第13話 12番ホール 思わぬ出会い!②


翌日、天地会長と瑞稀さんがホテルまで迎えにきて頂き、支配人以下5人が

丁重にお見送りしてくれた。


空はどんより曇っていた。黒っぽい雲ではあったが、天気予報では終日曇りの

予報だ。

カッパは持っていないので、雨にならないことを祈るばかりだ。

昨日来た天文台の横を通り、桜並木の中をしばらく行くとゴルフ場だ。

桜の季節にきたらさぞ見事だろう。

桜の花も好きだが、葉桜の方が俺は好きだ。ここに図書館とか公園があったら、

さぞ気持ちがいいなとふと思い会長にぶつけてみる事にした。


「天地会長、突然で失礼かも知れませんが」と前置きして言った。

「この辺りに図書館とか公園、ちょっとしたカフェがあったら、

天文台も含めて楽しめるんじゃないでしょうか?図書館には宇宙に関する

日本有数の専門書や子供向けの児童書なんてあったら、プラネタリウムも

より引き立つような気がします」

「まあ!?」瑞稀さんが驚いたような様子を見せた。

天地会長は少し沈黙した後、言った。


「図書館の話は沢田ちゃんにはまだ何も言ってないよな。どうしてここに

図書館と思った?」

会長を怒らせたかなと思いながら、俺は思ったことを言った。


「先ほども申し上げましたが、昨日見たプラネタリウムは感動しました。

まさしく宇宙の神秘と言いますか、壮大さに圧倒されました。

今通ってきた桜並木を見て、自然を身近に感じて夢のある本とか読んだら

さぞ幸せになるかと思いまして。それこそ文化リゾートにような場所にできたら

最高かなと」


「沢田さんてロマンチストですね」瑞希は嬉しそうに言った。

「沢田ちゃん、あんた面白い男だな。まあ、今日はゴルフを楽しもう」

会長はそう言って黙ってしまった。仕方なく俺もそれ以上は言わなかったが、

余計な話をしてしまったかなと思った。


ゴルフ場に着くと、またしても支配人以下数名が出迎えてくれた。

全くどこにってもV I P待遇だ。因みにここ大仙台セントラルゴルフクラブは、

会長の持つグループ会社が経営している会員制のゴルフ場だ。

今時珍しい一見さんお断りのコースで会員数は約500名だから、常に空いているらしい。


レストランでは誰にも会わないままコーヒーを飲んで、会長のゴルフ場紹介を

一通り伺った後アウトコースからスタートした。

俺にとって初めての接待ゴルフ(費用はお客さん落ちだが・・)の始まりだ。

会長は独特のスイングだが、しっかりスコアーを纏めるスタイルで、瑞希さんは

お嬢様らしい上品なスイングだ。


キャディーさんは40歳くらいのベテランの方で、会長の扱いもよく心得ていた。

会長は大層ご機嫌で、俺にコースのことや植っている樹木のことを解説してくれた。大変な物知りでこれまで樹木に全く興味のない俺にとっては、正直苦痛ではあったがこれも接待だと思い一生懸命に聞いた。

理解できたのは、このコースには1000種類以上の樹木がうわっていると言う事だけだった。


途中瑞希さんが、

「会長の話聞くのも大変でしょう」などと彼女との会話が唯一の救いだったが、

会長の熱意は十分感じた。おかげでゴルフどころではなかったが、なぜか

スコアーは44だった。会長は40、瑞希さんはレディースから41。

お二人とも想像以上に上手だった。


レストランでのランチの味は格別だった。なんでも好きなものを食えと言う

会長の言葉通り、カレーを頼もうとしたら遠慮するなと牛タンステーキなるものを注文してくれた。


このレストランのおすすめで、肉厚のタンがとっても柔らかく1kgくらいは

平気で行けそうだった。これまでの俺が食べたタンと言えば、厚さ2mmが

いいとこだった。


午後からの会長のお話のメインテーマは“星”だった。88の星座の解説は圧巻だった。

古代エジプト文明の天文学が最古で、これがメソポタミア文明に伝わり現代の

原型となるバビロニア天文学が作られたなどなど。残念ながら各ホール一個ずつの

星座の解説だったので、残り79の星座の話はまた次の機会にしてもらった。


「瑞希さん、星座の話聞きました?」

「ええ、子供の頃からね。それこそ毎晩毎晩。88星座全部覚えちゃったわ」

「すごいですね。僕なんて占いくらいしか知りませんでした」

「普通はそうよ。でも聞いてて楽しいでしょ。祖父も子供みたいに楽しそうに話すから」


いっそのこと図書館なんて小さいこと言ってないで、ロケットでも飛ばした方が

会長も楽しいだろうにと一人納得した。そうだ、この際ロケットの模型も図書館に置くようあとで提案しよう!!

