第11話 代々木の杜のレシピ
『代々木の杜のレシピ』
――手料理を通して紡ぐ3人の女の子の友情物語。
「なつかしいね~」
ティーカップに注ぎ終わった天野が、ダイニングテーブルに腰掛けて言った。
「ほんと、なつかしいよ」
角砂糖を2個カップに入れて、スプーンで静かに掻き混ぜる。
「……………」
その姿を深田池マリサは、静かに見つめていた。
!?
「あ! ごめんごめん。つい、物思いにふけっちゃったね……。ごめんごめん」
あはは……天野が軽く微笑んだ。
てってれ~ そんな時は、〇〇ボックス! じゃなくて。
「代々木の杜のレシピはね、僕がちょうど君達くらいの年齢の時にアイデアが浮かんだんだ」
気を取り直した天野。自分の著作物の思い出話を語りだした。
「え? 私達くらいの年齢の時にですか?」
深田池マリサの、口を当てていたティーカップの手が止まる。
「そうだよ。ちょうど今自分の季節――3月上旬に一通りのディテールを形にしたかな? 企画から素案を作って、その期間たったの1っ月だったっけ?」
ニコり……と天野。
「それって、すごいことなのですか? 天野さん」
佐倉川カナンが訪ねる。
「……カナッチお姉ちゃん! このチョコレートの袋あけてくれない。あたし握力が」
ナザリベスが、うんしょうんしょと私闘しているのは、おやつのチョコレートの封だ。7歳の女の子には開けにくいかな?
「いやいや、はっきり言って突貫工事だった」
「突貫……ですか?」
佐倉川カナンはそう言いながら、ナザリベスのチョコレートを手に取り、封をサッと開けてあげる。
「ありがとう! カナッチお姉ちゃん!」
ナザリベス、嬉しそうにチョコレートを口に含んだ。
「ああ……。代々木の杜のレシピは、もともとは大学の授業の課題だったんだ。自分のオリジナルの小説を書けっていう、文理学部の恒例の課題だ。君達もそのうち、同じような課題を受けることになると思うよ」
「課題だったんですか?」
深田池マリサの新鮮な驚き、
「うわ……めんどくせ」
一方、杉原ムツキは見るからに嫌々な表情になった。
「ちょっと、トケルン黙っといて」
深田池マリサが杉原ムツキに突っ込む。
「……はいはいな」
と杉原ムツキは言うと、ナザリベスと同じくチョコレートを手に取って口に含んだ。
ティーカップを飲み干した天野、
「この小説にはね、思い入れがあってね……折角、こうして君達に出会えたんだから教えてあげようか」
両ひざをそろえ、両手を静かに乗せて背筋を伸はして言う。
「……俺は別にいいで」
「ちょ! トケルン、あんた黙れ」
グヘッ
深田池マリサの肘打ちが、隣に座る杉原ムツキの脇腹にクリティカル! その音が鈍く聴こえた。
「き、聞きたいです! だって『代々木の杜のレシピ』の誕生秘話!! 聞きたいです」
グンっと椅子から立ち上がって、それはそれはとびっきりの目の中にきらきら星を輝かせる、只今乙女心モードの深田池マリサ。
「あたしも聞きたーい!」
右手をグイっとまっすぐ挙げる、ナザリベス。
「そうだよね~ナザリベスちゃん」
深田池マリサがナザリベスを見つめて笑顔になる。これで2対1、今回は多数派工作の深田池マリサである。
「私も聞きたいです」
佐倉川カナンも賛成票を投じる。
(うっしゃ!)
当選確実の深田池マリサ……。これで3対1だ。(なぞなぞ! ところで対1の人って誰でしょう?)
