第7話 あたし達は永遠に同じなんだよ。今は違うけど同じなんだよね~!!
この物語を語る『チウネル』と主人公『トケルン』は――作者『橙ともん』と同一です。
それでは『ナザリベス』は誰だと思いますか?
『私達』です。
この物語は、すべてが私達の視点から書かれた物語です。この第一章の最終話で、別にそれを変えても問題はありません。何故なら全員が私達だからです。
誰の視点で書かれてもトケルンでも、それは私達の視点であり、決して変わることはありません。
――彼は思いました。
ナザリベスを救いたいと。
ナザリベスと謎々で闘って勝ちたいと。
ナザリベスを成仏させたいと。
私達のヘタな文章で、何処まで私達を表現できるのか、書ききれるのか。……でも私は書きます。
『トケルンvsナザリベス』
ラスボスの戦闘シーンのようなラストを、ここに残したいと思います。
それは、フェルマーの最終定理のように、例え360年後に私達の気持ちが理解されてもいいのです。永遠の謎々になってしまってもかまいません。
――2017年4月4日、チウネルは病室のイスに座っていました。
病床にはトケルンが寝ています。私はイスに座っていることしかできませんでした。
彼はずっと意識が戻ってこないからです。
病床のトケルン……。
実は、大人げなく滑り台から落ちて、頭を打ち左腕を骨折して、このざまなのです。
ここから先は、トケルンの物語です――
「ナザリベスちゃん。あなたの本当のウソは、決してウソをつけなかったというウソだから。だから、どうかトケルンを助けて……」
「……ここは三途の川か? けっこう広いな」
トケルンの意識? がしっかりしてくる。
「ところで、なんで俺、滑り台に登ろうと思ったんだろ? 余計なことしなきゃよかったのかな」
頭はまだクラクラしている。額に手を当ててみる。
熱は……無いみたいだ。
「ああそうか深田池さんに『トケルンって大きな子供みたいね……』て言われて、自分では小さい子供だと思っていて。……ああそうか、もう俺20歳だったんだっけ」
手と足をブラブラとしてみる。
多少の痛みはあったけど、特に問題はなかった。
「深田池さんにそういうこと言われて、公園にいて……目の前に滑り台があって。あいつとよくここで遊んだっけ……と思い出して」
お腹回りを触ってみる。
内臓も……痛みはない。
「……調子に乗って滑り台へと、そしたら足を踏み外して。……まあ、死んでもいいかなって? 解きたい謎も……もうないしな」
大丈夫そうだ――
「……何、これ?」
見ると、自分の足元にB4サイズの額に入った絵があった。
――それは、トケルンが気まぐれに描いた絵。
「……俺の冥土の土産はこの自作の絵だけか? この幽霊画だけ……」
「!? と思ったらいない。あいつがいない」
トケルンの描いた絵は幽霊画――でも肝心の幽霊が消えていた。
残った絵に描かれているのは漆喰をベースにした背景だけ……。
「……どこに行ったんだ?」
キョロキョロ……
トケルンは本能的に自分の周囲を見渡して、その絵に描かれていたはずの幽霊を探して……みた…………。
――女の子、一人の女の子が三途の川辺で、何やらゴソゴソと探している。
「あの、お嬢さん? ……もしかして?」
「賽の河原で石積み上げるの飽きたし。鬼には愛想つかされるし。……だから、お金落ちてないか探しているのよん! お兄ちゃん!!」
ナザリベスだった。
「……もしかして、六文銭ですか?」
「ううん違うよ。777万だよ」
「お前は、欲張りか!」
「お兄ちゃん、知ってた? あっちの竹藪には3億円が見つかったんだって」
「えっ? それ、ほんと?」
「じゃじゃ~ん!! ウソだよ~。だってあたしはウソしかつかないから!!」
正真正銘、この女の子は7歳の幽霊――ナザリベスだ。
「この川って、
「執着か! だけど、逆さ水なのは律儀だ」
「んで、そこにいる
そりゃ鬼に愛想つかされるか。この無垢な性格じゃ……。
「お兄ちゃん! これでお兄ちゃんも幽霊になったね。これからよろしく~、あっ! 奪衣婆のお婆ちゃんとこに行ったら、お水飲ませてくれるよ」
