第14話 12番ホール 思わぬ出会い!③
翌日、フロントにキーを渡してチェックアウトした。
宿泊費は天地コーポレーションで処理されるので不要だった。
6時5分の仙台発東北新幹線に乗車して、東京に向かった。
駅のお土産屋さんは閉まっていて、売店しか開いてなかったので目立つところに
置いてあった“笹かま“と職場のみんなに銘菓“萩の月“を買った。
車中朝食の牛タン弁当(昨日ゴルフ場で食べた牛タンとは残念ながら違った)を
食べながら、出張報告書を見直した。2時間はあっという間に過ぎた。
8時半過ぎには会社着いた。まだ数人しか社員は出社しておらず、出張報告書を
数枚印刷した。それから10時過ぎまでバタバタした。
まず末木課長と榊原さんに説明し、末木課長からは案件の中身ではなく俺にとってどうでもいい経費の話とかネチネチ言われた。お土産を買ってきたので末木課長に渡すと、まさか経費で落とすんじゃないだろうなと念押しされた。
その後巽部長に説明し、それから社長秘書に社長のスケジュールを確認した。
一息ついてるところに千夏がやってきて、
「朝から大変そうね」俺がバタバタしているのを見て楽しんでいた。
11時5分前に1階の受付から天地様が見えられたと連絡があった。
俺は榊原さんに到着されたことを伝え、1階に出迎えに行った。
やっぱり瑞稀さんも一緒だった。
「この度は大変お世話になり、本当に有り難うございました」二人に礼を言った。
「ここが君の会社かあ。なかなかいいじゃないか。じゃあ行こうか!」
相変わらずどこでもマイペースだ。俺は二人を5階応接室へ案内した。
少し遅れて、巽部長、末木課長、榊原さんが入ってきた。
「いやー、今日は急にお邪魔して申し訳ない、よろしくお願いしますよ。」
相手が誰でも同じようだ。
「私が天地十三郎です。これは秘書の瑞希です」
秘書を挨拶するのに、下の名前はいかんだろ。
「いえ、こちらこそ遠路お越しいただいて恐縮です」部長が紳士に見える。
「沢田がそちらでご厄介になったそうで、有り難うございました。
まだまだ勉強中の身でご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「巽さん、あんたいい部下を持って羨ましい。沢田ちゃんとは今までになく夢を
語り合うことができて、とても楽しかった。感謝、感謝です」
よく本人目の前にして堂々と言えるものだ。俺もこのくらいの演技力を見習った方が
いいかもしれない。末木課長はちゃんと聞いてたかな!?
「会長もこの2日間はとても充実した時間を過ごせたと、車中申しておりました。こちらこそ2日間も引き留めてしまい、御社のご迷惑をかけしないかと危惧しておりました。心からお詫びいたします」
さすが瑞希さん、しっかり秘書をやっている。
「そう言っていただけると、我々も気が休まります」部長の表情が引き締まった。
「ところで、本日わざわざご来社頂いたご用件はなんでしょう?」
「“夢を現実にする“その相談ですよ」会長は笑みを浮かべながら続けた。
「沢田ちゃんから話は聞いてもらってますかな?」
「ええ、先ほど概要は聞きました。図書館や公園と言った文化リゾートの建設だとか」
「その通り。それを是非お宅で進めて欲しいんだがどうだろう」
「大変ありがたいお話を有り難うございます。最終的に弊社でお受けできるかどうか詳細を検討させていただきますが、2点確認させてください。
1点目はなぜ当社に任せる事にしたのか?2点目はこれだけの規模になると
費用も相当なものになると思います。どう工面されるつもりでしょうか?」
「そりゃ心配するわな。巽さんもしっかりされとる」
そういって会長は大きく息を吸い込んでから答えた。
「一つ目は、沢田ちゃんを通して、オタクの会社が気に入ったから。
2点目は私の私財と地元の自治体と文科省、国交省を巻き込むつもりだ。
私の知り合いも何人かいるから心配せんでいい。数年がかりの仕事になるだろうな。この答えで満足かな?」
会長と巽部長との間で、目に見えない攻防があるような気がした。
「分かりました。期待に応えられるよう全力を尽くします」
驚いたことに巽部長が言い切った。末木課長も榊原さんも真剣そのものだ。
どちらかと言うと俺は拍子抜けした感じだ。
「巽さん、あんた沢田ちゃんの言う通り大したもんだ。」
“ハッハッハー”会長はこれ以上ないくらい多いな声で笑った。
「沢田が何と言ったか分かりませんが、単なる一営業部長ですよ。
それから、13時から社長のスケジュールをとっていますので、ご予定ください。少し早いですが、食事に行きましょう。天地会長のお話をもっと聞かせてください」
昼食には、既に近所の寿司店を予約してあって、部長と俺が行くことになった。
寿司店では、俺と話した図書館や公園など会長の思いが語られた。
部長が心配していた費用面については、図書館は私財で賄うつもりらしい。
そのほかは自治体にも既に話はしており、詳細はこれからということだった。
仕事ができる人間というのは、我々凡人と違ってスピード感が違う。
会長と部長が話しているのを俺と瑞希さんは聞いていたが、瑞希さんも手持ち
無沙汰そうだったので話しかけた。
「瑞希さん、星座は何座ですか?」
「乙女座です。9月22日生まれです」
「そうですか。僕と近いですね。10月27日のさそり座です」
「さそり座って、ギリシャ神話では、巨人オリオンに怒った女神ガイアがさそりを遣わして猛毒の針で殺したそうです。それで、星座となったオリオン座と
さそり座は反対の位置にあって、さそり座が昇るとオリオン座が遅れて沈むそうですよ」
「さすが、会長仕込みですね」
9月22日といえば3週間後か。そういえば、千夏の誕生日っていつなんだろう?