解答 トケルン
――3人の女の子の友情物語
とある代々木の料理学校に入学してきた3人の女の子がいました。
1人は家庭の事情で学費が工面できずに、一浪して入学してきました。
1人は生まれつき病弱だったけれど、なんとか入学できました。
1人は夜間高校に通って勉強して卒業して、入学してきました。
3人の女の子には夢がありました。
1人は自分が作る手料理で、将来の家庭を明るくしたいと願いました。
1人は自分が作る手料理で、もっと栄養のある食事を食べたいと願いました。
1人は自分が作る手料理で、ちゃんと自炊できて生きていこうと願いました。
3人にはそれぞれ、しっかりとした願いがあったのです。
「実はこの話にはね、モデルがいたんだよ!」
と言うと、天野はティーポットを手に取り、自分のカップに注ぐ。
「ええ! モデルがですか? いたんですか」
深田池マリサの興奮は収まる気配がない……。ファンなんだね。
「ああ、生まれつき病弱だった女の子は、僕の武藏谷文芸大学の1年生の時に出会ったゲーマー仲間だ」
「ゲーマー仲間ですか?」
佐倉川カナンが聞く。
「そう! その仲間は[ゼルダ]が誰よりも好きだった。懐かしいな」
「でも……病弱って」
杉原ムツキが、そのキーワードに気が付いた。さすがIQが高い男だ。
「あはは、そう、そのゲーマー仲間は生まれつき病弱――肺に慢性的な疾患を持っていた。ずっと授業中もせき込んでいたっけ。……あるとき大学病院に入院することになって。肺に影が見つかったってね」
ティーカップを口につけて一息。
「見つかって? それから??」
深田池マリサが尋ねる。
「数年後に死んじゃった」
天野は明るく答えた。
「……………」×3
深田池マリサ、佐倉川カナン、杉原ムツキは沈黙した。
♫~
ナザリベスはというと、幽霊だからか――人が死んだ話にはまったく動揺を見せなくて、美味しそうにチョコレートをパクパクと食べ続けている。
「夜間高校に通ってというのは、僕の当時近所に住んでいた、小学生時代からの同級生だ」
天野の昔話は続いている。
「小学生時代からの同級生ですか?」
深田池マリサが聞く。
「ああ、まあ。今はもう疎遠だけれどね。小学生、中学校、高校と毎週日曜日になると、近所のゲーセンで遊んだ仲だったっけ」
天野もチョコレートを一口含んだ。
「……中学時代にいじめにあってね。いつしか登校拒否をするようになってしまった」
「登校拒否ですか……」
佐倉川カナンが少し目を虚ろにして呟いた。
「登校拒否して……、そしたら、進学なんて限られちゃって。公立の入試なんて受かるわけもなく、仕方がないから入試免除の夜間高校に通ったんだ」
天野はそう言うと、天井を見上げて、
「そういうことを、ずっと見てきたんだ。僕の人生で」
自分の記憶を走馬灯のように見つめているのか、天野は天井をじーと一点に見て呟いたのだった。
「一浪して入学……というのも、モデルがいるんですよね?」
天井を見上げている天野に、深田池マリサが恐る恐る聞いた。
2人のモデルの話を聞いて、3人目のモデルが誰なのか知りたいのは当然の反応だろう。
「ああ……その人物は僕だよ」
「え! 一浪して入学のモデルは天野さん。作者自身なんですか?」
口元に手をあてて、深田池マリサが驚いた。
「ああ、僕だ。僕は実は大学受験に失敗しちゃってね。まあ、滑り止めの短大には合格していたんだけれど、やっぱし武藏谷文芸大学に入りたくてね。だから、一浪したんだ」
「そんなに本校って、一浪してまで入学したい学校ですか?」
「もう! トケルンあんた」
「トケルンさんってば!」
両手で頭を抱えてそうボヤいた杉原ムツキ、それを深田池マリサと佐倉川カナンが止める。
「……あはは。君は面白い男だね」
天井を見上げていた天野。彼の言葉を聞いて天野は少し俯き沈黙したけれど、すぐに元の表情を明るくして、そう言った。
「あははは。まあーそう思うよね」
天野は左手を頭に当てて苦笑いした
「ファミコンの[スターソルジャー]って、16面をクリアーしたら2周目から誘導弾が普通に飛んでくるんだよ」
「……………」 ×3
「それに[裏ドルアーガ]ってのもあったんだ! 僕は苦手なゲームでまったくクリアーできなかったけれど……。[フラッピー]なんてな、十数面までしかクリアーできなかったし……。でもでもさ……[スターフォース]は隠れキャラを見つけたことがあったんだよ」
「あの……なんの話ですか? 天野さん??」
たぶん、これは天野必死の一浪したことに対する条件反射、つまり照れ隠しだ。
「あははは……」
また笑う天野である。
それを杉原ムツキ、深田池マリサ、佐倉川カナンがキョトンと見ていた。
一方のナザリベスは、花より団子、相変わらずチョコレートを頬張り続けている。
「……………」
一呼吸置く、天野。
「FFの、[ファイナルファンタジー]のイラストを描いた天野さんって知ってる? ……僕は初代FFからFF10までリアルタイムで遊んできたことが自慢で…………今のFFって僕たちの世代から見れば、あんなのFFじゃねーって」
「なぜ、話をごまかすんですか?」
トケルンよ! 空気読めって!
