第6話 5番ホール:ゴルフは仕事より緊張する!


コンペ組み合わせ発表!

いよいよ社内コンペまで1週間となった。


コンペの場所は、静岡県にある富士児玉ゴルフクラブである。全長7,200ヤード(一番後ろのティーの場合)のチャンピオンコースで広々したコース。


この日、事務局をしている総務部から参加者宛にメールが送られて来た。

当日の組合せとか集合時間などのお知らせだ。


誰と一緒に回るのか期待と不安を胸に、早速添付されているエクセルを開いた。

「ガーーーン!」


一瞬自分の目を疑い、思わず巽部長がいるはずのブースを見てしまった。

なんと、アウトの一番スタート。同じ組には児玉社長、巽部長、それと検査部の

佐藤課長だ。巽部長と佐藤課長はいいとして(ちょっと失礼ではあるが)、

社長と一緒とは。どう見ても俺が鞄持ちで落ち着いてゴルフどころじゃない。


「この組にど素人の俺が入っていいのか?」オレは思わず動揺してしまった。

「どうしたの?」隣に座っていた榊原さんが声をかけて来た。

「今度の社内コンペの組み合わせを見たんですが、なんと社長と一緒なんです!」

「あら、組み合わせ表来てたんだ。でも良かったじゃない」

どうもオレの周りの女子は、榊原さんといい千夏といい、オレに対して無責任な

発言が多い!?


「社長に沢田くんの事を知ってもらうには、とてもいい機会よ。

こんな機会なかなか望んでもないわよ!」確かに榊原さんの言う通りだ。


「そうですね。そうします。問題はどう考えてもゴルフで迷惑をかけてしまい

そうで」

「いいのよ。そんな事考えなくて。社長だって沢田くんがゴルフ未経験って

知っているわ。それに、巽部長が一緒だから大丈夫よ。

それより、ラウンド中の

マナーだけはしっかり覚えておいた方が良いわよ。一緒に回って周りの人に迷惑をかけるのは、スコアーよりもマナーだから。最初は慣れるまで時間かかるけど、

一度覚えて仕舞えば当たり前になってなんて事ないわ。私も最初は苦労したもの」


「へえ〜そうですか。榊原さんも苦労されたんですね」

「でもそんなに難しく考える事ないわ。マナーと言っても言われてみれば当たり前のことばかりだから」


「あ、部長!」思わず口に出して叫んでしまった。

「お疲れさん。二人してどうした?」

「先ほど総務課から今度のコンペの組み合わせ表が届きまして、それを見ていた

ところです。部長見られました?」


「ああ、見たよ。沢村くん、社長と僕と一緒の組になったね」

「はい、びっくりしました。私などがご一緒して良いのか・・」


「そう思うのも仕方ないけど、良い機会だから社長に自分を売ってみなさい。

自分の会社の社長に認めてもらえ無いのに、お客様に認めてもらうことはできないからね。媚びるのとは違うから勘違いし無いように」


「“自分を売る“ですか。」媚びることじゃないんだよな。要はアピールすれば

良いのか?


「実は事前に総務課から組合せのことで連絡があってね。社長が新入社員と回りたいと言って来たらしいんだよ。今度のコンペで新人は4人参加するらしいんだが、誰が良いか聞かれてね、私が沢田くんを推薦しといたんだよ」


