第71話 違和感

「庭園に五人の侵入者」――きっとリーグたちだ――という報がもたらせれて、このノワゼット公爵執務室は、慌ただしくなった。

 ウェイン卿と騎士たちは、相変わらず離れた場所で、真剣な表情で何事か頷き交わしている。


 王宮の侍女さまが気を遣ってたくさん用意してくれた焼き菓子やプティフールは、極上のお味だった。

 邪魔にならないよう、長椅子の上で置き物のように大人しくしていた。お陰でいよいよ胸焼けを覚えて、そっとフォークを置く。

 うすく開いた窓から流れる風が、頬を冷ます。ギンモクセイの甘い香りが風に混じる。 

 次はとにかく、しょっぱいものが食べたいわ。目の前に塩塊があったら、齧り付きたい――などと思い始めたその時、聞き慣れた声に呼ばれた。


「リリアーナ、ちゃんとおりこうさんにしているね」


 扉の方を見ると、第二騎士団の詰所入り口に立つランブラーがひらりと右手を上げていた。


「偉い偉い」


 この年上の従兄ときたら、わたしのことを小さな子どもだと思っているふしがある。

「お邪魔します」も言わないで、「ごくろうさまー」と騎士たちに愛想よく微笑み掛けたかと思うと、美の女神アフロディーテすら骨抜きにしそうな美しい笑みを広げて、黒い騎士だらけの部屋に足を踏み入れてくる。


 ブランシュと言いランブラーと言い、このいつでもどこでも物怖じしない洗練された堂々っぷりは、どうやったら身に付けられるのかしら。

 流れるように優雅に長椅子に腰を下ろした従兄に、わたしは話しかける。


「お従兄さま。政務室でお仕事されると仰っていたのに、どうされたんです?」


「うん。人を探してウロウロしてたら、こっちがわに着いてた。外じゃ、騎士と衛兵がすごい剣幕で走り回ってるよ。どうやら、侵入者は見失ったらしい。それでまあ、ここまで来たついでに、リリアーナの様子を見に来た」


 にっこり、と麗しく笑う。侵入者は見失った――リーグたち、うまく逃げているらしい。ほっと胸を撫で下ろし、わたしは微笑み返す。


「あら、人探し……ですか?」


 妙齢の侍女が卒のない動きで近づいてきて、ランブラーの前に湯気の立つカップを置いた。ランブラーが小さく礼を述べて微笑みかけると、もちろん、彼女の瞳は潤み、耳はみるみる朱に染まる。


「そう。同僚を訪ねてきた人がいなくなってね……でもまあ、大丈夫なんじゃないかな。ガーデンパーティがこの騒ぎで早めにお開きになったから、今頃は見つかってるよ。それより、気になってたのはこっちの方。この様子じゃ、アナベルとはまだ会えずかぁ……」


 言いながら、ランブラーは長い足を組み替え、ぐるっと室内を見まわした。


「騎士の皆さんも、張り詰めてるなあ……」


「ここでこうして座っていて、本当に会えるのかしら……」


 本当は駆け出して行って、探したかった。溜め息と一緒に弱音のようなものを吐くと、ランブラーは柔らかく微笑んだ。


「ほらほら、そんな浮かない顔しない。果報は寝て待て、って言うだろう?」


『蒔かぬ種は生えぬ』とも言うじゃありませんか――という台詞を焦りといっしょに呑み込んで、わたしはまた溜め息を落とす。ランブラーはくすりと笑った。懐中時計を取り出しながら言う。


