第7話 6番ホール:ゴルフ部創設、こうなったらとことんやり抜け!


翌日はコンペに参加した社員だけでなく、参加しなかった社員までゴルフ部創設の話で持ちきりだった。一方ゴルフをやらない先輩社員は、ゴルフ部以外のクラブ活動を認めるということに興味があるのだろう。そういう意味で社長自らが初めてのクラブ活動を宣言したのが、余程インパクトがあったようだ。


浮かれ気分でパソコンを立ち上げているところへ千夏がやってきて、

「さ・わ・だ・く・ん、昨日は活躍したみたいじゃない!もしかして浮かれて

いるんじゃないの?」ほぼ想定通りのお言葉。


「ハハッ、オレの実力からしたらまだまだだけどね。」と謙遜(?)して返すと、

「でも凄いわね!野球だけじゃなくゴルフも才能あるかもね、見直しちゃった!!」

これは想定外のお言葉。


「部長とかプロのお陰だよ。ぜんぜん実力不足。やっぱり考えていた以上というか、相当奥が深くて面白いスポーツということは分かったよ」


「そういえばゴルフ部できるんだって?榊原さんが言ってた」

やはり千夏と榊原さんは、裏でつながっているようだ。


「そう。昨日入部した!」昨日の昼食時のことを簡単に説明した。

「へえ〜、もしかして期待されてるかもねえ。私も入ろうかな??」

「いいんじゃないか。そうだ、田之倉も入部させよう!」

「由佳ちゃんもね!」


そうこう話してると始業のチャイムがなったので、千夏は席に戻りオレは

パソコンに向かった。


翌日、早くも社内ネットの掲示板で総務課から社員向けに、ゴルフ部創設の

お知らせがあった。

男性だけではなく女性部員も募集していて、ゴルフ未経験者大歓迎と書いてあった。

“未経験者大歓迎”を見て、大学のサークルへの新入生勧誘を思い出した。


榊原さんとオレには、巽部長から直接話があった。有難い限りだ。

榊原さんの話では、うちの会社はかなりレベルの高い人が揃っているようだ。


巽部長はじめ、検査部の佐藤課長のハンディーはシングル。更にオレの上司でも

ある末木課長も80前後で回るらしい。他にも80代で回れる人が数人いるようだ。

企業対抗戦は選手4名が出場だから、オレが入る余地は今のところ無い。


さすがに実績のないオレは、今年の選手に選ばれることは難しいだろうが、

今から諦めたくはなかった。できる限りのことをやって、それでダメなら仕方ない。


掲示板に貼り付けてあった入部申込書に期限は1週間だったが早速記入し、

事務局になっている総務課の白川さん宛にメールをした。すぐに白川さんから

メールの返信があった。


「昨日のコンペでは沢田さんはすごかったですね。デビュー戦なのにびっくり

しました。ゴルフ部でも頑張ってください!」

と書かれていた。これだけでやる気100倍だ。


何と返信しようかと考えていたところ、あいにく会議の時間になってしまい後で

返事することにした。パソコンに後ろ髪を身かれるのはじめてだ。



1週間後、再び白川さんからゴルフ部創設のメールがきた。

集まった部員は全部で47名でかなりの人数だ。男性は40名、女性は7名。

大阪や福岡など全国の支店からも参加している。千夏や由佳ちゃん、田之倉の名前もあった。知らない名前ばかりだったが、どんな人たちなのか楽しみだ。


メールを読み進めると、来週月曜日にゴルフ部の創立の決起集会を行うとのこと

だった。

“決起”とは随分お袈裟だとは思ったが、おそらくチョー気合いの入った社長の発案

だろう。オレは好きだけど・・・。


最近時間の経つのが早く、あっという間に月曜日だ。

