原田ミズキの仕事 2

最近、ミヅキの態度がおかしい。

仕事していても、なんだか上の空でぼんやりしている。

といっても、私じゃないと気づかないぐらいの変化だと思う。仕事は相変わらず速い上に正確だし、構成も優れている。ただ、なんというか、精彩に欠ける気がするのだ。


それから、私の家へ来る頻度が減った。

新規プロジェクトのリーダーを任され、仕事が忙しくなったそうだ。

ならばうちに来て、集中してやった方がいいと思ったのだが、メンバーとの話し合いがあるため、職場でないとできない仕事が多いそうだ。


私は暇だった。人を育てるというのは、数ある仕事の中でもかなり難易度が高い。人に仕事を教えることは、自分でその仕事をこなす3倍は難しいと思う。出来の悪い部下は、居るだけで、こちらの労力を消費する。


そういえば、初めて新人教育で、後輩を持った時は大変だったな。私じゃなかったら、確実に退職するレベルの問題児だった。


あれは仕事を始めて2年程経った時だった。後輩の石城君と一緒に会議に出席することになったので、事前に資料を探して読んでおくように言ったら、

「インターネットに繋がらないので読めません」


仕方がないので、資料の要点をまとめて、スクリーンショットし、写真にして送ってあげると、

「パソコンが壊れました」


仕方がないので、要点まとめた資料を作り印刷して、ホッチキス留めして渡し、これで読んでくれるだろうと安心していたら

「忙しくて読めませんでした」


えーと、私は君の4倍の仕事を抱えてるんだけど、君はどれだけ無能なのかな?


彼の最悪な点は、反省したフリをするところだ。反省したと思って安心していると、窮地に追い詰められる。


その後も、取引先からのメールで、私に無断で、彼が作成した誤字脱字、計算ミスだらけの資料を取引先に送っていたことが判明したり、

彼が、商品について聞かれてたのに、回答がちぐはぐだったとクレームが入ったり、


思い返すだけでも腹立たしい。


私は基本的に仕事が好きだが、被虐趣味はない。本来必要ない仕事が増えていくのは苦痛でしかなかった。



初めて仕事が嫌いになりそうだった。


その点、ミヅキは指示したことは完璧にこなすし、こちらが指示した以上のこともやる。もちろん、報告・連絡・相談 という基本も欠かさない。


極度の男嫌いという欠点を除けば、ミヅキは理想的な部下と呼べるだろう。

優秀すぎて直すべき欠点が見当たらないため、ミヅキにアドバイスするのは、骨が折れる。その分やりがいもあり、私好みの仕事なのだが、本人が来ないのだからどうしようもない。


やっと来たと思っても、資料を借りに来ただけだったり、ご飯食べていくだけだったりする。ここは図書館でも、食堂でもないぞ。抗議。


今日も資料を探しにきただけだそうだ。

「ミヅキちゃん、仕事したいよー、暇だよ。暇すぎて死ぬ」


「わたしへの嫌味ですか?忙しすぎて過労死することはあっても、暇過ぎて死ぬことはありませんから安心してください」

仕事が忙しいなんて羨ましい。仕事が充実している、つまりワーク充 ワク充?ワク充め!


「むしろ過労死したい」

一世一代のビッグプロジェクトを完成させて力尽きて死にたい。


「じゃあその辺でアルバイトでもしてくればいいじゃないですか」

アルバイトか、ちょっといいかもと思ったが、私が家にいる時間が減ると、ミヅキのスケジュールに合わせづらくなる。


それに単純作業は簡単すぎて嫌いだ。

「やだー、もっと難しいのがいーいー、簡単過ぎると燃えないーーー」


「なら諦めてください 」

借りる資料をゴソゴソと集めながら、目も合わせず答える。


「最近の対応、雑じゃない?」

ある日、書類の山がみっともないからと、勝手に清掃業者を予約し、清掃の邪魔だからと、私を外に追い出したこともあった。

普通に激怒案件なのが、そこはさすがミズキで、業者は本や資料についたホコリなど、ベタベタだけを丁寧に取り除いてくれたようで、山のように積み上げられた本の配置はそのままだった。とても助かったのでまた頼みたい。


「誰のせいだと思ってるんですか?」

私のせいなのか?思いたる節があるような、ないような。最近仕事の催促がくど過ぎたかな。

「だって、ミヅキちゃんが来ないから」


「はいはい、仕事が好きなのは分かりましたから」


「ミヅキちゃんのことも好きだよ、仕事と同じぐらい」

ミヅキの仕事における向上心や執念は素晴らしいので、普通に好きだ。


「え?」


聞こえなかったのかな。

「だから、好きだよ、仕事と同じぐらい」


「え、いや、聞こえなかったわけじゃなくて、今のは告白ですか?重いんですけど。

フウカさんの仕事と同じぐらいって、結婚しようと同等の重さですよ」


結婚したら同じ家に住めるのか。

「あ、いいね、結婚しよう」


ミヅキは顔を真っ赤にして怒る

「思いつきでプロポーズしないでください」


そんなに怒ることかな。冷静に自分の結婚力を診断してみる。

「私、なかなか優良物件じゃない?仕事一筋だから浮気の心配はないし、貯蓄もある。酒、タバコ、ギャンブルはやらないし、ついでに身長もある」


「いや、そういう問題じゃないんで。というか、フウカさんって恋愛対象女性だったんですか?」

ミヅキはパラパラと内容を確認してからカバンにしまう。取り違いを防ぐためだ。

やっぱり部下にほしいなあ。


「いや、私の恋愛対象は仕事」


「だめだ、この人、話が通じない、私は人間なんですけど」


「あれ?」


「なに戸惑ってるんですか?では、そろそろ時間なので失礼します」



「ねえ、ミヅキちゃん」

帰ろうとしているところを引き止める。


「なんですか?」

ミヅキは怪訝な顔をしながらも振り返る。


「ミヅキちゃんって本当に原田ミヅキ?」


「......何言ってるんですか?わたしはわたしですよ」

その迷惑そうな表情からは何も読み取れなかった。やっぱり部下にほしいなあ。


「そっかー」


「フウカさん、変な詮索はやめた方がいいでよ。そんな風に好奇心旺盛だと、殺されちゃっても文句言えませんよ」


「うん、気をつけるよ、じゃあまたね」


私はひらひらと手を振ってミヅキを見送り、姿が見えなくなるとドアを閉めた。


「殺されても、か」

殉職するのもいいかもな。でも達成感無さそうだからやっぱりやだ。


ミヅキの言う みっともない書類の山 がまたでき始めていたので、前に頼んだ業者を呼んで、今度は清掃するところを見学させてもらった。

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