「部長が自分を推薦したんですか?」

「なんだ、不満か?」巽部長が笑いながら言った。


「いえ、まったく不満ではありません。部長のお気持ちに応えられるよう、

精一杯頑張ります!」

「そう言うことだ。ある意味、社長のご指名なんだからね」


「ご指名!?どうも緊張してきたような気がします」

「緊張するようなガラじゃないでしょ!」

どうも榊原さんはオレに対して手厳しい事を言う。そんでもって本当に嬉しそうに話す。


「練習も続けているようだし、分からないことがあったら遠慮なく聞きなさい」

「有難うございます!」


部長が席に戻ると、

「羨ましいわ、沢田くんが」榊原さんが言った。

「どうしてですか?」


「部長も沢田くんには期待しているみたい。何となく雰囲気でわかるの」

「そんなこと言って、榊原さんだって主任としてバリバリやって、

部長だけじゃなく、会社から期待されているじゃないですか!」


「そうね。あなたからそんなこと言われると、なんかシャクだけど許すわ」

この綺麗なお姉さんは何を言ってるんだろう。オレはトイレに行くと言って

席を立った。

トイレの前で千夏と鉢合わせした。


「おう、お疲れ」

「聞いたわよ!コンペで社長と回るんだって!!」

「早いな。組合せ表みたの?」

「総務の白川さんから聞いた。社長直々のご指名だそうじゃない!」


何とまあ早くも話が大きくなっている。いちいち説明するのも面倒なので、

「まあ大体そうね」

「何よ、大体って!練習やってるんでしょ。いいとこ見せなさいよ!!」


言い終わらないうちに、オフィスの方に走って行った。廊下を走っちゃいけないのに。

それにしても千夏はオレに対して上から目線のような気がしてならない。

こういうのと結婚すると旦那刃大変だろうなあ〜・・・。


スッキリして席に戻ってパソコンの画面を見たが、コンペのことが気になって

どうも落ち着か無い。


「まずい。ゴルフごときで仕事が手に付かないようなら、サラリーマン失格だ」

オレは気を取り直して、仕事に取りかかった。


「バシッ」「ガキ」「バシッ」「バシッ」「ガキ」・・・

だいぶ良い音が出るようになった。部長に言われて7番アイアンを使っての

小さいスイング。


決してクラブを腕だけで挙げず、脇を開けず背筋を意識しつつ肩を回しながら

トップを作る。トップでは右足内側に9割重心を乗せ、一呼吸の間を作って、

左腰回転の主導でクラブが降りてくる。その時、左足内側で勢いを受け止め決して左肩は開かず、体の正面でボールを捉える。最後にフィニッシュでは飛球方向に

正対してスイング完了。

この時、左足一本で立っている。と、頭の中では完璧だが、これがチョー難しい。


途中飽きそうな時もあるが、たまに芯でボールを捉えた時の打感、音そして

直進するボールが快感でずっと続けている。かれこれ3週間になる。


目黒ゴルフ練習場は夜11時までやっているので、平日の会社帰りに練習するには助かる。


ドライバーを打ってみたかったが、部長から短期間で上手くなりたかったら

基本をマスターする事だ、と強く言われているのでここは我慢だ。

スマホを打席の後ろにセットして、自分のスイングフォームを確認する。

自分で言うのもなんだが決して悪くないと思うものの、プロのスイングと比べると何かが違う。


「何が違うんだろうなあ。体全体に力みがあるような気もするけどな」

「頑張ってるな!」社長の天野さんが声だ。

「なかなか様になってるじゃねえか」

「有難うございます」ここは一つダメもとで社長に聞いてみよう。


「あの〜、一ついいですか。どうもスイングが硬い気がするんですけど、社

長さんから見てどうですか?」

「ほう、自分で分かるんかい」


社長はニコニコしながら、

「脇をしっかり閉めようとして、腕に力が入りすぎてんだよ。そうすると肩に

力が入る。それじゃあ安定したスイング軌道にならねーし、それに連れられて

タイミングもずれやすくなるから、ボールを芯で捉える確率が低くなる。

わかるかあ〜?」


想像以上に論理的な回答だった。人は見かけによら無いものだ。


「とても分かり易いご指摘、誠に有難うございます。ちょっとやってみます」

「バシ」「バシ」

「すごいです!全然違います!!」


