか?
「ところで、お前の隣にいるその女性は誰なんだ?」
「ふふ、これお兄ちゃんへの謎々にしーよおっと!! お兄ちゃん謎々だよー。さーて、この女性は誰でしょうか?」
「分かるか!」
「んじゃあ! ヒントを出すからね。ヒントは4月4日だ!!」
「ふふっ。ナザリベスちゃん、そのヒントは簡単すぎない?」
その女性は、ナザリベスを見つめて微笑んだ。
しばらく……。
シンキングタイムのトケルンである……
そして。
「――ああ、そうなのですね。あなたは田中伴美さん。つまりナザリベス、この子が大人になった人物、そうなのでしょう。……これが正解だ! そうだろナザリベス!!」
「お兄ちゃん、せいかーい!! この人はあたし、んで、あたしが大人になったあたし、つまりはあたし」
ややこしい。
「お兄ちゃんも、お兄ちゃんが子供の頃に出逢った幽霊で、お兄ちゃんの子供の頃の自分を実在化させた存在。つまりそれは、あたしは、お兄ちゃんで、お兄ちゃんは田中伴美さんで、田中伴美さんはあたしってこと」
「あー意味が分からん。ややこしい。でフルボッコされて病み上がりで、でも理解はなんとなくできた」
「おいナザリベス。そのあたしとあたしが『あたし』になんのようなんだ?」
「それも謎々に……まーったくならない。だから、さっそく教えるね」
『あたし』が死んだから、あたしとあたしが、お迎えに来てあげたんだよ。天国に!!
※ここからは、とても難解な文章です。読まなくてもいいかも。
ふふ、あたしの子供頃のあたしってこんなんだったのね。と大人になったあたしが言った。
えへへ。あたしって可愛かったでしょう。まあ当然ね。と自分のことを、あたしというあたしがそう言うと。
あたしだって、大人になっても可愛いんだからね。と大人になったあたしが言ったら、それって子供の頃のあたしが、可愛さを維持し続けたおかげでしょう。
あたしさん!
あたしも相変わらず、あたしだね。
そうかな?
あたしって、よーく見るとあたしよりも可愛いんじゃない。見間違えかな?
いえいえ、あたしは可愛いよ。そう言うあたしも可愛いって。
ねえどう思う? そこのあたし!
お兄ちゃん!! お兄ちゃん!!
――ところで、あたしはあたしと、あたしのどちらが可愛いって思う?
そうだよあたし!
あたしはあたしと、あたしのどちらが可愛いって思う? ねえ。
ねえ。お兄ちゃん!! ねえ。お兄ちゃん!!
続く
この物語は、フィクションです。
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