第2話 あたしのチャームポイントって、ウソしかつかなーいこと!!
「でもね~。ここからが本当の謎々~!」
「まだあるの!」
ナザリベスが、とても嬉しそうにチェンバロのそばで飛び跳ねていて、その勢いに思わず私はビックリしてしまいました。
「じゃ~さ~、また同じ歌を歌いたいけど~、お兄ちゃん! もしラッパが吹けて演奏してくれるなら~、音階はなんにする~?」
「お、おんかい? 音階?」
目の前にいる小さな女の子の口から音階と言われて、私音楽のことほとんど分からないんですけれど。
――その時に、一番最初の玄関の前でのトケルンのイ長調っていう言葉を思い出して、実は私はハ長調とか短調とか、それくらいしか音階のことはあまり知らなくて。
ですので、いっそうナザリベスが音階って言ったのには驚いたんです。
でも、でもね! トケルンがさ! トケルンがあっさりと解答したんです!!
「イ短調で吹いてやるさ」
「短調? どうしてですか? 子どもの童歌なんだからハ長調じゃないの?」
私がそうトケルンに問い掛けると、
「鶴は千年、亀は万年だからだ」
って、何それ?? っていう言葉が返ってきて、私さらに分からなくなってしまってね。
でも、でもですね!
「お兄ちゃん! 大正解!! すっごいや~。じゃあイ短調演奏付きで、この歌をあたしはね~、からみあうように歌いたい、これな~んだ? いや~ん」
「この子、何変なこと言ってるの?」
「カラビ・ヤウ多様体のことだろ。最先端の幾何学の研究対象になってるやつ」
私、トケルンの顔を見て絶句してしまいました。
だって、訳が分からないんですもの!
――これも後で、彼に聞いて少しだけ理解できたんですけれど。
カラビ・ヤウ多様体という幾何学の形は、徳川埋蔵金の都市伝説に出てくる6つの埋蔵金のスポットの形と、2次元の断片形状が似ているのだと教えてくれたんです。
よく分からないですよね?
「あたしたちの世界って、一体どうなっているんだろうね~。お兄ちゃん」
ナザリベスが無邪気なはしゃぎ様を止めて、急におとなしくなって直立して、真顔になってそう言いました。
それに対して、トケルンは――
「M理論によれば、超高次元空間に漂う高次元の膜の衝突によって発生した、余剰エネルギーから究極のバランスある確率を基礎として誕生した、壮大な幻だろう。ど~せ見ることはできないんだから、気にしなくていい」
「トケルン! すごい。わかるの?」
「お兄ちゃん。すっご~い!!!」
まったくチンプンカンプンな私。
一方、こんなもんだろ? したり顔な彼……。
そこへ、ナザリベスが近寄って、
「あ~あ、また負けちゃった~。でもさ~、次は絶対に負けないよ~」
「まだ、俺とやる気なのか?」
「うん!」
と笑顔で返事をしました。
私はこの時、自分の頭の中は訳が分からなくなっていたんですけれど、心の中で、彼をかなり見直していました。
トケルンって、本当に頭良いんだって――
「で、お兄ちゃん。もう分かったんだね~。あたしの言いたいこと、ふふ~」
そう言い残してナザリベスは……消えたと思ったでしょ?
そうじゃないんですって!
