【Ⅵ】ダンジョンの最奥にいたものは

 細く長い隠し通路を、四人はどこまでも迷わず突き進んでいく。


 通路自体が薄暗く、歩いている先すら見えないので、ユウの長杖ロッドの先端に小さな火球を灯して明かりの代わりに、ゴツゴツとした足場に気をつけながら進んでいく。


 隠し通路を発見してからしばらく経つが、いまだに誰もユウたちを追いかけてくる気配はない。それどころか魔物が出てくる様子すらないので、四人は完全に油断しきっていた。



「ねえねえ、ゼノ。この道ってどこまで続いているんだろうね?」

「さあなァ。きっと永遠に出られねェかもしれねェぞ?」

「ええ!? そんなあ!!」



 先頭を歩くユウがゼノの言葉を間に受けて振り返ったので、ゼノは「ちゃんと前向いて歩け」と注意する。



「冗談だよ、間に受けんな」

「なぁんだ、冗談かぁ」



 ゼノの性格の悪い冗談にすらユウは怒らず、ほわほわと笑いながら「じゃあいっかぁ」などと言う。

 彼の場合は寛容なのか、それとも事の重大さに気がついていない無知なのかよく分からない。


 ゼノの後ろを歩くシュラは、



「きっとこの先には財宝があるかもしれないわ。隠し通路がある時はそう相場が決まっているんだから」

「ほんと!? ゼノ、おたからがたくさんあるかもね!!」

「そうなったら今日の晩飯は豪勢に食えそうだな」



 シュラの発言で隠し通路の終着点に期待が高まる一方で、一番後ろを歩くミザリーは涙声で注意を促す。



「あ、あのぅ、そろそろ戻った方が……」

「何よ、ミザリー。アンタは何を怖がっている訳?」



 シュラがミザリーへと振り返り、ニヤリと笑って言う。



「大丈夫よ。ここには馬鹿みたいに強い魔法使いとそのお付きがいるのよ? 私たちが死ぬはずないじゃない」

「おいコラ、それアタシらのことを言ってんじゃねェだろうな?」



 ゼノがシュラを睨みつけると、彼女はさも当然とばかりに言う。



「当然じゃない。アンタたち、馬鹿みたいに強いんだから」

「よし、ユウ坊。このお嬢ちゃんはここに置いて行こうぜ」

「ちょ、ちょっと!? 何で私だけ置いて行くことが決まってんのよ!?」



 ゼノの冗談とも本気とも呼べる声に、シュラが全力で抗議してくる。


 ユウは賑やかなゼノとシュラのやり取りを、嬉しそうに「二人とも、仲良しだね」などと言っていた。彼には二人のやり取りなど仲のいい友達同士のやり取りにしか見えないのだ。


 すると、



「わッ」

「どうした、ユウ坊?」



 先頭を歩くユウが唐突に足を止め、驚いたような声を上げる。


 ユウの反応に警戒心を露わにしたゼノが、ユウの掲げる明かりの先を睨みつける。その手はしっかり銀色の長弓ロングボウに添えられていて、いつでも矢をつがえることが出来る状態となっている。


 シュラもミザリーも、ユウの異常事態を察知したようだった。シュラは剣を、ミザリーは木から作り出された素朴な長杖を握りしめて、進行方向を見据える。


 ユウは長杖を動かして、隠し通路の先を照らす。


 その先に、道はなかった。



「道がないよ、ゼノ。どうしよう……」

「……道はねェが、下に続いてるな」



 ゼノがユウを押し除けて、道なき道から落ちないように下を覗き込む。美しきダークエルフに注意されないように、ユウもゼノに倣って下を覗き込んでみた。


 彼女の言葉通り、道は途切れているがその下に地面は続いていた。

 どうやら縦に長い空洞になっているようで、かなり広々としている。おそらく、ここがダンジョンの終着点なのだろう。


 真っ暗な空洞に、何か小さなものが鎮座しているのが見えた。


 特徴的な細長い形の箱――棺である。

 真っ黒に塗られた棺は、何やら祭壇のような場所に置かれてあり、金色の縁取りが施されて中心には十字架が刻み込まれていた。



「ゼノ、あの箱なぁに?」

「誰かの墓だろうな。名前は知らねェが」



 ゼノも棺を確認することが出来たようで、ゆっくりと頭を引っ込める。



「ユウ坊、アタシらを下ろせ」

「うん、分かった」



 ユウは小さな火球が灯ったままの長杖を掲げ、


「《ぷかぷか》」


 いつもの如く、短い魔法の呪文。


 魔法の力が働いて、ユウたち四人の体がゆっくりと地面から離れていく。文字通りぷかぷかと浮かぶ魔法に、シュラとミザリーは「きゃあ!?」「な、何よこれぇ!?」などと驚く。


 ユウは「そーれ」と長杖を進みたい方向へ振ると、宙に浮かぶ四人の体は移動し始める。滑るように音もなく空中を移動するので、シュラとミザリーは喧しくキャーキャーと騒いでいた。


 やがて四人はふわふわと虚空を漂いながら降下し、邪魔されることなく地面に降り立つ。

 ユウが発動した「《ぷかぷか》」の魔法は地面に降り立つことで自動的に解除され、四人の体に重力が戻ってくる。



「ちょ、ちょっと!! 今の上級魔法じゃないのよ、あんなふざけた呪文でよく発動できるわね!?」

「んー? ぼく、いつもこれだよ?」



 変に長い呪文を唱えないでも、ユウはいつも短い呪文だけで魔法を発動させていた。

 本来であればあり得ない事象だが、ユウは出来てしまっているのだから仕方がない。


 驚きのあまり何も言えなくなるシュラをよそに、ユウとゼノは祭壇に置かれた棺を見上げる。



「ゼノ、あの中におたからが入ってるの?」

「お宝じゃなくて死体かもなァ」

「ええー、せっかくここまで来たのに」

「残念だけど、ユウ坊。そういう時もあるんだよ」



 しょんぼりと肩を落とすユウの頭を撫でながら、ゼノは「まあ、また次があるさ」などと励ました。


 その時である。



「――誰じゃ、わらわの眠りを妨げる阿呆は」



 ガタガタガタ、と。

 祭壇に置かれた棺の蓋が、小刻みに揺れる。


 ユウは驚いて「ぴゃあッ!!」と叫び、ゼノは銀色の長弓に矢をつがえて棺を睨みつける。シュラとミザリーは互いに抱き合って、ガタガタと震えていた。


 ゴトゴトガタガタと揺れる棺の蓋は、やがて内側からゆっくりと持ち上げられる。

 棺の中から華奢な腕が伸びて蓋を退かすと、その中で眠っていた何某が上体を起こした。


 自ら発光しているのではないかと思うほど煌めく金の髪、毒々しい色合いの赤い瞳。顔立ちは人形の如く整っていて、白磁の肌は病気を疑ってしまうほど青褪めている。

 真っ赤なドレスを身につけて、お姫様のような煌びやかな雰囲気を纏う彼女は、薄暗くてゴツゴツとした岩肌しかない空間に両足で立つと、高みからユウたちを見下ろして言う。



「妾の名はローザ。ローザ・ミスティカ・ヴァニシアルじゃ。妾を起こした不届き者め、特別に妾が直々に成敗してくれ――」



 タァン、と。

 長ったらしい立派な名前を口にした金髪の少女の額に、矢が突き刺さった。


 矢を射った張本人であるゼノは、その美貌を歪めると、



「話が長ェ!!」

「妾、何もしてないのにぃ!?」



 理不尽なゼノの態度に、少女は涙目で叫んだ。

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