第4話 秘密の夜
雨。涼しいを通り越して、寒いくらいの日。おばあちゃんは、神経痛がつらい、と言って、部屋で寝ている。僕は縁側で、軒先から落ちる雨粒を見ている。
雨が降ると周りが白く霞んで、閉じ込められているようで、何となく気が滅入る。せっかく涼しいんだから宿題やればいいはずなのに、そんな気も起らない。
「よう」
たかやは、いつもと変わらないようすでやって来た。傘を持ってないのに、なぜか濡れていない。傘は? と聞いたら、玄関のほうを見て置いてきた、と言った。
「雨、やだな」
そうだな、という返事が来ると思ったのに、なんで? という問いが返ってきた。
「なんでって。つまらないじゃん、遊びに行けないし」
「まあ、外では遊べないけど。家の中でも遊べるし、やることはあるだろ。雨は大事なんだぜ。雨が降らなかったら、花も木も草もしおれちゃうし」
「そんなの、わかってるけどさあ…」
何となく、面白くない。
「明日は晴れるよ。そんな風が吹いている」
「風、ねえ」
天気予報では、夕方までぐずつくって言っていたけど―。
***
本当にびっくりだ。翌日は、すっごくいい天気になった。蝉が、うるさいくらいに鳴いている。昼過ぎにたかやがやって来たから、
「お前すごいな! 俺にはわからなかった」
わざとお前とか俺とか言ってみたら、ちょっとドキドキした。少し、お兄ちゃんになったような気がして。たかやは、ちょっと得意げに、まあな、と言った。
「ああ、でも、ほんとに晴れてよかった! 明後日は花火だし、明日は流星雨だし。今年は満月だからいまいちらしいっておばあちゃんは言ってたけど、でも、やっぱり見てみたいしさ」
「満月だと、明るすぎて見えないもんな」
たかやは頷いてそう言った。
***
「…すく、たすく!」
夜明けごろ、遠くから自分を呼ぶ声で目が覚めた。
「…たかや?」
聞き覚えのある声に、半分眠りながらそうつぶやく。
「起きろよ、おい、流星雨見ようぜ」
「流星雨!?」
その声に、僕はがばりと飛び起きた。
「明日じゃないの?」
「明日が極大ってだけだよ。今日だって見える。月の位置からしたら、今日のほうがよく見えるかもしれない」
「そうなんだ」
縁先から、サンダルをつっかけて庭に出た。短い会話を交わした後は、無言で浜に向かって歩く。藪の中から聞こえる虫の声が、2人が歩く時だけぴたりと途絶えた。
10分ほどして、浜に出た。
「うわあ!」
星がすごい! これは本当に、何度見てもびっくりする。しばらく見とれていると、たかやがある方角を指さした。ああ、あそこから星が降って来るんだ。
ざーん、ざざーん、と、波の音が響く中、しばらくじっと空を見ていた。と、そのとき、すーっと1つ、張り付いたような星の間から何かが動いた。流れ星だ!
「見た? ねえ、今のあれ、流れ星だよね、見えた!?」
すっごくドキドキしながら叫ぶと、たかやは笑って頷いて、再び空のほうを見た。また1つ、そしてもう1つ。今日はまだ一番見える日じゃないはずなのに、それでもこんなに見えるんだ。
人気のない浜辺で、真夜中、子ども2人だけで、空を見上げている。誰にも内緒で抜け出して来たから、このことは2人だけの秘密で、だからぜったい絵日記には描けないけど。だけど、この星降る夜を、僕は一生、忘れないと思う。
***
どうやって帰って来たのか、覚えてない。気が付いたら朝、布団の中だった。
「いつまで寝てるの? 起きて起きて!」
「あれぇ?」
おばあちゃんの声。不思議な気持ちで着替えて顔を洗って、朝ご飯を食べた。
座敷から庭を見ると、太陽はもうすっかり高く昇って、ひまわりの影が短く地面に落ちていた。
「今日も暑くなるって。たぁちゃん、暑かったらエアコンのある部屋に行きなさい」
「うん…」
仏間は苦手。それに、今日もきっとたかやが来るから。僕はまた、縁側のそばで夏を過ごす。
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