第2話 たかや

「星が降ってきたの? 流れ星が自分のとこまで落ちてくるなんて、あるかな?」

 ひとしきり話を聞いてからそう感想を伝えると、たかやはむっとした顔をした。


「だってさ、流星雨だったら落ちてこないでしょ? どうして、その、『まさ兄』は、逃げろなんて言ったのかな?」

 僕は慌てて言葉を継ぐ。ここに来て3日目。昨日せっかくできた友だちを、こんなことで失いたくなかったから。


      ***


 その夏は、ほんと最悪だった。

 友だちとも家族とも離れて僕一人、お母さんのお母さん、つまり、おばあちゃんちで、過ごしていたんだ。去年はよかった。みんな一緒だったから。

 学校の夏休み行事が一通り終わったころ、母さんが、

「おばあちゃんとこで、いい子にしててね。たすくは、もう2年生だもん、1人でもだいじょうぶよね」

 って、僕を送り込んだんだ。お兄ちゃんが受験でたいへんな時期だからって。

 僕が生まれるとき、今の僕と同じ7歳だったお兄ちゃんは、同じように1人田舎にやられたって聞いた。今度は、僕がお兄ちゃんのため田舎で1人で過ごす番だ。

 そう、だから僕は聞き分けのいい良い子になって、だいじょうぶって応えて、ここへ来た。


 おばあちゃんちは、古い、木の家。『ちく200年』なんだって。“ちく”って何だかわからないけど、でも200年ってすごい。2階は無いけどすっごく広い、畳の部屋がたくさんあって、広い庭に続く木の縁側があって、その先はうっそうとした藪。その左脇から延びる細い道は、まっすぐ海へと続いている。縁側にいると涼しい風が吹いてきて、エアコン要らず。とはいえ、やっぱり真昼は暑くて、でも、この家はエアコンはおばあちゃんの部屋と仏間の境にしかない。仏間は古い写真なんかがいっぱい飾ってあって少し怖いから(内緒だけど、学校の音楽室も苦手)、あんまり入る気にならない。だからこうして、少しでも涼しい縁側で過ごしているってわけ。


 おばあちゃんは、さっき町内会に出かけた。僕は留守番。縁側に近い畳の上、日が差し込まないぎりぎりのとこで、茣蓙ござの座布団を枕に寝っころがって空を見ている。蝉の声がすっごく響いていて、でも後はしんとしていて、まるで世界に自分しか人間がいないみたい。おでこ、鼻の頭、耳の脇、髪の中-体中から汗が噴き出して、流れ落ちるのを感じる。まぶしくて、青いはずの空が白く見えた。


「あー、暑いなぁ」

 言ってもどうにもならないんだけど、誰も聞いてはいないんだけど、つい、言ってしまう。奥のちゃぶ台には申し訳のように開いたドリル。でも、暑すぎて、勉強する気にならない。まあ、涼しくても、勉強する気にならないんだけどね。

 ああ、ゲーム機、おばあちゃんが嫌うから置いてきたけど、こっそり持ってくればよかったかな。まあ、一緒にやる相手もいないし、電波もろくに拾えないんだけど。


 昔は、おばあちゃんちで過ごす夏休みが大好きだった。子どもは外で遊ぶもん! と言われてゲーム機は使えないけど、周囲にはどっかりとした自然―高い木が密集する森や深い草が広がる野原、小川、田んぼ、そして何より海が、普段なら決してできない楽しみを与えてくれた。

 この辺の子どもたちはなんとなくよそ者を遠巻きにして、一緒に遊ぼうとしない。去年まではお兄ちゃんが一緒だったから全然気にならなかったけど、自分一人だけだと、退屈だ。花火はあまり好きじゃないと言うおばあちゃんに送り出されてお兄ちゃんと2人で行ったあの花火大会も、今年は1人で行かなくちゃなのかな。


「あ~つい、あ~つぅい、あ~つぅい~~」

 誰もいないのをいいことに、でたらめな節をつけて歌ってみる。と、

「なんだそれ、変な歌だな。おまえ、誰? 何してるん?」

 という声が、上から降ってきた。そう、これが、この辺で唯一の友だちになった、たかやとの出会いだった。

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