「お前さん、飲み込みが早えなあ〜、なかなかすぐにはできねえ〜ぞ。

その感触を忘れるなよ。徹底的に振って、体で覚えるんだ。それまで続けなきゃ

意味ねえからな」


「はい、続けて練習します。楽しいから多分できると思います!」


「練習しててそんなに楽しそうに言うやつは珍しいな。沢田ちゃん、良かったら

ティーチングプロにレッスンしてもらったらどうだ。オレも多少のアドバイスは

できるが、プロじゃねえ。プロはいろんな引き出しを持ってるから、

レッスンやるなら変な癖がつく前がいいぞお。どうだあ?」


突然、言われてびっくりした。レッスンなんて今まで考えてなかったが、

野球でもコーチにはすごく助けてもらった。


「是非お願いします。どなたかご存知の方はいらっしゃいますか?」

「うちに来ているプロで、西垣って言うのがいる。歳は30歳でまだ若いが、

理論もしっかりしているし、アメリカにも言って資格を持ってる。確か、

レッドベターのところで勉強したんじゃなかったかな」


「え、レッドベターですか!それは是非お願いします。レッスン受けさせてください!!」

何とレッドベターに教わった人から教えてもらえる!こんなことってあるんだろうか。偶然とは言え恐ろしい。


「来るのは、火曜日と木曜日の夜、それと土曜日の午前だな。明日火曜日だから、来たらオレから言っとくから。明日は18時以降ならいるから来れるかあ?」


「はい、大丈夫です。必ず来ます」

「分かった。じゃあ頑張ってな!」


去っていく天野社長に、オレは高校時代身につけたお辞儀をした。


翌日、定時後早速練習場に行った。時間は18時をまわっていた。

カウンターにいた天野社長に挨拶をして、2階の21〜27番打席でレッスン

してると聞いた。プロらしい人が、7人の生徒に手取り足取り教えているのが見えた。


「こんばんは。天野社長から伺って来ました沢田です」

「おお、沢田さんね。お待ちしていましたよ。それじゃ27番打席に入って

ちょっと待っていてください」

オレは27番打席にカードをセットして、準備運動を始めた。


20分くらいたった頃、西垣プロがきた。


「お待たせしてすいません」ニコニコして感じの良さそうな人だ。

「今日からお世話になります。よろしくお願いします」


「社長から聞いてますよ。3週間ずっとハーフスイングの練習ばかりしてるん

だってね」天野社長もよく見てるもんだ。


「はい。私の上司に基本が大事だと言われて続けてます」

「なかなかそう言う練習をみんなやりたがらなくてね。すぐドライバーとかで

振り回しちゃうんですよね。じゃあ、まずはレッスンの内容を紹介しますね」


一通りレッスンのスケジュールとか内容について説明を受けた。

月額12,000円で原則週一回レッスンが受けられるらしい。かなり良心的な

料金のようだ。


「沢田さんは野球をずっとやってたんですよね。ところで、どう言うゴルファーになりたいとかありますか?」


すかさず、「アダム・スコット見たいなスイングを身に付けたいです!」

「そうですか。沢田さん、体型も近いしスイング的にはいいかもしれませんね」

もしかしたらアダム・スコット2世になれるかもしれない!?


「それでは、練習してきたハーフスイングを見せてください。2、3球でいいですよ」

どうも野球と違って、ゴルフは見られていると緊張する。昨日、天野社長から

言われた上体の力みに注意しながら、3球打った。


「ガキ」「ガキ」「バシ」

「いいじゃないですか。決して悪くないですよ。それでは始めましょうか」


西垣プロはの教え方は、まず自分でお手本を見せてくれる。そして説明しながら

手取り足取りアドレスからスイング中の身体の動きを教えてくれた。

そして正面や後方、背後からビデオでとり、それを見ながら良い点、悪い点を指摘

してくれる。その後また打席に立ってボールを打つ。


3時間みっちりハーフスイングの練習に取り組んだ。今までよりも特に下半身に

ハリを感じた。それを西垣プロに言うと、

「ゴルフはスポーツなんですよ。全身の筋肉、骨を使ってスイングしてるんです。

逆にいいうと、そうならない人は楽をしていて、しっかりスイングできていないと言うことになるんです。沢田さんは野球をやっていましたから、クラブを“振る”