「死に水!」
「お婆ちゃんの玄関の屏風絵ね。逆だよって親切に言ってあげたのに、お婆ちゃんに、うるさいって怒鳴られちゃった……」
「逆さ屏風!」
「ねえ? お兄ちゃん、この短刀で魚採って焼いて食べない? この竹と木の箸で、
「はいそれ……守り刀。やっぱり違い箸。しかも漢字間違ってる~」
三途の川は、思ったより流れは速くなかった――
平等院鳳凰堂の隣に流れている川くらい速く流れているものと、てっきり想像していたけれど。
まるで山奥の平地の渓流くらいの、夏にキャンプするなら丁度良い環境だ。
「俺の一番の謎々は君だ。なんで、君は成仏できないのかな?」
「これって、謎々だね!」
三途の川辺でジャブジャブしていたナザリベスが、ムクッと起き上がる。そして、
「引いたらダメな阿弥陀くじ。なーんだ? 引いても、楽しくなんかないよね?」
ナザリベス、そのままの勢いでトケルンに謎々を出してきた。
「…………自分の人生とでも言いたいのか?」
「あったり~!!」
そりゃ7歳で死んだんだから、そう思うよなぁ。
「じゃあ結局なーんだ? この結局ってのも、勿論、分かってるよね~」
やっぱり謎々を続けてくる。
「俺はな、その謎々の答えは言いたくない」
「なんで~? なんで~? なんで~?」
7歳の幽霊が急に駄々を捏ね始め――
「あ~うるさい!! じゃあ教えてやる。お前は世界を否定したいからだ!」
「…………じゃじゃーん!! お兄ちゃん、せいか~い!!」
両手を大きく頭の上に広げて、ナザリベスは笑顔になる。
「……ねえ? お兄ちゃん。生きる価値を奪われたあたしの何が分かる? 死んだあたしの何が分かる? 本当に笑うとか本当に怒るとか、そういうこともできなかったあたしの何が分かるの?」
両手をゆっくり降ろしながらナザリベスは、トケルンに淡々と発した。
――7歳で亡くなった女の子の気持ちが見えてきた。
「ねぇ? お兄ちゃん。あたしと一緒に死んでくれる?」
この三途の川を越えてしまうと、もう生き返れない……。
「……嫌だと言ったらどうする?」
「それじゃあ、あたしと最後の謎々対決だよ」
「ああやっぱり。そうなるか……。分かってる。じゃあこい!!」
トケルンは腕を組んだ。
「お前の恨み、無念の気持ちを幽霊という姿で自己肯定し続けるお前。だけど、俺はお前とは違う。お前の恨みも無念もな……くだらない。本当にくだらない。お前はもう死んだんだ、だから忘れろ!!」
俺達、三途の川で何やってんだろう……
――次の瞬間、ナザリベスがふうっと姿を消した。
「問題! あたしの名前は? お姉ちゃんは聞いたみたいだけど、お兄ちゃんは知らないよね~?」
消したと思うと、トケルンの目の前まで……テレポーテーションしてきた。
「佐倉伴美だ!! 墓石に書いてあったぞ」
トケルンはそれに動じることなく解答する。
「半分正解。まあ、この謎々はフリだけどね」
と言うと、ナザリベスもトケルンと同じように腕組した。
「じゃあ~さ!! あたしの幽霊としての本当の使命は?」
謎々は、勿論続けてくる――
「幽霊だから人を驚かせる。忌み恐れられる。でも女の子だから可愛がられる。大切に思われる。拝まれる。可愛い葬儀屋という……裏ジョブだな!」
「この2つの答えから、あたし旅に出たよ。どーこだ? ヒントは……この三途の川だよ」
両手で軽く川面を触って、ナザリベスは謎々を続ける。
「ヒントなんていらない。平等院鳳凰堂だ。宇治川は三途の川、お前の成仏の旅は、ここからだな!」
「あたしの本当の名前は?」
「田中伴美!! 佐倉は旧姓なんだろ」
トケルン、ナザリベスが立っている三途の川辺まで歩いていく。
足元が濡れてしまうけれど、そんなことは気にしない。
「それをどこで知ったの? なんで墓石に旧姓なんだろね? さあ答えて!!」
ナザリベスが更に謎々を出す……。
「ああ! 答えてやる!!」
ナザリベスの隣に立ち……トケルンも川面をしばらく手で触った。
