第4話 3番ホール:うちの会社はゴルフも社命です!?


営業第1課に配属されてあっという間に1週間がたった。


指導役の榊原さんはまだオレを外に連れてっはくれない。千夏はすでに顧客への挨拶回りをしているというのに。まずは社内のキーマンや事業内容、I Tシステムを覚えることが先だそうだ。


第1課の戦力になっていることといえば、資料作りとコピー係り。エクセルとかワードはそこそこ使いこなせるが、資料作りは主にミクロソフト社のパワーポイントなので、あまり使ったことが無かったオレにとっては苦労した。

それでも“誰でも絶対わかる、間違いなく分かるパワーポイント”という、しつこいくらいの名前の解説本を1週間で読破した。


「どう、社内の組織とか事業内容は大体頭に入った?」出張から帰った榊原さんが突然聞いてきた。


「ハイ、大体概要は掴めました」“大体”という部分は少し弱めにして答えた。

「それじゃ、」という言葉を聞いた瞬間、ついに顧客デビューかと期待した言葉は、

「今度会社主催のゴルフコンペがあるから、課内の参加希望者を取りまとめて総務課へ提出してちょーだ。」だそうだ・・・。


「ゴルフコンペですか?よくやってるんですか??」

「うちの社長がゴルフ大好きで春と秋の年2回やってるわ。巽部長や末木課長はゴルフお上手だし、営業はお客様との付き合いでゴルフすることも多いから、

沢田くんもゴルフ始めた方がいいわよ」“末木”と聞いて闘争心が湧いてきた。


「ゴルフですか。そういえば、配属前の面談の時に部長とゴルフの話しました。榊原さんもゴルフやるんですか?」

「ええ、会社入ってから始めたわ。レッスンにも1年通ってそこそこのスコアーで回れるようになって、お客様とも話ができるようになったし、付き合いも広がったわ。沢田くんは野球やってたし、ゴルフやったら結構上手になるかもね。じゃ取り纏めよろしくね。分からない事があったら聞いて。あと最後に巽部長に確認してもらうからそこまでよろしく」


そういえば昨日総務課からメールで、春の社内コンペ開催の案内が来てたな。

改めてメールを読み返すと、千葉県のゴールデンリバーカントリークラブで5月26日開催と書いてあった。まるで犬の名前みたいなゴルフ場だな。


参加者は、社員はもちろん派遣会社の人や外注の人もオッケー。初心者大歓迎とまで書いてあって、何かの広告と勘違いしているようだ。

早速、第1課の面々にメールで参加の可否回答をメールした。


翌日には13名全員から返信があり、参加者はオレを除いて7名。榊原さんも末木課長も参加だ。


さて肝心のオレは参加するかどうか考えもんだな。初心者大歓迎とはいえ、クラブを握ったのはたったの数回でラウンド1回。結局ゴルフ場というところは、景色が良かったことを除いては何も分からない。

メールに添付されているエクセルのフォーマットに参加者の名前を入力していると突然、背後から声をかけられた。


「資料作成してるの、仕事は捗ってる?」巽部長だった。こうして時々声をかけてくれて気遣ってくれる。

「来月のゴルフコンペの参加者リストを作っているところです。」そう答えると、

「1課は何人参加かな?」

「7名です」

「沢田くんも、もちろん参加だよね〜」

思わず、「もちろん参加させて頂きます」と答えてしまった。ここが体育会系の悲しい性だ。


「ほとんど経験ないから最初は苦労するだろうけど、そのチャレンジ精神はいいよ。沢田くんの持ち味だから、頑張ってな!ところでクラブはあるのかな?」

「有難うございます。クラブも何も持っていないので、買わないといけないです」

「そうか。良かったら僕の使っていないクラブを持ってるからあげよう。シューズとかグローブは自分で買った方がいいな」

オレは部長の好意を受けて良いのかどうか迷ったが、有り難く頂戴することにした。

「重ね重ね有難うございます。お言葉に甘えさせて頂きます」


「分かった。そうしたら、君の最寄り駅は目黒駅だったよね。今度の土曜日に駅の近くに目黒ゴルフ練習場という練習場があるから、そこにクラブを持って行ってあげるよ」

「そこまでして頂いたら申し訳ないので、自分が部長の家まで取りに伺わせて頂きます」

「いや、それには及ばないよ。さほど遠くはないし、久しぶりに練習場にも顔を出したいし、遠慮しなくていいから」

本当に申し訳ないと思いつつ、部長の好意を受けることにした。


「それではお手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

巽部長の後ろ姿はなんとなく嬉しそうだった。

周りにいた先輩方も、無責任に「頑張れよ〜!」と嬉しそうに声を掛けてくれた。


これは大変なことになった。まあ部長に乗せられたように気がしないでも無かったが、こうなったら後の祭りだ。部長もチャレンジと言っていたし、空振りだけはしないように練習しないと。