という感覚、ボールを飛ばすという感覚を既に体でわかっているんです」


一言一言に納得してしまう。この人なら信頼できそうだ。


「ところで西垣プロ。今度の土曜日会社のコンペがあるんですが・・・。」

「本当ですか!?できれば行って欲しくありませんが、会社のコンペなら仕方ないですね」

西垣プロは少し考えた後、「木曜日と土曜日はレッスンに来られますか?」


「大丈夫だと思います」

「そうしたら、この2日でラウンドに必要な最低限のことをレッスンしましょう。ハーフスイングはイイ線いってますから、ドライバーとアプローチ中心で」


「そうしてもらえると助かります。ドライバーはまだ打ったことがないので

特に不安です。」

「大丈夫ですよ。ドライバーもアイアンも、今やっているハーフスイングを少し

大きくしただけです。そのための基本練習ですから、難しく考えなくていいんです」


このハーフスイングというのは、自分で思った以上に大事なことのようだ。

部長の言ってたことは正しかった。


翌朝起きると下半身が痛かった。昨日の練習で久しぶりに筋肉痛になってしまったようだ。これがしっかりスイングするということなのかなと、ふと思った。


ぎこちない歩き方をしながら会社に向かった。

渋谷駅を出て歩いていると、千夏と由佳ちゃんが後ろから声をかけて来た。


「おはよう。なんか歩き方変だよ、どうかした?」

千夏と由佳ちゃんが心配そうに聞いて来た。


オレは二人に、昨日のレッスンや西垣プロのこと、アダム・スコットのことを説明した。

「なあんだ。単なる運動不足かあ。ちょっと心配して損した。」千夏が言うと由佳ちゃんまで頷いていた。


「仕方ないだろ。大学出て仕事一筋できたんだから!」

「へえ〜、仕事一筋ね。格好イイ!?」ほんと一言多いやつだ。千夏の一言に

由佳ちゃんはニコニコしている。


「ところで二人は練習しているの?」

休みの日に二人で練習に行ったらしいが、どうやら一回だけで終わっているらしい。


「ゴルフを甘く見ていると痛い目に合うよ。今度教えてあげようか?」

「ええ〜!?、大樹じゃなくてその西垣プロがいい。その人独身なの?」

千夏はゴルフより西垣プロに興味があるようだ。


つまらない話も終わる頃、会社に着いたので「今度あったら聞いとくよ」と言って、各自のフロアーに向かった。


席に着くと榊原さんから、T K Cエレクトロニクスさんに挨拶に一緒に行くように

言われた。改修工事の見積もりを提出するそうだ。そう言えば、先週社内で

打ち合わせしてたっけ。

「午後1時の約束だから、外で食事しながらいきましょう」


よくよく考えると初めての出張だった。初めての顧客先、ワクワクした。

見積りの内容は、打ち合わせにも出ていたので概要は掴んでいた。

T K Cエレクトロニクスの本社は、大崎駅から徒歩10分のところにあって、

15年前にうちが建てた15階建てのビルだ。今回レイアウト変更に伴って、

オフィスの一部を改修することになったものだ。


大崎駅近くのファミレス“ストーリーズ”のランチを食べながら、榊原さんが

「T K Cエレクトロニクスさんはこれから沢田くんに担当してもらうから、頑張ってね」

突然言われたので少々驚いたが、部長の了解も既に取ってあるとのことだった。


「当分は私もバックアップするから。しっかり頼むわよ」

俄然やる気が出て来た。

「はい!頑張ります!!」


T K Cさんの取り纏めは総務部で、担当は50歳くらいの白石課長だ。

男性でちょっと神経質そうな感じがする。

榊原さんの説明はスムーズで、質問にも的確に回答していた。帰り際、社内凛儀に通すから発注は再来週になるとのことだった。榊原さんもほっとした様子だった。


帰りの電車の中で榊原さんが、「今回はうちが建てたビルというのもあってスムーズにいったけど、大抵はいろいろあるから営業は入金が確認されるまで気を抜いちゃダメよ」と営業の基本その1を教えてくれた。


金曜日の定時後、巽部長がオレの席に来た。

「明後日のコンペは大丈夫そうかな?」

「部長に言われた通り、小さなスイングをずっと練習しています。実は天野社長に

紹介してもらったプロに習い始めました」


「お、そうか。気合入っているな。まあ今回がデビュー戦のようなものだから、

あまり気負わないようにな。ゴルフ場までの足はあるのかい?」

「はい。自分の車で行きます」

「気をつけてな。それじゃゴルフ場で会おう。」

つくづく部長は気遣いのできる人だ。オレも見習わなくては・・・。


コンペ前日の土曜日は、レッスンも含め朝8時からみっちり4時間練習に励んだ。

ドライバーからアプローチまで、同じリズムでスイングすることに気をつけながら。パターは西垣プロに言われた通り、練習マットを購入してから毎日100球打った。


最高で45球連続で入れることもできた。ドライバーで飛ばすのもいいが、パターも面白い。ただ意外と芯で当たらないのはオレだけだろうか・・・。


レッスン終了後、西垣プロが昼飯に誘ってくれたので喜んでお供した。

ラーメン屋に入って、ラーメンチャーハンを二人で頼んだ。


待っている間、

「明日のコンペでは、スコアーやショットの良し悪しに捉われないでください。

練習場と違ってゴルフ場は、まず平らな所はありません。左足上がり、右足あがり、爪先下がりとかラフ、バンカー、ベアグランド。そういう状況の練習をしていないので、上手くいかなくてあたりまえです。

