山野フウカの仕事 2
何か手がかりがないかと、もう一度、部屋を隅から隅まで探した。
すると、小さなメモが引き出しの可動箇所に挟まっていた。
ミヅキからの書き置きなんかじゃなくて、昔、自分で挟んで存在を忘れたメモだった。
『探し物が見つからないからって慌てるな』
そういえば、昔はしょっちゅう物を探して部屋中ひっくり返したっけ、慌てていると、見つかるものも見つからない。
こんな時は、落ち着いて筋道立てて考えなければ。
私が今探しているのはミヅキに繋がる物。だけど、部屋の中は片付けられてしまった。
ならば、部屋の中を探しても見つかる訳がない。
だったら、あの時部屋になかった物。
私が普段から持ち歩いてるカバンの中。
財布、携帯、名刺入れ、折りたたみ傘、ハンカチ、水筒
使えの上に並べて見たが、特にミヅキに繋がりそうなものはない。
もじゃ丸くんのハンカチを見て懐かしい気持ちになる。そういえば、初めて会ったときは泣いてたっけな。
あの時、背中さすって、名刺を交換して、
そうだ、名刺
確か、ミヅキの名刺があったはず。
あの日は名刺入れを持ってなくて、そうだ、財布に入れっぱなしになってるはずだ。
カバンから財布を取り出し、ミヅキの名刺を探す。
「よかった、あった」
ふーとゆっくり息を吐く。
名刺には名前の下に、職場の電話番号、メールアドレス、住所が書いてある。
メールアドレスと住所は以前調べた五尾株式会社のものだった。ここに行ってもミヅキのことはわからないだろう。
今はこの電話番号だけが頼りだ。
そういえば、ミヅキはこの番号は仕事用だからかけないでほしいと言っていた。
それは、ミヅキの本当の職場に繋がるからなのか、それとも、五尾株式会社に繋がるからか、はたまた、架空の番号で、どこにも繋がらないからなのか。
どうか、ミヅキの本当の職場に繋がりますように
祈るような気持ちで電話を掛ける
プルルルル
プルルルル
プルルルル
3コール以内に出るのがマナーされることが多いが繋がらない。
プルルルル
そのまましばらく待ったが繋がらない。
やっぱり、偽造された名刺だし、架空の番号を使っているのかしれない。
はー、と息を吐く。
これで手がかりは無くなってしまった。
どうしようか途方に暮れていると
ヴーー、ヴーー
持ってた携帯震えだした。
携帯の表示をみると、非通知だった。
慌てて電話を取る。
「もしもし、こちら五尾株式会社、庶務課の三谷ですが、どちら様ですか?」
本当の職場なのか、それとも、ミヅキの本当の職場なのか判断がつかない。
「もしもし、沙原コーポレーション、監査役員の山野フウカと申します。そちらに原田ミヅキは在籍してますか?」
「原田ですか?はい、在籍しております。ただ、今は出払っているので、伝言があれば伝えておきますよ。後で掛け直すようも言っておきますね」
この声、聞いたことある気がする。
そうだ、あの時ミヅキが電話してた相手、ミヅキの上司だ。ミヅキの上司が出たということは、この電話はミヅキの本当の職場に繋がったのだろう。
「そうですか、では、愛している、結婚しようと伝えてください」
「はぁ!?そ、そうですか、承知致しました」
電話を切り、状況を整理する。
恐らく、ミヅキの本当の仕事は産業スパイだ。にわかには信じがたいが、ミヅキの異常な語学力、整った容姿なら、あり得そうな気がしてくる。そう仮定すると、あれほど優秀なミヅキが失敗する仕事はハニートラップのことだと思う。
初めて会った時、ミヅキは沙原コーポレーションの情報を狙っていた。そこで、男性社員に接触する予定だったが、気分が悪くなり、倒れてしまった。
恐らく、ミヅキがハニートラップに失敗したのはあれが初めてではなかったのだろう。ミヅキは男性嫌いだが、同じぐらい負けず嫌いでもある。だから、ハニートラップを成功させられるように努力したのだろう。
男性が嫌いという割に、仕草があざとかったり、自然に胸を押し付けたりするのは、そうした訓練を積んだとすれば説明がつく。
だとすれば、ミヅキの上司はきっといい人だ。だが、いい上司ではない。
一度失敗した人間に同じ仕事を振るというのは、いいやり方じゃない。失敗した原因が明確ならなおさらだ。私が上司だったら、絶対に2度目はない。
あの上司との電話は、私が沙原コーポレーションの社員だったので、その後の対応を相談したのだろう。
そして、相談の結果、私と親しくすることが決まった。私と接触して情報を集める気だったのか、私経由でほかの社員に近づくためだったのかは分からない。
そんな感じで私の家に入り浸り、盗聴器を仕掛けたりしたが、めぼしい情報は手を入らず、私がミヅキに盲目的に惚れ込むこともなかった。その上、私がミヅキの身元を探り始めたので、私のと関係を断つように、上司から言われたのだろう。
そこで、私が会社役員であることを明かし私自身に利用価値があるところ、それでいてミヅキにベタ惚れなところを見せれば、必ず食いついてくると考えた。
私は演技は下手なので、さっきは本当のことを言ってみた。
できることは全部した。
あとは、向こうからの接触を待つだけだ。
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