「今頃は……もうデザートかな。もうすぐ昼餐会が終わる。ブランシュが戻るまで、僕もここで待ってるよ」


 わたしは頬に手を当て、完璧で美しい姉を思って、ほうっと息をつく。


「赤の大広間で両陛下とお食事だなんて、ほんとうにブランシュはすごいですねぇ。今頃、楽しんでいるでしょうね」



§



 アラン・ノワゼットの腕の中に崩れ落ちたブランシュ・ロンサールを、シオドア・ダーバーヴィルズ侯爵は意外な心地で見ていた。


 駆け寄ってきた黒い騎士たちを引き連れ、まるで壊れやすい銀細工のようにレディ・ブランシュを抱えたアラン・ノワゼットが、足早に広間を後にしてゆく。


 両陛下と他の騎士団長たちが、それを心配そうに見送っていた。


「……アラン・ノワゼット公爵の執心ぶりも、たいしたものねぇ」


 左隣に座るトレニア公爵夫人が、ひっそりと唇を歪めた。自慢のハニーブロンドを恐ろしいほど大きく結い上げている。まさか、コンセプトはミツバチの巣ではあるまいな。


「後ろ楯もないたかが伯爵家の小娘に、首ったけね。救国の軍師が、聞いて呆れるわ」


 昼餐会の席次は、陛下の覚えのめでたさによって決まる。幸か不幸か、ここはロの字型長テーブルの半ばの辺り。

 ここで交わされる会話が、両陛下のおわす御座まで届くことはない。


 くつっと皮肉めいた笑みで応えたのは、右隣に座るベケット侯爵夫人である。

 上半身は朱色で、細く括れたウエストから下はディープグリーンのスカートがバルーンのように膨らんでいる。まさかとは思うが、そのドレスは卵をあたためる七面鳥を模したのだろうか。


「たんなるコルセットの絞め過ぎでしょうよ。卒倒したくらいで大騒ぎ――ねえ?」


 市井ではどうか知らないが、貴族の女性が昏倒することは、そう珍しい事ではない。

 コルセットにより胸部を圧迫され貧血を起こしやすくなっている上に、軽いショックや恐怖で失神する『か弱い女性』は、好ましいとされているからだ。


「ほら見て。ほかの若い公爵たち。あの心配そうな顔ったら。初心なディクソン公爵すら心細そうに眉を寄せているわよ」

「ふふ、男性を虜にする手管は、ずいぶん長けていらっしゃるようねぇ」


 トレニア公爵夫人とベケット侯爵夫人は、くすくすと唇を歪め、意味ありげな視線を交わす。

 向こう隣に座る彼女たちの夫は、妻の前では寡黙に徹すると心に決めているらしい。亀のようにやたらめったら時間をかけて、口に入れたものを咀嚼している。


 ブランシュ・ロンサールはその美貌と利発さから、両陛下のお気に入りだ。

 その父親である先代のロンサール伯爵は、お世辞にも社交的とは言い難かった。妻を失くしたあと、慰めに訪れた人々を氷の対応で追い払ったのだとか。

 ゆえに、若手の中ではカリスマと持て囃されているブランシュ・ロンサールには、年長の味方が少ない。

 

「…………失神して注目を得ようとするタイプでもないように思うけれどね」


 ブランシュ・ロンサールの着ていたドレスは現代的なデザインで、そもそもコルセットを絞めていたかどうかも疑わしいし、彼女は『か弱さ』を売りにするタイプに見えない。むしろ、強く見せたがっているだろう、あれは。

 

 他意なくそう述べた途端、夫人たちは、くだもの籠の中に毒蛇を見つけた古代の女王のように眉を吊り上げた。


「ああーら? 意外だこと。ダーバーヴィルズ侯爵」

「いやあねえ、殿方は。歳に関係なく、美人とみれば、手当たり次第に味方したくなるの?」


 果たせるかな、その声は氷点下である。

 人類初に地動説を唱えた学者ですら、これより居心地の悪い思いはしなかっただろうと思えた。

 軽く咳払いして、私は居住まいを正す。


「彼女は娘の友人です。第一、今、両脇に咲き誇る花より、美しいものがあるはずもありません。今日もまた。大輪の薔薇をも恥じらわせるようではないですか。トレニア公爵夫人、ベケット侯爵夫人」


