第50話 終わり

 いつから忘れてしまったのだろう?

 いつからなりたかったものを捨てようとしてしまったのだろう。

 僕はきっと正義の味方にはなれないと思っていた。それでも仲間である魔人を喰らい、いつか救世主と呼ばれる日を待ち望んでいた。

 だがいつまで経っても、浴びせられるのは悪魔という悲観な名前のみ。

 ああ。結局僕は無意味だったのだ。

 だからって諦めるのは、もう嫌なんだ。

 逃げて後悔して、後悔して立ち止まって、そして失って後悔して、もうそんなのは、嫌なんだ。


 僕は、失わないための戦いを始める。


「神野王。お前じゃ私を越えられない」


 カタストロは自信満々で神野王へと言い放つ。

 だが神野王は策があるように微笑み、そして天へと手を掲げた。


「カタストロ。お前の力は見破った。だから、僕は戦う」


 神野王の手に創造されたのは、白色に輝く美しいまでの聖剣。微細なまでの精霊のような光を纏う、その最後の希望。その希望を握りしめ、神野王は最後の戦いを始める。


「なら私も期待に応え、私も刀で応えよう」


 カタストロは手に刀を創造し、手に思いきり力を込めた。


「『一刀撃』」


 神野王は天へと思いきり刀を振り上げ、そしてカタストロを殺すような勢いで刀を振り下ろした。その一撃を、カタストロは刀で受け止める。

 両者の気合いがぶつかり合い、衝突して周囲に暴風が吹き荒れる。両者はどちらも押し負けず、互いに互いをぶつけ合っている。

 互いに譲れない何かがあるのだろう。

 ーー信念、希望、仲間、意地、他にももろもろあるだろうが、今の彼らに最も似合う言葉。そんなもの、一つしかないだろう。



 ーー"希望"ーー



 当然だ。

 正義の希望と悪の希望。

 そんなもの、規模が違いすぎて正義が勝つに決まっているんだ。


「カタストロ。これでお前の性質に意味はなくなった。して、俺がお前を倒す」


「否、私が悪を全うする」


 お互いの意思がぶつかり合う。

 周囲の者たちは、ただそれを呆然と眺めることしか叶わなかった。

 その圧倒的攻撃と攻撃が繰り広げられるその戦場に、混じれるはずもないであろう。もし混じれたとしても、一瞬にして灰と化してしまうのだろう。


 だからこそ、この戦いで気を抜くことなど許されない。

 だから二人は、自分の全力をぶつけ合う。


「カタストロ。貴様などに世界は、壊させない」


 神野王はその一刀に全力を注ぐ。だがそれはカタストロも同じこと。

 両者の破壊的な力の前に、周辺は圧倒されている。


「負けるかああああああぁぁ」


「『おらああああ』」


 たとえ体が砕けようとも、


「『一刀撃』」


 たとえ体が傷だらけになろうとも、


「僕は、護らないといけないんだ」


 きっと誰もが苦労している。

 きっと誰もが、命がけで生きているんだ。


 だから、こんなところで負けるわけにはいかないんだ。だってこれは、僕の意思なんだから。


 神野王は思いきり刀を横へと振り斬った。

 その一撃で空間が歪んだような衝撃が走り、それと連鎖するようにカタストロの体は胴体が真っ二つにされる。


「それでもお前は死ぬことはない」


「それが私、伝導体だ」


 カタストロはその体から意識を失わせた。

 そしてカタストロが移動させた意識の場所はーー


 神野王はふと視線を空へと向ける。

 先程まで石くらいの大きさだった一等星が、いつの間にか空を覆い尽くすほどの巨大な隕石となって降り注いでいた。


「まさかカタストロが意識を移動させた場所は……!」


「そのまさかだよ、神野。私も伝導体だから解る。カタストロは、あの隕石に自身の意識を取り込んだ」


「このままじゃ、世界が終わってしまう」


 猛スピードで落下してくる巨大な隕石。

 それをただ見上げ、環境軍は絶望に染まっていた。

 結局何も変えられない。

 だから氷の大地へ剣が投げ捨てられる。


「神野。このままじゃ世界が」


「なあアリーゼ。あの巨大隕石をこの氷の大地ほどの大きさに変えれば、あとは何とかできる」


「何とかって……!?」


 アリーゼは神野王が何を言っているのか解らず、たまらず聞き返す。


「アリーゼ。皆に呼び掛けてくれ。あのいんせきへありったけの攻撃を注げと。そしてすぐにこの島から離れろと」


「神野。一体何をするつもりなの?」


「"自己犠牲"、だよ」


 そう神野は微笑み、静かに全身へ力を蓄え始める。その背中をただ静かに眺め、アリーゼは神野に言われた通りに叫んだ。


「皆。あの隕石にありったけの攻撃を注いで。そしてある程度破壊したら、すぐに島から逃げて。力のない者は今すぐ逃げな」