「……あははは」
また笑う。
「……」
そして、天野はすぐに俯いた。
「もう! トケルンってば私達お呼ばれしている身なんだからね!!」
深田池マリサがトケルンの肩に手を当てて諌める。
「そうよ! トケルンさん」
続いて佐倉川カナン。
「お、俺? 何か天野さんに気にさわることを言ったのかな?」
杉原ムツキは頭を抱えた。
「もう!」
佐倉川カナン。
「代々木の杜のレシピの話を聞いたじゃない。学費が工面できなかったって。トケルンさんは、前から思っていたけど、そういう人へのフォローとか語り掛けをしっかりと身につけて……」
「身につけてるわいな!!」
杉原ムツキ、渾身のカウンター。
「いやいや……。みんな落ち着いて。まあまあ、そうじゃないんだ本当は」
左手を左右にナイナイと振って、天野が話に割り込んだ。
「まあ……学費は奨学金でなんとかなったんだ。ただ……僕が一浪した本当の理由は、東京の大学に行きたかったこと」
「東京??」×3
「ああ……」
天野は、少し俯きながらティーカップを手に取って言い始めた……。
「受かった短大は大阪市にあって、僕としては、どうしても東京の小平の大学に入学したかったんだ」
と言うと、天野はもう一口、紅茶を含んで。それからチョコレートも一口。
(……作者は思っていたのですが、紅茶とチョコレートって、口に入れたときの甘さが半減しますよね?)
「今でこそスマホなんかで、インターネットで作業することができるけれど、僕が君達と同じ年齢の頃はそんなのなかった。だから本場に行くしか――プロになることなんで叶わなかったんだ。だから、武蔵谷文芸大学に……というとわけさ!!!」
「まあ、その成れの果てが高山の山奥の一人暮らしになっちゃったんだけれどね……。あははは…………」
「あのう? ところで『代々木の杜のレシピ』に書かれている『お弁当箱の幽霊』の話も実話なんですか?」
「お弁当箱の幽霊? チウネルさん何それ」
話題を変えようと――深田池マリサがそう尋ねると、佐倉川カナンは当然だろう、疑問に思った。
「幽霊! あたしとおなーじ!!」
さっきまで大人の話ばっかりで退屈していたナザリベスが、幽霊というキーワードを聞くなり、水を得た魚――皿屋敷で9枚そろっていまーす! な感じで嬉しそうな表情になった。
「同じ??」
天野が眉間にしわを寄せる。
「あわわ!」
慌てる深田池マリサ。
「こら! ナザリベスちゃん。……ほ、ほら、私のチョコレートも食べなさい。おいしいよね? このチョコレート」
「うわ! ありがとうお姉ちゃ……」
無理矢理封を切って、チョコレートを手に持ち、ナザリベスの口に入れる……。
口封じ実践バージョンである。
「ああ、お弁当箱の幽霊はね、僕が幼い頃に出会った幽霊の話を参考にしたんだ」
天野は、みんなのティーカップが空になっているのを見て、それぞれのカップに注ぎながら言った。
「じゃあ、これも実話ですか!?」
ファンの深田池マリサ。これは嬉しい特ダネ情報ゲットである。
「ああ、僕が小学生の頃、遠足のおやつを近所の同級生達と買いに行った時だよ。近くの高校の売店に自販機があって、そこにメロンソーダが売られていた。当時、メロンソーダの自販機は高校の売店にしかなかった。なつかしいね」
天野もチョコレートを一口。
「そのあとショッピングセンターに行ったんだけれど、その屋上にゲーセンがあってね」
「ゲーセン、好きですよね?」
杉原ムツキが聞く。
「はははっ。ああ大好きだね」
ニコリと、天野。
「……遠足のおやつの代金を親からもらったけれど、当時流行した[ドラゴンバスター]のアーケードゲームがあってね。あはは、みんな使っちゃったんだ」
左手を頭に添えて、天野が笑う。
「あはは……。自宅に帰ったら親が待っていて、僕が遠足のおやつを買ってこなかったことに激怒。あの時はこっぴどく叱られた。その夜に、ずっと僕は泣いていたんだけれど、まあ、僕が悪いんだからしょうがないんだけれどね」
「はあ……あの、それと幽霊とどういう関係ですか?」
深田池マリサ、話が見えていないから率直に聞く。
「……その夜に、出たんだよ幽霊がね。僕の目の前に、そして幽霊が僕に言ったんだ」
「言った……んですか? 幽霊が喋った……ああ、あり得るか」
杉原ムツキがそう聞こうとした瞬間――ダイニングテーブルに着席している、幽霊のナザリベスの存在を思い出して口を止めた。
「……どうしたの? お兄ちゃん」
ナザリベスが口元のチョコレートをベタベタと指で取ってはしゃぶってをしながら、杉原ムツキを見て聞いた。
「なんでもないよ……ナザリベス」
「……そ、そんで、なんて言ったんですか?」
深田池マリサ、グイグイだ。
そんな彼女をじーと見つめる天野、そして
「言ったんだ。いい子にしないと、もったいないお化けがでるぞ~ってね」
天野、してやったり感!!
つまり、クリティカルヒット!!!
もったいないお化け??
勿論、若者であるみんなには意味が分からないのは当然なのである。
続く
この物語は、フィクションです。また、[ ]の内容は引用です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます