第88話 ロンサール家の友情(イザーク・メイアン視点)

「――……あのぅ、少し、よろしいでしょうか?」


 唐突にリリアーナが割り込んだものだから、辺りの視線はぜんぶこっちに集まった。

 刺すよう、とはこのことだ。隣に立つ俺まで居たたまれなくなって、思わず首を竦める。気が弱そうに見えて、実はそうでもないに違いない。


「レディ・リリアーナ、どうしたね?」


 遮られ、こちらを向いたディクソン公爵は、気分を害したふうもなく、優しく声をかけた。


 そういえば、ディクソン公爵とレディ・マージョリーとリリアーナは、連れ立って歌劇に行く仲なのだ。


 リリアーナは、軽く頭を下げる。


「大事なお話の途中に、申し訳ありません……。どうしても、お伝えしたくて……ええと、つまり、わたくし、ディクソン公爵様って素晴らしい方だと、以前から思っておりましたの」


 穏やかに、ディクソン公爵は目を細めた。


「……君は、いい人だね」


「だってほら……」とリリアーナは頬に手を当てて続ける。


「ディクソン公爵様って、紅茶を飲まれたあと、カップを優しくソーサーに戻されるでしょう?」


 ――…………?


 天然だぁ。俺は内心で頭を抱えた。それ、今ここで言わなきゃだめ?


 辺りの人々の目にも、一様に「???」が浮かんでいる。


 しかし、幸いなことに、リリアーナの見た目は神秘的な天使だ。

 その大きく黒い瞳は、人知の及ばぬ深遠なる何かを感じさせる。


 ゆえに、「今の話には何か、隠された深い意図があるのか……?」と、人々は判断つきかねているらしい。咎めるような視線は、幸いにもない。


 果たして、ディクソン公爵も、自信なさそうに瞬く。

 

「え……? ああー……? じ、自分では意識したことないんだけど、そ、そう……? かなぁ?」


 気の毒に、反応に困っている。「ティーカップを静かに置く」って、そもそも褒め言葉なのか。


「…………リリアーナ……!」


 しかし、バルコニーの上のレディ・マージョリーが、はっとしたようにリリアーナを呼んだ。


「…………ありがとう!」


 いいええ――リリアーナは、レディ・マージョリーにおっとり微笑みかけた。


「そうよ……。シンプルなことだわ……。公爵様が公爵様じゃなくなっても、公爵様はティーカップをそっと置くんだもの!」


 レディ・コンスタンスらも真面目な顔をする。


「確かに、そういう部分はなかなか変えられない……」

「人の本質をついているとも言えるわね」

 