 トレニア公爵夫人とベケット侯爵夫人は、すんっと真顔に戻った。


「口先だけのゴマすりはけっこう」

「空世辞ほど不毛なものはなし」


 社交界の顔ぶれ。枢密院の序列。それは、そう頻繁に入れ替わるものではない。貴族社会は虚々実々の駆け引きで成り立っていると思われがちで、実際、その通りである。


「本心ですとも」

「あなたも相変わらずねえ」

「いったいその本心はどこにあるのよ」


 けれど、かれこれ十年以上、午餐会晩餐会の度に隣り合って食事していれば、いくら海千山千の世界に生息する鵺でも、多少は気心が知れてくる。


「ところで、あの噂、本当だったの? マージョリーとロンサール姉妹が仲直りしたって。わたくし、しばらく領地に帰ってたから、最近知ったのよ」


「良かったじゃないの。ダーバーヴィルズ侯爵。レディ・ブランシュは生意気だけど、娘の友人としてなら、そう悪くないんじゃなぁい?」


 毒々しく塗った唇に微笑を載せて、彼女たちはグラスに手を伸ばす。


「実は――――」


 私は、息を大きく吸いこんだ。非常に重大な告白をしなければならない。

 早めに伝えぬわけにはいくまい。意を決して、重たい口を開く。


「――マージョリーを、結婚させる」


「あらまあ!」と二人は同時に目を丸くした。「ほお」と彼女たちの夫も顔を上げる。こちらは単に、ライバルであるダーバーヴィルズ侯爵家が何処と縁続きになるか気になっているのだ。


「おめでとう。まあ……そう。早いものねえ、あのマージョリーが適齢期だなんて……ええと、確か……十九?」

「それで? お相手は?」


 言いながら、トレニア公爵夫人は、ちらっと値踏みするような視線を上座に向けた。


 王族の血を受け継ぐ証――翡翠の瞳と青銅色の髪を持つグラハム・ドーン公爵とジェフリー・ハミルトン公爵が、陛下と真剣な表情を浮かべ、何事か頷き合っている。

 先んじて退室したアラン・ノワゼット公爵は鳶色の瞳は、西の大国フローレンベルク王家の血を引く証だ。おかげで同郷の王妃陛下の覚えめでたい。


 将来有望な三公爵の、いずれかと添わせたい――――年頃の娘を持つ親なら、誰でも抱く野望だ。


 一方で、ヒューバート・ディクソン公爵は、アラン・ノワゼットが出て行った扉を茫洋とした表情を浮かべて見つめている。ナイフとフォークは食べかけの位置に並べたままだ。国務卿の甥――本来なら素晴らしい立ち位置であるのに、あれはいけない。無能が過ぎる。陛下の覚えが悪すぎる。


「――相手はホールデン侯爵令息です」


 早口で言う。

 確かに私は、ほんのちょっぴり、娘を甘やかしすぎたかもしれない。『性格が悪い』などという根も葉もない噂が立ち、なかなか良い縁に恵まれなかった。

 マージョリーは、二十になる。いくらあの子がたぐいまれに愛らしく聡明でも、世間的に見れば嫁き遅れ。急がねばならない。

 遠縁にあたる侯爵家の跡継ぎ――最良ではないが、交友関係と後ろ盾の如何によっては、まだ伸びしろがある。妥当なところだ。


「ふぅん……いいんじゃない」

「ええ。まあまあね――」


「申し訳ないが――」


 口を開いたのは、首座におわす、国王陛下その人であった。夫人たちが囀りをぴたりと止めて姿勢を正す。

 物憂げな響きを滲ませて、陛下は続ける。


「残念だけれど、昼餐会はこれにてお開きにしよう。侵入者がいるのでは、ガーデンパーティの客たちも心配だ。呑気に食事している場合ではないだろう。皆、今日はありがとう。君たちの深い知識と造詣の泉の一端に触れられて、有意義な昼食と相成った」