定時後、“ゴルフ部創設決起集会”の会場に、オレは千夏や由佳ちゃん、田之倉と

会場に向かった。続々人が集まってきて、事務局となる総務課からも2名が来て

受付をしていた。


会の進行は、相変わらず谷川課長だ。

「皆さん、お忙しい中お集まり頂き、有り難うございます。只今よりゴルフ部創設

決起集会を開催します。最初に児玉社長よりご挨拶いただきます」


「みんな、お疲れ様。忙しい中今日は集まってくれて本当に有り難う。

この記念すべきゴルフ部創設の決起集会がこうして開くことができて嬉しい。

今日は支店も含めて全国から47名の社員に集まってもらった」


どうやら出張の用事を作って、支店からも部員がきているらしい。全く徹底している。


「まず、今回ゴルフ部を作った経緯を説明しておこう。みんなのおかげで、

この業界における会社としての地位を築くことが出来た。これから大事になるのは、働く人の生活の質を高めることだ。私は会社としても努力したいと考えている。


会社は仕事をするところだ。それによってみんなにも給料が出せる。

それはこれまでもやってきた。今回これに加えて、みんなに仕事以外で生活をより豊かになる、具体的にいうと熱中できるものとか目標を持って取り組めるような場を作りたいと考えた。

ゴルフ部はその最初の取り組みだ。今後、みんなのやりたいこと、スポーツでも

良いし文化的なことでも構わない。会社としてそれを支援していきたいと考えている。経緯はこんなところだ」


オレは社長となるとこんなことまで考えるんだと感心していた。単にゴルフが

好きだからゴルフ部を作るもんだとばかり思っていた。


「本題のゴルフ部だが、私はこれまで何でも1番を目指してやってきた。

ゴルフ部の目標を日本一としたい。ただ勘違いしないで欲しい。大事なことは、

目標に向かって頑張るその過程だ。その過程がみんなの力となり無限の可能性が広がる。嬉しいことに男性だけでなく、女性部員も7名集まってくれた。こうして集まってくれたことが何より嬉しい。ありがとう!」

会場は大きな拍手で包まれた。


ここにいる全員が感動とまではいかなくても、喜んだに違いない。

うちの社長は仕事だけでなく、社員のことも考えてくれている。


続いて自己紹介が始まった。ちなみに社長はゴルフ部の名誉会員ということだった。男子チームの部長は巽部長。副部長は佐藤課長。女子チームは、情報システム統括部の江森玲子課長。副部長は榊原さんだ。事務局は、総務課の谷川課長と白川さん。

そして驚いたのが、最後に紹介されたゴルフアナリストの経理部の磯村主任だ。


磯村さんとはコンペでも少し話をさせてもらったが、今回選手兼アナリストということだ。説明では、選手個人のプレイデータの分析によって、強みや課題を明確にして練習に役立ててもらうこと。そして、大会会場となるコースの戦略立案などだ。


磯村さんはスポーツ心理学も大学で学んでおり、メンタル的な部分もサポートしてくれるらしい。ここまでやるかというくらい驚かせてくれる。


その後、練習施設について説明があった。本社を始め、各拠点の最寄りの練習場と会社として提携するそうだ。社員証を見せれば割引が受けられるそうだ。

オレが行っている目黒ゴルフ練習場の名前もあり、思わずガッツポーズ!


更にゴルフ場についても話があった。先日行われたコンペの富士児玉ゴルフクラブは、会社が持っているゴルフ場で社員料金でプレイできるとのことだった。総務課を通して予約すればいいらしい。最近安くなったとは言っても、我々安月給のサラリーマンにとってはまだまだ高額だ。こういう環境を提供してくれる会社には感謝だ。