 泣くのをやめた人質令嬢たちは、すっきりと笑い合った。


「……マージョリー、良かったわね」

「すごいサプライズ。こんなに嬉しいことって久しぶり!」


 照れたように、レディ・マージョリーは「ありがとう」と頬を染めて俯く。


「ねえ、それで、花嫁介添人プライズメイドはわたしたちってことでいいわよね?」

「そうと決まれば、ドレスのデザイン考えなきゃ!」

「ブランシュとリリアーナも仲間に入ってくれるでしょ!?」


 もちろん――と庭園にいる姉妹は嬉しそうに微笑んで頷く。


「え、いや、ちょ、ちょっと待って」


 もちろん――ディクソン公爵は慌てた。


「僕の話、よく聞き取れなかったかな? 言い直し――」


「いえ、それには及びません」

「ねえ、ドレスは『マダム・ルシエル』に頼むべきよ。マージョリーのノーブルな艶肌をエレガントに引き立ててくれるはずだもの」

「だけど、彼女の予約は一年待ちよ? とても待てない!」

「わたくしに任せて。彼女には貸しがあるの。快く引き受けてくれるはず」


 何か、置いてけぼりにされている感が凄まじい。

 絶句して呆然としているディクソン公爵なんて、切実なる当事者なんたぞ。


 はっと気付いたように、レディ・マージョリーが眉を下げる。


「あら、申し訳ありません。つい……そのぅ……」


 言いにくそうに続ける。


「貴族と平民どっちが幸福? 問題については、ついさっき、わたくしたちの間で終わった話だったものですから……。そうよね?」


「そうそう」と令嬢たちは頷き合う。


「え! いや、でも、」


 冬眠から目覚めたら真夏だった熊みたいに、謎の出遅れた感に包まれたディクソン公爵は、おろおろと狼狽えた。


 乙女らしく、レディ・マージョリーは恥じらうように頬を染めた。

 白い頬が桃色に透けていて、瞳はきらきらして、遠目にもはっとするほど綺麗なひとだと思った。ディクソン公爵を柔らかく見つめる。


「結論から申し上げますと、わたくし、ディクソン公爵様が平民でも、ちっとも気にいたしません」


「は……?」と、ディクソン公爵はぽかんと口を開けた。


「答えはイエスです。結婚しますわ」


 レディ・マージョリーは、粛々と請け負った。

 

「えええ!?」と、ディクソン公爵とダーバーヴィルズ侯爵が、ほぼ同時に叫んだ。


「ななな何を!? マージョリーっ! 勝手に決めるな! 家長たるこの父は許さ…………いや、可哀想に、お前は今、怖い目にあったばかりで平常心を失っているんだ。ま、まずは屋敷に戻ろう! 話はそれからだ!!」


「ちょ、マージョリー、落ち着いて! だ、だって、平民だよ? 領地もなければ屋敷もない。小さな家に、馬車もなければ御者もいない。恐ろしいことに、外出は徒歩! 食事だって……ケーキやマカロンを毎日満足に食べられるかどうか……!」


 ただならぬ悲壮感を漂わせて額を押さえるディクソン公爵。

 レディ・マージョリーは唇を尖らせた。


「…………なあに? ディクソン公爵様は、わたくしと結婚したくないの?」


「まさか!! したいに決まってる!」


「じゃあ、勘当されそうだから? わたくしは、侯爵令嬢じゃないと価値がない?」


 ディクソン公爵は、今日見た中で一番真っ青になった。


「違う……! 貴族か否か――そんなことで、この気持ちが変わるわけないだろ!」


「なら良かった。わたくしと同じですわね」


 と、にっこり笑う。


「ええ!? だ、だ、だけど……最初は良くても、不便な暮らしを送るうち、もう嫌だと思う日が来るんだよ! 君は、僕を憎むようになる。――……そんな風にだけは、なりたくない。……君という花には、煌びやかな場所で咲き誇っ――」


「へえええ」


 急速にひやっと空気が冷えた。

 レディ・マージョリーは、瑠璃の瞳を三日月にして優しく笑っている。


「へー、存じませんでした。わたくしったら、いつか、『もう嫌だ』と言って公爵様を憎むんですか? へーえええ、公爵様は、わたくし自身にもわからない未来のわたくしが見えるんですのねえ? 名探偵も真っ青の名推理ですわねえ?」


 ディクソン公爵は、十把ひとからげにした唐辛子を煮詰めた汁を飲まされたみたいに激しく発汗した。巻き添えを食うまいと、周囲の人々はしんと息を詰める。俺を含め、誰一人として、身じろぎもしない。

 

「マ……マージョリー! 君が思うほど、世間は甘くない! 僕は『豚公爵』だよ? 簡単な引き算じゃないか。豚公爵から公爵を引いたら、残るのはただの豚。僕なんかと結婚したら、君の評判が、」