ラウンド終了後、瑞希さんの風呂は長いので会長とレストランでビールを飲もうと言う事になった。


「それにしても沢田ちゃん、ゴルフ初めて間もないとは思えねえなあ?」

「今日は出来過ぎですよ。会長の“星座”の話が面白かったので力みがなかったんだと思います。続きの79個の話もぜひ聞かせてください!」

「そうかあ、面白かったか。分かった、この続きは今晩にしよう!」

「え!!!今晩ですか?会社クビになっちゃいますよ!」

あまりの驚きにほとんどタメ口になってしまった。

「一応サラリーマンですからね」


「大丈夫、心配するな」何が大丈夫なもんか!

「明日は朝一の新幹線に乗れば東京に8時すぎにはつくよ」それを聞いた俺は、

「そうですか。それなら大丈夫ですかね〜。」全くこの爺さんには参った。

こうなったら図書館建設の話を何がなんでも受注しないと、末木課長に殺される。


そこへ瑞希さんがやって来た。髪がまだ乾き切っておらず妙に色っぽく見える。

「あ待たせしました。あら、どうかされました?」

見惚れていた俺に声をかけた。


代わりに会長が、

「沢田ちゃん、今日も泊まる事になったから宿の手配してやってくれ。」

「え、本当ですか?沢田さん、会社は大丈夫ですか?」

「はい、朝一番の新幹線の乗れば間に合いますので」即答だ。


「また会長が無理な事言ったんじゃないですか?」

「俺は無理強いなんてしとらんぞ。なあ、沢田ちゃん!」

ここは男として会長を立てなければいけない。


「ええ、星座の続きの話を聞きたくて、お願いしました」

“今日聞きたい”とは言っていないが、“聞きたい”と言ったのは事実だ。

「そうしていただけたら私も嬉しいですけど・・・」ん、どう言う意味だろう?

「そうか、瑞稀も嬉しいか!じゃあ、宿と新幹線の予約頼んだぞ、ついでに晩飯もな」


会長はそう言って、残りのビールを飲み干した。俺もそれに付き合って、

半分ヤケクソで飲み干した。

夕食の時間まで、レストランから仙台の街を見下ろせる景色を楽しみながら、

会長や瑞希さんと相変わらずゴルフや天文の雑談をした。


途中トイレ行くと言って、榊原さんに状況を伝える電話した。

2日続くとちょっと気が引けたが、受注するためだから仕方ない。


「明日は出社するのね、ところで図書館はどうなの?」

俺は“何がなんでも受注します”となんの根拠もなくハッタリをかませて、

心意気を示した。

「気持ちはわかったけど、問題になっていることはないわね?何かあったらすぐに

相談して。こっちは任せて、思った通りやりなさい。沢田くんのこと信じてるから」

なんと大きな人だ。末木課長に爪の垢を煎じて、いやそのまま飲ませてやりたい!