「最後に・・・」と谷川課長から、今後のスケジュールについて説明があった。

来月から月1回研修会を行い、夏には合宿を実施。選手はこの合宿で決めるとの

ことだった。そして9月にある企業対抗戦予選。ここまでが当面のスケジュールだ。


その後は社員食堂に移動して懇親会が開かれた。テーブルには、ビールやオードブル、つまみが既に並べられていた。

社長の乾杯発声の後は無礼講。社長は支社から来た社員たちと話していた。


俺たち4人と榊原さんは同じテーブルでビールを飲みながら話していた。

「なんか取り組み方が凄いですね」千夏が榊原さんに言った。

「社長が言っていたけど、日本一になるってマジね。何事にも全力を尽くす。

まだまだ他にも考えていると思うわ。それが児玉社長よ!」俺たちより社長を

知っている榊原さんが答えた。


「俺たちも練習しないといけないな。これから時間が合うときはみんなで練習に行こう!」

「いいわね!行きましょう!!」由佳ちゃんもその気になってきた。

「その前にクラブを買わなくちゃいけないわね」

「そういえば、ちなっちゃんと由佳ちゃんと田之倉はまだクラブが無かったね」

よくよく考えると、クラもないのにゴルフ部に入るとはみんないい度胸だ。

オレも人のことは言えないが・・・。


「それだったら、経理の磯村くんに相談すると良いわ。彼はクラブのことにも詳しいの。初心者のみんなに使いやすいクラブを教えてくれると思うわ」

そういうと榊原さんは、隣のテーブルにいた磯村さんを呼んだ。


「知っているけど思うけど、こちらゴルフアナリストの磯村くん」

榊原さんは改めて俺たちを磯村さんに紹介してくれた。


「沢田くん以外はみんなクラブ持ってないの。クラブを買いたいんだけど

アドバイスしてくれる?」

「ああ、良いよ。まあ今言葉で説明するより、ゴルフショップで見ながらが良いね。会社が終わってから一緒に見に行こう。取り敢えずは、ハーフセットで十分だろう。中古のクラブというのもあるけど、出来たら新品で買った方がいいよ」


経理の人だからお堅いイメージがあったが、磯村さんはそんなことないらしい。

少し経理の見方を変えた方が良さそうだ。


「これからは僕がみんなをサポートする。それが社長の言う日本一に近づく道だと考えている。それでは失礼する!」そう言い残して別のテーブルへ行ってしまった。磯村さんも悪い人ではないようだが、まるでA Iと話しているような感じだ。


「さあ、みんなも他のテーブルに行って挨拶してきなさい」

榊原さんの助言で、男性陣、女性陣それぞれ各テーブルに散った。


集まった先輩社員と色々な話ができた。一つ分かったことは、みんなゴルフバカ

ということだ。“ゴルフバカ”とは良い意味でだ。みんなゴルフを心から好きなようだ。

単にゴルフを娯楽ではなくスポーツとして捉えている。


スポーツでは色々なことが学べる。オレはこれまで野球の中でいろいろなことを

学ぶことができた。チームメイトとの協調や目標に向かって努力することの大切さ。色々なことだ。恐らく、ゴルフにおいても同じだと感じる。


少々大袈裟かもしれないが、うちのゴルフ部にはアナリストもいれば、事務局の

人達もいる。自分一人ではなく上司や先輩社員、管理部門の人達などなど、

仕事と同じようにここにいる人たちを大事にしたい。


白川さんから声を掛けられた。

「沢田くん、どうゴルフ部のみんなは?」

「皆さん、本当にゴルフが好きみたいですね。僕も嬉しくなってきます」

「うちの会社で初めてのクラブ活動になるから、ゴルフ部員以外の人も注目して

いるみたい。沢田くんのことも噂をしていたのよ。社長とラウンドして100を

切ったって」


「まさか僕もそんなスコアーで回れるとは思ってもいませんでした。

何せ初ラウンドは約170ですからね・・。練習場のプロに言われて、スコアーではなく状況をよく見るように言われたのが、良かったのかもしれません。後はツキですかね。まだまだです」

「そう言うところが、沢田くんの良いところね。みんなも言っているけど、

スコアーを気にしないってできないらしいわ」少なくともオレに自覚はなかった。


「白川さんはゴルフはやらないんですか?」

「私は応援する方が好きなのよ。沢田くんのことも応援するからね。

でもゴルフのことはよく分からないから勉強中!ゴルフ部の事務局しね!」


それを聞いたオレは、

「それじゃ僕も協力しますよ。僕も勉強中ですけど」

「ありがとう!少し練習もしてみるわ。今度練習に連れてってくれる?」

「ぜんぜんO Kです!」

嬉しくなって少々興奮してきた。思わず練習は2人で行くんだろうかと考えて

しまった!?