――刹那、これは言っていいのか否かを考えてから。
「……大学の教授から、子供部屋にあったモーツァルトのきらきら星変奏曲の楽譜の表紙から。両親の離婚――死を墓石の佐倉、生を田中にして」
「つまり、あたしの謎々って……なーんだ?」
ナザリベスの川面を触っている手が止まり、トケルンを見上げた。
「……つまり、ママが墓参りにくる理由、パパが子供部屋を守りたい理由。大好きなんだろ!! 佐倉も田中も……」
その目を、トケルンもしっかりと見つめて……。
「だから?? お兄ちゃん??」
「佐倉伴美――田中伴美――君は、君は愛され続けるってことだ!!」
「ふふふっ!! お兄ちゃん、大正解!! …………なんだろうね?」
――三途の川辺に立つトケルンとナザリベス。
十数メートル先に、六文銭を払って乗る渡し船が、白装束を着た死人を数人乗せて……向こう岸へと渡って行く。
川岸は賽の河原――幼い子供達が幾重にも川の石を積み上げている。
「成仏できない君は、何に恨んでいる?」
口を開いたのはトケルンであった。
「そんなこと知ってるくせに~」
「恨んでなんになる。恨んでも世界は変えられない。お前の最初の素数の謎々……この世界を恨むと、お前の誕生日も否定することになる。それでもいいのか?」
「……死んだあたしの誕生日なんて」
川面を、今度は足でジャブジャブするナザリベス。
「お前は、世界って美しいと思わないか? お前も世界の一部だろ?」
トケルンが言ったその言葉――実はお釈迦様の最後の言葉を引用したものだった。
――田中伴美さん。
君の笑顔を、どうか私達に見せてくれませんか?
君の恨みの裏返しから生まれた笑顔を。
あなたの無念も未練も魔的で、ずっと本心を隠して生き続けてきたことを知っています。
君だけの高みを、君だけの命題を君自身が知っています。
生は死と同一、死は生の生き写し。
自分自身との出逢いと別れ。
トケルンが、ナザリベスの幽霊画を描いた理由を――
「お兄ちゃん! ここからは二人だけの本当の闘いだよ。あたしが成仏するのが先か」
ナザリベスは岸へと戻って行く。
「例え、あたしを成仏させても、世界の歴史は確定されているんだけどね」
「あの不完全性定理だっけ? お前は不確定性原理も知っているんだろ?」
同じくトケルンも岸へと歩く。
「だからさ! あたしはウソしかつかなーい!!」
両手を腰に当てて、ナザリベスは笑顔を見せた。
「あたし達、ようやく原点に帰ってきたんだよ!!!」
その笑顔は、次第にクスクスと……笑い顔に変わり。
「違うぞ!! 何もかも違う。ここは俺達が決別する場所だ。俺とお前は、これからは違うから……」
と、ちょいキツめにそう断言したトケルン。
……であったけれど、彼の表情は怖くはなかった。
「あたしは、お兄ちゃんじゃないしー」
「それはウソしかつかないお前のなんだ? 俺はお前が好きだ」
「好きって嫌いのことなんでしょう?」
「俺はお前のウソホントが好きだ!!」
二人はまた、接近して――
「すっごい!! お兄ちゃん、それ難解謎々!!」
(この謎々の真意は、最後の方で解かれます……)
「だから、お兄ちゃんだーいすき!!」
思わずナザリベスが嬉しさのあまり、両手でトケルンの左手をギュッと握り締めた。
「……俺はお前の本当の幽霊の姿が見たい。だから幽霊画を描いたんだ」
「お兄ちゃん? それ論理崩壊してる。……幽霊を描くって、実在しない幽霊をどうやって描くのかな? ねえ、教えてくれない?」
『引っ掛かった……』
……と思ったのはトケルン!!
「天動説から地動説、量子論の観測問題。……そして、お前と俺、一緒に論理崩壊してみようか」
トケルンはナザリベスの頭を優しく撫でる。
「……どういうこと? お兄ちゃん」
「じゃあ! 一緒に思い出そう! 行くぞ2人で!!」
「どこに??」
▽+△ ( ← 時間とか空間が変化している場面を表現しています……)
――ナザリベスの部屋。
天井に星空のある部屋。
トケルンが、こういうことできるってことは……誰もが死ぬとできるんでしょうね?
