三、中山道

 ススキが揺れる道をひとり歩く。日は沈み、道往く者は誰もいない。板橋宿で一泊すべきだったが、少しでも江戸から…試衛館から遠ざかりたかった。


 田無宿の一件は、思った程の武名にはならなかった。直後こそ「さすがは天然理心流!」ともてはやされたが、噂は広まること無く消えた。


 まだまだだ。さらなる武名を。あの土方に出来るんだ。俺に出来ないはずがない。


 そんな時、近藤先生の帰郷の話を聞いた。新選組の隊士をさらに募るのだという。

 俺は胸が高鳴った。勇み足で試衛館へ向かった。近藤先生に会い、田無での一件を話す。そして、今度こそ一緒に京へ行くのだ!



 試衛館の前は黒山の人だかりだった。入隊希望者だろうか、さすがの人数だ。けど、先生の知己で、六人の盗賊を討った俺にはかなうまい。


 門が開く。歓声が沸く。中から近藤先生が出てきた。最後に見た時よりも上等な羽織を着け、悠然と歩く。その姿はまさに大剣客の威容だ。

 近藤先生! 声をかけようとして……すぐに喉が止まった。


 先生に続いて門から出てくる男たち。いずれもきらびやかな羽織姿で腰には立派な拵えが光る。とりわけ先生のすぐ後ろを歩く男は、まばゆい程の華があった。


「あれが北辰一刀流の……」

「近藤先生自らが江戸に赴いて助力を頼んだそうだ」

「剣だけじゃない。水戸学にも通じる文武両道の傑物だぜ」

「伊東大蔵先生…いや、これを機に甲子太郎先生と名を改めたそうだ」


 …… 俺は全てを察した。


 先生が求めているのは俺のような奴じゃない。先生は、京に……天下を動かす中心に加わったのだ。


 あの人に必要なのは、決して近藤の名を騙って用心棒をやるような男じゃない。


 一瞬、先生と目があった。俺は即座に目をそらし、踵を返してその場を立ち去った。

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