第二章 くいしん坊のナザリベス!!

第8話 フライパン 焦げちゃダメだよ オムライス

「じゃじゃーん!! ナザリベスの、おはようグッドラック! 3分クッキング!!!」

 両手を元気に真上に広げ手掲げ、両足の歩幅は肩幅よりちょい広め、ちょうど、ラジオ体操の大きく背伸びをして深呼吸~の3つか4つくらい前のポーズで……。分かりにくいと思うのでラジオ体操して確認してくださいな。

「みんな~げんき~! 今日のレシピはね……」

 掲げていた両手を、今度は手をグーにして腰に当てる。

「暦は3月! 春来たらば、まだまだ肌寒いけれど、そんな中途半端な今の季節をスッキリと乗り越えちゃおう! 合言葉は、


 フライパン、焦げちゃダメだよ オムライス


 でーす」

 ニコッと笑顔になるナザリベスだ。


 ちなみに、テレビ画面に映っているキッチンの『上に』じゃじゃーん!! と仁王立ちしているていです。ナザリベスは7歳の幽霊の子供だから、キッチンの向こうに立つと、背が低くて画面に映りません……。

 お行儀悪いですけどね。


「さっそく! 今日のレシピはね『鰤大根のお弁当』だよ」

 鰤大根のお弁当?? なんか変なお弁当だと思うけれど。そもそも、鰤大根ってお弁当にできるのかな?

「でっきる~のかな? でっきる~のかな?? できるんじゃん!!」

 ですって。

「やればできる! 何事も。……さすがに煮汁をたらたらお弁当箱に入れるのは、難しいけれど」

 ナザリベス、右手をグーのままほほに当てて、肘を左手で支える『考え中~』のポーズをした。考える人の石像のあれですよ。

「否! たっぷりと鰤と大根に浸してやればなんとかなるって! たぶん……」

 ……でしょうね。たぶん。

 ニコッと苦笑い……もとい笑顔を作って、


 スタン!


 ナザリベス、キッチンの上から勢いよく床に飛び降りた。

 そして、キッチンの上に置いてある布をかけた膨らみを見つめ、両手で怪しいゼスチャー。

 なんだか、魔女が“ちちんぷいぷい”っていう感じで、魔法を掛けるように。


「……じゃじゃーん!! 出来上がった鰤大根弁当がこれだよ~!!」 

 サッとその布をマジシャンが勢いよく取り払うように、ナザリベスも取った――

 そこにあるのは、もちろん鰤大根のお弁当。


「う~ん! とっても美味しそうだよね。あたしも今日のお昼はこの鰤大根のお弁当にしよ~っと!!」


「じゃ~ みんな! ごきげんよう!!」

 右手を大きく左右にふって、視聴者とお別れするナザリベスでした。



 ……クッキングじゃないよね? これ。




 ――ここは武藏谷文芸大学。

 その文理学部の担当教授の部屋である。担当している科目は英語。

 英語――ナザリベスシリーズの初回『トケルン』を読んだことがある読者であるならば、なんとなく想像がつくと思うけれど、英語の担当教授が、とある生徒2人を呼び出した。

 呼び出されたのは『チウネル』という愛称の深田池マリサ。武蔵谷文芸大学文理学部3年生。


「えー!! またお使いに行かなきゃダメなんですか?」


 深田池マリサの悲痛な叫び声が、部屋に大きく響いた。

 担当教授は、彼女のサプライズな最後の抵抗に、まったく同様することなく静かにコクリと頷く。


 彼女の学業成績は普通より、ちょっと下である……。

 当大学では授業についていくのがやっとで、いつも試験になると白河の関越えんと……の農民が通行手形をお侍様に見せて、無事に通してもらえるかなという、もしかしたら刀で一刀両断されちゃうかも。

 いやいや、自分は何にも悪いことしていないから大丈夫……だと思うけれど。

 という心境と、今担当教授の前に立っている(たたされている)彼女とは同じ境遇である。


 深田池マリサの英語の試験の点数は……赤点だ。


「そ、そんでもって! ま、また『トケルン』と一緒に行かなきゃいけないんですか?」

 彼女の更にさらにな悲痛な叫びは、お使いに追加されている『条件』に対してでもであった。


 トケルン――この物語の主人公である。


 本名は杉原ムツキ。武藏谷文芸大学文理学部3年生で深田池マリサとは幼馴染で、ご近所同士でもある。

 見た目はパッとしない、でも中身はズバ抜けてIQが高いのだ。

 神様はどうしてこんな男に知恵の実を与えたのだろうと、類人猿ホモサピエンスを代表してストライキ権を行使したくなる相手、それが杉原ムツキという男性である。


 彼に解けない謎は(本当に)無い! 


