第3話 2番ホール:配属にはもれなく上司がついてくる!
いよいよ配属発表の時がきた。
オレの希望は営業部、田之倉は経理部、千夏も営業部だ。もし千夏と同じ部署に配属されたらこの先ずっと立場が下になってしまうようで、それだけはないように祈った。
千夏はオレと一緒の部署なら少しは気が休まるなどと、俺をペット扱いにするつもりだ。
営業部は1課から5課と支社が北海道、東北、北関東、中部、関西、四国・中国・九州とあって、毎年5名程度配属されるそうだ。
いよいよ発表の瞬間だ。
社員番号の若い順に名前が呼ばれ、配属先の部署名が発表されいく。
いよいよオレの番だ。
「沢田大樹さん。営業部。」内心「やったー」と叫んだ。
田之倉と千夏が、「良かったね。おめでとう!」自分のことのように喜んでくれた。結構いい奴らだ。もうすぐ千夏の番だ。
「如月千夏さん。営業部」
「ちなっちゃん、営業で良かったな!課はわからんけど、同じ課になるといいな。」とオレは思わず言ってしまった。
「ホントにそう思ってる?」と返してきたので、
「冗談だよ」と言い返してやったら「フン!」だって。レディーにあるまじき行為だ。
田之倉も希望の経理部に配属が決まり、3人とも希望の部署に決まった。
それでも会社の都合で本人の希望通りに行かない者もいて、ちょっと気の毒な気もしたがこれはこれで致し方ない。長い人生色々あるさと無責任に思った。
大講堂の後方にはお迎えの先輩社員がきていて、営業部からは主任の榊原弥生さんがオレら二人を待っていた。
「沢田くんと如月さんね。営業部第1課の榊原です。営業部の代表で迎えにきました。オリエンテーションお疲れ様。これからよろしくね。それじゃ5階のオフィスに行きましょう。ついてきて」
榊原さんは、なんとなく雰囲気が千夏に似ていた。これまた容姿端麗で姉御タイプ、面倒見も良さそうだ。主任ということは、部下もいるのだろう。この業界も女性がだいぶ増えたとは言っても、まだまだ少数派。そんなところで主任をはってるなら、男性陣を顎で使ってるのかもしれんと考えるとそれも魅力かなと思った。
エレベーターで5階へ移動すると、廊下の向こうがオフィスになっている。榊原さんが先頭でオフィスに入ると、そこには100名以上の先輩社員が机を並べていた。
新入社員2名が入ってきたことに気付いた先輩社員から笑顔で迎えて頂いたことは心強かった。通路を通ってその一番奥にあるパーテーションで囲まれたブースに行くと、そこには巽部長が座っていた。
「やあ来たね。榊原くん、案内ありがとう。さあそこにかけたまえ」デスク前のソファーに巽部長が腰かけるのを確認してから、二人一緒に着席した。
「どうだった。オリエンテーションは?取り敢えず会社のことを少しでも理解してもらえれば今はそれでいいよ。仕事に携わればだんだん覚えるから。」
「今年は営業に全部で6名が配属されたけど、一部署に2名配属されたのは営業部だけ。既に説明があったと思うけど、うちの部は1都6県の法人向け営業だ。他に公共案件とか不動産事業などもやってるが、会社の主軸事業を担っている。しっかり勉強して頑張ってください」
会社組織の一員として当たり前のことだが、改めて会社の厳しさを感じ身の引き締まる思いがした。
「それじゃ、正式には明日の朝礼で紹介するけど、君ら二人が所属する1課と2課の課長をこれから紹介するから、今後のことは課長から話をよく聞くように」
巽部長は、第1課の末木課長と第2課の香川課長を呼んだ。
オレと千夏はそれぞれ課長に連れられ、各課の課長そして在籍している先輩社員に挨拶をした。中にはむっつりした先輩もいたが、ほとんどの先輩は笑顔で迎えてくれて、ホッとした。
その後、オレの直接の上長となる主任を末木課長が呼んだ。
「沢田、明日からは主任の榊原さんの下でしっかり勉強してくれ、榊原さん、よろしく頼むよ。遠慮せずビシバシ鍛えてやってくれ!」いきなり呼び捨てで名前を呼ばれびっくりした。あとで末木課長という人物がよーく分かった。
