第22話 報告

「噂以上に、奇妙奇天烈な娘でした」

 

 その夜、公爵邸の執務室にて、四人の騎士はアラン・ノワゼット公爵に報告を行っていた。


 口火を切ったのは、この中で最も年若い騎士、アルフレッド・キャリエール。薄い紅茶色の髪に同じ色の瞳。実年齢よりも幼く見えるが、貴公子然と整った優しげな顔立ちをしている。


「そんなにか?」


 最高級の調度品で彩られた自邸の執務室で、マホガニーの肘掛け椅子に凭れたノワゼット公爵は鳶色の瞳を眇めた。


「はい。とにかく、挙動不審。あれは、ちょっと……、悪女とかいうよりも、気鬱とか、そういった類のものじゃないですかね?」


 そして、『自然界の毒とその歴史』という本を借りていたこと、セシリアに対する不審な言動などが説明された。


「怪し気なだけじゃなく、相当いかれているようだな」


 ノワゼット公爵は、露骨に眉を顰め、警戒の光を鳶色の瞳に灯らせる。


「はい。今日のところはグラミス伯爵夫人と顔を合わせてしまい、計画は中止せざるを得ませんでした。あの令嬢、相変わらず黒ずくめで、フードで顔の上半分を隠しているから、感情も読めない。とにかく、胡散臭いです」


 アルフレッド・キャリエールが言うと、女性騎士ルイーズ・オデイエが後を引き取った。

 燃えるような赤毛がウェーブを描きながら腰まで伸び、しなやかな体つきや、きりりと吊り上がった琥珀色の瞳は、野生の豹のようだ。


「カント家への訪問は、あの娘が強引に話を取り付けて、三日後ってことになりました。騎士の家に行くのが夢なんです! とかなんとか、意味不明なことを口走っていましたけど、何か企みがあるとしか思えません。きっと、とんだ食わせ物ですよ」


「そうだな。くれぐれも油断するなよ。不審な動きをしないか、よく見張れ。王族の血縁である僕に毒を盛った証拠を押さえられれば、正々堂々、と言っても、ブランシュの為に内密には進めることにはなるけど、法に則って絞首刑にできる。そうするに越したことはないからな。ところで、セシリアは元気にしていそうだったか?」


「はい。子ども達も大きくなって、幸せそうでしたよ。ノワゼット公爵から良くしてもらっているから、不自由はない。と言ってました」


 キャリエールが途端に穏やかな声音でそう告げると、リリアーナ・ロンサールの話の時とは打って変わり、公爵の鳶色の瞳は和らいだ。


「ロイか……。セシリアに子ども達と一緒に、また顔を見せてくれと、伝えておいてくれ」


「はい。……ロイは、俺にとっても実の兄貴みたいな人でしたから」


「そうね、……今日は、セシリアの顔を見たら、ロイのこと思い出したわ。セシリアも一緒になって、若い騎士や兵士の面倒、よく見てくれたわよね。覚えてる? 合同演習の時に、ヘルツアスが馬鹿やって」


「ああ、あれは最高だったな。ヘルツアスの奴、ロイにこってり絞られてさ。反省してるかと思ったら、セシリアが来た途端ケロッとして、また同じことやってさ」


「あいつは、打たれ強かったからなぁ。」


「ロイとヘルツアス、いいコンビだったわ。もう二年も経ったなんて、信じられないわよね」


「ああ……本当にな……」


 その場はひとしきり、賑やかだった戦前を懐かしむように沈黙した。




「リリアーナ・ロンサールが、本当に毒を盛ったのでしょうか?」


 四人の中で最も年長の騎士。黒髪に褐色の肌。

 精悍な掘りの深い顔立ちのシュロー・ラッドもまた、懐かしむように目元を緩めていたが、何か考えるように一度唇を引き結んだ後、沈黙を破った。


 ノワゼット公爵が訝し気な顔をラッドに向ける。


「わたしには、どうも、違和感がありました。絶対に違う、という確信はありませんが、そうだと言うのも疑わしいかと。おそらく、ウェイン卿も同じ意見だと思われます」


 公爵がレクター・ウェインに視線を送ると、考えるようにしばし沈黙した後、銀髪の騎士は口を開いた。


「……はい。不審な点は多いですが、もう少し、様子を見た方が良いかも知れません」


 キャリエールとオデイエが面食らった様子で目を見開き、ラッドとウェインを交互に見やる。


「俺には、怪しさ満点にしか見えませんでしたけどねぇ。まあ、思ったより華奢な感じではありましたけど」


「わたしも……。まあ、声の感じは、思ったより可愛らしい印象だったけど。実際、けっこう若いんだっけ? 十七、八? ウェイン卿、馬車の中で、何か話したんですか?」


「……いや、俺は話してない。伯爵夫人とは、長話していたが」


 公爵は少し黙った後、瞳を冷然と光らせ口を開いた。


「……わかった。二人がそう言うなら、任せる。ただし、気は許すなよ。あれだけの悪評が立つからには、裏に何かあるに違いないさ。火のないところに煙は立たない、って言うだろ? 少しでも怪しいと思ったら、さっさと片付けろ」

 

 公爵は、まるで煩いハエを追い払うかのように、右手をひらひらと振った。




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