第18話 迷い


「まあ……」


 話しながら、コーネリア夫人は、少しずつ顔色が悪くなっていた。

 よほど、思い悩んでいるように見える。


「わたくしと伯母とヒリンドン夫人の三人はひどく驚いて、部屋中を探しました。

 ですが、とうとう見つからず、途方に暮れていたところに、ちょうどお付きの騎士達と一緒に、夫のグラミス伯爵が帰宅しました。

 夫は、直ちに屋敷の全ての出入り口を閉鎖しました。夫と旧知の仲の第三騎士団の団長様にも使いをやって……騎士と治安兵士が呼び集められ、捜査は徹底的に行われました。

 屋敷中のいたるところ、屋敷内の隅々、庭の石の下にいたるまで、蟻の子一匹見逃さないほど探しましたが、とうとう、『セレーネの涙』は見つからず、既に外部に持ち出されたのだろう、ということになりました」


「まあ……」


 蒼白な夫人の様子が気になって、小さく相槌を打つことしかできない。

 

「伯母とヒリンドン夫人は、わたくしが部屋を出てからしばらくして、一度だけお手洗いに行くために連れ立って部屋を出たらしいのです。

 ほんの五分ほどのことで、すぐに戻ったそうなのですが、その時に特に部屋に異常はなかったように思う、ということでした。

 ただその間、暖炉に火をつけていたので、ほんの少しだけ窓を開けて換気していたそうなのです」


 コーネリア夫人は大きな溜め息を落としながら、続けた。


「大方、外からやってきた盗人の仕業だろうと、その時は誰もが思っていました。

 窓の外からこっそりと中を覗き見ていた盗人は、引き出しに首飾りを入れたところを盗み見て、二人の老婦人が席を立ったのを見計らって部屋に侵入し、『セレーネの涙』を盗んでから、発覚を遅らせるために引き出しと窓を元通りに戻し、屋敷の外に逃走したのではないか、と」


 コーネリア夫人は、神経質そうにおくれ毛を弄りながら、眉間に皺を寄せ、早口に言い進める。


「ところが、ところが……、これも無理だということがわかりました。

 この日、使用人たちはほとんど全員が、サーカスを見るためにサーディナル広場に出かけていました。

 首飾りが紛失した時間はまさに、サーカスを見ている時間だったのです。


 屋敷に残っていたのは、わたくしと、伯母のレディ・グラミス、ヒリンドン婦人、伯爵の生まれる前から屋敷に住んでいる年寄りの庭師と、同じく料理人の老女だけでした。

 庭師と料理人は、サーカスに興味がなく、出掛けずに屋敷に残っていたようなのです。


 屋敷の敷地の周囲は高い塀とネズミ返しのような工夫がされた鋭い鉄柵にぐるりと囲まれていて、そこを超えるのは不可能です。

 外に出る為には、正面の門と裏門のうち、どちらかひとつを通らねばなりません。


 ところが、この日、屋敷に残っていた庭師は、絶対に正面の門を通ったものはいない、と断言したのです。

 一日中、正面の門の前で病気にかかった紅薔薇の手入れをしていたので、神にかけて、そこを誰も通らなかった、と言うではないですか。


 しかも、裏口の方でもその時間、ちょうどやってきた牛乳配達人と料理人の老女が、事件が起きた時刻から伯爵が戻って屋敷を封鎖するまでの間ずっと、話し込んでいました。

 裏門の方もまた、絶対に誰も通らなかったと、この二人も証言したのです」


 コーネリア夫人は黙り込んだ。

 俯き加減に腰掛けるその姿には、悲壮感が漂っている。


「まあ……、それは、大変なことでございましたね」


「どうです? レディ・リリアーナ、とても不思議じゃありませんか? わたくしの大切な『セレーネの涙』は、一体、どこに消えたのでしょうか?


 あの日、屋敷にいたもののうち、わたくしは、そもそも自分のものである首飾りを盗むはずもありません。


 レディ・グラミスとヒリンドン婦人の二人は、絶対にお互いが犯人であるはずがないと断言し合うことができました。

 第一、この二人はもう十分に裕福なのですから、動機はありません。


 料理人と牛乳配達人は、自分たちは、ずっとここで喋っていたと譲りません。

 庭師のアリバイはありませんが、もし自分が犯人ならば、正面の門が開かなかったと証言する理由などないのです……」



 確かに、不思議な事件だった。

 わたしもそれなりに興味を持って、新聞で読んだ。

 グラミス伯爵に頼まれ、親交のある王宮第三騎士団までが捜査に加わったが、事件は迷宮入りか!? と書いてあったのを覚えている。


 ……だけど。

 

 外で立ち往生している、グラミス伯爵家の馬車を見る。


 馬車の前に立つポールという青年、新聞によると多額の負債があったらしい。


 そうだとすれば、ほぼ間違いない、と思う。


 悲愴な表情を浮かべ青ざめるコーネリア・グラミス伯爵夫人の顔を、そっと観察した。





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