第55話 夜に解ける

「――え? ウェイン卿が?」


 はい、とアリスタがちらっと時計を見上げて、困惑気味に眉尻を下げる。


「遅い時間ですけど……もし起きていらっしゃるなら、一目でもお会いになりたいって。応接室でお待ちです。どうされます?」


「まあ……!」


 途端に心が浮き立って、顔はにやける。

 いそいそとベッドから降り、部屋履きに足先を入れると、それはひやりと冷たくて、思わずぶるっと身体が震える。夜はずいぶん、冷えるようになった。



 歌劇場から戻ったのは、小一時間ほど前だ。

 就寝の準備を整え、ベッドの中で愛読書となりつつある、貴族名鑑を読み返していた。――この本ときたら、驚くほど寝付きが良くなる。『最新版貴族名鑑~不眠症にも効きます!』という副題をつけるべき。


「もちろん、お会いするわ。後は自分でできるから、もう休んでね。今日も一日、ありがとう」


 笑いかけると、アリスタの愛らしい頬は、ぽっと染まる。

 ペネループ、ニコール、メリルの三人も住み込みだけれど、子育て中だから早めに上がってもらっている。アナベルのいない今、この時間まで部屋にいてくれるのは、アリスタだけだった。


 顔色が映える気がする薄桃色のガウンを急いでひっ掴み、洗面室に走る。鏡の向こうにあるのは残念ながら、いつもと変わらぬ平凡な顔だ。……お化粧――したいけれど、落ち着け、今は深夜だ。「気合が入ってますなぁ……」とウェイン卿を半眼にさせる危険は侵せない。


 頬をぱちぱち叩いて血色を良くし、ブランシュにもらったお揃いのリップクリームをひと塗りする。髪に櫛を通し、お気に入りのリボンで緩く纏めて左に流す……完璧とは言い難いけれど、ひとまずよしと妥協する。


 


「――令嬢、遅い時間に申し訳ありません」


 応接室に入ると、ウェイン卿はなぜか緊張した面持ちでソファーの前に立っていた。わたしと視線が合うと、いつものように何度か瞬く。

 テーブルの上で湯気を立てる紅茶には、口をつけた形跡もない。ウェイン卿は近頃、どこか物憂げで疲れて見えた。王宮騎士団副団長……それはきっと、わたしの想像を絶するほどにお忙しいのだ。

 

「こんばんは、ウェイン卿。屋敷にいらしたのにお会いできなかったら、がっかりしてしまうところでした」


 微笑みかけると、ウェイン卿はほっとしたように少しだけ頬を緩ませる。それから、明かりが緩く照らす部屋を見回した。


「……静かですね。侍女たちは、もう下がりました?」


「はい、ああでも、何か召し上がりますか? お茶以外の何か……お酒か、軽食も。キッチンには誰か残っている筈ですから、持ってまいります」


 踵を返しかけると、ウェイン卿が手を伸ばして、わたしの両手をそっと優しく掴んだ。

 そのまま、引き寄せるように、長椅子に座らされる。ウェイン卿は隣に腰を下ろすと、視線を下げ、こほんと咳払いしてから口を開く。


「お構いなく。挨拶だけのつもりですから……。今週はこちらに来ることもできず、申し訳ない」

「とんでもありません。お仕事が第一ですもの。ちゃんとわかっておりますわ」


 微笑んで言うと、ウェイン卿も微笑する。けれど、その微笑にはどこか力がなくて、わたしは少し心配になる。


 ――やっぱり、お疲れなんだわ……。


 我が儘や心配をかけるようなことは、言わないでおこう。


 まあ、それで――とウェイン卿は咳をするみたいに口を開く。


「今夜は……出掛けられたそうですね? いかがでした?」


「はい、歌劇に行ってまいりました。とても、楽しい劇でしたわ」


 にっこり笑って言う。まんまと絡まれて、ドーン公爵に助けられた――などと話したら、きっと心配させる。お疲れなウェイン卿に、これ以上の迷惑はかけられない。黙っておこう。