「沢田くん、今日からよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。精一杯頑張ります!」
「そんなに力入れなくていいわよ。まだまだ先は長いから息切れしちゃうよ。それから課長だけど、いつもあんな感じだから気にしないでね」
お優しいお言葉を頂き、思わずコロっといってしまいそうだ。今はまだ実力ゼロだけど、早く会社の戦力として認められるよう頑張ろうっと。
「席にはパソコンとか最低限の事務用品は用意してあるから。パソコンは使えるわね。社内システムがいくつもあるから、明日一緒に確認しましょう。あと第1営業部で沢田くんと如月さんの新人歓迎会を今週金曜日にやるから予定しておいてね。お酒はいけるんでしょ?」
「はい、大好きです!」
「あら良かった。楽しんでもらえると思うわ。それじゃ今日はこれでお開き。帰っていいわよ。お疲れ様。」
「お疲れ様でした。お先に失礼します。」
千夏もほぼ同時に帰宅するところだった。
今日はオリエンテーション最終日ということで、オレと田之倉そして千夏と千夏の友人の三井由佳さんとお疲れさん会をすることにしていた。
「ちなっちゃん、18時現地集合だよね。先に行ってようか」
飲み会の場所は渋谷駅から徒歩3分のイタリア料理で人気のある「ラ・ナポリアーナ」
これまで居酒屋くらいしか行ってないオレにとっては、新規分野の開拓だ。
「さすがにまだ来てないわね」
「まあボチボチ来るでしょ。どうする。まだ20分くらいあるし取り敢えずビールでも頼もうか?」
「そうね。お店にも悪いし頼もっか」
“生中”にしようとしたら千夏が“生大”がいいと言うので、生大2つと枝豆を注文した。
「そう言えば大樹は野球をずっとやってたんだよね?」
「ああ、小学校から大学までずっとね。プロ野球は生粋のジャイアンツファン。
これでも甲子園まであと2歩のところまで行ったんだぜ」
「あと2歩って言うのが渋いね。準決勝で負けちゃったの?」
「そう、3年の夏の準決勝で肘を痛めてね、壊れたってわけ。あん時はほんと悔しくて自分が情けなくてね、チームのみんなにほんと悪いことしたと思ってる。肩には自信があって、球速も140Kmを超えてたんだけど今考えると過信してたのかも」
「そう、残念だったわね。でも大学でも野球続けたんでしょ?」
「やっぱり野球が好きだからさ。バッティングもそこそこ自信あったからファーストをやらせてもらって、時々はピッチャーもやってた。リリーフだけどね」
「やっぱり好きな事はなかなか諦められないよね。熱中できることがあるって素敵だわ」
千夏から“素敵”などと言う単語を聴けるとは思わなかったが、マジマジ言っていたので頷いておいた。
「ちなっちゃんも剣道ずっとやってるんだろ?」
「うちはお父さんが警視庁で剣道やってて、その影響で始めたの。これでも私、全日本にも出場したんだけど、1回戦でコテンパンにやられちゃって」
「それはお見それしました。でもそこまでの腕があったら、そっちの道に進もうとか考えなかったの?」
「前から建物を作りたいという事に興味があってどうしても携わりたかった。ほら時々東京タワーの建設のドキュメント番組やってるでしょ。それ見て感動しちゃったのよね。私も日本のシンボルになるような建造物を作る仕事に携わりたいって」
「なるほどね。でも社長も言ってたけど、仕事以外で熱中できるものと言ったら剣道になるんだ。オレも地元の少年野球で教えてみよっかなあ」
「そうね。子供たちに教えてみるのも面白いかもね」
最初の一杯が空になる頃に、田之倉と三井さんが同時にきた。
「こっちこっち」千夏が手招きして二人を呼んだ。
「遅くなってごめん。先輩が親切に色々と教えてくれて時間かかっちゃったもので」
「大丈夫!二人とも生でいい?大樹もいいよね。」オレは頷いた。
「大樹がどーしても飲みたいっていうから、悪いけど先やってた。ゴメンね」
