新選組になりそこねた男【角川武蔵野文学賞参加】

九十九髪茄子

一、試衛館

「嫌です」


 道場に俺の声が響く。


「はっきり言うなぁ、お前」

「お誘いは嬉しいですが、こればかりは」


 上座の男は、困り顔で腕を組む。えらが張った浅黒い顔、一文字に結ばれた大きな口と、抜身の刀のような切れ長で鋭く光る眼は、まさしく武闘派の剣客の相貌だ。が、その太い眉がハの字曲がると、妙に愛嬌のある顔に見える。

 この道場、試衛館の主。天然理心流四代目宗家、近藤勇だ。


「なあ平三へいぞう。是非ともここで、天然理心流の武名を上げる手助けをして欲しいんだ」

「今のままでも出来ます。分派とはいえ、俺も天然理心流です」


 大和田宿(埼玉県・新座市)近くの庄屋の倅だった俺が、近藤先生と出会ったのは二年前。天然理心流二代目の手ほどきを受けたという祖父が作った稽古場に、先生が出稽古に来たときだった。


 ――筋がいいな。いつでも試衛館うちに遊びに来い――


 その言葉は、俺の剣術熱を滾らせた。毎日稽古場で竹刀を振り、ふた月に一度は市谷の試衛館に足を運んだ。そんな俺に先生は、正式に試衛館の門弟にならないかと持ちかけてきた。


「一応聞くが、何が不満なんだ?」

「わかってるでしょう。そいつの弟弟子なんざ御免だ」


 先生の横で涼しい顔をしてるのが試衛館の高弟、土方歳三だ。俺と同い年だが、剣の腕は俺の方が上。稽古を見る限り、そうとしか思えなかった。なのにどういう訳か試合をすると必ず敗ける。


 ――お前の剣はわかりやすい――


 試合のたびに土方はそう言って挑発する。納得出来ない。こんな不真面目な奴に何故勝てない? 喧嘩に明け暮れ、女をひっかけ遊び歩く。そんな悪評は、大和田にまで伝わってくる。

 今日も門の前で待つ女を避けて裏庭から入ってきた。裏庭の塀の外には、榎の気が一本生えている。その幹に足をかけて塀を越える。土方専用の出入口だ。


「俺もお前の世話なんて面倒臭い事したくねえな」

「何だと!?」

「やめろやめろ!」


 土方の挑発と、激昂する俺、制止する近藤先生。試衛館を訪れる時は必ずこうだ。これを毎日繰り返すなんて真っ平だ。


 俺は土方歳三という男が何から何まで嫌いだった。


 だから近藤先生の誘いを断った。先生が将軍くぼう様の警護として京へ上る一年前のことだった。

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