【Ⅳ】魔導具作成、承ります
ウィラニアを旅立って三〇分が経過した頃、森の中に洞窟が見えた。
森の中にある崖に作られたその洞窟は、さながら深淵が口を開いているようだった。洞窟の先が全く見えない。
ダンジョンの前に辿り着いた冒険者たちは、ダンジョンに入る前に休憩を取ることになった。各々、自分の仲間たちとダンジョンでの立ち回りを確認していたり、他のパーティと情報を交換していたりしていた。
最後尾を歩いていたユウたち四人は、
「ユウ坊、水飲んどけよ。ミザリーとシュラは平気か?」
「あ、はい。平気です」
「私も平気よ。自分で持ってるわ」
ゼノから革製の水筒を受け取ったユウは、こぼさないように気をつけながら中身の水を飲む。冷たい液体が喉の奥を落ちていき、腹の奥で冷たい何かが溜まる。
ユウは「ありがと、ゼノ」と水筒をゼノに返すと、
「ゼノ、ゼノ。いつダンジョンに行くのかな? まだかな?」
「休憩しとけって。ダンジョンに入ったら休めねェぞ」
「ぼくまだ疲れてないもん」
ダンジョン前の休憩にすでに飽きているユウは、不満げに唇を尖らせる。
魔法を使った場面と言えば、道中に出てきたゴブリンを討伐しただけだ。あれだけで疲れるようなユウではない。
しかし、ゼノに「ちゃんと休んどけ」と言われてしまい、ユウは暇を解消する為に
長杖の先端を地面に走らせるたびに、杖の装飾品がぶつかり合ってしゃらしゃらと音を立てた。
「ユウさんの杖って、とても綺麗ですよね」
「ん?」
何とはなしに、ミザリーがそんなことを口にする。
彼女の視線は、ユウが両手に持つ青い魔石が特徴の長杖に注がれていた。翡翠色の瞳には「ちょっと羨ましい」とばかりの雰囲気が滲んでいる。
ユウは自分の杖を見上げると、
「これ、ぼくが作ったの」
「ええ!? ユウさんがですか!?」
「うん」
驚くミザリーを前に、頷くユウ。
「せんせーにも作ったげようか? ぼく、材料たくさん持ってるよ」
「う、うーん。私ですとおそらくレベルが足りなさすぎて装備できないって言われそうですね……遠慮しておきます……」
苦笑いでユウの申し出を辞退するミザリーの横から、シュラが口を出す。
「だったら、そこのヘッポコな
「え、で、でもそんな都合のいいものって簡単に作れないんじゃ……」
ミザリーがシュラに言うが、ユウは「分かった」と頷いた。
確か、無人島から持ち出したあの翡翠色の魔石が詰め込まれた瓶がまだあったはずだ。「《あるある》」と呪文を唱えると、無人島から持ち出した荷物のうち、翡翠色の石が詰め込まれた瓶が一つだけ出現する。
すると、その瓶の中身を見たシュラが「ゔぇ!?」とひっくり返った。
「どうしたの、おねーさん」
「そ、それ、それぇ!! アンタそれ、海神の魔石じゃないの!! 最高レアリティの魔石がどうしてこんな大量にあるのよ!?」
ユウは不思議そうに首を傾げる。
この翡翠色の綺麗な魔石は『海神の魔石』と呼ばれるらしい。シュラの反応から推測すると、相当に珍しい代物のようだ。
しかし、ユウはこの魔石を大量に所持している。
ついでに言うなら、もう見飽きている。
革製の水筒から水を飲んでいたゼノは、濡れた口元を拭いながら言う。
「そりゃユウ坊が趣味で集めてたモンだ。故郷の田舎は海魔がわんさか沸いててなァ、倒してたら時たま出るんだわ」
「田舎で海魔が出るって、どんな田舎よ!?」
平然とした様子で言うゼノに、シュラが至極もっともな台詞で返す。
シュラがどうして驚いているのか分からないが、とりあえずユウはミザリーの為にアクセサリーを作ることにする。
瓶から翡翠色の石を一粒ずつ取り出して、円状に並べていく。
子供の遊びのように並んだ翡翠色の石たちに手を
「《できーる、できーる》」
またしても馬鹿みたいな呪文である。
しかし、これがユウのやり方だった。
ゼノの銀色の
あれは確か、海魔の背骨と髭を並べて、同じく海魔を倒した際に落とした銀色の魔石を使って作成した長弓だ。おかげで壊れるところを見たことがない。
ユウがひたすら「《できーる、できーる》」と唱えると、翡翠色の石たちがチカチカと明滅する。
徐々に石が発する光が強くなっていき、石は緑色の光に包まれてしまった。
光が収まると、石が並べられていた場所には翡翠色の石が連なる腕輪が作られていた。石の中には複雑な魔法陣が一つ一つに浮かんでいて、それがレアリティの高さを物語っている。
「わーい、できた」
ユウは腕輪を拾い上げると、ミザリーに笑顔で「はい、どーぞ!」と手渡す。
「……あ、えっと、ありがとうございます」
「どーいたしまして!」
苦笑いを浮かべるミザリーに明るい笑顔で返したユウは、
「おねーさんのも作ったげるね!!」
「わ、私はそのえっとあの」
「貰っとけ貰っとけ、ユウ坊はちゃんと受け取るまで押し付けるから」
あまりのレアリティの高さを持つアクセサリーを無償で受け取るということに矜恃が許さないのか断ろうとするも、やはり高性能なアクセサリーに目が眩んでどう断ろうか分からないでいるシュラに、ゼノが軽い調子で言う。
本人の気持ちなど、彼女が汲むはずがなかった。
ユウは順調に二個目のアクセサリーを作ると、シュラに満面の笑みで押し付けた。シュラは「ど、どうも……」とやはり高性能なアクセサリーの魅力に負けて受け取ってしまった。
さて、そんなやり取りを見せられれば他の冒険者も「自分も」と湧くのは必須だ。
「あ、あの、俺たちにも」
「俺が先だ」
「俺にも作って欲しい」
「あたしにも」
「私も」
名前すら知らない冒険者がユウのもとに殺到し、全員して高性能アクセサリーを求める。
いきなり大勢の人に囲まれることになったユウは、驚きで飛び上がるとすぐさまゼノの後ろに隠れてしまう。誰も彼も、何だか雰囲気が怖かった。
ゼノはやれやれと肩を竦めると、
「おら、うちのユウ坊は繊細なんだよ。とっとと散れ、散れ!!」
美人だが口の悪いダークエルフに追い払われて、冒険者たちは仕方なく退散するしかなかった。
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