【Ⅶ】吸血鬼を下僕にした!
「しくしく……酷いのじゃ……出会って三秒で額に矢を射られたのは初めてなのじゃ……」
「よかったな」
「他人事じゃな!?」
正座させられてしくしくと泣いていた少女だが、適当な態度で言うゼノに少女は叫ぶ。
少女の額には、ゼノが射った矢が刺さったままだ。ついでにだらだらと赤い血液が流れ出ている。
額から矢を生やした少女は痛がる素振りなど全く見せず、矢を射られたことに対して泣いていた。「酷いのじゃ……酷いのじゃ……」とさめざめと涙を流す。
ゼノの背後に隠れていたユウは、額から矢を生やしたまま静かに泣く少女をじっと見つめながら、
「……誰だっけ。ろーばだっけ」
「誰が老婆じゃい!!」
「きゃあッ!!」
生娘みたいな声を上げて、ユウはゼノの背中に再び隠れる。
少女は「
「妾の名はローザ・ミスティカ・ヴァニシアルじゃ。夜の貴族とも呼ばれる魔物――吸血鬼じゃ!!」
華麗に立ち上がった少女――ローザは、未発達な胸を反らして自信満々に名乗る。
ゼノの背中越しにローザを見やるユウは、小さな声で呟く。
「お姫様みたいだけど、お姫様じゃないね。悪いお姫様みたい」
「お主、先程から失礼じゃぞ。妾を誰だと心得る」
ローザはツンと高い鼻を鳴らして、ほっそりとした右腕を伸ばす。
すると、どこからか
赤色の槍を構えたローザは、やたら自信に満ちた声音で言う。
「妾は吸血鬼、魔物の中でも特に強いと謳われるのじゃぞ? その妾をコケにしたこと、後悔させてやろう!!」
「ユウ坊に何つーモン向けてんだクソガキ、二度ほど死んで出直してこい」
赤い槍の力を示す前に、ゼノが追加で二本ほど矢を額に突き刺す。
額から三本の矢を生やすことになってしまったローザは、さらに鮮血を額から噴き出して「のおおおッ!?」と叫ぶ。赤い槍からも手を離してしまい、大量の蝙蝠の状態に戻ってしまった。
額から血をだらだら流し、人形のような可愛らしい顔立ちを赤く染めながら、ローザはゼノに「何をする!?」と掴みかかる。
「お主は容赦がないなッ!? こんな幼気な少女を相手に矢を三度も叩き込むか普通ッ!?」
「ユウ坊、コイツどうする? 討伐した方がよくねェか?」
「軽いなお主ッ!!」
ゼノがしがみついてきたローザを引き剥がしつつユウに問いかけてきたので、ユウは「うーん」と首を傾げる。
正直なところ、悪いお姫様のようだから討伐してしまった方がいいかもしれない。
だが、反応が面白いのでこのまま見ていたいのも事実だ。
「ゼノ、ゼノ。ぼくこれ飼いたい」
「はあ!? アンタ何言ってんの!?」
ユウの発言に驚いたのは、ローザから距離を取って様子を窺っていたシュラだった。
彼女は顔を青褪めさせ、震える指先でローザを示す。抱きついてくるミザリーを健気に守りながら、
「きゅ、吸血鬼なんて、上級冒険者じゃなきゃ討伐が難しい魔物なのよ!? か、飼うだなんて、ウィラニアの街で吸血鬼の被害が報告されたらアンタたちのせいよ!?」
「そんなことさせないよ」
ユウは大きな青い魔石が台座に嵌め込まれた
長杖に施された繊細な装飾品の数々が、互いにぶつかり合ってしゃらしゃらと音を奏でる。
あまりに美しい杖を前に、ローザも「ほへぇ」と見惚れてしまっていた。
「《わんわん》」
犬の鳴き真似のような魔法の呪文。
気の抜けるような呪文でも魔法は発動し、ユウの握る長杖の先端からキラキラとした銀色の光が放たれた。銀色の光はローザの首の部分に巻き付くと、複雑な紋様を少女の細い首に焼き付ける。
銀色の光が自然に消えると、ローザの首にはまるで首輪のようにぐるりと複雑な紋様が刻み込まれていた。
複雑な紋様は黒色なので、首輪というよりも奴隷が主人の証として与えられる焼印のようだ。しかも首に刻み込まれてしまったので、その模様はかなり目立つ。
「なあッ!? こ、このッ、お主!! この首輪は何じゃ!!」
ローザは自分の首に爪を突き立てて焼印のように刻まれた紋様を剥ぎ取ろうとするが、自分の肌に染み込んでしまった紋様はどれだけ引っ掻いても取れない。逆に自分の肌が傷つけられていくだけだ。
ユウはコテンと首を傾げると、
「首輪だよ? 君が悪いこと出来ないように、ぼくが首輪をつけたの」
にっこりと銀髪の少年は、清々しいほどの綺麗な笑みを浮かべた。
一部始終を眺めていたミザリーは「そ、それ……」と震えた唇を動かして、
「それ、隷従魔法じゃないですか!! 最上級魔法でも禁術と呼ばれている魔法で……!!」
「そうなの? でも、これ以外の魔法だと、この子は悪さをしちゃうから」
ほわほわと笑うユウは、ミザリーが何を言いたいのかまるで分かっていない。
奴隷制度は、一部の地域ではまだ残っているものの、イグリアス大陸では悪習とされている。
その代表格とも呼べる魔法をかけた相手を絶対服従させる魔法――隷従魔法は『禁術』に指定される魔法であり、さらに上級の魔物である吸血鬼を隷従魔法で従えるなど本来であれば奇異な目で見られることは間違いない。
彼は、世間からの批判が怖くないのだろうか。
魔物を従えた変人と、狂った魔法使いと後ろ指差されても彼は気にしないと言うのか。
「ぼく、何を言われても怖くないよ」
ユウは、ミザリーの思惑など知ったことではないとばかりに言う。
「だってゼノがいるもん」
彼にとっての心の拠り所は、生まれてからずっと側にいてくれた美しきダークエルフだけだ。彼女さえいてくれれば、ユウは誰に何を言われたってへっちゃらである。
ユウは満面の笑みでゼノに振り返り、
「ね、ゼノ。この子飼ってもいい? ちゃんとお世話するから」
「お人形みたいにちゃんと遊んでやるんだぞ」
「分かった!!」
「何も分かっておらんではないか!! 妾の意見はァ!?」
完璧に飼われることが決定されてしまったローザは、赤い瞳に涙を浮かばせて叫ぶのだった。
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