 そうかも――と、失礼にも、俺は思った。  

 全体的にまるっこいディクソン公爵は、お世辞にも美男子じゃない。金と権力がなくなったら、同性の目から見ても、モテ要素ゼロだ。しかし――


「――失礼いたします。ちょっとよろしいかしら」


 次に割って入ったのは、我らがレディ・ブランシュだった。

 こほん、と小さく咳払いする。


「申し訳ありません。先程でしゃばった手前、大人しく聞いているつもりでしたけれど……これだけは申し上げたくて。ディクソン公爵様は、何か誤解なさっておいでです」


 と、控えめに小首を傾げている。

 こんな状況なのに、姿勢から表情、風になびく髪の一筋に至るまで、レディ・ブランシュは完璧な絵画のような黄金律を保っていた。

 一瞬にして、その場の視線はレディ・ブランシュに惹き戻される。


「ご、誤解?」


 悄然としたまま聞き返すディクソン公爵に、レディ・ブランシュはゆったりと頷く。


「ええ、呼び名のことです。――『豚』? 『木偶の棒』? どなたを? ディクソン公爵様を? まさか! ありえません!――そうよねえ? みんな?」


 そう言うなり、嫣然と後ろを振り返った。


 さて、知っての通り、レディ・ブランシュは、『社交界の女神ミューズ』『流行の牽引者インフルエンサー』として、ほとんど毎日、高級紙とタブロイドの両方を飾っている。


 へーすごいんだなぁ、と、ぼんやりした感想しか抱いていなかった俺は、この瞬間、その真の力を目の当たりにする。




「――――もちろん! レディ・ブランシュの仰る通りですわ!」

「豚ですって? ずいぶんと見る目のない方もいらしたものだわ」

「ディクソン公爵様のような誠実な方から愛されて喜ばない未婚女性が、この国にいるはずありませんのに!」


 野次馬の中から、特に身なり整った若い未婚令嬢たちが、口々にレディ・ブランシュに賛同を示す。

 俺はびっくりした。女性の気を惹くものが、金でも権力でも見た目でもないのなら、一体何なんだろう。

 いや確かに、ディクソン公爵はすごく善い人だ。結局、人は人の本質にこそ惹かれるのか。ならば、俺みたいな卑怯な人間を愛してくれる人は、この先も現れないだろうな。


 お人形のような身なりの綺麗な令嬢たちが、真面目な顔をして云い募る。


「ああレディ・マージョリーは幸せ者ね」

「なんて羨ましいの」

「わたくしもあんな聖人のようなお方に愛されてみたい」


 熱に浮かされたように、うっとりと交わされる美しい令嬢たちの囁き。

 それは瞬く間に、数多の人々の心に染み広がってゆく。


「ええ! そんなはず……!」


 目を白黒させるディクソン公爵に向けて、ロンサール伯爵が軽く手を上げて見せた。


「失礼、ディクソン公爵閣下。例え、政界を引退されようとも、この私との友情は、永遠に続けてくださるでしょうね?」


 こんどこそ仰天。という風に、ディクソン公爵はロンサール伯爵を振り向いた。


「……え!?……ええ!? 伯爵と、僕が? なんで?……え、いや、そ、そう? そう言ってもらえるなら、もちろん……」


 さて、満足そうに頷くランブラー・ロンサール伯爵は知っての通り、王宮の侍女達から『白馬の王子様』と呼び讃えられている。


 その非公式ファンクラブには、恐れ多くも王妃陛下と王女殿下まで在籍しておられるとか。


 ざわ、と空気が色づき熱を持つ。

 

 ランブラー・ロンサール伯爵と、永遠の友情ですって―――――?



 令嬢だけでなく、この場にいる年配の貴婦人、侍女までが――、一斉に胸の前で両手を組んだ。


「さすがですわ……ロンサール伯爵様、ディクソン公爵様の高邁な精神に、以前から気付いておられたのね……!」

「ご覧になって。あの眩しくも貴い佇まい。確かな審美眼をお持ちに決まってる……!」

「お目が高くていらっしゃるのよ。将来有望な方はやはり、他の方とは目の付け所が――」


「………………あ、いや、もちろん! 私だって以前からディクソン公爵閣下と親しくさせていただきたいと」

「…………っそ、そうそう! 僕だって、不本意なことにたまたま、その機会に恵まれなかっただけで――」

「我が親愛なる閣下を、『豚』呼ばわりだって? まったく許し難い――」


 魔法にかけられたように、ディクソン公爵に向ける人々の眼差しは、半刻前とはまったく別物と化してゆく。


 ゆったりと微笑んで、リリアーナはレディ・ブランシュ、ロンサール伯爵と目配せを交わした。


 ああそうか。ディクソン公爵は、爵位を退き平民となる。だけど――――

 

