第52話 語り手の素質
「順を追って、説明してもらっても良いかな? レディ・リリアーナ?」
ノワゼット公爵に笑いかけられ、「……はい」とため息交じりに居住まいを正す。
笑みを浮かべる公爵の頬は、心持ち引き攣っている。
――気持ちはわかる。
わたしだって、今日こんな事態にならなければ、こんな風に人に打ち明けるつもりなどなかった。
この場にいる者の中で、わたしほどこの役に相応しくない者もいないだろう。
古今東西、こうして大勢を前にして真相を紐解く人物といえば、相場は決まっている。
外見については、こう言ってはなんだが、特に決まりはなく、バラエティーに富んでいて構わない。
薬物依存気味でいつもパイプをくゆらせている鷲鼻の変人に始まり、アタマジラミの湧く男性や、犬や猫であったって、世界中の人々を魅了してやまぬ語り手となりうる。
しかし、絶対に欠かせない気質というものがある。
――そう、『自信満々』であることだ。
威風堂々、滔々と自信に溢れて真相を語るからこそ、場の人々は耳を傾け、その推理に感銘を受け、証拠があろうとなかろうと真相に驚愕する。
ノワゼット公爵なんて最適。ウィリアム・ロブ卿も似合う。ランブラーもいい線行きそう。
小心で気弱な、か細い声で話す小娘など、もってのほかである。
(信じて、もらえるんだろうか……?)
とてつもなく不安な気持ちで、周囲を見回した。
少しばかり、席替えが行われた。ブランシュとランブラーがわたしの両隣に座り、向かいにノワゼット公爵とウィリアム・ロブ卿が座る。
騎士達は、テーブルの周囲に立ち並んでいた。
つい先程まで、帽子を取ったわたしの顔がよほどおかしく珍しいのか、ふらふらと近付いてきて、まじまじと見つめてくる騎士が数人いた。
見返すと顔を真っ赤にして、何か言いたそうに口をパクパクさせ、「あ、あのう……」とか「……そ、そのう」とか言いかけていたが、オデイエ卿とキャリエール卿にぐいっと首根っこを捕まれたかと思うと、ずるずると後ろに引き摺られて行った。
何か言い聞かせられた様子で、今は後ろの方からこっちを凝視している。
こぽぽぽぽ………という音がするので顔を上げると、メイドのアンヌが紅茶をティーカップから溢れさせていた。
見開かれた目と目が合うと、
「あ、あ、あ、あたし……!」
と唇を震わせた。開かれた大きな瞳は、今にも零れ落ちそうだ。
――そう言えば、メイド達はわたしを魔女だと思って恐れているのだ。
「大丈夫よ。気にしないで。火傷しないように気を付けて――」
怖がらせないよう、優しく微笑んで言うと、アンヌはますます目を見開いた。
完全無欠ノーミス執事ロウブリッターが零れた紅茶を拭くため、ナプキンを手に寄ってきて、わたしの顔を見るなり固まった。ナプキンは、取り落とされた。
そして、アンヌはよく分からないことを口走った。
「……ようせいの……しょうたい……?」
アンヌがそう言った途端、部屋にいたメイド達は慄然とした風に身を強張らせ、固まった。
アンヌは恐る恐る、騎士達の方を振り向いた。目が合ったキャリエール卿が、生暖かい眼差しで、こくりと頷くと、アンヌは一層青ざめた。
「あ、あ、あ、あたし……! あたし……! もっ、申し訳、申し訳ありませんでした……!」
……怖がらせまいと思ったのに、うまく行かなかったようである。
(紅茶を零したくらいで、怒ったりしないのに……)
自分の顔が人を驚かせ怖がらせるほど醜く珍妙だという事実を目の当たりにし、今更ながら少し挫ける。
使用人たちはオタオタと慌てた風に新しい紅茶を淹れ終わると、ばたばたと駆け足で下がって行った。
――どこから、話したら良いだろうか?
うまく説明できるか不安に思いながら、口を開いた。
「そもそもの始まりは、図書館に行こうとして、迷子の少年と知り合ったことです。その少年は、いなくなったお母様を探して外に出たものの、帰り方がわからない、ということでしたので――」
ポールと知り合ったあたりの事情を、かいつまんで説明する。
途中で、カマユー卿が「そんな」と素っ頓狂な声を上げたが、ここで気にしたら駄目だ、と自分を奮い立たせる。
「それで、その辺りでは続けて三人の女性がいなくなっていることを知りました。わたくしの友人のホープのお母様であるメリルと、マチルダ、シャーリーという女性です。年の頃は同じくらい、十代後半から二十代前半の女性たちでした」
そして、黒い制服に身を包んだ騎士たちが、クルチザン地区で何か聞いて回っていることも知った。
鉢合わせしないように気を付けていたのに、昨日はばったり遭遇してしまって驚いた。
「クルチザン地区は皆様の噂でもちきりでした。子ども達の耳にも皆様が何をしておられるのか届いていました。
それで、『花のさえずり』という逢引き宿で、マルラン男爵夫人が毒を飲んで死にかけていたこと。犯人と思わしき男が金髪碧眼で長身の男性であることなどを知りましたが、この時はまだ、それがお従兄様だとは知りませんでした。
ただ、いなくなった三人の女性が皆、ストロベリーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳だった、ということ。……それから、マルラン男爵夫人が、あの辺りで見かけられたことは事件の日以外はなく、あの辺りにはおそらく初めて来られたのだろうことが、わかりました」
わたしは、一呼吸置き、ちらりと顔を上げた。
騎士達の顔色が、揃って青くなっていた。
特に、ウェイン卿の顔色がひどく悪いのが気になった。
昨日は万全だと言っていたが、無理をしていたのだろう。やっぱり、体調が悪そうに見える。
「普通、貴族のご婦人が、あのような場所に出入りするものでしょうか? まして、あの辺りに初めて来られたのです」
同じ時期に、同じ場所で起こった、二つの凶悪な事件。偶然だろうか? それとも……?