「おお、期待の新人がいるな!」これからとういうときに巽部長から声をかけられた。

「あ、巽部長お疲れ様です」部長はニコニコしていた。今の話聞かれたかも・・・。

「西垣プロはどう?」

「はい。まだ数回しかレッスン受けていませんが、上達できそうな気がします。と

てもわかりやすく教えてくれます」

「天野社長も言っていたけど、西垣プロは評判いいようだよ」


今度はそこに児玉社長がやってきた。

「ほぅ。沢田くんはレッスンを受けているのか?この間は何も言ってなかったな」

「はい。まだ数回しか受けていませんでしたし、どうなるか分からなかったので」

「そうかあ。ゴルフは特に基本が大事だ。最初に基本を身につければ後が楽だ。

この間のラウンドは何を考えてプレイしていた?」同じことを聞かれるのは

何度目だろう・・。


「プロに言われたのですが、その時々の状況をよく把握して練習していた

ハーフショットに集中しろと。それからスコアーに捉われるなと」

「なるほど。それは難しいことをアドバイスするもんだな。で、それをやり切ったわけだ」


隣で巽部長が満足そうな表情で、オレの代わりに答えた。

「はい、彼のプレイ態度や様子を見た限り、状況を冷静に客観的にみることが

できる才能があるようです。ずっとやってきた野球で培われたのかもしれません。

技術的にはまだまだですが、練習と経験を積めば将来のうちのエースになるんじゃないでしょうか」

これほど褒められることは滅多にない。照れるどころか緊張してきた。


「それは嬉しい限りだ。人の成長を見るのは楽しいことだ。これは仕事でもゴルフでも一緒だ。共通することは多い。仕事で学んだことをゴルフで活かす。

そしてまたゴルフで学んだことを仕事に活かす。それができると私は信じている」


そこにいる全員が、黙って肯いていた。

急に真面目な話になったが、社長にとっては全てに対して真剣なんだと思った。


翌日の定時後、田之倉、千夏そして由佳ちゃんと目黒ゴルフ練習場へ行った。

天野社長にお願いして3人はレンタルクラブを借りた。


オレ以外は、お試しレッスンだ。予め西垣プロには連絡しておいたので、

簡単に自己紹介してからそれぞれレッスンを受けた。


皆真剣に西垣プロの言うことを一言一句逃すまいと言われたことを聞いていた。

休憩しながら3人を見ていると、田之倉と千夏のスイングはスムーズに見えた。

千夏は運動神経が良さそうだから想像できるが、田之倉は想定外だ。由佳ちゃんはクラブに振られている感じで少し時間がかかりそうだ。


そしてオレは相変わらずハーフスイングの反復練習だ。

オレの順番になった時に、西垣プロにコンペのことを報告した。


「初めてのラウンドにしては上出来ですね。技術面に関して言えば、今のまま練習を続けてください。徐々にショットのバリエーションを増やしていきましょう。メンタル面は実際のラウンドで取り組むことが一番です。これも徐々にいきましょう」


オレは一つ質問した。

「今度会社にゴルフ部ができました。企業対抗戦の選手4人に選ばれるには80で回れるようにならないといけないんですが、どのくらいかかるものですか?」


「沢田さん。目標を持つ事はとても大事な事です。目標が明確でないと、

流されやすくなります。理解されていると思いますが、いきなりそこに到達する

ものではない。努力の積み重ねと失敗や成功を経験する事が必要です」


オレが頷いて聞いていると西垣プロは続けた。

「沢田さんは目標に向かって努力するという事を苦にしない。どのスポーツにも

共通しますが、私にはそれが大きな才能だと考えています。ゴルフだけでなく、

野球でもバスケットでも。ちょっと話がそれましたが、答えは“分かりません”です。3ヶ月後かもしれないし、3年後かもしれない。焦りは何も生みませんよ」


「すいません。つまらない事を聞いてしまいました。昨日ゴルフ部の集会があって、企業対抗戦にどうしても出場したくて。これまで通りできる事を精一杯やっていきます」


全く何聞いてんだオレは。野球だって同じだろ、いきなり3割バッターになる訳じゃない!


