【Ⅱ】グッバイ魔王様

 魔王城を歩き回ったユウとゼノは、ついにそこへ辿り着いてしまった。



「ここかな?」

「扉が他の奴と違って豪華だもんな」



 ユウとゼノの目の前には、巨大な扉が行く手を塞いでいる。


 他の扉と違って、何故かこの扉だけ装飾が豪華だった。

 扉の表面は赤い天鵞絨ビロード張り、悪魔の石像が扉の脇に配置されている。さながらこの扉の向こうにある存在を守っているかのように、悪魔の石像は侵入者をジロリと睨みつけてくる。


 互いの顔を見合わせたユウとゼノは、



「ここにお宝があるのかな?」

「多分な。守りが厳重そうだし」



 ゼノが悪魔の石像を見上げながら言うと、ユウは青い瞳を輝かせた。



「やったぁ!! ほーせきたくさん、ほーせきたくさん!!」

「先生やシュラ嬢にも土産としていくつか持って帰るか」

「うん、ローザちゃんにも持って帰ってあげよ!!」

「そうだな。あの腐れメイドも、キラキラした石には目がねえだろ」



 ゼノは扉を軽く押すと、施錠されていないようでギィと蝶番が軋む音と共に開かれる。


 きっと金銀財宝が山のようになっていると信じていたユウだが、



「…………よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ」



 ゴロゴロピシャーンッ!! と。

 やたら大きな窓の向こうで、雷が落ちる。


 扉の向こうにあったのは、金銀財宝の山ではなかった。

 広々とした薄暗い空間が広がっていて、部屋の最奥には雛壇が据えられている。その上には髑髏ドクロのモチーフがあしらわれた趣味の悪い玉座が設置され、やたら顔色の悪い細身の男が腰掛けていた。


 紫色の隈取りが施された黒い瞳でこちらを見据える男は、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべると、これまた趣味の悪い長杖ロッドを握り直す。



「ついに魔王の御前に辿り着くとは、さすが勇者である。褒めてやろうではないか」

「勇者じゃないです」



 男の台詞に、ユウはしっかりと否定する。


 彼は「では一体誰だ?」と問いかけてきたので、ユウとゼノは互いの顔を見合わせて返答を考える。



「どうやって答えればいいかな、ゼノ」

「正直に冒険者だって言えばいいんじゃねェか?」

「でも、あのおじちゃんね、まおーって言ってたよ」

「アタシら魔王を倒すまでは仕事を請け負ってねェからな……ただ通りすがっただけだしなァ……」



 コソコソと会話するユウとゼノは、やがて結論を出す。



「ぼくたち、通りすがりの冒険者です」

「だから、勇者って奴じゃねェんだわ」



 そんな怖がる様子を少しも見せない見当違いな返答を受け、自らを魔王と名乗った男は豪快に笑った。



「ふはははははははは、はははははははは!! これほど笑ったのは久しぶりだ。腹がよじれる」



 広々とした空間全体に哄笑を響かせると、



「では通りすがりの冒険者とやらよ、この魔王が直々に遊んでやろう」

「結構です」



 ユウはキッパリと断った。


 魔王城には冒険者のお仕事で訪れたので、魔王と遊ぶ予定はないのだ。

 もちろん、魔王が本当に遊ぶつもりで発言したと思っている。魔王はそういうつもりで発言した訳ではないと、彼らは理解していない。


 相手は、闇魔法を極めた最強と名高い魔王である。

 そんな存在と相対しながら、何故遊びに誘うという発想に至るのか。普通の感性を持ち合わせているのであれば、確実にこの場で逃げている。


 魔王は楽しそうに笑うと、不気味な意匠の杖を振り上げた。



「遠慮するな、通りすがりの冒険者とやら。――なに、全て一瞬で終わる!!」



 怪しげに杖が紫色の光を帯び始める。


 魔王は彼らを殺す気でいた。骨の一本、肉片すら残らずにこの世から消しとばすつもりでいた。

 だが、それは叶わなかった。この場にいる冒険者は、魔王よりも強い存在だったのだ。



「やーッ!!」



 ユウは叫ぶと、両手で握りしめた長杖をぐるんと振り回す。



「《ひえひえ》!!」



 それが決定打となった。


 短縮詠唱による魔法が発動し、魔王が巨大な氷柱の中に閉じ込められてしまう。


 最強の魔王が氷の中に閉じ込められたその瞬間、討伐完了と見なされたのか、魔王城の上空を覆っていた黒い雲がザアァと退いていく。

 人々を苦しめていたはずの魔王が、この一撃で呆気なく倒されてしまった。


 そんなことなど考えず、ユウとゼノは氷柱に閉じ込められた魔王を見上げて呟く。



「やっちまったなァ」

「うん、やっちゃったね」




 かくして、最強の魔王は異世界転生者でも勇者でもなく、ただの通りすがった冒険者に倒されたのだった。

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