死んでみなければ分からないですけれど……。
トケルンは部屋の真ん中に立っている。ナザリベスを見つめていた。
ナザリベスはというと、自分のベッドの上に腰掛けている。
「問題、ウソってなんだ?」
唐突にトケルンが問題を出してきた。
「そんな問題かんたーん。自分を守ることだよ!」
足をバタバタと前後に揺らしながら、軽快にナザリベスが解答した。
「じゃあ、ホントってなんだ?」
「それもかんたーん。自分を守ること! ウソもホントも自分を守ることだよ!」
「…………………………、…………………あっ」
「お前は、ウソしかつかないんだろう? お前が、その答えに真剣に答えた瞬間。今、お前は幽霊には言えない答えを言ってしまったんだ!」
ナザリベスの足が止まり、トケルンは数歩前へ歩く――
「……お前が言った、自分を守りたいという答えは、それは、ウソしかつかないお前にとってホントなのか? だとしたら、お前は自分をホントは守りたくなかったという答えになってしまう。だってさ、お前はウソしかつかないんだろ?」
トケルンはナザリベスの口癖『あたしはウソしかつかなーい』の論理――自己言及のパラドックスを利用した。
「……更に、その答えは幽霊として成仏できなかった、お前自身の姿と矛盾するぞ。幽霊の姿として自分を守ろうとしたお前が、なんで成仏できないのかな?」
トケルンが、ナザリベスのすぐ目の前に立った。彼を見上げるナザリベス――
「ナザリベス? 究極的な論理崩壊になってしまったな!」
「……………」
だけれど、言葉が反論が出なかった。
「結局、化けて出てくるってのはさ……。お前のさ、弱さの裏返しなんだよ」
トケルンの左手がナザリベスの肩を摩る。
「お前は自分の本心を結局は……謎々にはできなかったな。……この世に未練があるから幽霊なんだろ? 君の負けだよ。お前はパパとママに本気で支えてくれていたんだぞ! 両親は、お前を本気で支えて生きていた……」
「あたしは、もうとっくに死んだんだけどね………………」
俯くナザリベス――
「じゃあ……お前の棺を誰が持って支えたと思う。パパとママだろ?」
「……………出棺」
(自分のお葬式を自分が俯瞰して見ちゃうなんて……地獄を見た気分だったっけ?)
――ナザリベスの回想。
見えてくる両親の会話。聞こえない。聞きたくもない。
思い出の川。ママがいる。パパもいる。
「ねえ? 伴美ちゃん。謎々を出してあげるね。川はなぜ流れていると思う?」
「なあ伴美。魚はなぜ泳いでいると思う?」
「えー?? それって謎々なの? 分かんないよ~」
「じゃあヒント! 川は流れているから川」
「魚は川があるところでしか泳げない」
ママとパパは笑顔で、あたしを見続けて言ったっけ。
あたしは、その答えがまったく分からなかったっけ?
「お前が『人生』にこだわった理由、その原点がこれだ」
トケルンの声が、どこからか聞こえてくる――
「川は流れなければ……。魚は川の中で……。お前のパパとママは、お前の一生――お前の残り少ない命に対して、どうか私達を恨まずに、受け入れてほしい。パパとママは、お前に、一生というものは、こういうものなんだと伝えたかったんだ……」
「 ママ パパ あたし 死なないよ 」
あたしの最後の人間としての言葉――でも精一杯のウソ……
――チウネルです。実は、私達はエルサスさんから聞いていたんです!
エルサスさんは地に足の付いた楽器で、ナザリベスにモーツァルトのきらきら星変奏曲を弾かせたかったんです。
そして、子供部屋の天井に、お星様をいっぱい飾って――
どんな未来が来ても、つまり短命でも。
……ナザリベスの星は、そこにいるあなただけ。ナザリベスが永遠に人間であることを。
それがみんなの願い。あなたは決して死なないのだよって……。
『あたしなんて、生まれなければよかった。こんなあたしを死なせた世界を、あたしは壊したい!』
『お前のその言葉はウソか? だってお前はウソしか……お前の人生はウソなのか??』
お前の 人生は ウソで いいの か??
