原田ミズキの仕事
「お邪魔します」
「何もない部屋だけど、どうぞ」
生活感のない部屋だと思う。実際、寝るとき以外帰ってこないし。リビングに案内するとミヅキに驚かれた。
「いや、よく何もないって言えましたね、書類の山が大変なことになってるじゃないですか?」
「そうかな、あるのが当たり前すぎて認識できなかった」
大変なことになってるのか。いちいち棚に戻すのがめんどうになって、床に積んでいるが、何がどこにあるかは覚えてるので、困りはしない。
「これ、全部仕事関係ですか?」
「うん」
いろんな部署を経験してた時に、役に立ちそうな資料を手当たり次第で集めた。
[クリスマスローズの育て方]
[雪が凝固する理由]
[褒めて伸ばす方法]
[子どもの権利条約]
[誤認逮捕された時]
[労働基準法]
など、最近見返したものは上の方にある。
「フウカさんの仕事が謎すぎる」
「ミヅキちゃんの仕事も謎なんだけどな」
さっき機密がどうのと言ってたし。
「わたしはただの庶務ですよ」
「じゃあそういうことにしておこう」
「本当にただの庶務ですよ」
自室からノートパソコンを持ってくる。
「明日までにまとめたい書類があるって言ってたよね、パワポ、ワード、エクセルは入ってるから、たぶん大丈夫だとは思うけど、他に使いたいツールがあったら聞いて」
「ありがとうございます」
「私が見ていい内容だったらあとで見せて、アドバイスできると思う」
「はい!よろしくお願いします!」
30分ぐらいして、まとめ終わったらしい。見せてもらうと、誤字脱字がない上、構成も分かりやすく、アドバイスするところが見つからないぐらい完璧だった。強いて言うなら、文字が少し小さかったので、指摘した。
それから、ミヅキは頻繁に私の家に寄るようになった。ミヅキの職場からも私の家が近いらしく、仕事帰りに寄るのに便利らしい。
ミヅキは仕事に対する自己評価が低いが、実際、ものすごく優秀だった。タイピングは早いし、グラフも最も効果的なものを素早く作る。プレゼンだって、話すのを見たことはないが、スライドは完結でわかりやすい。
けれど、何より驚いたのは語学力だった。
私も、スペイン語、フランス語、ドイツ語、韓国語、中国語といった日本でメジャーな言語ならある程度できる。
ところが、ミヅキの場合、メジャーな言語はネイティブ並の発音ができる上、ヒンディー語、タガログ語、スワヒリ語、ペルシャ語、マレー語、アラビア語など、日本ではマイナーな言語も一通り分かるらしい。
そんなに優秀なのに、なぜ仕事で失敗するのか聞くと、極度の男嫌いが理由だそうだ。
パーティー会場で落ち着かなかったのも、失神してしまったのも、男性がいる空間が無理すぎるから、らしい。
そのため、男性のいる職場だと、集中できず、仕事の速度も精度も落ちるそうだ。
なら、在宅で仕事をすればいいと思ったが、両親の理解が得られないらしく、無理に会社に通っているという。
女性だけの職場なら、問題無かっただろうが、男女雇用機会均等法があるとはいえ、結婚や出産を機に退職する可能性のある女性はなかなか男性と平等に扱ってもらえない現状がある。管理職は男性が圧倒的に多いし、ミヅキの上司もおそらく男性なのだろう。
男性嫌いになった理由は聞いていないが、なんとなく、推測できないこともない。
ミヅキはかなり計算高い性格だ。つまり、感情と理屈を切り離して考えれるため、それができない人にイライラするし、理解できないのだろう。
男性は時に、
え、なに今、義理人情を優先するの?は?なんでこのタイミング?あの時はそうしなかったのに?この人だけ特別?意味わからん。
と、こちらに思わせることをする時がある。
それ関係でなにかあったんだと思う。
女性にもそういう人はいるが、男性の方が多い気がする。女子はグループ単位で行動することが多いため、感情よりも、規律を重んじるのかもしれない。
あんまり仲よくなくても、一緒にご飯食べたり、ペアを組んだりするが、それは一種の契約に近い。お互いがあぶれないようにするためであり、本当に仲がいいわけではない。
こういう点では仕事に近いかもしれない。
仲の悪い相手とも、仕事上、どうしても必要とあれば一緒にご飯を食べたり、組んだりする。女子は意外とビジネスライクなのだ。
私は仕事が好きなので、分かりやすい関係は楽だと思うし、ミヅキも案外ドライなので、私達は相性が良かった。私はミヅキにアドバイスをし、ミヅキは私にアドバイスするという仕事をくれる。ギブアンドテイクだ。
ただ、ミヅキが優秀すぎて、アドバイスすることがなくなってくるので、困っている。
ミヅキ程の実力なら、男性嫌いであっても、通常業務は完璧にこなせると思う。にも関わらず、ずっと平社員で、怒られてばかりだという。
これは会社側に何かあるのではないかと思って、ちょっと調べてみたが、五尾株式会社は健全そのもので、特に問題は見つからなかった。
だが、そこに
原田ミヅキは在籍していなかった。
やっぱり、なにかある。
しかし、それ以上調べても、なにも出てこなかった。
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