ショットの良し悪しではなく、その時の状況をよく覚えといて下さい。

ボールの置かれた状況で今のスイングをした時にどんなボールが出たか。

そしてその時の心理状態、欲を言うと周りの景色や音、風、匂いなども記憶に

留められたら最高ですね。それがこれからの沢田さんの財産に必ずなりますから」


オレはその言葉を一言一句覚えようと真剣に聞いた。


「わかりました。もしかしたら野球と同じかもしれません。打者としてバッター

ボックスに立った時のことをほぼ全て覚えています。投手は誰、打った球種は何、

アウトカウント、ランナーがいたか。それを後の打席に活かそうとしていました」


「とても素晴らしいことでし、恐らく誰にでもできることではないと思います。

その時の沢田さんは常に冷静だったと思います。その冷静さを明日のゴルフで保つ

ことができれば、言うことないです。一つ冷静さを保つのに、お役に立つ金言があります。“ゴルフ は失敗のスポーツである”つまり、ゴルフにおいては失敗するのは当たり前と言うことです。決して成功を望んではいけません。あとはなるようになるでしょう。

楽しんできてください!」


「ありがとうございます。今の話を肝に銘じて明日はプレイして来ます。」


夜も11時を回りベッドに入ると、なかなか寝付けなかった。

早くもアドレナリンが出ているのかも。こうなると無理して寝ようとしても寝

れないから、“ビジョン54”を考えた。心技体+感情+社交性。


西垣プロも同じような事を言っていたような気がする。常に冷静でいることは、

感情の波をできる限り平らにすると言うことだ。その時の感情を自分で理解していると言うことは、冷静でいると言うことに繋がる。

気が付いたら朝になっていた。


有難いことに天候は快晴だ。風もあまり出ないようだ。首都高、東名高速と渋滞もなく快調に飛ばし、7時30分過ぎにはゴルフ場についた。


ゴルフ場のスタッフの人が玄関でにこやかに出迎えてくれた。ゴルフバックと

ボストンバックを手渡し、駐車場に車を停めた。玄関からロビーに入ると、

見慣れた総務課の面々が受付をしていた。


デカデカと“児玉建設春季ゴルフコンペ”の看板があった。受付には白川さんがいて、

「頑張ってね!」と言ってもらった。千夏に言われると馬鹿にされているような

気分になるが、白川さんに言われるとなぜか素直に嬉しい。


カードフォルダーと今日の組合せ、注意事項が書かれた紙を受け取りロッカーに

向かった。フォルダーには“72”と書かれていた。「これは縁起がいい。72はパープレイ、7+2でカブだ。」今日はいいことがあるかも知れない。


ロッカーには、会社の顔見知りも何人かいた。ゴルフショップで購入したウェアに着替えハウスを出ると、榊原さんと検査部の佐藤課長が話をしていた。


「お早うございます。今日はよろしくお願いします。」

佐藤課長とは数回社内の打ち合わせで顔を合わせていたので、顔を覚えてもらっていた。

「今日はよろしくね。ゴルフデビュー戦なんだって。分からない事があったらなんでも聞いてくれていいから」この人もとってもいい人だ。


「佐藤課長はね、巽部長と同じくらいゴルフとっても上手なのよ」

「いやあ、巽部長にはまだまだ足元に及ばないよ。まだ一度も勝った事ないんだからね。今日は負けないけどね。」楽しそうに笑っていた。ゴルフが本当に好きなようだ。


「そろそろ時間ですから、集合場所に行きましょうか。」

集合場所はアウトの練習グリーンの横と案内に書いてあった。

既に40人くらいの社員が集まっていた。


事務局である総務課の谷川課長が進行役だ。

「皆さんお早うございます。只今より第27回児玉杯ゴルフコンペを開催いたします。最初に、児玉社長よりご挨拶いただきまーす」


慣れた要領で谷川課長が進行を進めていく。

今回の参加者は42名。アウト、イン各コースから各6組が順次スタートしていく。


競技方法の説明では、集計は社内ハンディキャップにより行い、初参加の人には

新ペリアを適用するそうだ。但し初参加の人は、残念ながら優勝はないそうだ。

その後、ドラコンホール、ニアピンホールがアウト、イン各2個つづ。

この辺のルールは毎回同じらしい。


「それでは始球式を1番ホールで行いますので、皆さんお集まりくださ〜い。」

参加者のうちインコースからスタートする人を除いて、アウトコースのティー

グランドにゾロゾロと向かった。


児玉社長が1番ホールのティーエリアに始球式用のボールをセットアップする。

軽く素振りをしてから打ったボールは、一直線にフェアウェイど真ん中へ。

一斉に大きな拍手だ。


その後、キャディーさんが順番を決めるための金属製の棒を持って来た。

当然オレは最後だから残り物には福があるだ。社長から順番に引き、児玉社長が2番、次に巽部長が4番、佐藤課長が3番。と言う事は、なんとオレが1番になってしまった!?


