【Ⅷ】ダンジョン封鎖

「よし、それじゃ撤退するか」

「ええ!? ゼ、ゼノさん待ってください!!」



 ローザを飼うことが決定され、ゼノが撤退を提案するとミザリーがそれを制してくる。


 すっかり意気消沈してしまったローザを元気づけようと魔法で花を出していたユウが、ミザリーの悲鳴じみた声に驚いて「ぴえッ!?」とおかしな声を上げる。ついでに魔法をかける相手も間違えてしまい、シュラの脳天に真っ赤な薔薇が咲いてしまった。



「他の冒険者の方はどうするんですか? このままボスのいないダンジョンに置いていくんですか? せめて一言教えてあげないと……!!」

「ちょっと、ミザリー。アンタは本当にお人好しね」



 頭に咲いてしまった真っ赤な薔薇を引きちぎりながら、シュラが呆れた様子で言う。



「こういうことは早い者勝ちなのよ。あいつらだって、利益は先頭で戦ってる冒険者の連中だけで独り占めして、こっちには何も与えない腹積もりだったのよ?」

「違うかもしれないじゃないですか!! 冒険者の中には優しい人も……!!」

「いや、アタシも今回ばかりはシュラの嬢ちゃんに賛成だな」



 まともな意見が期待できる存在だったゼノさえも、シュラの主張に同意を示した。


 ミザリーは全ての冒険者が善意に溢れた優しい人々とでも思っているだろうが、それは大きな間違いだ。中には自分の利益しか望まない、自己中心的な冒険者も存在する。

 誰も彼もが優しい世界など、存在しないのだ。


 ゼノとシュラから否定的な意見を投げかけられたミザリーは、一縷の望みにかけてユウを見やってくる。


 少女の琥珀色の瞳で縋るように見据えられたユウは、



「ゼノが言うならそうだと思うよ?」

「…………でもッ」

「じゃあ、待ってみる?」



 ユウの提案に、全員の注目が銀髪の魔法使いに向けられる。


 長杖ロッドを両手で握りしめるユウは、何でもない調子で言葉を続けた。



「せんせーが他の冒険者の人を信じたいなら、他の冒険者の人が来るまで待ってみようよ」

「……ま、ユウ坊が言うんなら仕方ねェな」



 基本的にユウの決定に従うゼノは、やれやれとばかりに肩を竦めてユウの提案を飲み込む。シュラも納得はしていない様子だったが、ミザリーに「今に私の言葉が正しかったってことが分かるわよ」と呟いて待つ選択を取った。


 やがて、ダンジョンの終着点で待つユウたちの耳に、賑やかな人の話し声が聞こえてくる。


 ローザが眠る棺が安置されていた広々とした空間に、ぞろぞろと冒険者が入ってくる。手にした松明で空間を照らし、そして先に待っていたユウたちの存在に気がつくと、全員してユウたちを睨みつけてきた。



「おい、どうしてお前たちがここにいる」

「このダンジョンの主を手懐けたからな。これから帰ろうとしたところだ」



 四人の中で最も大人なゼノが、代表して答える。



「ダンジョンの主を手懐けただと?」

「うちの魔法使い様が愛玩動物ペットとして飼うことを望んだからな。ほれ、そこにいるだろ」



 ゼノが顎で示した先には、大量の冒険者の存在に怯える金髪の少女――ローザが、ユウの背中から顔を出していた。先頭に立つ冒険者と目が合ってしまった為か、彼女は急いでユウの背中に隠れる。


 ようやくダンジョンの終着点に辿り着いたが、ダンジョンの主を横から掻っ攫われた他の冒険者たちのユウたちに対する反応はやはりこんなものだった。



「余計なことをしやがって」

「ダンジョンの主は俺たちが倒すはずだった」

「弱いくせに」

「ふざけやがって」

「何してくれてんだよ。俺たちの報酬がなくなるだろうが」

「まだ駆け出しだろ、あいつら」



 聞くに耐えない言葉ばかりだった。


 冒険者の中にも優しい人たちがいると信じていたミザリーは、呆然と「何でですか……?」と呟く。これが現実であると受け入れがたいのだろう。


 冒険者とは――人間とはそういうものなのだ。

 自分の利益になるのであれば、他人でさえも利用する。自分の利益が横から掻っ攫われそうになれば、相手が純粋無垢な女子供であろうが批判する。ミザリーはそれを失念していた。


 自分の利益にならないのに手を差し伸べようと行動する善人など、おそらくこの少年以外にはいないだろう。



「もうダメだよ」



 長杖を握りしめたユウは、その先端を冒険者の全員に突きつけて言う。



「せんせーをこれ以上いじめないで」

「たかが魔法使いが、この人数を相手に何をしようってんだ? 駆け出し冒険者のお前に出来ることなんざ、たかが知れてるだろ!!」



 誰かの言葉に同意するように、冒険者の集団から「そうだそうだ」という声が上がる。


 ユウはそんな心のない言葉にすら怯まず、



「《ふーいん》」



 長杖を一振りする。


 その先端に埋め込まれた青い魔石が輝いた以外に、不思議なことが起きた様子はない。


 冒険者の面々はユウの魔法に警戒していたが、こけおどしだと気づいて馬鹿にし始める。



「お前に何が出来るんだよ」

「そんなふざけた言葉が魔法の呪文か? あり得ねえ!!」

「お荷物冒険者はとっとと消えろ!!」



 ユウはローザの手を取り、ゼノとシュラと棒立ち状態のミザリーを呼び寄せる。


 片手で握りしめる長杖の先端で足元の地面をコンコンと二度ほど叩き、



「《ぴょーん》」



 ふざけた呪文と共に、魔法が発動する。


 すると、景色は一瞬で切り替わり、ダンジョンの外にあった森の中に移動していた。


 あっという間にダンジョンの外に連れ出されたローザは「んなぁ!?」と驚き、ユウの厚ぼったい長衣ローブの下に潜る。そういえば、彼女は吸血鬼だったか。



「転移魔法だと!? 一部の魔法使いや魔物しか使えぬ魔法ではないか!!」

「ほんと? ぼく知らなかったなあ」



 あっけらかんと言うユウに、長衣の下に潜るローザが「何でそんなに軽いのじゃ!!」と叫ぶ。



「ところでユウ坊」

「んー?」

「どうして封印魔法なんか使ったんだ? あの場所で使っても意味なんてなかったろ」



 ゼノの疑問にユウはきょとんとした様子で、



「だんじょんをふーいんしたの。だからだんじょんから出られないよ。転移魔法とか、だんじょんを壊さないと出られないね」

「……思ったよりもえげつないことをやらかすんだな。オマエ」



 精神年齢は幼い子供故か、知らない大人の理不尽な行動に対する制裁があまりにも容赦がない様子にゼノは苦笑するしかなかった。

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