ナザリベスは、それを言い終わった後、私達の間をスーっと走り抜けて、ドアを開けて通路の方へ走って行ったんです。
――私達は、しばらく書斎で無言でした。
お互い対照的な事を考えていたんだと思います。
意味不明のチウネルと、意味明快のトケルンです。
それから私は、ふとチェンバロの横のテーブルの上に写真立てがあることに気が付きて、それに近寄っていくと……、トケルンもその写真立てに気が付いて、同じように近寄りました。
その写真には三人。大人の男性と大人の女性、そして女の子。その女の子はナザリベスと同じ顔をしていました。
私、この三人は家族なんだと直感しました。
「たぶん、みんな哀しむことになるな……。でも、俺にはハ長調に見えるから」
「え? トケルン?」
「俺達には無関係だから帰ろう!」
彼はそう言って、私の腕を掴んで、私たちは書斎から出てホールへと走って行きました。
「ね、ねえ? トケルン?」
彼は私の腕を掴んで離そうとしません。
「ちょっと? 何が分かったの?」
「うるさい!」
彼が珍しく大きな声で怒ってきて……。
「お前の言いたいことはよく分かる。だけど、この世界にはどうすることもできない運命というものがある」
「ええっ?」
「壮大な幻の中に誕生したハ長調。それだけでいいじゃないと思わないか?」
「ちょっと、トケルン! トケルンってば!」
「お前は無念なのか? なあ、お前は無念なのか?」
トケルンが独り言をずっと言い続けていて、……気が付いたら私達ホールに戻っていました。
「ちょっと離して! トケルン!!」
ホールに、チウネルの大声が響きました。
ガチャ ガチャ
「ほら~、この扉開かないんだから~。開かないんだから、あの女の子に会って話をしないと……ね。多分さ、ご両親もいることだし」
「どこにいる? どこ?」
「もう、どこかにいるって?」
「だからどこに?」
「……ねえ? トケルン。いったいどうしたの? どうしたのよ? あんたちょっとへんよ!」
「俺はいつもへんなんだろ! ああ?」
その時――
ボーン ボーン ボーン
私と彼、二人同時に見つめた先にあるのは置時計――その置時計が10時の時報を告げました。
「え? は~? 10時って、私達さっき来て、その時には6時過ぎだったじゃない。なんでもう10時なの? この時計おかしいんじゃない?」
その時ですね、クスクスッと笑い声が聞こえてきたんです。
その笑い声はナザリベスです。
クスクスッ クスクスッ
「どこ? ねえ? ちょっとどこなのよ?」
「こっこだよ~お姉ちゃん! お兄ちゃん!」
ナザリベスの声が聞こえたのは、ホールの上からでした。
ホールの上にある柱の後ろに隠れて、こっちを見ていました。
「ふふっ、はははっ、わ~いわ~い、騙された~、騙された~」
騙されたって何を? そう私は思ったんですけれど、すかさずトケルンが――
「おいこら! この置時計の針を弄ったのはお前なんだな!」
って言って、そうしたら。
「うん、そうだよ~! わ~いわ~い、ビックリしたでしょ~、ビックリしたでしょ~? はははは~!」
そうなんです。ナザリベスがホールにある置時計の針を弄って、10時の時報を鳴らして、私達を驚かせようとしたんです。
というよりも驚いたんですけどね……。
「ふふふっ、お兄ちゃん驚いた~。お姉ちゃんも驚いた~。2人そろって驚いた~。わ~いわ~い、はははっ!」
「おいこら!」
あっ! トケルンキレたんだと気付きました。
彼がホールの螺旋状の階段を駆け上がって、ナザリベスの所へ走って向かいます!
「ちょっと、トケルンって!」
私も追い掛けました――
――私が階段を駆け上がっていく時、思ったんです。
なんなんだろう? この情景って。
まるで昔話に出てくるような情景なんです。
村で悪さをする野ウサギを、村人が必死になって追いかけているっていう感じです。
ナザリベス、とてもすばしっこくて足も速くて、トケルンが本気で怒って追い掛けても、捕まえられないんです。する~と逃げ切るんです。
「おら、お前も手伝え!」
キレたトケルンに言われて、
「トケルンが捕まえられないんだから、私には無理でしょ!」
って言ったら、
「お前は俺に歩調を合わせて俺は左から走って、お前は右から走って、あいつを挟み撃ちに!」
その彼の言葉を聞いて私は思い出して、
「何が、お前は右からよ~。だから、あの時の分かれ道で私の言う通り右に行っていたら、こんなことにならなかったんでしょ?」
て言い返してやりました。
すぐに、
「お前……まだ、それを言うんだな!」
って返してきて、
「だいたい何? お前ってその言い方はさ!」
「お前はお前だろ?」
「お前じゃないですって!」
「いいから歩調を合わせろ! ホ長調だ!」
「は?」
「だから!」
「はぁ?」
「だからホ長調!!」
カチーン……
……そのくだらないダジャレに私……本気でムカついて! ……だから、言ってやったんですよ!!
「あんたの貯金は破綻しててさ、ハ短調でしょうがさ!!!」
チウネル会心の一撃発言!! ついでに、してやったりのドヤ顔も。
しばらくして――そしたら彼、何を言ったと思います?