「小さい頃から聞かされているうちに、調べてみたんです。ここにもロマンスが
たくさんあって面白いですよ。図書館でも紹介できたらいいですね」
「そうですね。是非扱いましょうよ!」
「おい、何を二人で盛り上がってるんだ。星座の話なら俺に任せろ」
「会長より女性の瑞希さんの星座の話の方が、ロマンを感じるんですよね」
「沢田ちゃん、瑞稀に仕込んだのは俺なんだから、俺の方が面白いに決まっとるだろ!」
「ほう、星座ですか。私も興味がありますね」部長が割って入ってきた。
「そうかあ、巽さんも興味あるかね」星座の話を会長がここぞとばかり話し始めた。
1時近くになってやっと腰を上げ、会社に戻り社長室に向かった。
先ほどの応接室にお通しして、俺は社長を呼びに行った。
「おう、沢田くんか。お客さん連れてきたんだってな」
社長も既に案件の概要は知っていた。
「ゴルフしたんだってな。巽くんから聞いたよ。どうだった?」
うちの会社は兎に角情報共有が活発だ。
「最初は緊張しましたが、天地会長のお陰で楽しく回れました。」
「君が楽しいのはいいが、その会長さんも楽しく回れたんだろうね」
「恐らく大丈夫だったと思います。今日も来ていただけましたし・・・」
そう言って、社長の後を追って応接室に向かった。
巽部長が社長を会長と瑞希さんに紹介した後、巽部長が改めて概要を社長に説明した。
「天地会長、ご用件は賜りました。是非うちでやらせて下さい」
こんなに簡単に決まっていいのだろうかと思いながら、話の続きを待った。
「児玉さん、失礼ながら会社のことを調べさせてもらった。十分信頼に足る会社経営をされておる。そして何より、良い人材を抱えているようだ。
この話は私の夢だ。私の夢をお宅に任せるよ。宜しくお願いします」
会長が頭を下げるのを見るのは2度目だ。
「微力ながら天地さんの夢の実現に向けて、取り組みます」
「ところで、児玉さんはゴルフを愛してるそうですな。沢田ちゃんが言ってました」
またこの爺さんは余計なことを。。。
「ハハッ、そうですね。愛していますかね」社長は少しのけぞって答えた。
「近いうち、お手合わせ願いましょう!」今度は会長がぐっと身を乗り出して言った。
「是非お願いしますよ。来月期首の支店回りをしますので仙台にも行きます。その時に」
「いやあ〜、今日はこちらに来させていただいて本当に良かった」
いきなり会社に来ると言われた時はどうなるかと思ったが、会長も満足してもらえたようで良かった。俺はほっとした。
「ところで巽くん。本件は仙台支店で担当になるのかな?」
「そうですね。天地コーポレーションさんとは目と鼻の先ですし・・・」
「それは困る!」突然会長が大声で異議を唱えた。
「地理的に見ればオタクの仙台支店がいいんだろうが、私は巽さんと沢田ちゃんにどうしてもお願いしたい。なあ、瑞稀!」
「そうは言っても、沢田さんの会社の都合もあるでしょうし・・」
瑞稀さんも困り果てた様子だ。
「社長、天地会長も強く希望されてることですし、私のところと仙台支店で
連携して進めたらどうでしょう。仙台もそう遠くはないですから」
「有り難う。巽さん、そうしてもらえると有り難い」
「分かった。君がいうならそうしたまえ。ただし、くれぐれも天地さんにご迷惑をおかけしないようにな」
「はい。そしましたら天地会長、弊社内の体制を整え次第改めてご連絡させて
頂きますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、結構だ。うちの窓口は瑞希に任せてあるから連絡下さい。頼んだよ、沢田ちゃん」どうも社長や部長の前で“ちゃん”はまずい。
「児玉さん、ゴルフはいつにしますかな?」また急に言い出した。
「来月の支店訪問の予定がまだ確定していないので、秘書から連絡させますよ。
少し時間をください」日程が決まらず残念そうな会長は、まるで子供のようだ。
30分ほどの面談はあっという間に終わった。