――自分が短命であることも知らず、自分が幽霊になって知ってしまった7歳の女の子。
両親の離婚は自分が生まれてきたことではなくて、自分が短命であること……。
それを幽霊になって知ってしまって……なんなのでしょうか?
このストーリー?
生まれてきて良かったの? 生まれてこなければ良かったの?
――どちらを選んでも、なんだか7歳の女の子が全部悪いみたいに見えて。
必死で実在しようとした女の子――死んだ後になってから『死ぬに死にきれない』という腹立たしさ!
「人生のウソってなんだ? 俺はホントの人生は見たことがないけど……」
「君の人生のウソは、ウソじゃなかったんだと……俺が言ってやる」
「……ほんと?」
「……ほんとに? お兄ちゃん…………」
――ナザリベスは気が付くとベッドの上に座っていた。
――目の前にはトケルンが立っていた。
「俺が何故、お前の絵を描いたと思う? 勿論、人間だからだよ。だから、さあ幽霊画に戻りなさい」
「人間なのに幽霊画? どういう謎々なの? お兄ちゃん。そんな謎々はないって…………」
うっすらと見えるそれは涙……。
ナザリベスは涙腺が緩み、目元に小さな水滴のような……涙を浮かべた。
「俺の描いた幽霊画には、ちゃーんと足があっただろ?」
「…………ああっ。そういうことなんだね。お兄ちゃん」
幽霊画の謎々の解答は至極簡単だった。
はじめから幽霊じゃなかったんだ……。
「お誕生日おめでとう。田中伴美!! たしか14歳だったっけ??」
「……幽霊に年齢聞くなんて、お兄ちゃんって」
「本当におめでとう」
パチパチと……トケルンは優しく手を叩いた。
「あたしは人間だから??」
「人間には誕生日があるからな!」
「……ありがとう。お兄ちゃん」
ナザリベス――ベッドの上で身体をソワソワさせている……。なんだか……とても恥ずかしそうに見える。
――それは、生まれてはじめて、生きてきて良かったという感覚?
もう、死んでもいいかっなっていうような……安心感でしょうか?
再び、チウネルです。
ナザリベスちゃんは結局、自分の命が短命であるというホントを、ウソにできなかった。どうしてもできなかった。
ここから、ちょっと難しい話になります。でも聞いてください。
――ナザリベスの謎々。ウソの真意とは“自己否定による自己肯定”であり、虚構の『実在化』を成すこと。
幽霊のナザリベスは、ウソをつき続けることが実在証明になるのです。
ウソである自分を、ウソをつき続けることによってウソをホントにしたかった。
丁度、マイナスにマイナスを掛けるとプラスになるのと同じ原理です。
ナザリベスの誕生日の謎々――素数から辿り着いた誕生日の謎々を覚えていますか?
まるで、虚数の中に素数があるんですという超難問の仮説――
『私達』はそれを無念とか未練と称します。でも、その気持ちは今実在化されました。
幽霊として漂わなければ幸せだったのに……。
でも、それは幽霊にならなければ永遠に理解できなかったのでしょう。
幽霊になる覚悟を決めたナザリベスちゃんに……私は天才だよと言ってあげます!!
だって、たった7歳の女の子ですよ。
あなた達は幽霊になったら、この女の子のような覚悟はありますか?