 ぴたっと口を閉じると、なんとなく不自然な沈黙が落ちた。ウェイン卿は、わたしの顏を探るように覗き込む。


「へえ……」

「はい」


「なるほど……」

「はい」


 気を取り直したようにふっと静かに笑って、ウェイン卿は目を細めた。


「…………歌劇には、次からわたしがお連れします。不勉強な身ですが、ちゃんと予習しておきますから」

「……はい? まあ! とんでもありません! わたしのことはお気遣いなく、お仕事に専念なさってください!」


 慌てて、顔の前に両手を広げて言う。

 ウェイン卿は微笑を浮かべながら、柘榴石のような瞳をこれ以上ないほど薄く細めた。目尻の辺りが、ほんの一瞬、ふるっと震える。


「…………。それで、明日もお出かけになるとか?」


「はい……メイアンさんからお聞きになりまして?」


 はい、とウェイン卿はゆったりと微笑む。少し片頬をあげた微笑は皮肉めいていて、そこがまた大人っぽくて素敵だ。

 ドーン公爵はああ言っていたけれど、やはりウェイン卿は嫉妬されることはあっても、するところなんて想像もつかない。



 ――こんなに素敵な人を、わたしは他に知らないもの。



「どんな御用です? 幸い、明日は休暇ですから、自分が付き添います。ちなみに先に申し上げると、仕事は溜まっていませんし、疲れてもいません。何を置いても、必ず、明日は令嬢を優先します」


 有無を言わさぬ物言いで、はっきりと言い切られる。

 明日はウェイン卿と一緒……それだと、アナベルは探せない。けれど、一緒にいられるのは、


「まあ……、すごく嬉しいです」


 素直にそう口にした途端、ウェイン卿はまるでほっとしたみたいに息をついた。


「どちらに行かれる予定ですか? どこにでもお付き合いしますが」


 そう言われて、わたしは困惑する。何しろ、アナベルを探す為、貴族がいそうな場所をあてどなくふらふら歩き回るつもりだったのだ。


「ええと……それなら……ええと、そうですね。『エッケナー時計店』は、いかがです?」


「エッケナー時計店?」


 訝し気に、ウェイン卿は眉を顰める。


「ええ、ほら、もうずいぶん前になりますけれど、職業斡旋所のマーク・エッケナー氏から『何か困ったことがあったら訪ねなさい』と仰って住所を教えていただいた、ご実家の時計店ですわ」


 わかるようにと説明したけれど、ウェイン卿の眉はますます訝し気に寄る。


「……まさか、とは思いますが、そこで働きたい、と考えておられる、などということは……」


 まさか! とわたしは首を振る。もちろん、そうできたら楽しそうではあるけれど……


「違います! ほら、ブーゲンビルの街をお散歩の途中、ウェイン卿が行ってみたいと仰っておられたでしょう? たまのお休みですもの、ウェイン卿のお望みの場所に参りましょう。わたしなら、どこでも――」


 言いかけている途中で、目の前にウェイン卿の掌が差し出された。大きくて、骨ばったきれいな長い指。

 怪訝に思って視線を上げると、ウェイン卿は真面目な顔で、伺うようにわたしの顏を覗き込んでいた。


 ――手を置いて、ってこと?


