【Ⅸ】みんなと出会えてよかった

 吸血鬼のローザには使い魔の蝙蝠こうもりたちに日傘代わりになってもらい、五人はウィラニアを目指して歩き出す。


 まだ陽が高いことにげんなりとするローザの隣を、ユウが「街はね、すごいんだよ!!」などと力説している。彼女の元気がない理由は、もしかしたら日光ではなく主人となったこの純粋無垢な心を持つ青年によるものかもしれない。


 シュラも「ダンジョンに閉じ込められたですって。いい気味ね!!」などとユウが他の冒険者に下した制裁が気に入ったようで、先程からニヤニヤと笑っている。その隣でゼノがやや引いた表情で「オマエも性格が悪いな」と呟いていた。



「……あの」



 すると、最後尾を歩いていたミザリーが沈んだ表情のまま口を開いた。


 彼女の前を歩いていた四人が足を止め、優しき治癒師ヒーラーの少女に振り返る。



「……私は、何か間違っていたんでしょうか。冒険者の方々が、今まで優しくしてくれていた人たちが、あんなに変わってしまうなんて」

「それがあいつらなのよ。アンタは何も間違っちゃいないわ」



 シュラが腰に手を当てて、



「これで分かってでしょう? 冒険者の連中なんてみんなこうなのよ。善意で行動する奴なんて、アンタとそこの基地外魔法使いぐらいよ?」

「ゼノ、きちがいってなぁに?」

「ユウ坊が気にする言葉じゃねェぞ。それと、シュラの嬢ちゃんには今すぐお別れを言おうな。ここで始末しなきゃいけねェ理由が出来た」

「何でぇ!?」



 ユウが基地外呼ばわりされたことが怒りに触れたようで、ゼノが銀色の長弓ロングボウに矢をつがえる。


 シュラがゼノに「そこの吸血鬼と違って死んじゃうから止めてよぉ!!」と命乞いをし、



「いい? 信用する人物は選びなさい。世の中には善意につけ込んで色々と企む連中が絶えずいるんだから!!」

「シュラの嬢ちゃん、動くんじゃねェよ。その脳天が狙えねェだろ」

「だから止めてってばぁ!! 本当に、謝るからごめんなさいって!!」



 ゼノの弓矢から逃げ回るシュラは、慌てた様子でユウとローザを盾にして隠れる。だが、ゼノの身体能力から逃げることは叶わず、あっという間に彼女は捕まってしまった。


 ユウはシュラの言葉の中にあった『基地外』の意味が分からないので、何でゼノとシュラが喧嘩をしているのか理解できなかった。ただ、純粋無垢な少年は「仲がいいんだなぁ」という感想しか抱かなかった。

 さすがに意味が分かっていたのか、ローザは主人となったユウの無知っぷりにドン引きしている様子だったが。



「……では、皆さんは信じてもいいんでしょうか?」



 ミザリーの小さな言葉に、ゼノとシュラの掴み合いはピタリと止まり、ユウは不思議そうに首を傾げ、ローザは「愚問じゃな」と言う。



「お主が信じたいと思ったんじゃろう。ならば信じてやるのが筋ではないのか」

「アンタ、魔物のくせにまともぶってんじゃないわよ」

「今はこの馬鹿たれ魔法使いの愛玩動物ペットじゃからな、人間目線で意見を言ってアイタッ!?」



 ユウに対する暴言を聞き逃さなかったゼノが銀色の長弓につがえた矢を放ち、タァンと寸分の狂いもなくローザの額に突き刺す。


 再び額から弓矢を生やすことになってしまったローザは、額から血をだらだらと流しながら「何をする!?」と叫ぶ。



「ご主人様に対する口の利き方がなってねェんじゃねェのか? 一度、きちんと躾し直した方がいいだろうなァ?」

「ひ、ひいい!! ご、ご主人!! わらわを助けてくれぇ!!」



 ゼノの鋭い眼光に恐れをなして、ローザは主人であるユウを盾にして逃げる。


 他人から盾にされるユウは嫌な顔一つせず「ゼノ、もうやめたげて。ろーざちゃんも反省してるよ」と仲裁する。



「おしおきはぼくがやるね」

「んなぁ!? ご主人それはあんまりじゃ――ぎゃばばばばばばばばばばばばッ」



 ユウが長杖ロッドを一振りすると、ローザに施された隷従魔法が発動して従えた相手に対する躾用の電流が少女の全身を駆ける。


 躾用の電流で痛めつけられたローザは、ぷすぷすと若干焦げていた。白目を剥いて棒立ちしていた彼女だが、すぐに「何をするのじゃご主人!!」と復活を遂げる。さすが吸血鬼とでも言えばいいのだろうか。


 ゼノはニヤリと笑って「いい気味だ」と言い、シュラもローザの様子があまりにも滑稽だったのか腹を抱えて笑っている。先程まで他の冒険者たちから容赦なくなじられていたことを気にする素振りなど一切見えない。


 木で作られた長杖を両手で握りしめたミザリーは、



「私、皆さんと冒険が出来て本当によかったです」



 賑やかに騒ぐ彼らの声に掻き消されるようにして紡がれた小さな感謝は、風に乗ってどこかに消えた。

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