第12話 桃太郎の吉備団子!! 猿蟹合戦の青い柿!!

「……………」

 佐倉川カナンが、リビングの壁に掛けていた額に目が留まる。

「どうした?」

 と杉原ムツキが彼女に寄り添って、同じく額を見つめた。


「これ、何か変じゃない?」

「なにが?」

 佐倉川カナンに促されて、杉原ムツキが見ると、それは3人の女の子が手料理を調理している場面の絵だった。


「ねえ? 何か違和感あるよね? それに、何かが足りないと思うんだけど……」


 その絵は、「宇治金時」を3人が囲んでいる絵である。

 絵を見ている鑑賞者に、まるで、宇治金時おいしいよ~どーぞと言いながら、恋人があーんと口を開けたら、しょうがないわねーと彼女がスプーンで彼氏の口にそのアイスを。

「どうかした? 君達??」

 ティーカップの食器を洗っていた手を止めて、天野さんが2人のところへと歩んでそう聞いてきた。


「あの、私達この絵を……」

「ああ、この絵は、僕の親友のトモさんに描いてもらったんだけど、それが何か?」

 ん? と天野さんが明るく訪ねて、そして……ススっと耳打ち。

「こっそり鑑定したらさ『うんびゃくまんえん』するみたいだよ」


「ええー!!! ほんとですか??」


「ちなみに、真ん中にいる女性が僕なんだよ。彼そう言ってたから」

「この絵のモデルということですよね?」

 深田池マリサも絵の前へと来た。



 その人物、左手でグラスを添えて、スプーンを右手で持っている。




「ほんとうにね、人生いろいろだったんだから……」

 と言うと、天野さんは俯いた。

「どういう意味ですか?」

 深田池マリサが聞く。

「もう、チウネルさん! そんなこと聞いちゃ困るじゃない」

 佐倉川カナンがそっと右手を深田池マリサに添えて、

「そ、そうよね。私達お使いで来ているのだから」

 深田池マリサ、あたふたと。


「……まあ、昔の苦い思い出だよ」

 あははは、と空笑いして天野さんは、再び食器を洗い始めた――



 むせーんいんしょく おりかささん??


 こころがおーれた たかーださん!!



「あたしお腹すいたー」

 とナザリベス。

「お前は幽霊だろと、今さっきお茶したばかりだろ! それに、もう俺たちお使いを済ませたんだから。もう、帰らないと、日帰り旅行だしな……」

 杉原ムツキが言う。ほんと……めんどくさがりやだね。

 さっさとタクシーに乗って、JRに乗って帰りたいんだ。

「タクシーで帰って、早くたかや駅前のワシントンプラザホテルにチェックインして、夜の通り朝市を観光しよーぜ」



 ゴロゴロロ……



 そしたら、外から何やら変んな音が聞こえてきた。

 夕立の前のあのゴロゴロ、積乱雲が巨大発達した時のあのいや~な音である。

 大雨、濁流、なんか嫌な予感。そう、それは当たるものだ。



 ザザーー



 現在、岐阜県飛騨地方に大雨・洪水警報が継続して発令されています。

 その影響で高山駅前の宮川は、現在、大雨による大増水のため、橋の通行を禁止しています。

 気象庁によりますと、この大雨は今晩中降り続き、明け方まで濁流・土砂災害の危険性があるということです。


「だからトケルンさん。午前中に行こうって私言ったよね?」

 深田池マリサ、怒っている。

「しかたないだろ! 午前は俺、英語の補習だったんだからさ」

 しかし、杉原ムツキは居直る。


「あちゃ~」

 窓の外を見つめている天野さん。

「こりゃ。君達、今日は帰れないじゃん」

 と、振り返り皆を見渡す。

「あはは……ですねぇ」

 深田池マリサのその言葉に、続いて他の皆もあはは……という感じで。


 でも、一人。というか幽霊。

「わーい。お泊り!!」

 どんだけ無邪気やねん。ナザリベスよ――

 でも、それを聞いて、

「あはは! まあ、そうくるよね。うんうん!!」

 天野さんは何度も頷いてくれて……。



 ――結局、天野さんの家に一泊することになりました(なんだか、みずやりていと同じパターン?)




 ゴロゴロロ……


 山奥の夜は深い。日の入りも早い。ついでに大雨・雷雨はやむ気配がまったくない……。

 そんな中での天野さんの助け舟。まあ、こんな広いお屋敷だから、空き部屋の一つや二つはあるに違いない。

 事実、あるようだ! 