「それで、もしかしたら、マルラン男爵夫人の事件と、女性たちの失踪事件は何か関係があるかもしれない。と思いました。……ホープのお母様の行方が知りたくて、藁をもつかむような気持ちで……」
ホープは、わたしに優しい居場所をくれた大切な友人。
――お母さんを、取り戻してあげたかった。
だけど、わたしにできることは知れている。
――だから、できることをした。
「……それで……、その……屋根裏の物置の中にあった古いメイドのお仕着せを使い、念の為、これも物置で見つけた眼鏡をかけまして……」
……本当に、こんな風に言うつもりはなかったのだ。
――何もかもこっそりと、済ませるつもりだった。
「その他の曜日は、『フランシーヌ』と名を偽って、マルラン男爵邸で下働きの女中をしておりました」
顔を上げると、公爵と騎士達の顔に、
「え? 何言ってんの? この子?」
と書いてあった。
前にも言ったが、身分を詐称して就職するなんて、立派な犯罪である。
――心底、呆れられたと思う。
身分詐称……罪状や処罰は如何ほどのものになるのだろう……? 後で、王宮政務官であるランブラーに訊いてみよう、と思っていたら、隣に座るブランシュは瞳を輝かせた。
「リリアーナ、貴女、最高だわ……!」
うっとりため息をつき、頬を上気させてわたしの右手を両手で包みこむように握る。
ランブラーは先程までの青ざめた顔はもう影を潜め、
「君って、ほんとにおもしろいなあ」
と愉快そうに顔を輝かせている。
ウェイン卿らの引きっぷりから不安に駆られたが、どうやら、それほど重い罪には問われなさそうである。
「そんなに簡単に行くものかと思いましたが、わたくしが『臨時で雇われた下働きでございます』と申しますと、意外にも誰にも咎められず、『あら、そう』とすんなり働くことができました。
執事の方は侍女頭が雇ったのだろうと思い、侍女頭の方は執事が雇ったのだろうと、勝手に思い込んでくださったようでした。
夫人があのようなことになって、屋敷には第三騎士団の方々が頻繁に出入りされ、手が足りていませんでしたし、屋敷中が浮き足立っていたせいかもしれません。
そんなわけで、特に怪しまれもせず、マルラン男爵のお屋敷で働けることになりました」
見上げると、我に返った様子の公爵は真面目な眼差しで頷く。
先を続けろ、ということだろう。
「まずは、周りの使用人たちと打ち解けることに専念いたしました。
二日ほど通うと、誰も彼も、だいたい、色々なことを教えてくれるようになりました。
中でも、男爵夫人付きのロレーヌという若いメイドは、体調が悪そうにしていた時に仕事を代わって休ませてあげたところ、すぐに打ち解けて、色々と話してくれるようになりました」
ロレーヌは優しく、面倒見の良いメイドだった。新しく入ったわたしにも良くしてくれたおかげで、屋敷にも馴染めたし、仕事もすぐに覚えられた。
「男爵と夫人は、二十年ほど前に家同士の約束で結婚されたそうですが、ふたりの間には子どもが恵まれなかったこと。
最近は食事を共にすることもなく、会話もあまりされていなかったこと。
それから、マルラン男爵夫人は、近頃、王宮で『白馬の王子様』と呼ばれているランブラー・ロンサール伯爵に熱を上げていたことなどを教えてくれました。
お従兄さま、とても人気がおありだそうですね。夫人がパーティーでお従兄さまからドレスと靴を褒められて、とても喜んでいたとロレーヌが言っていました。
それを聞いて、『花のさえずり』から逃げて、王宮に囚われているという金髪碧眼の男性は、お従兄様のことかも知れない、と思っていました」
視線を向けると、ランブラーは苦い笑みを浮かべた。
「それから、男爵邸には使用人は決して誰も近付いてはならないと言われている書斎と、男爵一人だけが鍵を持ち、管理している地下室があることも知りました」
ブランシュとランブラーは、瞳を輝かせた。騎士達は、一層青ざめた。
それで……と続けようとすると、
「ちょっと……やめて、嘘でしょ……!」
オデイエ卿が悲鳴のような声を上げたが、ここからが重要なところなので、これも気にしないことにする。
「どうしてもその地下室が見たくなって、鍵を手に入れる機会をうかがっていました。
ある時、男爵が夫人の入院されている病院に出かけたのを見計らって、書斎に忍び込みました。
書斎の机には鍵付きの引き出しがありましたので、ここではないかと当たりをつけ、以前読んだ本にヘアピンで鍵を開ける方法、というのが載っておりましたので、試してみたところあっさり開き、思った通り、そこに拳銃などと一緒に、鍵の束が入っていました。
鍵の束を掴んで引き出しを戻し、わたくしは急いで地下室に向かいました」
不思議なもので、焦るとなかなかうまく鍵が差し込めなかった。
何度も取り落としそうになりながら、最後の鍵がようやくぴったり合い、がちゃりと音が鳴った時には、心臓の音が自分でも聞こえるほどだったことを思い出す。
「ようやく開いた扉の向こうには――」
周りから、息を呑む声が聞こえた。
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