【Ⅲ】魔王城の奥地にて

「にじゅーご」



 室内だというのに雷が落ち、骨の魔物を消し炭にする。



「にじゅーろく」



 薄暗い城内を照らすような強烈な爆発が、骨の魔物を消し飛ばす。



「にじゅーなな」



 汚れを全て押し流すような大量の水が、骨の魔物を飲み込む。


 どれもこれも、ユウの最上級魔法によるものだった。

 ちゃんと数えているが、それ以上に屠っているので、すでに目的の五〇体は軽く越しているかもしれない。そこかしこに、魔物の残骸である骨の山が築かれている。


 長杖ロッドを振り回すユウは、実に楽しそうに骨の魔物を相手にしていた。



「たのしーい!! ね、ゼノ。楽しいね!!」

「お気に召したようで何よりだな」



 銀色の長弓で的確に骨の魔物の眉間を射抜きながら、ゼノが苦笑する。彼女の弓矢の腕前も超一流で、的の小さいはずの骨の魔物に致命傷を与えている。


 ユウはキャッキャと楽しそうに「《ごろごろどーん》!!」と最上級雷魔法を唱え、雷を骨の魔物の脳天に落とした。骨の魔物から黒い粒子が噴き出し、ただの骨の山に戻ってしまう。


 これでユウによる数えで「にじゅーはち」体目だ。

 いきいきとした表情で長杖を振り回しながら、ユウは喜びの声を上げる。



「骨の魔物さんがたくさん出てくるよ!! 楽しいねぇ!!」

「肌が緑色の死体と骨の魔物だったらどっちが怖い?」

「お肌が緑色!!」



 どうやら、ユウにとっては骨の魔物など怖くないらしい。彼の感性がよく分からない。


 ゼノは矢をつがえて、



「それよりも、ユウ坊。あんまり先に進むなよ。他の魔物が出てきたら怖いだろ」

「骨の魔物さんしか出てこないのに、怖くないもーん」



 最上級水魔法で骨の魔物を水没させ、ユウはどんどん先に進んでしまう。


 だが、その歩みも唐突に止まった。

 周囲に骨の山を築き、魔物の残骸を背後に放置したユウが見たものは、肌色の何かだった。


 それはやたらと大きく、汗ばんでいて、そして圧迫感がある。

 ゆっくりと視線を持ち上げると、でっぷりと太った巨体の上にちょこんと小さな頭が乗っかっていた。



「あばばば」



 ユウは思わず声を漏らした。


 完全に目がおかしかった。ギョロギョロと昆虫のような印象のある大きな目が、ユウを高い位置から見下ろしている。半開きになった口から涎が垂れ、太い腕がユウに伸ばされる。


 骨の魔物と違って、怖さが勝った。

 今までの怪物は我慢できていたが、これは我慢できなかった。



「いやああああああああッ!!」



 甲高い悲鳴を上げると、ユウは長杖をぐるんと振り回して「《ごろごろどん》!!」と叫ぶ。


 雷が脳天に落ちて、これであの変な物体も動かなくなるはずだ。

 ユウは慌ててゼノの背中に隠れようとするが、それを阻止されてしまう。


 ヌッと伸びてきた指が、ユウの厚ぼったい長衣ローブの裾を掴む。そのまま持ち上げられてしまい、ユウは宙吊りにされてしまった。



「あはぁ」



 歪んだ笑みを見せる。

 顎髭がちょこちょこと生えているので、性別は男だろうか。体があまりにも大きく、あまりにも太っているので性別までは分からない。


 だが、理解できることは一つだけ。

 この魔物だか何だか分からないこれは、とても怖い。



「やーッ!! ゼノ、ゼノお!! 助けてぇ!!」

「ユウ坊に何しやがるオマエ!!」



 ゼノに助けを求めると、彼女は銀色の長弓ロングボウにつがえた矢を放った。


 闇を引き裂くように飛んでいく矢はユウを摘む腕をに突き刺さり、大男は「ぎゃああああ」と絶叫する。


 あまりの痛さに摘んでいたユウを解放してしまい、床に落ちたユウは転がるように駆け出してゼノに抱きついた。



「ゼノ、ゼノぉ!! 怖かったよぉ!!」

「ユウ坊」



 ゼノは抱きついてくるユウの頭を掴み、その五本指に容赦なく力を込めた。


 ミシミシと軋むユウの頭蓋骨。

 彼は「痛い!!」とゼノに痛みを訴える。痛くしているのだから当然と言えば当然だが。



「だから言っただろうが、あんまり先に進むなって!! あの怖いのが出てきただろ!?」

「ご、ごめんなさいぃ!! だって平気だと思ったんだもん!!」



 ゼノに叱られて、ユウはしょんぼりと肩を落として謝罪する。


 ダークエルフのゼノと違って、ユウは索敵に優れている訳ではない。彼が特化しているのはあくまで魔法のみで、敵が近づいてきているのは分からないのだ。


 やれやれと肩を竦めたゼノは、



「ほら、前向け前。あれ倒すぞ」

「う、うん」

「ユウ坊は後ろで応援だ。いいな?」

「うん。ゼノ、気をつけてね」



 ユウはゼノの後ろに引っ込み、長杖を両手で握りしめる。


 レベルカンストした二人と相対する大男は、彼らがどれほど強いのか知らずに「受けて立つ」とばかりにニヤリと笑った。

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