【Ⅱ】骸骨さん、こんにちは

 他の冒険者が魔物の大群と戦っている様を横目に、ユウとゼノは黒い雲の下に聳え立つ魔王城へ徐々に近づきつつあった。


 二人で行動している為か、魔物たちはユウとゼノの存在に気づく様子はない。

 彼らこそ先に倒すべき冒険者なのだが、魔物は二人だからと甘く見ているのだろう。二人だが、彼らはレベルカンストの冒険者なのに。


 長杖ロッドをしゃらしゃらと振り回しながら、ユウは鼻歌を歌う。


 魔物は怖いが、その恐ろしい魔物たちが普通に自分たちの横を通り過ぎていくところが楽しいのだ。身を隠す魔法すら使っていないのに、面白いぐらい気づかないのだ。



「ゼノ、ゼノ」

「どうした、ユウ坊」

「魔物さんたち、ぼくたちに気づかないねぇ」



 ユウはニッコニコの笑顔でゼノへ振り返り、



「ぼく、透明化の魔法使ってないのにねぇ」

「そうだな。気配遮断とか足音すら消してねェのになァ」



 ゼノも側を通り過ぎた魔猪を一瞥し、小さな声で「アイツ食えるのかな」と呟く。もし食べられると知れば、今日の晩御飯になったことだろう。


 二人は今の状況を大いに楽しみながら魔王城を目指して歩き、そしてついにその時がやってきた。



「おー」

「凄ェな」



 ユウとゼノは、目の前に鎮座する王城を見上げる。


 尖った三角屋根の向こうで雷がゴロゴロと鳴り、不気味な黒い雲が青い空を覆い隠している。

 門の近くに飾られた翼を広げる変な怪物の石像が、ユウにはとても恐ろしいものとして目に映る。「ぴーッ」と甲高い悲鳴を上げると、彼はゼノの後ろに隠れてしまった。



「ゼノ、ゼノ!! これ怖い!!」

「あー、何だっけ。ガーゴイルだっけな」

「がーさん、怖い!!」

「ユウ坊の呼び方のせいで一気に怖さが減ったな」



 門前に飾られたガーゴイルを怖がるユウの頭を撫でてやったゼノは、先陣を切るように魔王城へスタスタと歩み寄っていく。


 ユウは泣きそうになっていたが、観念したようにゼノの背中を追いかけた。

 彼女はよくもまあこんな怖いところへ足を踏み込むことが出来るものだ、怖いものなどないのではないのだろうか。


 黒々とした鉄製の巨大な扉を前に、ユウはゼノの服の裾をキュッと握りしめる。



「ゼノ……魔王城って怖いねぇ」

「見た目だけだろ、中身はいつも通りだ」



 ゼノは見るからに重たそうな鉄製の扉を押し開け、薄暗い魔王城内へ足を踏み入れる。



「ほら、ユウ坊。行くぞ」

「うううー……怖いぃ……やだぁ……」



 ユウは半ベソを掻きながら、渋々とゼノの後ろに続いて魔王城へ侵入する。


 普通の冒険者であれば緊張感と共に気合を入れ直し、魔王討伐を目指して城の内部へ突入するはずだが、二人はどこか毛色が違っていた。

 彼らの目的はあくまでカロンナイトであり、魔王討伐を目的としていないのだ。



 ☆



 コツコツ、コツコツという二人分の足音と共に、ユウの長杖の装飾が揺れてしゃらしゃらと綺麗な音を立てる。


 魔王城の内部はやけに薄暗く、高い天井から吊り下がったシャンデリアに設置された蝋燭がぼんやりと明かりを落とす。

 壁に飾られた不気味な絵が、ジロリと侵入者であるユウとゼノを睨みつけているようで、とてつもない恐怖心が這い寄ってくる。



「ううー……うううー……」



 ユウは不安げに周囲を見渡しながら、ゼノの背中へ必死に追い縋る。



「ぜ、ゼノ、ゼノ。怖いよぉ」

「ああ? まだ序盤だろ」



 呆れたように振り返ったゼノは、泣きそうになるユウに手を差し伸べる。



「ほら、手ェ繋いでやるから」

「――――ッ!!」



 青い瞳を輝かせ、ユウはゼノが差し出す手にしがみつく。


 ゼノは「強く握るな、痛ェだろ」と訴えるが、ユウは絶対にこの手を離さないと決めた。この手を離してしまうと、とんでもなく不安になってしまう。


 手を握るどころか腕にしがみつくユウに、ゼノはやれやれとため息を吐いた。



「カロンナイトが出てきたら離れろよ」

「うん、うん」



 ユウはしっかりと頷いて、ゼノに体を預けて引きずられるようにして歩き始める。



「ゼノ、ここ怖いねぇ」

「まあ見た目は怖いよな」

「怖くないの?」

「オマエがいるから、アタシは別に怖くねェな」



 ゼノは照れた様子も見せずに言うものだから、ユウの方が照れてしまった。


 すると、闇の向こうからガシャンという音が聞こえてくる。

 窓ガラスを割るというより、何か軽いものを叩きつけるような音だ。ユウは思わず「ぴぃッ!?」と甲高い悲鳴を上げ、ゼノは闇の向こうで蠢く何かを睨みつける。


 ぼんやりとシャンデリアの明かりが照らしたものは、白い骨だった。


 ヴェリック大墓地で見た、屍人系魔物よりまだ見れる姿だ。

 全体が骨であれば恐怖心は若干薄れる――若干だが。それでも、怖いものは怖い。



「カカカカカ」

「カカカカカカカ」

「コカカカ」

「カコカコカコカコカコ」



 カタカタ、カタカタと骨が動く。


 ユウは恐怖心を紛らわせる為にゼノの腕にしがみつき、だが堪えきれずに叫んでいた。



「骨だぁーッ!!!!」



 それは悲鳴ではなく、歓喜。


 青い瞳をキラッキラに輝かせたユウは、長杖を振り回して早速とばかりに魔法を発動させる。



「《ごろごろどーん》!!」



 嬉々として最上級雷魔法を叩き込み、骨の魔物たちを吹き飛ばす。

 まとめて魔物を討伐しながら、ユウは先程とは打って変わって輝かんばかりの笑顔をゼノに見せる。



「ゼノ、骨が動いてる!! 面白い!!」

「おーおー、ユウ坊が楽しいならいいんじゃねェか」



 楽しそうに骨の大群へ魔法を叩き込むユウを眺めて、ゼノは肩を竦めた。

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