 柔らかな声音で、陛下は言う。

 お開きは当然とも思えた。そもそも、国務卿は欠席。騎士団長達は揃って退席。レディ・ブランシュは昏倒。メイン料理は終わっている。そうならないほうがおかしい。


 立ち上がった両陛下は、ドーン公爵とハミルトン公爵、それを取り巻く騎士達に付き添われ、退室してゆく。

 起立低頭して見送った貴族達は各々、自身の護衛騎士を呼び寄せ、大広間を去りはじめた。


「ホールデン侯爵令息…‥なかなかいい人選じゃない。結婚式には呼んでちょうだいよ。……あなたはまた、ちょっぴり寂しくなるでしょうけれど」


「女手が足りなかったら、声をかけてちょうだい。……マージョリーの花嫁姿。きっと、彼女を思い出すわねぇ……」


 最後の方はどこかしんみりと言って、トレニア公爵夫人とベケット侯爵夫人は立ち上がりざまに私の肩を軽く叩いた。


 今はすっかり露悪的な鎧でその身を固めた彼女たちは、遠い昔、亡き妻の友人だった。

 身も世もなく肩を震わせていた葬儀での姿は、忘れようもない。


 妻の前ではウサギのように小さく大人しくなる夫たちを連れて、赤の広間を後にしてゆく。


 赤の大広間に留まった枢密顧問官は、私だけになった。


「さて――」


 人が空いたのを見計らい、ブランシュ・ロンサールのいた席に、静かに近づく。


 銀の皿の上のシャトーブリアンは、ほとんど手つかずだ。半分ほど減ったグラスに手を伸ばし、軽く揺らしてみる。レモンの香り――辺りを見回す。


 ――まさか。


 国王陛下主催の昼食会で、毒を盛る?


 発覚すれば、すなわち絞首刑。本人だけではすまない。身内縁者も爵位剥奪の上、良くて国外追放。まともな神経なら、やらない。



 しかし、これは――――――。



 人生とは、喪失と埋め合わせの連続だ。


 熱い友情。身を焦がす恋。惚れた晴れた――そういったものに興味がなかったのは、幼少の頃からだ。


 物心ついたときから、この世で一番好きなものは、自分だった。

 

 世の中の人間は、二種類に分けられる。『役に立つ』と『それ以外』。


 ――「シオドア! 僕とエレノアは結婚する! 親友として祝福してくれ!」


 ヘンリー・ディクソンが弾けるように笑ってそう言った時、当然ながら、最上の笑みを浮かべて祝福した。

 何しろ、ディクソン公爵家は、我がダーバーヴィルス侯爵家よりずっと格上の高位貴族である。


「おめでとう。ヘンリー、お似合いのカップルじゃないか」


 内心では、うまくやりやがったな、と思った。

 エレノア・ブルソールは社交界一の美人である上、あのブルソール国務卿の一人娘。その夫になるとは実質、国務卿の後継者となったも同じ。


 一生、日の当たる道を約束された、ヘンリー・ディクソン。

 羨ましくて妬ましくて、たまらなかった。不幸に見舞われればいい。けれど、おくびにも出さない。

 どうせ、国務卿の一人娘は根暗な侯爵令息など相手にしない。


「次は、君の番だな! シオドア! 親友として、僕に一番に知らせろよ!」


 ヘンリー・ディクソン公爵令息は、とにかく暑苦しい奴だった。

 いわゆる『太陽属性』。かなり苦手なタイプ。生まれ年が同じだったために、野心家の父が『幼馴染み』として自身をあてがった。

 我ながら、惚れ惚れするほどうまく『幼馴染みの親友』を演じた。


 後に、私は西の辺境伯の三女と結婚した。


 ヘンリー・ディクソンとエレノア・ブルソールが恋愛結婚だったのに対し、私のほうは完全無欠の政略結婚。


 平凡な顔。平凡な体型。

 これと言って目立ったところのない、地味で、大人しい妻。

 恋情はなかったが、なんと言っても辺境伯の息女。

 人並みに大事にした。順風満帆な人生だと思った。長男が生まれ、二年後に娘のマージョリーが生まれた。


 マージョリーを産んで七日目。


 妻はあっさりと逝った。産褥熱だった。


 ――あなた、ありがとう。


 意識を失う前、手を握ると、妻は微笑んだ。


 ――わたし、幸せでした。だから、あなた、今度は大好きな人と結婚してね。たくさん幸せになってね。子ども達をお願いね。


 平凡な妻は、優しい女だった。

 いつも、穏やかに、柔らかく笑っていた。五つ年下の十七歳で嫁いで来て、四年を共に過ごした。安らかな笑顔のまま、永遠の眠りについた。

 