「……俺たちって、変ホ長調」
「おいこらっ!」
いまだキレてるトケルン。
「きゃははっ! きゃは! きゃははは!」
一方のナザリベス、笑いながら2階の一室へ入って行きます。
トケルンもすぐに後を追い掛けて、その部屋へと入って行きます。
私も追いついて、勿論、その部屋へ入りました。
……はあ、はあ、はあ、…………子共……部屋? 子共部屋だ。
「……うわ~きれい~!」
私は思わず感動しちゃいました……。
その子供部屋って6畳一間くらいの空間だったんですけれど、その中には奥に勉強机、左手前にベッド、それも子共用の一回り小さいベッド。
ここまでなら普通なんですけど、この部屋のすごいのは天井の装飾なんです!
見た目で分かるんです。
宇宙空間を、星々を表現しているんだなってことが。
でも、もっと凄いのは、その星々が対称的に配置されていたということです。
その対称性は、例えば北極星を中心にして、北斗七星とカシオペアとが対になって装飾されているっていう具合です。
シリウスと対になっているのは木星、いて座とはさそり座でした。
勿論、それぞれの角度は違うのですけれど、そういう具合に、とにかく正確な星座ではなくて対になって、星々が配置されているのでした。
更に、その星々すべてが照明の光によって明るく輝いていたのです!
その中でも、一際美しかったのが地球でした。
地球だけは他の星々よりも、より明るく輝いているのです。
白い雲の隙間から見える海の青色、森林の緑色が、絶妙な色合いで子供部屋を優しく包んで照らしていました。
――ナザリベス。ベッドの上で三角座りをしています。
「じゃ~、最後の謎々行くよ~。心の準備はできてる~?」
「ああこい!」
トケルンがナザリベスに対して、なにかしら覚悟を決めたような態度を見せつけちゃってます。
私、彼のそういう姿ってほんと、滅多に見たことがなかったんです。
……だから、これから、どんな謎々対決になるんだろうって、気を引き締めてしまいまして……。
こんな、私の心持ちなんて気にせずにナザリベスは。
「あたしのチャームポイントって、ウソしかつかなーいこと!!」
頬っぺたに両手の人差し指を付けて、ナザリベスがそう言うと、
「ところで78-22は56、6000-2139は3861だよね~。じゃあ17893-1082はいくつ~?」
と、今度は算数の謎々……じゃなくて問題でした。
「それって簡単すぎじゃない……? だって、私のスマホの計算機で計算すればいいだけじゃないのさ?」
私がポケットから、スマホを取り出そうとしたその瞬間! トケルンが、
「いや違う! 二二六事件の日付、1936年2月26日だ!」
「え? えっ? え~? に~に~ろく?? とける~ん!!」
いきなり日本史の教科書にあるようなことを、トケルンが言ったので、またまた、私付いていけなくなりました。
どうして算数から歴史? って困惑して私がオドオドしていると、トケルン――
「玄関の扉の前に落ちていた紙切れを覚えているか? あの紙に書いてあった番地を思い出してみろ。2-5-193番地だったろ? この数字を掛け算したらどうなる?」
「えっ? 掛け算? なんで? 引き算じゃないの?」
「この山荘の名前は?」
「瑞槍邸だよ」
「みずやりてい。みずをやる。言いかえると?」
「………………水を掛ける?」
「そうだ! 掛けるだ。つまり引き算に見せかけて、実は掛け算をしろっていう謎々だ!!」
「……………」
ナザリベス……その『に~に~ろく』という言葉を聞いた瞬間に、表情を一変させました。
重い表情に変わって、でも、それでも必死に
「でもさ~、もっと重要な謎はな~んだ?」
と、トケルンに問い続けてきたのでした。
「クルト・ゲーデルが証明した不完全性定理だろ!!」
「うわっ当たり~! お兄ちゃんって、やっぱ、すご~い!」
「ふかんぜんせいていりって?? トケルン……」
歴史の次は理科……物理? なして??
通路を走っていた時のもめ事も忘れて、私はまったく恥も考えずに、ただ純粋に知りたかったから……という気持ちで彼に聞きました。
「番地を掛け算してみたか?」
私はポケットに入れていた紙を取り出して、番地を確認して、そして頭の中で少し時間が掛ったけえれど暗算をしてみました。
「……1930?」
「そう、で、この数字の上に“くるとげっとできるよ!”というメッセージが書かれていただろ」
「だから?」
「来るとゲットできる。……クルト・ゲーデル」
「誰?」
「数学者だ! それはいいとして、その人が不完全性定理を1930年に証明した人だ」
「??……、だから?」
「だから、自己言及のパラドックスってやつ」
「なんなのそれ?」
言っとくけど不完全燃焼じゃないですからね……。
(トケルンさん……。物理から……やっぱし算数、数学に戻ったよね?)
