第6話 あの夏の記憶
「ああ、目が覚めた? 気分はどう?」
どこか遠くから、おばあちゃんの声がする。どうして? 目を開けたら、見知らぬ天井が見えた。起き上がろうとしたら頭がくらくらして、また布団にぱたりと倒れてしまった。
「ああほら、無理しないのよ。あんた、熱中症で縁側で倒れてたのよ。ほんとにびっくりしたんだから。だからあれほど、涼しい部屋にいなさい、水分摂りなさいって、言ったのに!」
「熱中症…?」
「そうよ。お寺さんから帰ってきたら、あんた、倒れてるんだもん。意識が無くて、体がすごぉく熱くなってて、もう本っ当に肝が冷えた。お医者様呼んで処置してもらって、首と脇と足冷やして涼しいとこで寝かせとけ、って言われて。でも私じゃ持ち上げられないから、ここに運んでもらったのよ」
「ここって…」
エアコンが効いている。仏間だ。頭の芯がずきずきしてきて、再び目を閉じ、息を吐いた。
「ちょっと、だいじょうぶ??」
だいじょうぶ、掠れる声で応えながら目を閉じ、さっきのことを思い返した。
いい天気で、暑くて、たかやが来て、昨夜の話をして。で、あいつが、変なことを言ったんだ。死んだ、とか、殺された、とか。そして、もう来ない、と言って、行ってしまった。あれは、どういう意味だったんだろう。
ひやりとしたものを首筋に感じて、はっと目を開けた。おばあちゃんが、冷やしたタオルを取り換えてくれたところだった。
「熱、だいぶ下がったみたいね。見つけた時はゆでだこみたいに真っ赤だったのよ。さ、ほら、麦茶、飲みなさい。少しでもいいから」
うん、と言って、今度は慎重に、そろそろと起き上がる。受け取ったコップの麦茶には砂糖と、塩が少し入っていて、ほんのり甘くて体に沁みとおる気がした。
「お寺に、行ってたの?」
「そう。今日は盆の最後の日だから、ご先祖様を送ってったの」
「盆?」
「そう、お盆。たぁちゃんが来た日が、ちょうどお迎えの日だったの。で、今日が、お帰りいただく日」
「ふぅん」
よっこいしょ、と言いながら立ち上がって、おばあちゃんは、空になったコップを持って部屋を出て行った。だから一緒に行かないかって言ってたのかと、今さらながら思う。でも無理だ、たかやが来るんだから。…そうだ、たかや! おばあちゃんは、知ってるかな? どこのうちの子なんだろう。
そんなことを考えながらも、僕はちょっとだけそわそわしていた。やっぱり、仏間は苦手だ。特に1人でいるのは。落ち着かない気持ちで、額に入れて飾ってある古い写真を見回す。と、その中に、たかやによく似た子どもの写真があるのに気づいた。たかや、じゃないよな。とても古そうな写真だもの。じゃあ誰だろ? たかやの親戚かな? どうしてここに飾られているんだろう?
お代りの麦茶を持ってきたおばあちゃんが、どうかしたの? と言った。それには答えず、視線で写真を示して聞いてみた。
「これ、誰?」
「ああ、おばあちゃんの、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん? おばあちゃんの?」
「そう、7つのときに、死んじゃったけど」
「え? 死んだ? どうして?」
「…隣の国の無人機が、攻撃してきたの。間違いだったんだけどね」
「間違い?」
「近くに、花火の工場があるでしょ。あそこが武器を作っていると誤解されて、で、あの夜、流星雨を見ようと大勢があの近くの浜辺に集まっているのを監視システムが察知して、無人攻撃機を出動させてしまったと謝罪説明があったわ。
いくら謝罪されても、死んだ人は戻らないんだけどね。結局あれで、お兄ちゃんや隣のまさ兄さんを含め、1379人が亡くなった」
知ってた? 花火大会の花火は毎年、1379発上がるの。鎮魂のためにね、おばあちゃんの説明はまだ続いていたけど、僕の頭にはもう、ほとんど入ってこなかった。そして、1つの考えに思い至り、ねえ、と声をかける。
「おばあちゃんの、お兄ちゃんの名前は?」
「名前? ああ、
「たかや…」
そうか、そうだったんだ。あり得ない、非科学的だ、と思う前に、心の奥がすとんと納得した。あれは、たかやだ。何十年か前の、明日、隣の国の間違いで殺された。だからあいつは、あんなことを言ったんだ―。
「…私の、すぐ目の前で、お兄ちゃんも、まさ兄さんも、他のたくさんの人も、降り注ぐ光を浴びて、消えてしまった。多額の補償金が出たわ。だけどね、そんなもの、びた一文要らない、お兄ちゃんを、2人を、みんなを返して、って思った」
低く、静かすぎる声で、おばあちゃんは言った。あれから80年経つけどね、私、今も赦してない、一生赦さない、あの国だけは、と。
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