見送りの為、玄関先まで会長は部長と、俺は瑞希さんと話しながら向かった。
受付前で出張に行く千夏が、すれ違いざま会長と瑞希さんに挨拶をした。
気のせいか、千夏の冷たい視線を感じた。
黒塗りのレクサスが会社の前に停まっていた。まさか仙台から車で来たわけでは
ないだろう。会長と大袈裟な握手をして、瑞希さんが手を振ってくれたので、
俺も手を挙げて応えた。
席に戻ると部長から榊原さんと俺が呼ばれた。
「先ほどは有り難うございました」
「ここからが大変だぞ。二人で社内のチームを早急に編成してくれ。
それと沢田くんの担当だが、今持ってるのはT K Cさんだけだな。
当面、それ以外は外して一色食品さんと天地さんに専念してくれ。
末木課長にも後で私から言っておくから」
そう言って榊原さんだけ戻るよう言った。
「沢田くん、向こうで天地さんのお孫さんと何かあったか?」
いきなり聞かれて戸惑った。
「いえ、何もないですけど。」
「それならいいが、どうもあの会長、君のことを相当気に入ってるようだ。彼女いくつだ?」
「さあ、誕生日はさっき聞きましたけど。私と同じくらいだとは思いますが・・・」
「答えたくなければ答えなくていいが、君、彼女はいるのか?」
いやあ、参ったな。部長は真剣みたいだし、ここは真面目に答えておくか。
「はあ、一人いますけど」
「一人いれば十分だろ」部長は笑いながら言った。
「私の邪推だけどね、あの会長、お孫さんとくっつけようとしてるぞ。
恐らく、お孫さんも満更じゃなさそうだ」
「え!ホントですか??」俺は目を丸くして絶叫した。
「俺の邪推だと言ってるだろ」俺の人生の絶頂期が来たのだろうか!?
「それは困りましたね」
「まあ、プライベートのことをとやかくいうつもりはないが、君の人生なんだから後悔しないようにな。因みに、君は女性の事をわからないだろう。
俺も人のことを言えんがな」
部長はそう言って席に戻るよう言った。俺の頭の中は真っ白というか混乱した。
ふと、千夏の冷たい視線を思い出した。
その日から、俺は一色食品さんと天地コーポレーションさんの2案件で
テンテコ舞いになった。
千夏は出張先から直帰の予定だったので、7時に五反田の居酒屋で待ち合わせをしてお土産を渡すことにした。
俺が行くと、既に千夏は来ていて生ビールを飲んでいた。
「出張ご苦労さん。はい、お土産」そう言って笹かまを渡した。
千夏は有り難うと気のない返事をして受け取った。
「どうした、疲れてんのか?」
「別に・・」おかしい、なにかおかしい・・。
「なんか怒ってるみたいだな」
「べ・つ・に・」俺もちょっとムカついてきた。
「なんだよ。言いたいことあるならはっきり言えよ!」
「じゃあ言わせて頂きますけどね。今日の仙台のお客さん、あの女性は何?」
「何って、天地会長の孫娘だよ。それがどうしたんだよ?」
「いやらしい目で見てたでしょ!」なんだこの言い草は。
「見るわけないだろ。お客さんだぞ」
「でも綺麗な人よね。鼻の下伸ばして妙に嬉しそうだった。
お客さんを見る目じゃなかった!2日も一緒にいたのよね」
そんなことは絶対にあり得ない。いや、あり得ないはずだ。あり得ないと思う・・。
「ちょっと待て。顔の表情は分かんないけど、ホント何も無いし。これからも無い」
どうも弁解がましくなってきた。
「これからの事なんてわからないでしょ。大体あの会長だって、“沢田ちゃん”って
呼んでたらしいじゃない。お客さんがそんな事言う?手まで振って見送っちゃって」
そんなこと知らんよ俺は!?それに手は挙げたが振ってはいないはずだ。
「まあ2日続けて飲んだから、親しげに言ってるだけだよ。そういう人なんだよ」
“フン”と、声にもならない答えが帰ってきた。
「もしかして俺のこと疑ってるの?バッカじゃないの」
口が滑ったが時すでに遅しだ。
「はい、そうですか、どうせ私は馬鹿ですよ。それじゃ、お土産有り難うございました。お幸せに!」