チウネルの内心は、すでにビッグバン状態でしてね……
「――例えば、私は嘘つきですと言ったとしよう。この言葉が正しければどうなると思う?」
「…………嘘をつく自分は正しいです。かな?」
「そう! じゃあ反対に、この言葉が間違っていたらどうなる?」
「……嘘をつく自分は、嘘をついていま……す?」
「つまりな! 自分が正しいのに嘘つきですと言った自分。自分が嘘つきだと言っておきながら、嘘つきですと正しいことを言った自分、どちらも矛盾していることになる」
「…………あっ、そうか!!」
「あはは、あたし、もうこれくらいでいいや~。楽しかったよ~! あたし、お兄ちゃんに出逢えて嬉しかった! じゃあ~ばいば~い!!」
ナザリベスはそう言って、右手を大きく振って……
ふわわ~ん……
「うそ……」
私唖然です。圧巻です。あっけらかんであっかんべーで……言葉の意味は分からないですけど、とにかく凄い霊現象で!
目の前にいるナザリベスが、天井近くまで宙に浮いたのですよ!
ほんとです!! 浮いたんですよ!
でも、それはそれで驚いたんですけど。……それより、私はナザリベスが言った言葉に疑問を感じたんです。
「ウソ!!」
私はすかさず、直感的にナザリベスの左手をつかんで、
「ねぇ……ナザリベスちゃん? 本当は寂しいんでしょ??」
と聞きました。
「寂しくないよ~。お姉ちゃん……」
だけどナザリベスはそう返してきて。それでも私は!
「じゃあ! なんで自分のチャームポイントは『ウソしかつかないこと』って、わざわざ言ったのよ?」
「………………」
私の問い掛けに、ナザリベスが俯いてしまいました。
「なんで楽しかった、嬉しかったって過去形なの? 私たちは出逢ったばかりじゃない? 本当だったら、あたし出逢えて楽しい~嬉しい~でしょ? で、その後に、じゃあ今日は……で、バイバイって続くはずでしょ?」
私、大学の学業成績は……まあまあなんだけれど、国語――それも文学にだけは自信があるぞ!
登場人物の心情を、言葉のちょっとした言い回しから感じ取る!
これ、私――チウネル得意なんです!!
「……あはは。ばれちゃったね。すご~い!! お姉ちゃん、すご~い!! これあたしにも気が付かなかった謎々だ~!! …………あたしね。あたしの発表会に……ママ……来て欲しかったんだよ」
そう言うと、ナザリベスが目から一筋涙を流して…………。
「ママ? ママはお家にいないの?」
「ありがとうね……」
私の問い掛けに答えることなく……今度こそ幽霊のように、ナザリベスは私達の目の前からス~っと消えたのでした……。
――きれいな子供部屋。その中で、じっと真っすぐ前を見つめているトケルン……。
私は、その彼をじっと見つめていました。
しばらくして、
「ん? もう帰れるんじゃない? すべての謎々を解いたからな」
私に穏やかな笑顔を見せながら、トケルンはそう言って、でも私は……
「……えっ? 結局どういうことなの? ねえ! ちょっと、トケルン! 教えてよ!!」
と…………すると彼は言いました。
「あの女の子の謎々の本当の謎、戦争だ」
……トケルンは天井の宇宙を見上げて、
「奇麗だな。この宇宙はさ。よくできてるし。ん? あっ! これ地球か? お~凄いな……」
彼はそう言って、後はずっと宇宙を見上げていました。
――トケルンには、ナザリベスの謎々の本当の解が、ハッキリと分かったのでしょうけれど、チウネルにはさっぱり理解できませんでした。
私が理解できたことは、ナザリベスの本当の気持ちだけで……幽霊の
「あの~? 君達かな? ホールの置時計を悪戯したのは?」
トケルンとチウネル、二人同時に後ろを振り向きました。
そしたら、そこには40歳くらいの男性がドアのところに立っていて、
「ちょっと、君達? 誰? 私1階の調理室でオムライスを作っていたところなんだけど、いきなりホールから置時計の時報が聞こえてきたもんだから、慌てて、慌てて。もうよく分からない状態で、でも2階に上がって、そして……ここに来たら君達二人がいたから…………で、君たちは誰かな?」
