【Ⅲ】真実は誰も知らない

 魔王城を出てカザンドラに戻ったユウとゼノを出迎えたのは、ポカンとした様子で遠くを見つめる冒険者の集団だった。


 不思議なことに、魔王城の付近に魔物の姿はなかった。

 魔王を倒した影響で、その子分である魔物が全て消滅してしまったのだ。魔物を倒すことを仕事としていた冒険者たちにとっては、唐突の出来事をどう受け入れればいいのか分からないのだろう。


 恐ろしいほど静かなカザンドラに、ユウとゼノは不思議そうに首を傾げた。



「カザンドラって、こんなに静かだった?」

「さあな。魔物がいなくなったら、意外と静かな街なんじゃねェの?」



 ゼノは「冒険者ギルドに行こうぜ」と言い、ユウは頷く。


 それにしても、あのおじさんは本当に魔王だったのだろうか。

 最強の闇魔法使いと言っていたが、あのおじさんが魔法を使う様子などなかった。そもそも闇魔法であれば、ユウも使えるのだ。怖いけど。


 あの怖いおじさんが、本当に世界中の人を脅かしていた魔王なのか甚だ疑問だ。


 ゼノの背中を追いかけて、ユウは「ねえねえ、ゼノ」と呼びかける。



「あのおじちゃん、魔王じゃないよね?」

「そうだな。最強だって言うから、別人じゃねェの?」

「じゃあ、あそこにいたのは誰?」

「…………工場長?」



 真剣な面持ちで言うゼノに、ユウは納得したように「そっかぁ」と応じた。


 なるほど、工場長か。

 魔物を生み出していた中心にいたから、そういう表現が正しいか。魔王と呼ぶにはあっさりと倒されてしまったので、そう表現するのが正しいだろう。


 しかし、随分と細い工場長だった。

 もしかして、仕事が忙しすぎてあまり寝ていないのだろうか。氷柱の中に閉じ込めてしまうのは、少し可哀想だっただろうか。


 ユウは長杖ロッドを両手で握りしめて、ゼノの背中に「ねえねえ」と話しかける。



「ゼノ、工場長のおじちゃんを氷の中に閉じ込めたのは可哀想だったかなぁ。おねんね出来る魔法の方がよかったかなぁ?」

「大丈夫だろ。寒いとよく眠れるって聞くからな」

「それダメだと思うの」

「お、よく分かってんじゃねェか。まあ、誰かがあの工場長を見つけるだろうよ」



 ゼノが「ほら」と細い指を、カザンドラの城門を示す。


 見れば、カザンドラの城門付近にたくさんの冒険者が集まっていた。

 狭い城門にたくさんの冒険者が一斉に外へ出ようと集結してしまったので、詰まってしまっているのだろう。出るのが大変そうだ。


 ユウは「なら、工場長のおじちゃんも安心だね」と安堵し、



「あ、冒険者ギルド」

「ほら、早くローザの奴を拾って帰るぞ」

「うん」



 冒険者ギルドの扉を開くと、やはりギルドの職員はバタバタと慌ただしく駆け回っていた。

 魔物が一斉に消えたことによる混乱が、ここまでやってきてしまっているのか。ちょっと可哀想なことをしてしまった。


 そんな慌ただしく動く職員を遠巻きに眺める侍従姿の吸血鬼――ローザが、仕事を終えて帰ってきたユウとゼノの元へ駆け寄ってきた。



「ま、魔王が、倒されたようじゃ。お主ら、もしかして!?」

「違うよ。工場長のおじちゃんだったよ」



 ユウは首を横に振って、しっかりと否定する。


 ローザは「こ、工場長?」と間抜けな声を上げ、



「何故に工場長?」

「だって、魔王があんな弱っちくないもん。別人だよ」

「え、ええー……? しかし、工場長とは……ええー……」



 ローザは納得していない様子だったが、ユウは頑なに「魔王じゃなかった、工場長のおじちゃんだった」と否定するので諦めた。

 彼女は、このレベルカンストの魔法使いが思い込むと、最後まで信じてしまう性格であることを理解しているのだ。一緒にいるダークエルフに何か言われたのだろう。


 ユウはゼノとローザの手を取ると、



「帰ろ、ゼノ。ローザちゃんも。ぼく、お腹空いちゃった。フラウディア王国に帰ってお知らせしたら、ご飯食べよ」

「フラウディア王国に帰ったら買い物しなきゃなァ。おい、荷物持ちしろよドジっ子メイド」

「だから何故に妾をそんな雑な扱いをするんじゃい!!」



 ゼノとローザで睨み合う光景を横目で見ながら、ユウは転移魔法を発動させた。

 行きと違って、帰りは一瞬である。



 ☆



 魔王城へ突入した冒険者は、そこで現実を目の当たりにする。


 それは、唐突の出来事だった。

 今まで死闘を繰り広げていたはずの魔物が、一瞬で全て消え去ってしまったのだ。ドラゴンも、ゴブリンも、何もかもが砂と化してしまった。


 しばらく呆然と立ち尽くしていた冒険者たちは、思い出したように魔王城へ突入する。


 魔物が一斉に消え去るということは、誰かが魔王を倒したのだ。

 魔王の手によって魔物は生み出され、ある意味で魔王と魔物は繋がっている。大元である魔王が倒されてしまうと、魔物も一緒に消滅してしまうのだ。


 まさか、そんなはずはないと誰もが思っていた。


 だが、現実が冒険者たちに囁く。

 目の前の光景から、目を逸らすなと。



「……嘘だろ」



 誰かが呟いた。


 本来であれば恐ろしいはずの玉座の間に鎮座する、巨大な氷塊。

 その中に閉じ込められた、白目を剥いた状態で昇天する魔王の姿があった。



「……し、死んでる……?」



 冒険者たちは疑問に思う。


 魔王城は高レベルの魔物が犇めく危険な領域であり、踏破は至難の業だ。まして最強の闇魔法使いである魔王を倒すことなど、それこそ相打ち覚悟で挑まなければならない。

 見たところ、玉座の間は綺麗な状態を保たれている。死闘を繰り広げた形跡は、一切見られない。



「誰が魔王を倒したんだ?」




 彼らは知る由もない。


 まさかこの世に、レベルカンストの冒険者がいて、彼らが一瞬で魔王を倒してしまったことを。

 そして彼らは別に魔王を倒す仕事を請け負っておらず、たまたま通りがかっただけであることを。


 真実は、魔王の死と共に葬り去られた。

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