「ねえ、ヒューバート・ディクソン公爵閣下、引退されるなら、ぜひうちの屋敷に滞在していただきたいわ」

「いえ、ぜひ我が家に。閣下にぴったりの要職を、当家としてはぜひにもお願いしたいと考えて――」

「いや、ここはやはり、閣下とは縁の深い我が家に――――」


 この国の民の九割九分は平民で、つまり平民はピンキリなのだ。

 上流階級の中にも、平民はいる。そもそも、騎士爵であるウェイン副団長だってれっきとした平民だし。

 成功した商人、外国人富豪といった人々が、喉から手が出るほど欲するもの――それは、貴族とのコネクションだ。


 ディクソン公爵が、これからも貴族社会で大切に扱われるならば、この国の誰ひとり、ディクソン公爵を軽んじることなどできない。


 この調子なら、レディ・マージョリーと結婚できるんじゃないか――――



「それに、――」


「――うるさいっ!」


 囁き交わす声に歯止めをかけたのは、レディ・マージョリーの父、ダーバーヴィルズ侯爵だった。肩をいからせている。


「悪いが! 関係ない人間は黙っていてくれっ! 誰がなんと言おうと、高位貴族以外に……平民に下る人間に、うちの娘はやらない!」


 言いにくいことを、憚りもせず言い放つ。


「約束なんだ! 私には、子どもたちの行く末を、豊かに整える責任がある!」


「それなら――」


 と、声を上げたのは、ついさっきロンサール伯爵から遠回しに「黙ってろ」と言われたアラン・ノワゼット公爵だ。


 さて、冷たそうだけれど整然とした顔立ち。細身で長身な体を包む、最上級の燕尾服に流すサッシュに光るのは、数えきれない勲章。さらに、誰よりも自信に満ちた堂々たる態度。


 枢密顧問官である高位貴族が居並ぶこの場にあってさえ、王族に連なるこの人の地位は、もっとも高かった。


 知的で品のある微笑を浮かべ、ノワゼット公爵は穏やかな声で続けた。


「ヒューバート・ディクソン公爵とレディ・マージョリー・ダーバーヴィルズ。二人の気持ちはよくわかった。ぜひ、僕にも応援させてほしい。そういうことなら、クレメンタイン・クリークに向かうのはどうだろう? うちの騎士に護衛させよう」


