7つの夏

はがね

第1話 流星雨の夜

 8月の、ある真夜中。今夜は流れ星がたくさん見れるって隣のまさ兄から聞いた俺は、自分も見ようと浜まで行った。歩いて10分ちょっと、たいして遠くない。

 うちでは、子どもは夜8時には寝るもんだぞ、って布団に追いやられる。だから、寝たふりしておいて、夜中にこっそり抜け出したんだ。まさ兄が高校の部活の仲間と浜で観測するって言ってたから、そこに合流しようと思ったんだ。


        ***


 こっそり抜け出した、はずなのに。もう少しで足も竦むような真っ暗な藪を抜けて浜に出るというときに、後ろから、今にも泣きそうな声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん、待って!」

 …いつの間にか、ゆみが、妹がついてきていたんだ。厄介だなあ、と思う。必死に歩いているらしいけれど、幼稚園児の足ではたいへんなんだろう。がさがさ音はするけれど、なかなか姿が見えない。しかたなく少し戻って、半べそ顔のゆみの小さな手を取って、また歩き出した。


       ***


 月が無く暗い夜だけど、空には星がびっしり、それに、もう夜もだいぶ遅いのに、浜辺には、ずうっと向こうのほうまで、大勢の大人がいて、その人たちが持つ灯が、あちこちで揺れていた。かなりたくさんの人がいるみたいだ。今年の流星雨の極大は何年かに一度というくらい条件がよくて、流れ星がたくさん見えると期待される、って、ニュースでも言っていたからそのせいかもしれない。

 まさ兄は、この藪道を抜けた先にある見張り櫓のとこで観測するって言っていた。だから、藪を抜ける少し手前からでも、すぐ見つけることができた。背が高いから、遠くからでもよく目立つんだ。


 この先、砂が深くて打ち上げられた流木が多い浜はさらに歩きづらくなる。ゆみの足では時間がかかるだろう、そう思った俺は妹の手をほどき、ここで待ってろ、すぐ戻るから、と言いおいて走り出した。背中に何か叫ばれたけど、聞こえなかったことにする。だいじょうぶ、この辺は安全だ。動き回らなければ。


「まさ兄!」

 近づいて声をかけると、振り向いた顔が驚きに染まった。

「…おまえ! なにしてるんだ、こんな時間に!」

「流れ星、見に来た。今夜はたくさん見られるんだろ?」

「ああ、でもほら、ダメだ、早く帰れ! 子どもは寝る時間だろ」

「ええ? いいじゃん、俺も、星が降ってくるとこ見たいよ! それに、もう2年生だから、子どもじゃないって」

 1年坊主とはわけが違う、そういう俺に、

「2年生だって、小学生は全然子どもだよ、ほら早く―」

 そう言うまさ兄の背後で何かがチカリと光って、思わず目を奪われた。浜辺にいた他の人も気づいたみたいで、ざわざわとした声が聞こえる。

“それ”は遠くから、だんだん近づいてきた。

「なにあれ? あれが流れ星?」

「いや、違う。 …なんだ?」

 その“星”は地面に降り注ぎながら、どんどん近づいてくる。遠くのざわめきに悲鳴が混じり、その悲鳴の波がすぐそばまで押し寄せてきたそのとき、

「おい! 逃げろ!」

 叫んだまさ兄にも、一瞬後に、俺にも、星が降り注いだ。


 世界が白くなり、そして、静まり返った。

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