 初回の物語を読んでくれた読者は分かると思うが、そう! ナザリベスが次から次になぞなぞを出して対決したシーンである。


 本当に何でも解けるんです。


 しかし、極度のめんどくさがり屋だ……。

 庶務・雑用はすべて幼馴染のチウネル――深田池マリサに任せっきり。トケルンよ! 言っておくが彼女は君のメイドじゃないんだからね。


「また、トケルンと一緒になんて嫌ですって! 教授ってば」

 担当教授に駆け寄り、両肩を揺すって自分の悲痛さを訴え掛ける深田池マリサ。

「……………」

 その光景を……杉原ムツキは無言でシラーっとした感じで見つめていた。


 ん? なんか気になりましたか?

 そうです。どうして彼もこの部屋に来ているのかって、いるのかってことでしょ?

 英語の試験が赤点の深田池マリサが呼び出しを食らっているのは理解できるけれど、ズバ抜けてIQが高い杉原ムツキがどうしてここに……。

 その謎はとっても簡単! 彼はとかく頭は良いのだけれど、実は、それは英語以外の話でして……。


 彼、英語に興味ねぇ~


 ……のです。

 ちなみに杉原ムツキは赤点すれすれです。これ、いつものこと。


「教授ってば! この前の山口県のお使いを思い出してくださいよ……」

 へなへなと床に力尽きる深田池マリサ。彼と行くのが、ほんとに嫌なんだね。そりゃそうだ。

「トケルンって道を間違えても居直り強盗! ゴーレムとのバトルで私を囮にしちゃって!! 帰りの駅ではトケルンのせいで電車4時間待ちだったんです!!!」

 そう言うと、深田池マリサは横を向き見上げた。その視線の先には、勿論。


「俺のせいじゃないぞ、全部な。お前のせいだ」

 当物語の主人公、杉原ムツキの最初の一言は責任転嫁。


「いやいや、何言ってんの? トケルン??」

 右手でナイナイという感じで、手のひらを広げて左右に振る。

「あんたね~。いい加減に……」

 深田池マリサが「しなさいよ!」と言おうとしたけれど、担当教授が2人の間に入って、まあまあという感じで諫める。

「……………」

 杉原ムツキは、また無言になった。



 しばらく、落ち着いた深田池マリサが、

「やっぱし……。行かなきゃけないですよね? 教授」

 恐るおそる深田池マリサが尋ねる。

 担当教授は、またコクリと深く頷いた。

「……んで、コイツと一緒にですよね? やっぱし」

 もう一度コクリと頷く。


 どうして、こうもこの教授が深田池マリサのお使いに杉原ムツキを同行させたがっているのか? それも初回の物語に書きました。改めてここにも書いておきましょう。

 これは教授からの『優しさ』の表れなのです。

 乙女の一人旅は危ないだろう。だから、お供に男子を同行させることにしたのです。

 男子の同行というのも、それはそれで危ないんじゃ? と思いの読者もいることでしょう。


 安心してください!


 杉原ムツキと深田池マリサは幼い頃からの仲なのです。読者の一部が想像するようなチョメチョメ……なんてことは、絶対に起きませんから!


「……………」

 杉原ムツキは、まだ無言である。更には担当教授と目を合わせようとしない。

 まあ、英語嫌いの彼ですから。その彼に対して、そりが合わないな~と感じている担当教授も、なんとかしてやる気を出させようと必死なんです。


「……分かりました」

 深田池マリサ、降参したみたいだ。

「んで、今度はどこに行けばいいんですか? 私、山奥とか嫌ですよ」

 彼女の悲痛な思いからのリクエスト。脳裏には道を間違えたり、ゴーレムに追っかけ回されたり、電車には乗り遅れたり……のトラウマが蘇っての魂願だった。


 ――その英語の担当教授は静かに語った。お使いの内容をである。


 大学の出版局にお願いしていた、とある作家の書籍見本が出来上がったので、チェックしてほしいから書籍見本をその作家の自宅まで持って行ってほしい。

 そ、そんなの郵送でもできるじゃん! と深田池マリサ。

 いやいや、だからわざわざ持って行かせることがお仕置きなのだよ。と担当教授――


 実家まで会いに行くことで、作家の近況も見てきてほしいから、という意味合いもあるのだという。

 いやいや、だからそれってPCのビデオ通話すりゃ簡単に……。そうじゃないと担当教授。


 実際に会うことしか、話をすることでしか、分かち合えない気持ちというものがあるのだよ。……と教授。

 そんなものですか? と深田池マリサが尋ねると。

 そんなものです。と担当教授が仰って――


 ついでに『お預かりしていた膨大な資料』も持っていくようにと、重いぞ、これ……。

 そうして、担当教授から詳細な住所等を教えられて、「はい、これ」と言って渡されたのは交通費。

 大丈夫、この交通費は大学から校外学習費用として計上されるから、君達は安心しなさい。と念押される。

 

 すると、


 ああ、そうか! そういうことか……。


 と杉原ムツキが何やら気が付いた。

 宅急便の代わりってことか。

 


 御名答! さすが何でも解けるんですね。君は!!





 続く


 この物語は、フィクションです。

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