 そっと重ねると、その手はとても固くて、温かい。

 わたしたちの他、誰の息遣いもない、静かな夜の応接室。風が窓を叩く音だけが響いている。

 ウェイン卿の掌――好きな人の肌に触れることは、どうしてこれほど心地好いのかしら? 心臓が、背徳的な音を奏でる。


 ウェイン卿は浅い息を長く吐き出しながら、重ねた手を優しく握る。


「……どうも、最初はほんの小さな亀裂だったものが、どんどん大きくなって、すっかりずれてしまった気がして、心配でならないのです」


「……そう、ですか……?」


 低い声が響いて、固い親指がわたしの掌をゆっくりとなぞる。喉の渇きを覚えて、わたしの頭はぼうっとする。声は掠れてしまう。


「令嬢の居られるその場所が、俺が居たいと願う場所です。令嬢の願いを叶えることが、俺の願い――。今も、この先も、ずっと、そうあるでしょう」


「……まあ……」


 言葉が続かない。この人は、いつだってわたしの世界を変えてしまう。――明るく、広く、果てしなく。


 思い詰めたような赤い瞳が、射抜くようにわたしを見る。


「ですから……。もし、何か問題や秘密を抱えているのなら――令嬢の口から教えて欲しい。……今は言えないのなら、俺は待ちます。いつかまた、必要とされるかもしれないと、一抹の希望に縋って。それが、どれほど昏く深い灰色の雪に閉じ込められたような――」


「ウェイン卿……わたしは――」


 もう我慢できない。話の途中なのに、それを遮ってしまう。はい、と真面目な顔でウェイン卿が頷く。


「――確かに……わたしには……言うまい言うまいと、この胸に秘め、我慢していたことがあります……!」


「はい」と真剣に、彼は頷く。


「――それなら、本当に、申し上げても、構わないんですね……? 後悔、されませんね……?」


 じとっと見上げて、低い声で呟くと、ウェイン卿は、ぱちぱちと瞬く。


「は……はい」


「本当の本当に、よろしいのですね!? 聞いてしまわれたら最後、もう後戻りはできませんよ……!?」


 手を離し、すっくと仁王立ちして言う。おそらく今、わたしの背後にはゴゴゴゴゴゴと炎が立っている。

 これはそう、わたしが笑顔の仮面の下にひた隠していた、地獄の業火をも凌駕する、嫉妬の烈火である!


 ソファに座ったままのウェイン卿は、見下ろされる格好となり、ぎくっとしたみたいに目を瞠る。

 うっすらと額に汗を浮かばせた彼は、声を失くしてしまったようだ。ぱくぱくと唇だけ動かしている。


「わたしは……わたしは……っ! これだけは、強く申し上げておきます……っ!」

「は……はい……っ!」


 掠れた声でびくっと相槌を打ち、ウェイン卿はごくりと咽喉を鳴らす。その赤い瞳に浮かぶ怯えを、わたしは見逃さなかった。

 傲然と顎を上げ、射抜くように見やり、力を込めて一気に言い放つ。


「ニーナ・ナディンさんには、決して負けません!! 身を引くなんて、まっぴらです!! 正々堂々、最後まで戦い抜き、そして勝利するつもりです!!」


 途端、ウェイン卿は瞠目した。次にひどく狼狽したように視線を瞬かせ、ゆっくりと首を傾げる。


「…………だ、だから! その、ニーナ・ナディン? 一体、誰です!?」


「…………へ?」


「自分はその、有名人には疎いのです……。メイアンに何度聞いても口を閉ざすし、誰なんだ? 一体? ……しかも――戦う? 令嬢が? ……まさか怪我を負うような危険なことは、到底、容認できません」


「…………はい?」


 苦悩の表情を浮かべたウェイン卿は、汗ばむ額を押さえる。「いやしかし、それは、代理を立てて戦うことは、無理な勝負なのか?――」とかなんとか、自問自答するみたいにぶつぶつ言い募っている。



 ――あっれー?


 思わず、両手で口を覆う。わたしの目は今、こぼれ落ちかけているに違いない。


 ――思い込みが激しいところがある、何か訳がありそうなメイアン従騎士。

 彼は、ウェイン卿が大好きだ。だから、ずっと見ていたに違いない。

 彼自身が、見たいと願う世界を――――。



 すうっと視界が拓ける。

 嫉妬の炎から立ち昇る煙が、もうずっと長いこと、わたしの視界を曇らせていた気がする。


「……ああ……そういう……こと?」


 分かった。謎だった事が――あれもこれも。

 土砂降りの雨があがったみたいに。

 これはもう、どうしたって、こらえきれない。


 ぷつりと、糸が切れた。



 わたしは笑った。



 ――声を上げて。



§



 何か怒っていたらしきリリアーナは、今度は急に笑いはじめた。


 ――さっきは、本気でびびった。


 すっくと立ち上がったリリアーナの小さな身体の後ろに、ゴゴゴゴゴゴと紅蓮に燃え盛る炎が見えた。この俺が、恐怖で死ぬかと思った。いや、あくまでもそんな気がした、という錯覚の話。