 ギーコ ギーコ……


 二階への階段を踏みながら天野さんが、

「まあ、二階には空いている部屋がいくつもあるから、どこか好きな部屋を探して今日は一泊してくださいね。教授には私から連絡しとくからね。今日は天候不良で高山駅前のホテルに戻れません。だから明日、東京には帰れませんと……」


「あ、ありがとうございます」

「どうも、お世話をおかけします」

 深田池マリサと佐倉川カナンが、同時にペコリと頭を下げてお礼をした。

「ほら! トケルン」

 なんだか、瑞槍邸の再現みたいだ。

「ど、どーもです。お世話掛けます」

 杉原ムツキもペコリ。


 ふふふっ。天野さんは彼らを見て微笑んだ。

「若いって、いいね」



 ――しばらく2階の廊下をスタスタと行った先で、

「さ、このあたりの部屋はみんな開いているから、好きに使っていいよ。どうする、みんな個室がいいかな?」

 と天野さん。

「い、いえ。私とカナッチとナザリベスは同じ部屋で寝ます」

「そうか……」


「じゃ、俺も……」


 その時、


「おんどりゃ!」×2

 深田池マリサと佐倉川カナンからの痛恨の一撃、ドロップキック。


 うわっ


 くるくるくる……杉原ムツキが廊下を逆でんぐりがえしで、壁にドスン。


「あんたアホか! バカか!!」

「あんた、男なんだから。別室確定なんてあったり前じゃん!」

 深田池マリサと佐倉川カナンが一緒にそろえて、杉原ムツキに向かってアッカンベー!! 

 ベロまで出してだ……。

「あ~あ。お兄ちゃんもこりないね」

 どういう意味かは置いといて、ナザリベスも彼女達と同じくアッカンベー。

(というより、君って幽霊だったよね? 寝室とかベッドとかいらないんじゃね??)



 それはおあいにくさま、作者さま。

 独身の作者さまは男子だから、わかんなーいと思うけれど、

 レディーに寝室は必須なのよ。(ああ、そういうものですか?)


 ええ! レディーにとっての寝室は、桃太郎の吉備団子!! 猿蟹合戦の青い柿!!


 これがなかったら物語が進まんじゃん! ってのがレディーにとっての寝室。わかった?



 なんとなく……。




「何かあったのかな?」

 と深田池マリサ。

「大学の出版局とか、教授たちとは縁が深いみたいだけれど、縁が深いのだったら、ずっと東京で暮らしていたらって思うよね? なんだか、暮らせない理由があったのかな?」

 寝室――レディーの必須の寝室には、深田池マリサと佐倉川カナンと、幽霊のナザリベスの3人がいる。

「さあ、考えすぎじゃない。チウネルさん。大人の先生達の事情なのですから、それに都心の出版社とか本校の出版局とか、なんだか絡んでいる話のようですから……私達生徒にはなんとも」

 この話に、なんだか乗り気じゃない佐倉川カナン。

「なんか~。不倫とか、浮気とか、駆け落ちとか~かな」

 ナザリベスも加わっている。

 いわゆるガールズトークである。



 コン コンッ



「は~い」

 深田池マリサがあわててドアへと駆け寄って開けた。

 そこに立っていたのは、勿論、天野さん、

「皆さん。お風呂に……屋上の露天風呂に、天然温泉の露天風呂入ってください。とってもあったまりますから」

「屋上に天然温泉の露天風呂があるんですか!?」

「ええ……」


 一同は思った。

 ああ、教授さま。私達に赤点という苦行をお与えになって、私たちは遠路はるばる岐阜県は飛騨高山にやってきました。

 それはそれは、紆余曲折(タクシーでストレートじゃん……)

 自宅にようやく(なにがようやく?)たどり着くなり、門前払い。(インターフォンを押したら、すんなり現れたよね?)


 ああ、神様(教授から格上げしたよね?)


 これがご褒美というものなのですね? ええそうです。自ら納得。


 だから、私達はそのご褒美を甘んじて受け入れます。受け入れます。


 受け入れますから!!!



「さ! 行きましょうか!! カナッチ」

「ええ、チウネルさん」


 ぎゅっと握手をする2人。そして、


 ズササ――――


 一目散に、目指すは屋上の天然温泉の露天風呂。

 ……ナザリベスを置いてね。(まあ、幽霊だからお風呂はどうなんだろ)