この男性、容姿が紳士っぽかったので愛称をエルサスとさせてください。
「す、すみません。私達、実は……」
と言って、大学の教授から貰った地図とか番地とかを、その人に見せました。
「あー、あの川沿いの家の人だね。ふふ、いいよ、君達は気にしなくても。よくねえ、郵便屋さんとか配達屋さんとかも間違えてくるんだよ。いったい、なんで……いつもこうなるんだろうねぇ……」
エルサスさんはそう言うと、少し苦笑いして。
「私とその家とは、かなり前からお付き合いがあるから、心配しないでいいよ。まあ、1階のホールまで戻りませんか? この部屋は私の一人娘の部屋でして、大切なものもたくさんあるのでね……」
「あ、あっ! はい! わかりました。すみませんでした! ささっ、トケルンも!!」
2階から1階へ降りる階段の途中、私は……ふとホールの右側にあった置時計を見ました。
置時計は10時10分でした――
あの女の子、ナザリベスがいじくって悪戯した時計だから、今は本当はどういう時刻なのかは分かりません。
私が持っているスマホ――その時刻を見ればいいだけのことなのですけれど。
そんなことよりも、私はナザリベスが何故時刻を10時にしたのか、何か意味があったのかなって気になったのです。
「今からその川沿いの家の人へ電話してくるから、でも今日はもう夜だから、君達が行かなければならないその川沿いの家の人への用事は、今日のところは休んで明日の朝にしなさい。私もそう言っておくから、そうしよう」
エルサスさんがそう言ってくれたので、私たちはしばらく話し合って、もう外は真っ暗闇だったこともあったので、だから、お言葉に甘え今日はこの瑞槍邸に泊ることにしました。
私たちがそれぞれの寝室へ案内されたときに、私、思いきって聞いたんです。
あの女の子、ナザリベスのことをです。
「あの~? 1階の書斎でチェンバロの横のテーブルの上にあった写真を、その、見たんですけれど」
「ああ~! 君達はあんなところまで迷い込んだんだね。あの写真は私と、私の元妻と、私たちの一人娘との三人の写真だよ」
意外にも、とても明るくあっさりと、エルサスさんは隠すこともなく教えてくれました。
――そして、私、今日あった出来事は言わないほうがいいのかなと迷っていたんですけれど。
だけど、心の中は目の前で消えていったナザリベスのことでいっぱいで……。
それで、どう聞こうかなってしばらく考えていたんですけれど、もう、はっきり言ったほうがいいって割りきって、だから言いました。
「私たち、逢いましたよ」
「…………娘にですよね」
エルサスさんはそう言うと一瞬ホールがシーンとして、置時計だけが、カチッ……カチッ……カチッ……、と音を出して時を刻んでいました。
「……そうですか。私の娘から何か言われましたか?」
エルサスさん。
私、この瞬間、どう言おうかなって頭の中で考えて、少し混乱して、そしたら――
「とっても、謎々が大好きな、素敵な女の子でした」
いきなり、トケルンがそう言いました。私も、
「そうです! 謎々いっぱい出してきて、素敵でとても活動的で、元気良かったですよ!」
と続いて言いました。
するとエルサスさんは――
「もう7年前に亡くなったんですよ」
と静かに仰って……。
「7歳でした」
――その後、エルサスさんからは、いろんなことを聞きました。
この瑞槍邸のこと、一人娘のこと、家族のことをです。
でもね、こういうことは、やっぱり口外しちゃいけないんだと思います。だから言いません。
人の一生って複雑なんだなって思いました。
「ところで、この紙なんですけど……」
トケルンが、私のポケットから玄関にあった紙をむりやり取って(ほんと失礼!)それをエルサスさんへ見せました。
「あの~、来るとゲットできるお宝っていうのは?」
トケルンが節度なく聞いて、こいつほんまに蹴ってやろうかって、こんなシリアスな場面で、あんたはそういうことを考えていたのかね?