全くこの娘は言いたいこと言いやがって。どうも多少のことをオレに言っても怒らないと思ってるようだ・・・。
「さあ、ビールも来たことだし乾杯しよう!」
「ところで何に乾杯するの?大樹!」
「え、取り敢えずこれから一緒に戦っていく仲間とアルコールに乾杯!」
「まあそれでいいか。乾杯!!」
三井さんとはあまり話をしたことはなかったが、千夏と高校の時クラスが一緒だったらしい。とても感じの良いおとなしそうな娘だ。
みんなで配属先のことでアレやコレやと話が盛り上がった。由佳ちゃんは希望していた総務課ではなく調達部に配属になったそうでちょっと落ち込んでいたが、調達部に行ったらみんなとても優しくしてくれたようで、ホッとしてると言ってた。
千夏はビールから始まり、ワイン、焼酎、日本酒となんでもオッケー。多少酔ってはいるようだが、それでも顔に出ないからまさしく酒豪。それも折り紙付きの武士というか女性剣士だ。
最後は彼氏、彼女の話になり、全員フリーなのがわかり安心したところで、あっという間に3時間が経っていた。
このメンツならこれから仲良くやっていけそうだ。
「じゃあ明日もあるし、この辺でお開きにしようか?」
「何言っちゃってるの?ダ・イ・キ・く・ん!夜はこれからでしょ。ねえ由佳」
「そうねえ。私もカラオケ行きたいかな・・」由佳ちゃん(酔いもあって三井さんから由佳ちゃんと呼べるようになった)も結構ノリノリかもと思いながら、田之倉の意見も聞いてみた。
「オレは構わないけど、田之倉は?」
「僕も大丈夫。行こう!行こう!」こっちの方がノリノリだった。
「駅前にカラオケ“からまわり”っていうお店あるからそこ行こう!」
一人3,000円払って早速移動。意外とこの店は安いということで、渋谷での拠点とすることで全員意見が一致した。
カラオケではみんなの意外な一面を発見した。
千夏は声量の大きさで、由佳ちゃんは落ち着いた雰囲気の声で、想像以上にとても上手だった。こいつら相当歌い込んでるな。
大学時代、よっぽどやる事なかったのかとぼんやり考えながら、驚愕の事実を発見したのは次の田之倉だった。
低音の声色ながら、ボリュームのある聴いてる人を感動させる歌だった。
フランク永井と比べても遜色ないくらいだ。今時この歳でフランクを知ってるのはオレくらいかと思い、言うのをやめた。千夏と由佳ちゃんも田之倉の歌に感動して、声も出なかった。
田之倉が歌い終わると、二人とも拍手喝采。オレも素直に感動して盛大に指笛をした。田之倉に聞いたら、高校3年まで声楽を習っていたそうだ。人は見かけによらない!
ところで肝心のオレはというと、大学時代演歌の大好きな野球部の一つ上の先輩がいて、しょっちゅう歌わされていたせいか演歌一筋に染められ、今更路線を変えることもできず、自己満足の世界に浸っていた。
由佳ちゃんが、「大樹くん、渋くていい感じよ」と大変ありがたいお世辞を言ってくれてほっとしたのも束の間、千夏が「営業ならP O Pでもなんでも歌えるように一から勉強しなきゃダメね」とダメだし。オレは演歌の何が悪いと思ったが、情けない事に同時に少し勉強するかと納得してしまった。でも、演歌が一番好きだ。これだけは譲れない!
散々みんなで歌いまくって終電も近くなってきたので、今度こそお開きとなった。
「それじゃみんなお疲れさまあ〜!またやろ〜ね〜!!」
「お疲れさま〜。気をつけてね〜!」
一人になって、しみじみと楽しい1日だったと感じる。あいつらともこれから楽しくやっていけそうだ。それでもって、明日から仕事するぞという気持ちも湧いてくる。やっぱり仕事も遊びも“とことん”やらないとダメだな。
児玉社長の“友人は財産”という言葉がふと頭に浮かんで、3人の顔を思い浮かべながら気持ちの良い帰路についた。そしてなぜか巽部長の顔も浮かんだ。
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