そんなことを考えていると、部長とのやりとりを聞いていた千夏が寄ってきて、「ゴルフ参加するの。大樹ゴルフもやるんだ?」

「やるわけないだろ。お金掛かるし。全く考えてなかった。ちょっと向こうに行こう」


5階フロアーの昼食時間にはちょっと早かったが、千夏を連れ出し食堂に向かった。

「部長との話、聞いてただろう」

「聞いてた。大樹が“もちろん参加します”って言ってた」


「そこですか!?ああいう風にいわれたら、欠席しますなんて言えないだろ」

「まあね。でもさあ、遅かれ早かれゴルフは仕事にも役に立つし、いいんじゃない。大樹の英断を指示します!!」

「アホか!?ところでちなっちゃんは参加するの?」


「実は私も香川課長から誘われたんだけど、秋のコンペから参加することにした。それまで練習する時間をくださいって言ったら、期待してるわって言ってくれたわ。香川課長も新人の時に上司から言われて、秋のコンペまで練習して参加したんですって。香川課長って上手らしいわ。仕事もゴルフもできて憧れちゃわ。ねえ聞いてる?」


そんな話はオレの耳には届かず、既に戦闘モードに入っていた。

こうなったら、ゴルフを練習して末木課長と千夏をギャフンといわせてやる。ゴルフも野球もさほど変わらん!肉体労働ならオレに任せろだ!!


千夏の今日の食事はヒレカツ定食、オレはカツ丼大盛りのチケットを買い窓側の席についた。ゴルフの道具の事を千夏と話していると、またまたオレの背後に人の気配がした。


オレの目の前の千夏が突然立ち上がり、目を丸くして「お疲れ様です」と神妙に挨拶した。


振り返ると、児玉社長がトレーを持って立っているのだ。

オレも驚きを隠せないまま、一言「お疲れ様です」。


「君らは今年入った営業の沢田くんと如月さんだね」

光栄にもペーペー社員の名前を覚えていてくれた。

感激のあまり、

「はい、そうです。営業1課沢田大樹です」と大声で答えてしまった。周りにいた先輩社員がニヤニヤしながらこちらを見ていた。


この人たちは明らかにこの状況を楽しんでる。楽しめる立場がうらやましい・・・。


「どう、少しは会社に慣れたかな」

「はい。先輩の方々がよくフォローしてくださるので、とても助かっています。まだまだですが仕事が楽しいです。」と千夏がハキハキ答えた。

「そう、何事も楽しめることはとても大切だ」

「沢田くんは大学の時、野球部だったよね?」

「はい。小学校から野球一筋できました」

「野球が好きなんだね。野球やってる人はゴルフも上手い人が多いんだ。今度のコンペは参加するの?」

「はい。全くのど素人はありますが、参加させていただくつもりです!」


「そうか。それは良かった。ゴルフも仕事と同じくらい頑張って」

二人で「失礼します」と言った後、緊張から解放されてどっと疲れがでた。

千夏もどうやら同じ様だ。千夏の人間らしい一面が見れて妙に嬉しかった。


「これで完全にコンペ参加になったね」千夏が嬉しそうに言った。

やっぱりこいつはオレをおちょくっている様だ。


「オレの腹はとっくに決まってる。こうなったら“とことん”やるだけだよ!」

「そうね。まだ1ヶ月ちょっとあるし、練習する時間はあるわ」

「今度の休みに巽部長がクラブをくれるって言ってくれたから、その時にいろいろ聞いてみるよ。野球のことなら練習方法とかわかるけど、ゴルフとなるとね」

「代官山にTotayaがあるから行ってみたら。専門書も多いしビデオなんてもあるから参考になると思うよ。私もゴルフの本買いに行こうと思ってたし」


「そう言えば田之倉や由佳ちゃんは参加しないのかな?」

「どうかな。後で聞いてみるけど、今回は参加しないんじゃないかしら。今日は残業だから明日は都合どう?」

「ああ、いいよ。大丈夫。じゃあ明日の定時後に。」

「そろそろ戻るわね。明日は爽くんや由佳ちゃんも誘ってみるわ」


なんかこれから楽しくなりそうだな。仕事も勉強しなきゃいけないし、それと同じくらいゴルフも勉強かあ。こうなったらとことんやってみるかあ。


そう言えば、“とことん”は、オレの爺さんの口癖だった。いつの間にかオレも口癖になってしまった様だ。でも“とことん”っていう言葉は好きだな。


翌日の定時後、オレとちなっちゃん、由佳ちゃん、田之倉の4人で、代官山のTotayaに向かった。本屋に行くのに、こんなにワクワクするのは初めてだ。


今度のコンペには田之倉と由佳ちゃんは、先輩から誘われたらしいが参加しないらしい。田之倉は運動が苦手なようで致し方ない。由佳ちゃんは参加したいようだったが、ちなっちゃんと同じ理由で練習してから秋のコンペに参加するという事だった。


代官山のTotayaには初めてきた。ここでは和洋専門書はもちろん、カフェ、レストランやコンビニまで敷地内にあった。それこそここで一日過ごせる。元々本を読むことが好きだったオレは、まるで天国にきたような気分になった。最も大学時代は野球漬けで本を読む時間はめっきり減ってしまったが。