先でも後でもどうせ打つことになるんだから、打つなら早いほうがいいと開き直った。

と思ったが、始球式が終了したばかりで、尚且つ社長がショットするところまで

見ようとギャラリーがたくさんいるのではないか。これは想定外だった。


セットアップする前に、同伴の社長初めお三方に挨拶をして、

平静を装いつつボールをセットしたが、手が震えているのがわかった。

ギャラリーにバレたらちょっと恥ずかしいな、と思いつつアドレスに入る。


西垣プロに言われた通り、景色や音を感じている。でも匂いはよくわからない・・。

“ビジョン54”に書いてあった通り、ボールの後方では自分の脳をフル回転させ

狙い目を定め、風とか確認する。ボールの前に立ちアドレスをとったら、

打つことに集中する。


「確か今年営業に入った新人だよな。」「デビュー戦らしいよ」とか、聞こえていた。

意外と冷静かも知れないとか考えながら、ボールに集中していつも通りスイングした。これまで練習してきたハーフスイングを少し大きくしただけだ。


「パコーン」芯に当たった!と思った瞬間、一斉に「オオ〜ナイスショット!」

と歓声が上がった。なんと、フェアウェイやや右に一直線に飛んでいった。


児玉社長が、「やるなあ〜、沢田くん。本当に初めてかい?」

巽部長もニコニコしていたのを見て、オレも嬉しくなった。

「有り難うございます。全くのまぐれだと思います」本心からそう思っていた。

「我々も負けていられないね。巽くん、佐藤くん」児玉社長も嬉しそうだった。

想像通り、お三方はきっちりフェアウェイをキープした。


これが、ベテランの技だなと感心した。


しかしその後、“ゴルフはそう簡単ではない“ということを身をもって知る。

いわゆる、トップしたりプッシュアウトしたり、心の底からナイスショットと

呼べるものはほとんどなかった。それにフェアウェイでさえも平らなところは

あまりなかった。後で聞いた話だが、上級者は平らなところを狙って打つらしい。


そんな状況でも、西垣プロの言葉を思い出して結果は気にせず、次の2打目、

3打目と必ず周りの状況を確認した。


そんな中、パターだけは違った。打つ方向はわからなかったのでキャディーさんに教えてもらった。

このキャディーさんが30年のベテランでコースのことは隅々まで把握していると豪語していた。大体最初のパットは5m以上だったが、午前の9ホールで3パットは1回だけだった。ハーフで、スコアーは48だった。


パーも2つ取ったしショートホールでは、なんとチップインパーなるものをとった。

(パーオンせず、20ヤードのアプローチがカップインしてしまったものではあったが、それも実力だと巽部長に言われた!)。


バタバタしていたと思ったが、上がってみればスコアーは想像以上に良かった。

何とか社長、巽部長、佐藤課長に迷惑をかけずに回れたような気がする。


お昼の休憩時間はハウスの2階にあるレストランで食事を取った。

メニューも豊富で、和洋中なんでも揃っていた。オレはスタッフの方のおすすめ、“海鮮丼”を頼んだ。魚介は沼津港から仕入れて新鮮だけあって、見た目も鮮やかでとても美味しかった。


社長初め皆さんからお褒めの言葉をいただいた。自分的には納得したショットは、最初のドライバーだけだった。それでも、スコアーが纏ったのは練習の成果と西垣プロのアドバイスのおかげだと思えた。


順次後続の組が上がり、周りでは優勝争いの話で盛り上がっていた。


そんな中、児玉社長が

「巽くん、今度ゴルフ部を作ろうと考えている。会社もそこそこの規模になったが、うちにはクラブ活動が全くない。社員の希望があれば、ゴルフ部以外の活動も会社として認めてもいいと考えている。どうだろうか?」


