庶務 原田ミズキ

 私は監査役員と兼任している役職を話した。役員と言うと必要以上に萎縮されることが多いためだ。こう言えば嘘にはならない。仕事上、信頼はなにより大切なので、嘘には気をつけている。


「え、あの?へ?」


「ご用件はわかりませんが、大抵のことは私が対応できますよ」

余程特殊な案件でない限り平気なはずだ。

社内の部署は一通り経験したことがある。


「あ、あの、わたし、見苦しい姿を晒して、あの、その」


「いえ、それはいまさらというか」

今更、かしこまれても困る。


「......あはは、ですよねー、あっ、わたしは五尾株式会社 庶務の原田ミヅキです」


初めて聞く会社名だった。あとで名刺を貰っておこう。


「ミヅキさん、それで、要件は?」

名前を聞いたら、とにかく多用する。名前を呼ばれると相手も安心するし、こちらも相手の名前を覚えられるしで、一石二鳥なのだ。

そもそも仕事を求めてこの会場に来たわけだし、難しくて燃えるやつ期待。


「あ、ちょっと上司に相談してくるので、ちょっとここで待ってもらえますか?」

あー、化粧であまり気づかなかっけど、この子まだ若いもんね、上司への報連相は大事だ。

「はい、どうぞ」


ミヅキは何も持たずに廊下へ飛び出した。

あれ?何で電話するつもりなんだろう。

数秒後、忘れ物に気づいたようで戻ってきた。


「はい、ミヅキさんが倒れた時、持ってた携帯です。」

ミヅキが口を開く前に苦笑いしながら差し出す。


「あ、ありがとうございます」

携帯を受け取ると、廊下の隅で電話を掛けはじめた。私は地獄耳なので、通常、この距離なら、会話の内容は筒抜けになるのだが、ミヅキはよほど聞かれなくないのか、電話に口を近づけて、小声で話している。

そのため、途切れ途切れの単語しか聞こえなかった。


無理、沙原グループ、任務、山野さん、変更


 2分して、結構が出たらしい。

「山野さん、すみません、機密情報も関係するので、山野さんには話すなと」

ミヅキは申し訳なさそうに頭を下げる。


「そっか、残念」

役員だって言えばよかったかな。


そういうと、フウカは顔を赤くして、上目遣いで尋ねてきた。

「あの、フウカさんって呼んでいいですか?」


儚い系美少女にこうお願いされて断れる人がいるだろうか。ほとんど反射で答えた。

「もちろん」

即答すると、ミヅキが嬉しそうに笑う。

本当背景に花出せそうな笑い方する人っているんだ。少女漫画なら惚れてたよ。


「そうだ、名刺貰える?」


「名刺ですか?」


人事部で培った勘が、ミヅキは素晴らしい人材だって言ってる。ヘッドハンティングすることになるかもしれない。

「うん、近いうちに連絡するかも」


「あの、名刺の番号は仕事用なので、こっちの番号にかけてほしいです」

そういうと、名刺と一緒にメモ帳を切り離して一枚くれる。


「えっと、仕事用の方でなく?」

私、仕事の話しかしないと思うけど。


「フウカさんと仲良くなりたいと思って、ダメですか?」


「ダメじゃないけど」

私は人間関係が嫌いすぎて仕事好きになったきらいがある。友達がいたのは小学校までだし、友人関係のあり方なんてもう忘れてしまった。


「じゃあ、なんて呼べばいいかな?ミヅキちゃん?」

あだ名とかハードルが高い、幼稚園レベルからコミュ力が進化してないことがバレる。


「はい、じゃあそれで」

大丈夫だったみたいでよかった。


「あの、この後フウカさんは会場に戻ります?帰るなら、一緒に帰っていいですか?」


「いいですよ」

また倒れないか心配だし。


 荷物をまとめて、会場を出る。まだ6時半なのに、辺りはすっかり暗くなっていた。冬は暗くなるのが早い。


「フウカさんって家ここから近いんですか?」


「うん、二駅ぐらいかな、ミヅキちゃんは?」

ミヅキは覚えてないらしく、携帯を取り出して路線を確認した。


「結構遠いです、ここから終点まで乗って、それから乗り換えです」


「それはかなり遠いね、てか、ミヅキちゃんもタメ口でいいよ」

私だけタメ口使ちゃってるし


「いえ、わたしは敬語が落ち着くので」

なるほど、確かにそういう人もいるよね。私はどっちが使いやすいとかないけど、合わせた方がいいかな。

「そうなんだ、私も敬語にしようかな」


「ダメです!」


「え?」

私敬語下手だったかな?


「フウカさんはタメ口の方が似合います、なんか、上司に欲しいです」


上司に欲しい か

「え、ありがとう、めちゃくちゃうれしい」


「ほんと、フウカさんが上司だったらいいのに。わたしの上司なんか、風邪だろうが、インフルだろうが仕事しろ、死ぬ気でやれって言いますもん」


「あはは、そういう人もいるよね」


ミヅキの上司の話を聞いてるうちに駅についた。改札の中に入ってから、電光掲示板を見てミヅキが固まる。

「どうしたの?」


「わたしが使う線、雪で止まってるみたいで、ああ、明日までにまとめたい書類あったのに」


電光掲示板を見ると、あと2時間は動かないらしい、ミヅキは家が遠いから、帰る時間はもっと遅くなるだろう。

「じゃあうちくる?手伝うよ」


ミヅキは一瞬固まった。

「......え?いいんですか?」


「嫌だった?」


「いえ、じゃあお言葉に甘えます」

ミズキは恥ずかしそうにはにかんだ。

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