▽+△ ( ← 時間とか空間が変化している場面を表現しています……)
――再び元の場所、三途の川辺に戻ってきた二人。
「あたしの旅って、何なのだろうねぇ?」
賽の河原の少し大きな丸石の上に、ちょこんと座ったナザリベス。
「幽霊になったんだから、どこにでも旅できるだろが! ていうか早く極楽へ行けよ!! 俺、それすげー羨ましぞ!!」
トケルンも適当な大きさの丸石を見つけて、そこに座った。
「こんなあたしでも、まだ旅していいの?」
「お前の旅は三途の川の向こう側――ゴールは須弥山! 深い深い山奥の……その先だ」
右手で川の向こうの……遠い空の向こうを指さしたトケルン。
――雲の合間から見えたのは極楽浄土のゴール地点、須弥山だ。
「ねえ? お兄ちゃん!! 深い山と掛けて美しい山と説く! その心は…………極上の思い出!!」
「どういう意味なんだ?」
「冥土の土産ってことだよ ^_^ やーい!! お兄ちゃん!! あたしの謎々に、最後の最後で解けなかったね~」
と言って……ナザリベスがトケルンにキスしました。一応、頬っぺたにですよ。
(あの……。ラストの辺りで無理矢理キスシーン入れて、ハッピーエンドっぽく誤魔化す表現って、これ推してるんですか?? ← 担当編集の苦言)
トケルンとナザリベス――何故か自然と同じタイミングで立ち上がった。
「お前可愛いな! 俺とお前の心、やっと解けたな!」
「じゃあね~! お兄ちゃん。今度こそバイバイだよ! それじゃ最後のお約束……じゃじゃーん!!」
「……ナザリベス、お前は永遠の子供で、俺は羨ましいぞ。俺も結婚してお前みたいな子供がいたら、まあ楽しいのかなって思う」
「お兄ちゃん……。あたしはもう幽霊だからあまり参考にしない方がいいよ」
「そうか……そうだな」
「そんなお兄ちゃんに! 冥途の土産謎々~!」
「お前こりないな……」
思わず肩の力がガクッと抜けた……
「素数の法則が見つからないのは、な~んでだ?」
「素数が無限にあるからか?」
「ちが~うよ!!」
「答えは、虚数の中にも素数があるからだよ」
「それもウソか?」
「さあ? どーでしょ??」
「だってさ! 実在世界の虚数の定義が間違っているんだもん。なんでか分かる? だってあたし幽霊だから! あたしはウソしかつかな~い!!」
ドレスの裾をパンパンと叩いて、土埃を掃いながらナザリベスはとぼけた(白装束を着てなかったんだ……)。
「さてと、須弥山を目指しますかな……」
空の向こう、高い高い須弥山を見上げるナザリベス――
「最後に握手しよっか、お兄ちゃん!!」
「……………」
トケルンは無言で頷き快諾――
「――お兄ちゃんの手って、温かいね……」
「俺も死んだのにか?」
「……死んでないから暖かいんだよ。つまり、もうすぐ現実の世界に帰れるってこと、まだ生きているってことだよ」
なんかホッとした。半面、なんか寂しくなってきた――
「…………なあ、ナザリベス。、俺もう疲れたからさ、俺も一緒に須弥山に連れてってくれないか?」
「なんで?」
「俺がお前の供養に、一体どれだけお布施したと思っている? お前の成仏が俺の幸せだった。七五三、馬子にも衣装、巫女に袴だ」
「どういうこと?」
「メイドの遺書……冥土の土産ってこと。ちょっと無理があるか? これがホントの無理心中……ってな…………」
二人が笑顔になった――
「ところでお兄ちゃん!! 頭の中で無関係な記憶をイコールで同じにして、自分の過去や生きる価値を正当化したい気持ちは分かるけれど。でもね、お兄ちゃん!! 今の自分と過去の自分は論理的に無関係なんだよ。お兄ちゃん、橙ともん、あなたの無念も未練も――もう無関係なんだよ」
(あの~。ラノベが論理崩壊し始めましたけど、これで良いのですか?)
「俺は田中伴美がマイナス好きだったぞ! ここでのお前の本音、極楽へ行ったらマイナス本音、現実に戻った俺が思い出せばマイナス記憶になる!」
「あたし、ぜ~たいにお兄ちゃんのマイナス守護霊になってあげるからね、必ずね!!」
ここでの二人の約束。
虚数、実数、まるで複素数の世界。ここに更に『私達』の奥行きを加えると、1と0の実在する実在しないデジタルの世界、ネット、壮大な宇宙が誕生しました。
この壮大な宇宙の世界は私達の宇宙――それが、あなたの心の中で開花!!
私達が残したものは、きっとなんらかの形で、この地球に宇宙に、フェルマーの最終定理のような超難問を与えて、だけど、必ず私達のような『人間』が解くことになるのだと思います。
ラスボスへの闘いは私達の勝利で終わって、やっとエンディングを見ることができたのです。ねえ? エンディングの曲は何がいいですか? 聞かなくても分かりますけれど。
モーツァルトの魔笛でしょ!!
(あの~。そろそろ、このラノベの論理崩壊を止めてくれませんか?)