オレは、この場にいるのは分不相応と思って沈黙を守った。

「よろしいんじゃないでしょうか。福利厚生の一環でもありますし、仕事以外で

社員が熱中できるものを提供することも会社の務めと思います。なあ、佐藤くん」

「はい。私もそう考えます。賛成です。」


「良かった。早速総務の谷川くんにゴルフ部のことを話しよう。そこでだ、巽くん。君にゴルフ部の初代部長をやって貰いたい。実力的にも十分認知されているし人望もある。そして大事なことだが、うちのゴルフ部を日本一にしたい」


「はっ?日本一ですか??」

「そうだ。日本一だ。私は単なるお遊びのゴルフ部を作る気はない。

やるからにはとことんやる。だから日本一なんだ。」


この社長がこういう話し方をするときは冗談ではない。そう考えた巽は、

「分かりました。何年かかろうとも日本一になります」

「有り難う。君ならそう言ってくれると思った。ただ、プロの集団ではないから、あくまで文武両道。仕事とゴルフの両立だ」

「承知しております」


「よし。そうとなれば最初の部員は、佐藤くんと沢田くんだな」

「え!私ですか」いきなりのご指名におったまげた。

「そうだ、君だ。当然だろう。ゴルフ部創設決定の瞬間に同席してるんだから」

「そう思うだろう。巽くん」巽部長も半分困ったような、嬉しいような表情で、

「そうですね。午前のプレイを見たら誘わずにはいられないですね。将来性は

十分感じます」


何やら変な雲行きになってきた。全くゴルフなんてやったことないオレをいきなりゴルフ部に誘うなんて。ただ期待されてしまうと、つい応えたくなるのがオレの性分だ。


「お誘い頂き有り難うございます。200%ど素人ではありますが、仕事同様全力を尽くします!」


社長や巽部長そして佐藤課長まで笑顔だったが、この笑顔が何を意味しているのかまったくわからなかった。


「そろそろスタートの時間だ。行こうか」

午後のプレイもスコアーは別にして、午前のプレイ以上に気づく事がたくさん

あった。


ハーフスイングの延長でショットを重ねていったが上手くいかない時の方が当然多く、それはボールのライの状況が平らではない事が原因と思われた。そもそも打ち方が分からないのだから致し方ない。次のレッスンで西垣プロに教えてもらおう。


結局、午後もお三方に迷惑を掛けないことと、西垣プロのアドバイスを守ることで精一杯だった。18ホール無事にラウンドできたことが、オレにとっては何より嬉しかった。


ラウンド後のパーティーで、表彰式が行われた。

5度目の優勝を飾った巽部長。ちなみにスコアーは73ストローク、さすがだ。

榊原さんは89で回り5位に入賞した。80代で回るなんてこちらも驚きだ。


因みにオレのスコアーは99、ネット73.5で12位。飛び賞にも入らなかったが、デビュー戦でいきなり100を切ったと、周りの人から驚きと称賛を頂いた。


オレは凄いことをやってしまったらしい。

ここに千夏がいたら、いつもの調子で「大樹、調子に乗ってたら怪我するわよ!」くらいのことは平気で言いそうだ。


パーティーもそろそろお開きとなる頃、児玉社長が一声を発した。


「皆さん、今日はお疲れ様。特に怪我もなく良かった。実は一つここで発表したいことがる。うちの会社ではクラブ活動というものをこれまで作ってこなかった。来年創業40周年を迎えることもあって、今回ゴルフ部を創設したいと考えている」


何事かと聞いていた社員が一斉に驚きの声を上げた。


「但し、私はゴルフ部を単なる仲良しクラブにするつもりはない。活動する以上は最近いろいろな企業が参加している全日本ゴルフ企業対抗戦で日本一になるつもりだ。意欲のある者は是非参加してほしい。以上だ」


進行役の谷川課長も少々驚いた様子で、

「私も今初めて社長のお考えを聞きましたが、皆さん是非検討ください。

全日本ゴルフ企業対抗戦というと、確か国内の上場企業や優良企業数百社が参加

している大会だと記憶しています。詳細は追ってご連絡致します。

それでは以上で解散といたします。帰りは気をつけてお帰りください。

お疲れ様でした。」


さすがに谷川課長だ。初めて聞いたと言っていたけど、こういう場に慣れていて

うまく纏めていた。


会場を出てから玄関まで、参加した社員の間ではゴルフ部の話で盛り上がっていた。


その様子に児玉社長は大層ご満悦の様子だった。

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