しっかりお土産片手に一人で店を出て行ってしまった。奥にいた店員が不思議そうに俺の方を見ていた。
残された俺は、なんでこんなことになったのか、状況を分析した。
確かに瑞希さんは綺麗だが、それ以上でもそれ以下でもない。
俺には千夏という女性がいて、他の女性と二股をかけようなどと勇気も器用さも
微塵も持ち合わせていない。
もしかして千夏は妬いてるのか。そんなことを自問自答しながら、今後の対策を練った。
これから追いかけて誤解を解くか、何か言ってくるまでほっとくか、結局解が出ないまま晩飯を食べて俺は帰路についた。詰まるところ何も悪いことは何もしていないという
絶対的確信があったが、もんもんとした気分が晴れることはなかった。
翌日は土曜日で休みだったが、9時に出勤した。榊原さんも10時にはくるはずだ。
俺は、天地さんの夢を実現するために、出張報告を見直した。
まだまだ内容に深さがないし、もっと良いアイデアもあるはずだからだ。
一色食品のように複数人数で検討したら、もっとアイデアも出るかもしれないが
今は自分一人でやるしかない。
図書館や公園はもちろん、スポーツジムや子供も楽しめるアスレチックや美術館。でもこれでは従来の施設を寄せ集めただけだ。
そもそも天地さんの夢を実現するってなんだ。改めて天地さんの言葉を
思い出しながら考えることにした。いい考えも浮かばず悶々としているところに
榊原さんが来た。
「沢田くんは分かっていると思うけど、常に考えなさい。天地さんの事を想ってね」
そうだ、焦る必要はない。まだ時間は十分ある。
12時も過ぎた頃、榊原さんから昼食に誘われファーストフードに行った。
土曜日のこの時間は混んでいて席も一杯だったので、持ち帰りすることにした。
オフィスには誰もいなかった。会話もないとシーンと静まり返っていて、
普段とは違う雰囲気で逆に落ち着かない感じだ。
千夏の席を見て彼女のことを思い出した。榊原さんに相談してみようかと頭をよぎった。
「榊原さん、ちょっと相談したい事があるんですけど、いいですか?」
「なに?まだ提案のことで悩んでるの?」
俺は正直に千夏との昨日のことを話した。俺のなにが悪かったのか、なぜ怒り出したのか全く見当が付かないと。
「やっぱり如月さんと付き合ってるんだ」
榊原さんはいじめっ子のような笑顔でいった。
「はあ、まあ」そこはいいんだけど。
「昨日、天地会長さん来られて私も同席したけど、会長さんなんでお孫さんまで
連れてきたんだろうね」
俺が仙台行った時もずっと一緒だったし、秘書だから違和感なかったけど。
「女の勘だけど、天地会長だけじゃなく、お孫さんもあなたに惹かれているんじゃない?」
「なんでそんなこと分かるんですか?そう言えば、部長も同じようなこと言ってました」
「やっぱりね。さすが部長、よく人を見てるわ。あなた気付いてなかったの?」
榊原さんは大きく溜息をついて続けた。
「そういうことよ。あなたこの2日で如月さんに連絡入れた?」
「おととい、電話がきたので話しましたが・・・。」
「まったく。沢田くんて仕事はまあまあ行けるけど、女性に関しては感性ゼロね。
女はね、敏感に感じ取るのよ。というか、気付いてないのはあなただけ。分かった?」
「すいません。全然わかりません。それで僕はどうすればいいんでしょうか?」
「全く世話が焼けるわね。指導は仕事だけにしてほしいわ。要は如月さんに
あなただけを見てますって、しっかり伝えればいいのよ。あなたの言葉でね。
そう言ってほしい生き物なのよ。良い娘だから大切になさいよ」
榊原さんはもうこれ以上は面倒見きれないという感じでパソコンに向かった。
俺もパソコンに向かったが、ディスプレイには千夏の面影が全面に写っていた。
いかん、こんなことは今考えることじゃない。
「まったく、私まで仕事が手につかなくなってきたわ。如月さんのところに行って、白黒つけてきなさい!これは業務命令よ」
すっかり見抜かれている。
「本当にすいません!このご恩は一生忘れません。」