「ん? あ、ああ~、ははは!! これは娘とその友達との音楽発表会の時の、イベント券です。もう10年前になりますか? 音楽教室の発表会を、この瑞槍邸で行おうってことになって、その時に子供達みんなが、いろんなイベントを考えたんです。これはそのイベント券ですよ」
イベント券を見ながらのエルサスさんの目、優しい目になっていて……。
「庭先に焼却炉があるのですが、そこで遺品を焼却していて、もう整理し終わったと思っていたけれど、ああ~このイベント券! たぶん風に吹かれて隠れてたんだな。ふふっ……」
彼の微笑んだ時のその目――どことなくナザリベスの『ばいば~い!!』のそれに、良く似ている感じがしました。
「……まあ、もう夜ですし、二人共こんな山奥まで遠いところからいらして疲れたでしょう。今日はもうお休みなさい。朝食は私が作ってあげますからね。私も実は、久しぶりの来客で嬉しいんです」
そう言って、エルサスさんは穏やかな表情でトケルンとチウネル、二人の肩に手を乗せて、私達を寝室へと案内してくれたのでした。
――真夜中。
玄関で見つけたイベント券、それからナザリベスと出逢って、トケルンとナザリベスの謎々対決、そして勝敗がついて、ナザリベスは満足してばいば~い!! って言って消えていきました。
私は寝室のベッドの中で、いろいろと考えました。あの女の子の本心についてです。
7歳という、本当に短い人生でしか生きられなかった女の子――
たぶんナザリベス自身は、まったく何もわからずに亡くなっていったんだと思います。
それが当たり前だというくらいに、その後の人生の喜びとか友達との楽しみとか――そういう私達が経験してきた当たり前は、ナザリベスには無くて当然だったのでしょう。
自分には無くて無関係なんだからという風に、私達が経験してきた人生の思い出は、7歳で亡くなった女の子には実在していないんです。
ナザリベスはトケルンに謎々で、何かを伝えようとしていたみたいですけれど、正直言って私にはまったくよく分かりません。
トケルンはもう分かっているんでしょうけれど……。
なんか今思えば、トケルンを自分のところに引き寄せるために、今回の出来事があったような気がしているんです。
最初から、私が教授のお使いを引き受けるところからです。
ナザリベスはトケルンなら、自分の本心に気が付いてくれる、私とかじゃダメなんです。
トケルンは頭がいいから、トケルンじゃなければいけなかったんです。
でも、彼を引き寄せるためには、私がこの瑞槍邸まで来る必要があったわけで……。
たぶん、ちょうど良いバランスがとれた三角関係になったんです。
今思えば、ナザリベスの出し続けてきた謎々って、どう考えても7歳の女の子が知っている知識レベルを超えちゃっています。
ナザリベスは自分が考えた謎々を、確実に解ける人と絶対に解けない人の二人を探していたんだと思います。
確実に謎を解ける人の隣に、絶対にチンプンカンプンな私がいて、この私達に謎々を出すことで7歳の女の子は十分に楽しんだんだと思います。つまりね、
ナザリベスちゃんは私達と遊びたかったんです。
――再び、とある駅前ホテルで仲良し5人による女子会。
「話は以上です。どうでしたか? 面白かったですか? ねえ? ビックリでしょ! 幽霊ですよ、ゆ~れい。ゆ~れいと遊んだっていうお話でした」
「…………」
残りの4人ずっと沈黙しています。
「あっ! あ~そうですよね? 信じられませんよねえ? 幽霊とか、ど~せ作り話なんでしょとか、今そう思っているでしょう。ふふ、それがそうじゃないんだな、これ本当に私がトケルンと体験した出来事なんですよ」
「…………」
まだ沈黙しています。
「まあ、信じるか信じないかは、みなさん次第ですからね!」
「……トケルンと一緒に?」
「……トケルンと体験?」
「……トケルンと一泊?」
「…………トケルン?」
みんながムスッとしています。怒っています。
何この空気? ユ~レイが出てきて祟られる少し前の、冷た~い張りつめた空気みたいです。
なんでなのかなって……。
あ、あ~これヤバい、ヤバいです。
私気がつきました! そういうことなんです。
そういうことってどういうことかって? わかりませんか?
じゃあ言わせてもらいます!
「い、言っとくけどさ!! そ、そう、そういう関係じゃ~ないんだからねんっ!!!」
続く
この物語はフィクションです。
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