レッスンが終わってから、4人で居酒屋に行った。

3人とも初めてのレッスンにまだ興奮していて、感じたことを次から次へと話す。

「ゴルフってやっぱり難しいわ!」

「止まっているボールなのに当たらないなんて癪に障るよね」

「当たった時は気持ちいいよね。特にまっすぐ行った時は!」

「西垣プロって格好いいわよね!」などなど。


結論は、ゴルフは想像以上に面白いと言う事。そしてみんなでレッスンを受けようという事だった。みんな楽しそうで、オレまで嬉しくなってくる。


千夏が、「これからは行ける時は一緒に行きましょう。L I N Eで共有すればいいわね。

行ける人が掲載してその時一緒に行く人が書き込めばいいわ。それでグループ名は何にしようか?」

「児玉組4人の用心棒ってのはどう?」オレはなかなか渋い名前だと自己満足した。

「昭和クサ!大樹って古臭いとこあるのね。他には?」オレの提案は千夏に何事もなかったようにスルーされた。


「ビギナーズラックは?」田之倉の洒落た(?)提案にみんな賛成した。

「田之倉くん、センスあるわね!」由佳ちゃんの一言に、少なからずオレの心は傷ついた。


「ところでクラブはどうしうか?」千夏が聞いた。

「磯村さんの予定を聞いて、一緒に行ってもらおう!」田之倉もその気だ。

そう言えば、オレは部長にクラブをもらったけど、自分にあったものにしたほうが

いいと部長は言ってたな。今度西垣プロに相談してみよう。


週末の定時後、磯村さんはオレら4人を渋谷駅近くのヨツギゴルフに連れて行ってくれた。

磯村さんは、柴田さんという店長と顔見知りで早速俺たちを紹介してくれた。


「それではまず女性向けのクラブをご案内しましょう。どうぞこちらへ」

女性向けの売り場に行くまでに、クラブが所狭しとたくさん置いてあった。

こんなにたくさんあったら、オレ達では何がいいのか選びようがない。


「お二人はこれからゴルフを始められると言うことなので、まずはハーフセットでいかがでしょう?種類はこの5種類になります。各メーカーで製品を出していますが、人気のあるのはこの2種類ですね。どうぞ手にとって握ってみてください。構えたときの第一印象がかなり重要です。構えて打ちやすそうに感じたら教えてください。できたら2本選んでください。その後、試打していただきますので」


千夏と由佳ちゃんは遠慮しがちに、何本かクラブを握って感触を確かめた。

何度か握りを繰り返して、2人はクラブを2本選んだ。千夏と由佳ちゃんは違う

クラブを選んでいた。


「それでは、次に男性のクラブを見て頂きましょう」同じように田之倉も2本選んだ。

試打室では3人が順番に試打した。

由佳ちゃんと田之倉はすんなり決まったが、千夏は時間がかかった。


店長さん曰く、如月さんはヘッドスピードが速いので、男性用のシャフトで柔らかく軽いシャフトがいいと言うことらしい。千夏はヘッドスピードが速いと言われたことに喜んで、オレに自慢してた。まあ、速いに越した事はないが、それはつまりよく曲がるという事だ。それを言うと機嫌を損ねそうだったのでオレは黙っていた。


その後は、ゴルフバック、シューズを選んだ。こういう時女性は面倒だ。

デザインが“カワイイ”とか“ダサイ”とか“オシャレ”とか・・・。

帰りの道は、千夏と由佳ちゃんははしゃいでいた。田之倉は嬉しさを押し殺しているようだった。これで全員戦闘体制が整って、とことんやるだけだ!