 まったくおかしなことに、私は生きることが苦痛になった。

 食べることも眠ることも、汚らわしく思えた。カーテンを閉めきった部屋で、ただ椅子に座って時を過ごした。

 青い薔薇模様の布張りの、マホガニーのサロンチェア。妻はいつも、その椅子に座って刺繍を刺していたから。



「なにをやってる。シオドア」


 そんな時も、ヘンリー・ディクソンは暑苦しい奴だった。許しも得ずにずかずか屋敷に踏み入って来た。目の前に、椅子をどかっと乱暴に置いて座り、私を睨みつけた。ひとりになりたいんだよ。無神経なやつめ。わかるだろうが。


「ずっと食べてないって? 心配した執事がうちに使いを寄越したぞ」


 関係ないだろう。煩いな。親友面するな。友達なんか要らないんだ。


「子ども達はどうする? 彼女の……最期の願いだろう?」


 ………………子ども?


 ――子ども達をお願いね。


 妻の声を思い出して、慌てて部屋を飛び出した。そうだった。マージョリーは、まだ生まれて七日目で――


 子ども達は、すやすや寝息を立てて眠っていた。

 妻と親しかったエレノア・ブルソール・ディクソンが、子ども達に必要なものを全て手配してくれていた。


 子ども達の寝顔を見て、わたしは泣いた。

 肩を叩かれて顔を上げると、ヘンリー・ディクソンも泣いていた。顔をぐしゃぐしゃにして、私以上の号泣っぷり。こんなときも、惜しげもなく暑苦しい。

 こいつが公爵じゃなくなったら、絶対に付き合いをやめてやる。決意を新たにしながら、思った――――


 ――――妻に伝え損ねた分、子ども達は全身全霊をかけて愛そう。



「これから義父の領地に行ってくる。戻ったら、すぐに様子を見に来るからな! ちゃんと食って、寝るんだぞ!」


「当然だ」と答えると、ヘンリー・ディクソンは爽やかに笑った。陽の降り注ぐ、輝かしい人生を約束された恵まれた男は、思いっきり背中を叩きやがった。

 静かに微笑む美しいエレノアと、利発で愛らしいレイモンドと、車窓から手を振っていた。



 ――それが、彼らを見た最後。



 ――『陽が落ちた後、闇に紛れて奇襲されたそうよ』

 ――『まあひどい。疑わしいのはマーシャル・ノワゼットですってよ』

 ――『まさか、確証はないんでしょう?』



 あの日、あの朝。屋敷うちに寄らなければ。彼らは、陽が落ちる前に領地に着けていたはずだった。



 ――あれから、二十年になる。


 ずいぶん年を取った。枢密顧問官に上り詰め、ブルソール国務卿の側近にまでなった。

 昼食会の後片付けに追われ、忙しそうに立ち働く給士の一人に、声をかける。


「ああ、君。水を継ぎ足す係りの給士は、誰だね?」


 顧問官から声を掛けられた給士は、一瞬ぽかんとして見せた。汚れた皿を手に持ったまま、戸惑ったようにおすおずと「ええーと……」と広間を見まわす。


「はい、……それでしたら、あそこにいる、彼です」


 指差された若い給士は、私を見ていた。唇は青ざめ、微かに震えている。

 怯えきった子ネズミのような眼差しと、視線が絡む。あれはどうやら、自分がやってしまったことを、わかっているな。


 ――さて。


 ロンサール姉妹には、マージョリーを助けられた。大事な娘を冷たい石造りの修道院に行かせずに済んだ。では、私は――



 ――――どちらを、助けるべきだろう。



 

 

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