 ヒューバート・ディクソンのやつ、自分ばっかり注目されやがって。人の恋愛とか激しくどうでもいいー。早く話終わらせよう。

 天上天下唯我独尊。

 俺はたぶん、公爵の内心を正しく理解できたと思う。


「……はっ?」と、気の毒なダーバーヴィルズ侯爵は息を呑んだ。


 ――クレメンタイン・クリーク。


 隣国ハーバルランドとの国境を抜けた先にある、はじまりの小さな町だ。


 云わずと知れた、駆け落ち婚の名所である。


 ここ、ローゼンダール王国の婚姻法では、女のひとは後見人の許可なしに結婚することができない。

 だから、どうしても結婚したい恋人同士はすべてを捨て、隣国への道をひた走る。

 無事に国境を抜け、法の及ばぬクレメンタイン・クリークに着ければ、愛の女神は二人に微笑みかけた、ということだ。

 略式でさっさと宣誓を済ませ、宿屋の主人を証人に、婚姻証明書にサインする。正式な夫婦の一丁上がり、と相成るのである。


 さあもちろん、ダーバーヴィルズ侯爵は、肉切包丁を研ぎすます悪魔とばったり遭遇したかのように飛び上がった。


「ク、ク、クッ、クレメンタインクリークっ!? ノワゼット公爵閣下!! な、何をっ!?」


「そそそ、そうだよ! レディが、ク、ク、クレ、メンタイン、クリークでけけけっこん……!?」


 息も絶え絶えに、ディクソン公爵までが喘ぐ。


「まあまあ、いいじゃないか。なんだかイマドキっぽいし。若い二人で手に手を取り合って行っといでよ。なるようになるって」


 にこにこ微笑むノワゼット公爵が、無責任に宥める。完全にめんどくさくなってるな、この人。


 一方、レディ・ブランシュを含む若い令嬢たちは揃って、美しいかんばせを輝かせた。


「ロマンチックだわ……クレメンタイン・クリークだなんて……!」

「駆け落ち……崇高な響きね……」

「愛があるなら、何の問題も――」


「いいや待ちなさいっ!」


 叫んだのは、バルビエ公爵だ。レディ・コンスタンスの父である。


 気付くと真っ青になって心臓の辺りを押さえているのは、ダーバーヴィルズ侯爵だけでなかった。


 ビシャール伯爵にフォーティナイナー子爵――年かさの貴族男性のほとんどが、今にも卒倒しそうに顔色を悪くしている。


「い、いいか、お前たち。父親の気持ちも考えろ。国一番の大聖堂で、国一番のステンドグラスの光を浴びながら、国一番の宝石とドレスを身に着けた娘と腕を組み、国で一番祝福されたバージンロードを歩く。その先に待つのはもちろん、国一番の司祭と、娘を幸福にするための要件を全て備えた優良物件おとこ! 生まれたばかりの娘を初めて腕に抱いた瞬間、世のすべての父親が、完遂すべしと心に刻むことだ!」


 令嬢たちは「はあ」と、浅い相槌を打ち、揃って美しい眉を「うざぁ」と、言いたげに寄せた。


「そ、それを……言うに事欠いて……っ、ク……クレメンタイン……クリーク? そ、そんな……そんな子に育てた覚えは……」


 よろ――と頭を抱えてよろめいたダーバーヴィルズ侯爵を、ビシャール伯爵の腕が支える。


「しっかりしろ! まだ手はある!」


 しかし、この顧問官たちの関係性もイマイチよくわからない。仲が悪いのか何なのか。


「…………侯爵令嬢が、クレメンタイン・クリーク……?」

「ば、馬鹿な! 前例がない……!」

「世も末だ! この世の終わりだよ!」


 世界の終末に戦慄する父親たちに対し、母親である貴婦人らは、しらっと冷めた目を細めた。


 マーク・エッケナーの襟に優しく触れながら、エレノア夫人が呆れたように溜め息を落とす。


「はあ、情けない。戦争や粛清となると目を輝かせて張り切るくせに、たかがクレメンタイン・クリークに。何だと言うんです?」


「っ、エレノア様まで……っ!? たかが……ですって?」

 

 ダーバーヴィルズ侯爵は一層青ざめ、次にカメレオンらしく土気色となった。


「じょっ冗談じゃないっ! 妻に……妻に顔向けできない! かくなる上は、この腹かっさばいて――――」




「――――――悲愴な状況だな。そんなに悪いことになっているのか」


 この場にいる全ての人が、ぎょっとした様子で声の方に視線を向ける。

 俺の心臓は、カエルみたいに跳び跳ねた。


 誰もが息を呑んだような一瞬の静寂の後――――


 ざあっと波が押し寄せるように、それは起こる。


 最上級の、敬礼――――――。


 バルコニーと庭園を埋めていた人々は、一斉に膝を折り平伏した。

 騎士は胸に手を当て、長靴を揃えて姿勢を正す。


 高貴なる声がひどく心配そうに、人々の上に降り注いだ。


「何ということだ。立て籠りがまさか、ここまでひどい状況だとは。顧問官たちが、今にも死にそうな顔をしているじゃないか……!」


 左ファザードと中央宮を結ぶ回廊の上、風に翻る、金糸の刺繍の施された深紅のマント。

 金糸と宝石をちりばめた、煌びやかな上下。


 絶対的な威厳を醸すオーラ――――



「国王陛下」



 誰よりも先に敬礼を解いたノワゼット公爵が、打ち解けた口調で呼び掛けた。

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