夕食は、市街にある“割烹天ぷら”花天”に連れて行かれた。

個室の中にカウンターと座敷があり、カウンターの中で料理人が天ぷらを揚げてくれる。メニューはなくお任せで、ストップするまで提供してくれるシステムになっている。

ビールから始まり、焼酎、日本酒と快調なペースで進み、今日のゴルフの反省をした。俺はそろそろ図書館の話を切り出そうかと考えている時に、

「ところで沢田ちゃん、そろそろ図書館の話でも少ししようか」会長が切り出した。


「実を言うとな、沢田ちゃん。これまで10社くらいの会社に相談して提案して

もらったが、どうも俺のことを理解できんのだ。」

俺のことを理解するとはどう言うことだろう。

「確かに建物は立派で見栄えも良い。自然と調和とか言うが、でもなあ〜」

そう言ってため息をついた。


「客の事を理解できない奴が、良い仕事をできるわけないだろう。

そう思わんか沢田ちゃん」

なるほど、そういうことか。恐らくみんな図書館の外観や機能ばかり目がいって、

この会長の人柄とか人間性に目をあまり向けなかったんだろう。


「会長の言う通りです。お互いに理解しあって初めて最高の仕事ができると思います。僕もそうありたいと思います」


「沢田さんはできてますよ。仮にできていなくても、そうありたいと言う姿勢は十分感じます」瑞希さんがフォローしてくれた。

「沢田ちゃん、2泊もさせてしまって本当に申し訳ない。会社への説明も大変だったろう」

そう言って、会長が俺に頭を下げた。


「会長、やめて下さいよ。正直言うとたった二日ですが、会長や瑞希さんの人柄に惹かれました。図書館の話が無くなっても、お二人とこうしてお付き合い

いただけるだけで僕にとっては有難いことです。こちらこそ有り難うございます」

そう言って、俺も頭を下げた。


「あら、図書館の話が無くなってしまったら、沢田さん、会社に帰れないんじゃない?」

笑いながら瑞希さんが言った。

「大丈夫です。先ほども上司からやりたいように思いっきりやってこいと葉っぱを

かけられましたから。あとは面倒をみて貰えると思います」

「そうは言ってもだ、みんな俺におべっかばかり使いおって、沢田ちゃんほど俺の話を真剣に聞く奴はいなかった」

それはそれで納得できる気がした。


「ゴルフ場に向かう途中、俺に話してくれた文化リゾートの話は良かった。

もっと詳しく聞かせてくれないか」

ほとんど思いつきで言ったことだが、ここは俺の想いをぶつけるしかないと思い

話し始めた。


「会長の星座の話を聞いて、もっと近くで見てみたいと思いました。

ロケットに乗って星間旅行しながら、星々を巡るんです。

少なくも、88個の星座があるんですからコースに飽きることはありません。

言ってみれば東北4県湯煙ツアーみたいな感覚で」

「まるでアトラクションね!私も乗ってみたいわ」


「星座だけでなく、小惑星やはやぶさなども近くで見たら、最高の臨場感が味わえると思います。図書館でも星座や宇宙のこと、公園には樹木や動植物、小さい子供から大人まで楽しめる空間を提供するんです」

「俺も生きてるうちに宇宙に行ってみたいな」会長の目が輝いているのがよく分かった。

「会長ならいけるんじゃないですか?日本でも数百億払って行こうとしてる人間もいますから」

「いや、俺が行くより若い人たちにどんどん言ってもらいたい。

お前ら二人で新婚旅行に行ったらどうだ?」新婚旅行???


「会長!何酔った勢いで言っているの!!」瑞希さんがムキになって反論した。

「面白い、面白いなあ。夢があって良い。久しぶりに楽しい夢が見れそうだ」

会長は一人で納得している。


「よし、沢田ちゃんの思いは俺と同じと言うことがよく分かった」

夢は夢として、これを現実にするためには先立つものが必要だ、

それも桁違いの・・・。

会長は何やら思案し始め、黙ってしまった。


「沢田さん、会長が変なこと言ってごめんなさい。時々突拍子もないこと言い出すのよ。許してあげてね」

「いえ、瑞希さんこそ。でも新婚旅行が宇宙なんて素晴らしいですね。

僕も行ってみたいですよ」

隣に千夏がいたら何て言うだろう。帰ったら必ず聞いてみよう。

「よし、明日俺も東京に行く事にした。こういうことは早い方がいい」

今度は何を言い出すかと思ったら、東京に行く?


「あの、東京のどちらに?」

「決まってるだろ、沢田ちゃんの会社だよ。今の話を沢田ちゃんの会社の社長と話をする!」

「今日の明日で社長さんに会うなんて失礼よ。沢田さんの立場も考えてあげないとダメでしょ」

瑞希さんが諭してくれた。

「ちょっとお時間いただいてよろしいですか。上司にお願いしてみます。

社長の予定が空いていればの話ですが」


ちょうど揚ったばかりの大好物のエビの天ぷらは冷めてしまいそうだったが、

名残惜しく席を立った。


俺はすぐに榊原さんに電話をした。幸いすぐに出てくれてほっとした。


俺は経緯を話し、榊原さんからの連絡を待った。

榊原さんはまず部長に連絡をとってくれて、11時からお会いするとのことだった。

社長については、社長秘書に予定を確認したところ午後一番で30分空いてるので、明日相談しする事になった。俺は榊原さんに心からお礼を言って電話を切った。

席に戻って会長に今の会話を伝えた。


「僕は先に社に行きますので、会長は11時にお越しください」

「分かった。そうさせてもらおう。瑞稀も一緒に来なさい」

俺は少し冷えたエビを明日のことを考えながら、味わって食べた。

塩味のきいたプリプリした食感は、冷めていても最高だった。


宿に戻ってから、シャワーを浴びて冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを

飲んで、少し酔いが覚めた。

カバンからノートパソコンを取り出し、出張報告書の作成を始めた。

思わぬ展開になり、明日榊原さんや部長に説明しなくてはならない。

その為の整理をしておかなければ俺の頭がついて行かない。

ベッドに置いてあったスマホが震えた。千夏からだ。


「ちょっと今日も泊まりなんだって?もう接待は終わったの?それと電話の

一本くらいにしなさいよね!」

相変わらず機関銃のように聞いてくる。

「ああ、終わったよ。明日朝一で会社行くけど、その後お客さんもくる事になった」

「また急だねえ。図書館の話うまくいったの?」

「まだ分からないけど、脈はあるって感じかな」

「末木課長だいぶ騒いでたわよ。榊原さんがなぐさめてたけど」まあ予想して通りだ。


「全く小さい男だなあ。天地社長と会ったらマジ瞬殺だな」

「へえ〜、社長さんてそんなにすごい人なの?」

「こっちじゃチョー大物だよ。どこいっても出迎えはあるは見送りはあるは。

ゴルフ場だって、好きな時間にスタートしてくださいって」


「どこにでもいるのね?うちの社長と話し合うかもね」そうあって欲しいものだ。

「それじゃーね。おやすみ!元気そうで良かった。お土産忘れないでね!!」

“プーーー”


お土産が目的だったか。そういえば明日の朝買わないと、帰って何を言われるか分からん。

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