週末の土曜日、オレは練習場にいた西垣プロに自分のクラブの事を、相談してみた。


西垣プロは、「そうですね。今使っているクラブは上司の方からいただいたものですよね」

「ええ、そうです。上司からも自分にあったクラブにしたほうがいいと言われました。

果たしてあっているのかどうか分からなくて」

「沢田さんのヘッドスピードやスイングリズムを見る限り、今のクラブでは少し

物足りないでしょうね。ヘッドスピードは50m/s前後あると思いますよ。

成人男性の平均は40m/s前後ですから、かなり速いです」


「物足りないってどういう意味ですか?」

「それは、沢田さんにとってシャフトが柔らかく、捻れの強度が足りない。

つまりインパクトでヘッドが真っ直ぐ当たりにくくなるということですね。

まずシャフトですが、一般に硬い順にX、S、S Rとあります。今のシャフトは

Sですので、Xにしてもいいと思います。それから“捩れ”ですが、トルクという単位で表現されます。数値が小さいほど捻れにくくなります」


「クラブといっても色々な組み合わせがあるんですね。要は変えたほうがいいと

言う事ですね」

「ええ、そうですね。今のクラブをこのまま使うこともありますが、沢田さんの

目指すところを考えると、変えた方が良いと思います。沢田さんにあったクラブを

使うことによって、飛距離、方向性、安定性などより良くなると思います」

「そうですか。わかりました。どうすればいいですかね?この間、ヨツギゴルフに彼らのクラブを買いに行きましたけど、僕もみてもらったほうがいいですよね?」


「もし良ければ、私の知っているクラブ工房がありますので、紹介しましょうか。個人でやっている店ですが、腕は間違いないです」

「クラブ工房ですか?」

「はい。個人の工房では、自分でヘッドを設計したりシャフトを作ったりしています。メーカーで作っているものを組み合わせてお客さんにあったクラブを提案しているんです。私の知っている工房の西本さんは、自分でヘッドのデザインをしています。とても勉強家で私も信頼して、このクラブも作ってもらいました。」


そう言って手にしていたクラブを見せてくれた。“Z O N E”と刻印されている。即座に西垣プロにお願いすることにした。


西垣プロはその場で西本さんに電話をして予定を確認してくれた。


「それでは、今度の土曜日レッスンが終わった後で行きましょう。私も一緒に行きますよ」

「有り難うございます。よろしくお願いします」


早速翌日、部長にクラブの事を話した。どうやら部長も西垣プロと同じように考えていたようだ。部長とオレとではヘッドスピードが全然違うらしい。


土曜日の午後、西本ゴルフ工房のある神奈川県の平塚に西垣プロとは別々に向かった。

道路はさほど混雑しておらず、スムーズに行くことができた。少しすると西垣プロも到着して、お店に入ると西本さんが待っていてくれた。

お店の入り口は狭く、室内もそんなに広くはなかったがクラブはたくさん置いてある。


西垣プロが西本さんに事情を説明し、7番アイアンを5本選んで奥にある試打室に案内してくれた。

試打室に入るとディスプレイや装置、スイングを撮影するカメラも3台置いてあった。

ヘッドスピードなどを計測したり、ボールの弾道をディスプレイに表示できるものらしい。


10球くらい練習してからクラブを順次試した。フルスイングで5球づつ試打した。

この中で良い感触のクラブを2本選んだところで、装置の数値や弾道を見て、西

本さんが更に2本持ってきた。


「今度はこの2本も加えて打ってみてください」

先ほどの2本と追加の2本をまた5球づつ打った。更にその中から2本選んだ。

「感触はどうですか?」

「この2本は気持ちよく触れます。ただちょっと軽く感じます」

「数値を見る限りは、距離や弾道も安定しています。2本ともさほど差はありません。

軽く感じるということなので、ちょっと変えてみましょう」


ヘッドは同じだがシャフトを変えて再度打った。

「重さの違和感は無くなりました。数値はどうですか?」

「先ほどよりも若干ですがいいですね。安定してます。ただ、先ほどもそうですが、インパクト時点のマットとの接着具合が少しトゥー側によっているので、ライ角を1度くらい立たせましょう。それと沢田さんは身長もあるので、シャフトも0.25インチは長くしてもいいですね。いかがですか?西垣さん」


「いいんじゃないですか。今のクラブよりもかなり打ちやすくなると思いますよ」


西本さんはノートに何やらメモをしてから、次はドライバーを試打することになった。ドライバーはヘッド形状の違うものを3種持ってきた。


アイアンと同じ要領で、ドライバーを選んでいった。選ぶと言うよりも作り上げるような感覚だ。

「ヘッドスピードは平均して51m/sですね。距離も290ヤード出てます。

やっぱり野球をしていた人は、クラブの振り方を知ってますね。まあ沢田さんだからというのもありますが。振りこんでいけばさらに伸びるでしょう」


やっぱりオレのヘッドスピードはかなり速いらしい。という事はよく曲がると

いう事だ。


クラブは大手メーカーの名前くらいしか知らなかったので任せていたが、結果的に西本さんが作っているクラブを選んでいた。


“Z O N E”というクラブで、ヘッドの顔つきはシャープで打感も吸い付くような

柔らかい感触はとても打ちやすかった。シャフトは“X”。これで自分専用のクラブを手に入れた。


西本さんの話だと、クラブを作るのに2週間かかるらしい。出来上がってくるのが待ち遠しい。


オレは西本さんと西垣プロにお礼を言って店を出た。16時を既に回っていた。

結局100球以上ボールを打った。クラブを作るのも大変な作業だ。

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