 すとんと隣に腰を下ろしたリリアーナは、鈴のように可憐な声を上げ、お腹を抱えて笑っている。その様子は、控えめに言ってやはり、天使のそれだった。


 まったく訳が分からないし、事態は問題だらけだし、心配事は増えるばかりであるのに、彼女の笑顔がそこにあるだけで、何もかも、良い方向に転がっていくような気がした。

 自然と、俺の頬は緩んでしまう。


「――ごめんなさい。これは、その、自分で自分を笑っているのです。大きな謎が解けて、ある重大な行き違いに気づいたのです。でももう、大丈夫です。それから、ニーナ・ナディンさんと戦うのも、やめておきます。怪我をしては、いけませんものね」


 目尻に浮かぶ涙を細い指先で拭いながら、リリアーナは冗談めかして言う。


 どうやらはぐらかされているようなのに、不思議と腹も立たない。

 ここのところずっと感じていた、リリアーナの周りに張り巡らされた見えない壁。それが今は、取り払われているように感じた。

 楽しそうな彼女は眩しくて、つられて俺は目を細める。


「それは良かった。令嬢に戦いは似合いません。その類まれな魅力で、尖った相手を包み込んで、瞬く間に戦意喪失させてしまう。それが令嬢です」


 自分のように硬く尖ったものは、本当はとても弱いのだと思う。

 同じく尖った者と行き会う度、ぶつかり合い、相手をへし折って突き進んできた。けれどそれは永遠には続かないことを、俺は心のどこかで知っている。やがていつか、ぽきりと呆気なく終わる日が来る。

 けれど、柔らかな人は強い。そもそも、どれだけぶつかったって、柔軟なものは折れようがないのだから。――実は無敵なんじゃないか。


 笑い過ぎて薔薇色に上気する、なめらかな頬に手を伸ばす。くすぐったそうに首を竦めながら、無敵な彼女はふわりと柔らかく、嬉しそうに笑う。


「それは買い被りです。わたしったら、ここのところずっと、過去の失敗にくよくよして、ある誤解にささくれ立っていたのです。でも、もう大丈夫です。だけど、頑張るのは本当ですよ。ほら、この――」


 言いながらリリアーナは、自身のガウンの胸元に手を遣って緩める。白く眩しい胸元がふんわり薔薇色に透けていて、視線が吸い寄せられる。咳払いで誤魔化してはみるけれども、これはもうしょうがない。


「――いただいた指輪に恥ずかしくないように、お守りにして、頑張ります。自分には足りないところが沢山あるって、わたし自身が一番、良くわかっていますから」


 細い指が、華奢な鎖骨の上の銀の鎖を引っかける。しゃらんと引っ張られて、見覚えのある指輪が以前と変わらない涼しい佇まいを見せる。


「……? それは……?」


 呆気に取られて、視線を釘付けにされたまま、俺は掠れた声で呟く。

 どうして――? 喉の奥に刺さって、腐り落ちかけていた、魚の骨。

 昏く淀んだこの胸をかき乱す原因となっていた、それ。

 ――安物の銀細工と赤い石の指輪は、照明の下で、淡い光を放っていた。


 安っぽいそれを、とても大切そうに、愛おしそうに、彼女は小さな両手で握りしめる。


「体重はずいぶん戻ったんですけれど、まだ嵌められないんです。でもきっと、すぐ――」


 喉の奥の魚の骨が、するんと抜ける。胸の中を風が吹き抜けて、淀みが消えてなくなってゆく。

 たまらなくなって、その細い肩を抱き寄せる。


「……っ、ええっ!! どどどどうされました!? うううウェイン卿!!」


「ぴったり合う指輪を、買いに行きましょう」


 ――幸せにしたい。

 