「お兄ちゃん!! お姉ちゃんが待ってるよ。ホント二人はいつも一緒にいるね、どうして~? ってふふ、あたしは知っているけどね~。じゃあ バイバ~イ」
「子供のくせに、頭の中だけは大人だな」
「ウソホントだよ! 虚数素数だよ~! 幽霊には分かるけど、お兄ちゃんには分かんなくていいよ。お兄ちゃんにだけ教えたよ。あたしを成仏してくれた感謝の気持ちだよ」
「まるで量子論みたいだな」
「そうだね!! あたしの気持ちは観測されなければ実在できない!!」
「そうそう、このトランプカード覚えているか?」
――見ると♡5だ。どうして持ってる??
「あー! お兄ちゃん! 何持ってきてんの!!」
無論、ナザリベスも同じ疑問を持つ。
「お前へのプレゼントだ。これからはお前がゴーレムだぞ。お前の死に真理を与えてやる。お前の幽霊としてのバースデーカード!!」
と言って、トケルンは手渡した。同時に強くギュッと……両手でナザリベスの手を握る。
「……嬉しい。ねえ? お兄ちゃん!! あたし嬉しいよ!! 泣いていい?」
「泣いたらあかん……」
「もう、お兄ちゃんってば………………」
ナザリベスはそう言いうと……三途の川の渡し船のところまで歩いて行った。
――時折、振り返り……。目一杯に手を振りながら。
病室、トケルン目覚める――
んで、チウネルは号泣……。
「……あっただいま」
「もう! トケルン……。おかえり……。もう7日も寝てたのよ!! トケルン、よく頑張ったね!!」
「……俺、そんなに眠ってたのか」
それから、トケルンは今までの出来事をチウネルに話した――
「えっ? 三途の川でナザリベスちゃんと出逢ったの?」
「出逢ってキスされた。……なあ深田池さん。俺達もキスしようか?」
おいどりゃ――――――――――――――!!
チウネルは…………病床のトケルンにはさすがにと思ったのか? 腹ボッコじゃなくて、高速ビンタコンボを決めた!
「あんたはバカか? バカか??」
それから、しばらく無言…………………………んで、
「ねえ? トケルン? 私と幽霊とどっちが好き?」
今度はチウネル!?
「アホか、お前は……。だからさ、好きは嫌いで嫌いは好きで……。やっぱあの時、道を間違えて良かっただろ?」
おんどりゃ――――――――――――――!!
チウネルがもう1回ドツク!! 今度は蹴りコンボで彼の足をだ!
「あんたはね! 人間以下だわさ!!」
「三途の川を見たから。幽霊だけにか?」
「うるさい! お前もう一回、溺れてこいや!!」
いやいや、一回も溺れてないって……。
「なあ深田池さん? 俺、今骨折してるから……今はちょっとつかませてくれませんか? こういうコミュニケーション嫌いじゃないよね??」
「……もう。ホント……ホントに…………。トケルンなんて、だ~いっ嫌いなんだからっ!!!」
そんでもって、最後に思いっきり39連コンボビンタ蹴りドツキ――――――――――――――!!
――こいつら病室で何騒いでいるんだか。呆れますね。
一番呆れているのはナザリベスかな?
トケルンが大人げなく滑り台から落ちた時――その時の真実って、実はナザリベスの幽霊画が風で飛ばされそうになったのを必死になって……というオチでして。
その幽霊画、こいつらが騒いでいる病室に、今飾られています。
ナザリベス。まるで2人を見つめているようで――その表情は不思議で。
しょうがないな~、あきれるな~、
さみしいな~、さみしくなるな~、
あんしんしたかな~、つかれちゃったな~、
もういいっかな~、このふたりってあいかわらずだな~、
という感じの笑顔ですよ。
幽霊の思いが見える……不思議な笑顔です。
これは文章では教えられません。
実物をお見せできればよろしいんですけど…………。
実在したかった、遊びたかった。
生まれてきたことへの罪悪感――
短命というくやしさ。世界への恨み、どうして自分なんだろうという無念。
それでもあなたが選んだ道は、幽霊として……ずっと生きたかったけれど、幽霊の本分を最後の最後で大切に守る努力をした。
たった7歳の女の子の、すっごい決断なのでした――
ナザリベス!! 田中伴美さん!!
お前の真実の謎々ってさ??
あたし達は永遠に同じなんだよ。今は違うけど同じなんだよね~!!