 ――そのナザリベス。ひょいっと座っていたベッドから起きて、部屋のドアを開けて、スタスタと廊下を歩いた行って…………

 たどり着いたのは、トケルンが一人いる寝室である。

 そのドアをナザリベスは、コンコン――じゃなくて。


 フワー


 っと、なんと扉をすり抜けて入っていった。幽霊だもんね。


「お前か、ナザリベス」

 逆でんぐりがえしで、どうやら片膝と肩と腰を痛めた様子の杉原ムツキ。ベッドの上に寝そべって、物言えぬ苦痛を耐えながら、体中を摩っていた。

「あいつら、こんなの逆セクハラじゃんか……」

 と、ブツブツ愚痴りながら、彼は体中を摩っている。


 それを見ているナザリベス。

「ところでお兄ちゃん。お兄ちゃんには、もう謎が解けているんでしょ!」

 と、おもむろに聞いた。


「……ああ、勿論だ」

「さっすが~ あたしのお兄ちゃん」


 それを聞いても、杉原ムツキは動じない。更に、

「問題は、両側の2人は誰なのかだ?」

「だよねー。お兄ちゃん!」

 ナザリベスのその言葉に、ちょいと、首を傾けて彼女の方を向いてみたけれど、やっぱり体中が痛い痛い。

 摩ることを……今は優先している杉原ムツキだ。


「お兄ちゃんは、あったまいいからね。もう分かってるよね」

「お前も幽霊だから、すべて霊視したんだろ」

「あったり!」

 エッヘンのナザリベス。


 一方、

「俺達、どうしてこうも、こんなありとあらゆる悩み事に巻き込まれるんだ?」

 それは当物語の主人公である杉原ムツキの、切迫した謎々なのだろうか?

「そんなの、簡単ななぞなぞ~」

 ナザリベスは少しクスっとほほ笑むと、フウーと宙に浮いた……。

 見上げるトケルン……。


「言ったじゃない。生と死は同一、死は生の裏返しだって、お兄ちゃんが」


「俺言ったっけ?」

「言ったよ。チウネルお姉ちゃんの前で」



 死ぬために生きるとは、人間はよく言ったものだね、お兄ちゃん……



「あたしは、お兄ちゃんの守護霊なんだから」

「だから?」

「だから! お兄ちゃんは言ったよね地獄で、あたしとなぞなぞ対決した後に……」



 俺も須弥山に連れてってくれ……



「あたしはお兄ちゃんに、心配しなくても、もうすぐ病床から生き返るよって、お兄ちゃんに言ったっけ?」

「……確かに」

(このあたりのことは、初回シリーズを読んでください)



「お兄ちゃん……。ここから、かなり難しい話をするからね」

 と言うとナザリベスはベッドに座って、

「形而上という概念がある。これは分かりやすく言えば、自分たち人間を創ったのは宇宙で――その宇宙を創ったのは神様で、というメタ認知のことだよ」


「今、お兄ちゃんは、どうして自分はこんな目にと思っているけれど、それは、はっきり言ってお兄ちゃんが形而上の創造主にとって、そう考えて行動してくれることが、創造主にとっての願望なんだ。そういう目に見えない形而上的な力学がね、この宇宙にはあるんだから――」


「お兄ちゃんが、滑り台で足をすべらせて入院して、地獄であたしと再会して、そして生き返ることができた。あたしとお兄ちゃんが瑞槍邸で出逢った本当の理由は、お兄ちゃんの命を救うためだと――形而上的にはそうなるよね」



 そうは思はない??



「……………」

 当物語の主人公、杉原ムツキは少し考えて。

「……それって、RPGの必須アイテムみたいなものか?? いやそうだろ」

 杉原ムツキは、まあ、頭がいいから自分で納得しました。

「ということは、RPG的に考えると、天野さんが俺たちを呼んだのか? そうしないとエピソードが続かないから……か」



「……………」

 ナザリベスは何も言わなかった。



 ――しばらく部屋で沈黙が続いたけれど。

「おにいちゃんへ、なぞなぞ~」

 それをかき消すかのように、ナザリベスの大きな声が部屋中に響いた。

「もんだーい! 777は素数で~す! あたしはウソしかつかなーい!!」

「素数じゃない。3×7×37で因数分解できるぞ」


「そのとーり! 見た目は、みーんな素数なのにね。それが3人あつまっちゃったら、あ~ら不思議割り切れちゃった。3人あつまったらの話だけどね……」

 何が言いたいのかな ナザリベス??




 7は素数だけど、77は素数じゃない。これってなんか皮肉だと思はない、おにいちゃん??




 ――豪雨は止む気配がない。


「おにいちゃん! ホラー映画の[スクリーム]見たことある? あれ、ホラー映画あるある満載だよね。なんかさ、今日はホラー映画日和とは思はない? お兄ちゃん」

「……どういう意味だ。ナザリベス」


「いや~ん。お互い三途の川で再会した間柄じゃない。……そういう意味」

 ナザリベスはそう言うと、まさしく幽霊のようにスーと姿を消しました。





 続く


 この物語はフィクションです。また、[ ]の内容は引用です。

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