 自分がしてもらったのと、同じくらい。今はまだ、全然足りない。もらってばかりだ。


「は……はあ……?」


 腕の中で、彼女はわけがわからないという声を上げる。髪も身体も、心もぜんぶ、蕩けるように柔らかな、俺の婚約者――


「俺も……頑張ります。自分にはもっと努力が必要だと、自分自身が一番よくわかっていますから」


 ――柔らかくなろう。


 ――この場所に、ずっといられるように。



 複雑に絡まって見えた淀みは、優しい夜の闇に、あっさりとほどけていった。




「――そろそろ戻ります」


 深く長く、息を吐きながら言う。時間を忘れて永遠に抱き締めていたいけれど、もっと離れ難くなるだけだ。


「このままここでこうしていると、ロンサール伯爵に撃ち殺される事態に発展します」


 流されそうになるのを、意志の力でねじ伏せて真剣に言うと、ぼうっと瞳を潤ませて、彼女は俺を見上げる。頬はふんわり上気している。名残惜しくてたまらない。明日も一緒にいられるのに。

 腕をほどいて身体を離すと、リリアーナは子どものように口を尖らせた。


「ウェイン卿が、お従兄さまに銃の腕で遅れをとられるとは、思えません」


「こういった場合、物理的な強弱は関係ありません。ロンサール伯爵がひとこと、『撃ち殺す』と言えば、甘んじて撃ち殺されなければならないのです」


 嘆息交じりに、言い聞かせるように言うと、きょとんと不思議そうに、リリアーナは首を傾げる。


「はあ……? 何だかよくわかりませんが……」


「わからなくて、大丈夫です」


 まあ、と彼女は眉根を寄せる。


「これは……さっきはぐらかしたから、その仕返しですね」


 そうとも言います、と笑って見せると、リリアーナは可愛らしく頬を膨らませる。


「――そういえば、令嬢が、先ほど解かれた謎は何です? 教えてもらえますか?」


 ああはい、とリリアーナは背筋を伸ばす。まるで占い師のように目を閉じて、もったいぶって口を開く。


「王宮で勤務されているウェイン卿のお姿が、瞼の裏にありありと浮かんだのですわ」


 俺の――? と首を傾げると、彼女の唇は柔らかな弧を描く。


「ウェイン卿はどうやら――、西の方角を、わたしのことを考えながら、よく眺めていらっしゃる。それはもう、熱っぽい眼差しで――」


 なぜ、それを――と目を瞠る。

 リリアーナに思いを馳せ、王宮から見て西の方角にあるロンサール邸をぼんやり見ていて切ない溜め息をついては、はっと我に返る――ということが、確かに多々ある。しかし、リリアーナがそれを知っている筈はない。見られていたら、かなり痛い。


 しかし、何もかも見透かしたように、優しい夜色の瞳はゆっくりと瞬く。


「ふふ、だって、王宮の西ファザードに、医務室はあるでしょう?」


「……? はい? しかし、それとこれと、何の関係が?」


 たっぷりと含みを持たせた笑みを、リリアーナは浮かべる。


「なーんにも。関係なんて、ありませんとも」


「…………?」


 ――……まったく、ワケがわからない。この世には、解けない謎が多すぎる。


 けれど、うふふ、と幸せそうに彼女は笑うので、まあいいか、と思う。

 ところで――と俺は口を開く。


「明日、やりたいことを思い付きました――」


 はい、とリリアーナは大きく頷く。


「アナベルを、探しましょう」


「え?」とリリアーナは目を丸くする。


「アナベルは令嬢の命の恩人。つまり、俺の命の恩人でもあります。何があろうとも、俺はアナベルの味方になります。それに、カマユーにも早く本調子に戻ってもらわないと。――若い従騎士の心ときたら、繊細過ぎて、あいつがいないと、新人育成がまったく立ち行かない……! いつまでも人手不足の悪循環から抜け出せない……!」


 頭を抱えるようにして言うと、しばらくぽかんと首を傾げていたリリアーナは、やがて、花が零れるように笑った。


 

 

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