「2度とプライベートを仕事に持ち込んじゃだめよ。分かった!」
「はい、師匠!これから師匠と呼ばせて頂きます」
「馬鹿なこと言ってないで早く行きなさい!!」
会社を出て千夏に電話したが、留守電になってしまった。やっぱり避けてるんだろうか。仕方なくL I N Eで会いたいことを入れて、俺は千夏の自宅がある都立大学前駅に向かった。
駅に着いてから電話したが、やはり同じだった。こうなったら自宅まで押し掛けるか悩んでいるところに着信があった。由佳ちゃんからだ。
「もしもし沢田です。」
「沢田くん、えっと〜今ちなっちゃんといるんだけど、何か用ですかって」
なに!?千夏と由佳ちゃんが一緒。それになんで由佳ちゃんから電話なんだ。
まさか由佳ちゃん経由で言う訳にもいかないし。
「用なんだけどちなっちゃん、そこにいるんだよね?変わってくんない?」
電話の向こうで一言二言会話をした後に、
「ちなっちゃん、話したくないって。」
由佳ちゃんも話しづらいようで、だんだん小声になった。
しかしここで引き下がる訳にはいかない。
「今どこにいるの?」
「え、表参道のショップだけど」
それを聞いた俺はすぐに行くからと由佳ちゃんに伝えて電話を切った。
「あれ、切れちゃった。ちなっちゃん、大樹くんこっち来るって」
「え、マジで。どうしよう?由佳ちゃん」
「どうしようって、会うしかないよ。沢田くんここに来るって言うし。
きっと会えなかったら家まで追っかけてくるよ。さっきも言ったけど、
ちなっちゃんの考えすぎなんじゃない。大樹くん、恋愛に関しても軽そうには
思えないしさ。二股なんてかけるタイプじゃないよ」
「それは分かってるんだけどさ」
千夏も由佳に相談していたのだ。
表参道に着いた俺は由佳ちゃんに電話をして、居場所を教えてもらった。
「いい、沢田くん来たら私は席外すからね。しっかり話するのよ」
「やっぱりいてもらったらダメ?」
「ダメよ。二人の問題なんだから、きっちり言いたいこと言わないと」
カフェについて店内を見渡すと、由佳ちゃんが手を振って居場所を知らせてくれた。千夏も一緒だ。
俺が席に着くと、由佳ちゃんは近くのお店に行くからと席を立った。
残された千夏と俺は昨日の今日で非常に気不味い雰囲気だ。やたら喉が渇いた。
俺はスタッフが持ってきた水を一気に飲み干した。
「昨日はゴメン」俺は持てる限りの勇気を振り絞った。
「なにがゴメンなのよ?」
「自分の気持ちをきちんと伝える事ができなかった。中途半端だった。
俺が見てるのは千夏だけだ。でも、千夏から見てそう感じたのは、俺にスキがあったからだと思う、だからゴメン。すまなかった」
数秒(俺にとっては1分以上に感じた)の沈黙の後、千夏は言った。
「笹かま美味しかったよ。お父さんもお母さんも喜んでたよ」
「はい?それは良かったけど・・・」
「だいたいさあ、彼女へのお土産に笹かまはないんじゃないの?もうちょっと
かわいいクッキーとかお菓子があるんじゃない?」
「萩の月は会社に買ってたし、同じもんじゃつまらないと思って・・」
千夏はフーと息を吐いて、
「私の方こそ昨日はゴメン。どうかしてた。普段なら気にしないような事なのに、
仕事でちょっとイライラしてて、大樹に当たっちゃった。すいませんでした」
千夏が頭を下げた。
良かった。やっぱり榊原師匠は頼りになる。
「じゃあこれでディズニーの話できるかな?」
「良かった!ディズニー連れてってもらえないかと思ってた。
そうだ、由佳ちゃんに電話しないと」
そう言ってスマホを取り出し由佳ちゃんと話し始めた。
由佳ちゃんとの電話が終わると、由佳ちゃんは俺たち二人に気を遣って帰ったようだ。
二人でブラブラするのは久しぶりのような気がする。仲直りしたこともあってか、自然と手を繋いで歩いた。千夏のその手は柔らかく暖かかった。
俺はその手を離すまいと心に誓った。
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