おまけ
「お兄ちゃんに最後の最後の、さーいごの謎々をあげるね!!」
ナザリベス、最後の最後にも、勿論登場――
「いらん……」
「もう! トケルン!! あんたいい加減素直になりなさいよ」
ほんと、トケルンの憮然とした態度に、まったくもってチウネルは呆れます。
「もんだーい! あの絵、どうしてかな~?」
「これが、謎々?」
最後の最後まで、ナザリベスの謎々は難解ですね……。
でもね、チウネルは分かっちゃったんですよ。
「あの絵――つまり、ナザリベスちゃんの肖像画。あれを、本人も見ちゃったんだね。本人からすれば恥辱そのもの、だって、あの絵ってほぼヌードなんだから……」
呆れますね……、トケルンっていう男ってのは。
「あはは……。まあ、お兄ちゃんの趣味だから!」
「アホか!! 趣味じゃないーーって」
「トケルン。何? ムキになって……」
なんだか、ずっと物語の中から――瑞槍邸で一枚の紙切れを拾ったところから、ずっとずっと、私達3人こんな感じで……やり取りしてきましたね。(正確には、ナザリベスは幽霊ですけれど……)
「あれは、元々はナザリベスのモデルが、とあるアニメのキャラクターの小鳩ちゃんで。その下地が、あの水着姿しか見当たらなかったから……」
「お兄ちゃん。何? 真面目に回答してるの?」
……ナザリベス、クスクスって。
……そして、トケルンも気が付いちゃった。
「お前、俺を揶揄ったんだな?」
「はいそうだよ。だから、あたしの大正解!!」
……意味が分からん。
「トケルン……」
チウネルは少し同情しました。少しだけですけどね(笑)
「お前、早く成仏しろって。帰れ!」
もう、トケルン破れかぶれだ……。
「でもさ、お兄ちゃんは、これで良かったんだね!!」
え? 何が??
もしかして、それも謎々。相変わらず、ナザリベスの謎々は奇々怪界だと……
「…………」
トケルン、珍しく沈黙。頭良いのに沈黙しています。
「どうなの? お兄ちゃん」
「懐かしい田舎の思い出を――俺はナザリベスに転生させたかった」
それは、もしかしたら、今まで可愛がってくれた田舎を、足蹴にする行為なのかもしれない。
「けどな……そうしなければ、俺は」
「ねえ? トケルン、何言ってるの。私、全然意味が分かんないから」
「分かんないことを言っているんだ」
「そうだよ。お姉ちゃん!」
「――みんな、それぞれの人生を生きていることに気が付いた。それでいいと思った。ずっと大切に育ててくれた祖父母も他界して、でもこれが摂理だと分かった。分からせてくれたんだ。しょうがない」
――これが答えだ。 ナザリベス
「トケルン……」
私、チウネルは……トケルンの言葉に意味が、なんだかよくは理解できなかったけれど、――それとなく思い出したのです。
修学旅行で、岐阜県の飛騨高山に行ったっけ?
あの時のトケルン……。なんだかとっても嬉しそうで、だから私トケルンに聞きました。
「トケルン、どうしてそんなにはしゃいでいるの?」
って。そしたら――
「この町は、田舎にソックリだなって……。どこにでも、あるんだな」
分からせてくれたんだ――
終わったんだってことを。
あたしは幽霊になっちゃったけどね――
「お兄ちゃんはね。いい経験をしたんだからね。そして、この物語もエンドロールじゃん」
「7歳の幽霊に説教される俺じゃないぞ。お前、早く成仏しろって……」
「そんな、お兄ちゃんが、あたしは大好きだよ……」
と、ナザリベスちゃん、おもむろにトケルンの、ほっぺに……その!!
キス!?
(あの~。前にも書きましたよねぇ……。最後の最後もこれですか?? あんた、ほんま呆れるぞ!! ← 担当編集、スーツの内ポッケから“辞表”の封筒を…………)
「…………お前、正気か? まあ、幽霊に正気かって聞くのも可笑しな話だ」
「じゃじゃーーん!! あたしはウソしかつかなーい!! ……というウソしかつけなーい」
「もう! ナザリベスちゃんったら……」
――まったく、こんな……こんなの奇々怪々で天外道中記な、私達の物語でしたとさ♡
めでたし めでたし?
「だから、お兄ちゃんは大正解!!!!!」
第一章 終わり
この物語はフィクションです。
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