「ゴルフ関連の本はどこにあるのかな?」

「案内端末があるから検索してみよっか。」千夏が慣れた手つきで、すぐにゴルフコーナーを見つけた。

「C館の一番奥にあるみたい」すぐにゴルフコーナーは見つかった。


「すごいたくさんあるね」由佳ちゃんが感心した。

本当に沢山あるな。小説の類からスイングの解説書、フィジカルトレーニン、雑誌、D V Dなどなど。


ゴルフは米国が本場だから洋書もありかと思ったが、英語など読めるはずもないからタイトルだけ見てスルーした。


「多すぎてわかんないね」由佳ちゃんが千夏に聞いた。

「まずは初心者向けの基本的なことを解説してる本がいいんじゃない」

千夏様のごく真っ当な意見だ。


「そうだね。本も人それぞれ相性があるから、自分にとって読みやすいものを選ぶといいよ」

オレは由佳ちゃんに向かって言ったが、千夏様が「たまにはいいこと言うわね」と感心していた。


実は昨日の夜ネットでゴルフのことを調べたみた。まずはどんなプロがいるのかと思い、世界最高峰というアメリカのP G Aツアーに出ている、あるいは出ていたプロのスイングを片っ端から見た。


野球もそうだが、自分の投球フォームや自分が憧れるプロ選手のスイングなどを何度も見ていると、意外と気付くことが多いし参考になる。これは野球で実証済みだ。


その中で、オーストラリアのアダム・スコットというプロで、メジャー大会のマスターズでも勝っている名選手だ。一連のスイングがスムーズで、見事にクラブを操っているように見えた。タイガー・ウッズやローリー・マキロイもカッコ良かった。


そんなプロ選手達をコーチしている、デビッド・レッドベターというティーチングプロのスイング解説書を探していた。


レッドバターの「Aスイング」は、3大スイング理論の一つであり、“芯に当たるスイング”“あなたにあったスイング理論で飛距離アップ”を売りにしていた。内容はよくわからなかったが、“飛距離アップ”というフレーズが気に入っていた。


レッドベター関連の書籍は数多くあり、「Aスイング」理論の本はすぐに見つかった。オレの場合、読むよりも見る方が頭に入るので、一緒にあったD V Dも買った。


他の3人はまだ本を物色中だったので、オレも何気なく書棚を見ながら歩いていると、「ビジョン54」というタイトルが目に入った。


ゴルフコーナーにあるのでゴルフに関する本だろうが、手にとって前書きを読んでみると、賞金女王にもなった宮里藍プロも支持した理論で、スウェーデンのピア・ニールソンと米国のリン・マリオットという人が提唱(18ホールで54というスコアーを出すことは可能である)したものだ。さらにページをめくってみると、スイングの技術的なことよりも大半は心構えなど精神面での教えであった。


“体・技・心・感情・社交性”という単語を見て、児玉社長の言葉を思いだした。

児玉社長もこの本を読んだに違いないと思い、躊躇せず買うことにした。


Totayaに来たことは正解だった。結局ちなっちゃんと由佳ちゃんは、日本の有名な武田なんちゃらとかいうティーチングプロの解説書を購入した。写真やイラストがふんだんに盛り込まれ、読みやすいらしい。田之倉は経理マンらしく、“経理が会社を強くする“というオレにとっては高尚な本を購入した。


Totayaのレストランに行こうとしたが、我々の財布の中身に相応しくなということがわかり、駅近くの居酒屋に飛び込んだ。


居酒屋では会話が弾んだ。この1週間のそれぞれの職場での出来事やゴルフの話も楽しかった。まだ1ヶ月も立っていないが、気のおけない連中と一緒にいるのは気が休まるし何より楽しい。

食堂での社長の話が出ると、とにかく児玉社長は馬鹿がつくほどゴルフが好きらしい。それと同じくらい仕事も好きで、一代で社員1,500名の会社をここまで作り上げたとのことだ。


更に田之倉情報によると、児玉社長はとにかく社員と話をすることが好きで、時間があれば職場や現場を回っているそうだ。社長室のドアも開けっぱなしで、いつでも誰でも入っていいよというメッセージらしい。最も秘書の話では、世間話をしにきた社員はこれまで一人もいないようだ。総務・経理は社長にも比較的近い立場だから色々と情報が入ってくるらしい。まあ新人社員に入ってくる情報なんて大したもんではないだろうが。


そこそこ酔いも回っていい気分になってると、またまたカラオケに行こうということになった。オレも嫌いではないのであっさり同意したが、田之倉は水を得た魚のように俄然その気になっていた。このメンツで飲みに行くと、どうやらカラオケがセットになるらしい。


「大樹、今日はJP O Pとかも歌いなさいよ!」


余計なことを千夏が言うので曖昧に返事をしといた。それでもオレは浮気をせず演歌を極めようと密かに誓った次第である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る