二、田無宿

「天然理心流の近藤様? …もしや新選組の?」

「いかにも」


 二年後。新選組の名は武蔵にも広まっていた。京の池田屋という宿に潜伏していた尊皇派浪士を少人数で襲撃した。その直後の御所での戦では、長州の軍勢を散々に打ち負かした。


 噂の中心は、常に近藤先生と土方歳三だ。先生の豪胆と、土方の采配を知らない者はいない。


「近藤先生のゆかりの方とは心強い! 何卒、この店をお守り下され」


 嘘をついた。


 武蔵は剣術が盛んな土地柄だ。剣に覚えのある者などいくらでもいる。天然理心流だけでも、分派を含めると数知れない。

 その中で、すぐに目がつくよう「近藤平三」と名乗った。天然理心流の近藤といえば、誰もが目を見張る。

 名を騙ってまで手に入れたのは、宿場の用心棒というチンケな立場だが、それは武名のための第一歩に過ぎない。



 近藤先生が京に上ったと聞いた時、俺は「間違えた」と思った。あの日、先生の誘いを受けていれば、ともに京で武名を轟かせたかもしれない。


 そこから俺の転落は始まる。稽古に身が入らず、いつしか竹刀を放り投げていた。安物の刀を差し、盛り場で喧嘩三昧の毎日。

 女遊びも覚えた。喧嘩で巻き上げた金で宿場女郎を買った。そして散財するとまた喧嘩を求めた。


 そんな体たらくだから、家も追い出された。


 けど何が違う? 試衛館にいた頃の土方だって似たようなものだった。喧嘩に明け暮れ、女をひっかけ、遊び歩く。俺と奴は何が違う?



 そしてとうとう金が尽き、俺は田無宿近くの神社の軒下で風雨をしのいでいた。


「決行は四日後の新月の晩だ」


 床の上からの声で、俺は目を覚ました。社の中に誰かいる。


「お前らは裏手から入れ。番頭の部屋はここだ」


 賊が押し入りの計画を練っている。


 黒船来航以来、関八州の宿場町はさびれる一方だったが、田無宿はいくらかマシな方だった。青梅路(現・青梅街道)は、青梅で採れる石灰の運搬や、御嶽山へ参詣に行く者たちが行き交う。それらが田無に金を落とす。

 俺にもツキが回ってきた。賊は狙いは、田無でも羽振りの良い商家だ。俺は近藤の名を騙り、その店の用心棒となった。


 後は思うがままだ。四日後、賊は軒下で聞いた手はずの通りに動いた。「近藤」の名は嘘でも、先生に剣を認められていたのは事実だ。俺は六人の賊を討ち、この事件を一人で解決した。


「これは青梅路の池田屋だ!」


 この調子だ。こうやって武名を積み上げればいつか俺も先生や土方のように…!

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