 アリーゼの叫びに、環境軍将軍たちは名乗りをあげた。


「何をする気か解らないが、世界の終わりを防げるのなら、やってやろう」


「当然ね。世界は環境軍が護るのが当然なのだから」


 全環境軍将軍、そして恩恵を授かりし全ての者どもは、あの隕石へと反逆を決意する。


「行くぞおおお」


 そして、攻撃は放たれる。


「『凝水砲』」

 第一環境軍将軍ーー水術六重丸の両手から放たれるは、密度が凝縮された水の大砲。その威力は絶大である。


「『巨大投擲土塊』」

 第二環境軍将軍ーー土術林輪は土を創製して巨大な塊として創製し、それを巨大隕石へと思いきり投げる。


「『竜巻』」

 第三環境軍将軍ーー風術止紋は風を何度も螺旋させ、今までに類を見ない巨大な竜巻を創製した。その竜巻を巨大隕石へと衝突させる。


「『樹木ミサイル』」

 第四環境軍将軍ーー木術根羅々は手に巨大な一本の樹木を創製し、巨大隕石へ狙いを定め、思いきり振り投げた。


「『花粉爆発』」

 第五環境軍将軍ーー草術花は両手から花粉を竜巻に乗せて巨大隕石へと飛ばし、花粉が巨大隕石へ当たった瞬間、巨大隕石は巨大な爆発と爆炎に包まれる。


「『白雲しらくも』」

 第六環境軍将軍ーー雲術幻鳳は息を吐いて真っ白な雲を精製し、その雲を巨大隕石へとぶつけた。すると爆発したばかりの火炎がその雲へと引火し、巨大隕石は火炎に包まれた。


「『岩撃滅』」

 第七環境軍将軍ーー岩術岩奈は拳を巨大な岩石とさせ、その拳にできた巨大な岩石を隕石へと放り投げた。その高速で飛ぶ物体は、隕石へと衝突した。


「『光の乱反射』」

 第八環境軍将軍ーー光術陽風天を仰ぎ、巨大隕石へと何百本の光の柱を衝突させる。これには巨大隕石も効くらしく、損傷が激しい。


「『吹き荒れろ』」

 第九環境軍中将ーー黄坂壁慈は巨大隕石へと手をかざす。彼の手からは無数の氷解が姿を現し、その氷解は巨大隕石へと衝突する。


「『深傷葉』」

 第十環境軍将軍ーー葉術枯華は天へと息を吹き掛けると、巨大隕石へ向かって無数の葉っぱがまるで針のように巨大隕石へと刺さった。


「『爪斬撃』」

 第十一環境軍将軍ーー猫術爪狩は鋭く長い爪を光らせ、その爪を何度も振るい、斬撃を巨大隕石へ飛ばした。巨大隕石にはその爪の跡が刻まれる。


「『砂流星』」

 第十二環境軍将軍ーー砂術縛漠は巨大隕石へと手をかざすと、指から砂が無数にあふれでて、巨大隕石へと吹き荒れる。砂は人間台の大きさとなり、巨大隕石へと衝突した。


「『一刀、龍王撃沈』」

 民間環境軍将軍ーー刀術斬花は白刃の一刀を大きく振るい上げ、巨大隕石へと空間すらも歪ませるような巨大な一撃を放った。その一撃は空をも震撼させ、周囲へ戦慄を駆け巡らせた。


「では撤退」


 アリーゼの指示の下、その場にいた者たちは速やかに撤退する。

 だがふと背後を見ると、やはり神野はそこに経ったまま、巨大隕石を待ち構えている。


「神野。このままではお前が死ぬ」


「それでもいいんだ。結局、あとは運だから」


 神野はアリーゼへと微笑んだ。それは最後の笑み。

 アリーゼは足を止めるも、早乙女がアリーゼの手を引っ張ってそのまま走らせる。


「早乙女。このままじゃ神野が……」


「アリーゼ。世の中にはどうしても変えられないことがいくつもある。それが、今なんだよ」


「神野おおおぉぉおぉぉぉぉ」


(皆、ありがとう)


 そして、爆煙に包まれた巨大隕石は全貌を再び現した。

 先ほどは巨大すぎて端など見えなかったが、将軍たちの攻撃により、巨大隕石はちょうどこの島ほどの大きさになっている。


「あとは自分で調整か。それともこの島ごと沈むか……。いや、霞姫の島は、壊させたくねー」


 神野王は全身へ力を込め、巨大隕石へと雷のレーザーを放った。その攻撃で巨大隕石の殻は徐々に燃えて消え、あっという間に今神野が立っている氷の大地ほどの大きさになった。


「これでもう、全て終わりだ」


 巨大隕石は島を越え、氷の大地へと落下する。だがそれを神野王は全身を持って受け止めた。だが氷の大地は重さに耐えきれず、音を立てて粉砕された。


「カタストロ。これで終わりだ」


 まるで死を望んでいるかのように、彼は笑った。


 いつだって物語の終わりが完璧とは限らない。

 だからもう、これで終わる。

 全て終わる。

 結末は、速い方がいいだろ。



 その島一体は、氷の世界と化した。

 白銀に包まれ、意思すらも動かせないその世界で、三人の少年少女は氷に包まれた。動くことなどままならず、ただ時の流れを感じるだけである。

 ーー白銀、それが、結末であった。

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