【Ⅱ】注文は端から端まで

「あ、あの……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません……」

「んーん、平気!! 全部見てたけど、役立たずって言うのは酷いよね!!」

「全くだ。こんなに可愛い女の子を役立たずって放り出すなんてな」



 涙を流す少女を連れて、とりあえず近くの喫茶店に入ったユウとゼノ。


 メニュー表には見たことのない料理名がずらりと並んでいて、その横に金額が表示されている。どれがどんな料理なのか皆目検討もつかないので、ユウとゼノが取った行動は一つだった。


 ゼノが代表して給仕の少女を呼び寄せると、



「すいませーん、これ何が何だか分かんねェから片っ端から全部!!」

「だ、大胆な注文ですねッ!? お金は大丈夫なんですか!?」



 ユウとゼノの机を挟んで向かいに座る少女が、目を剥いて驚きを露わにする。同じように注文を取りに来た給仕の少女も、両眼を溢れんばかりに見開く。

 ついでに、ゼノによる大胆な注文を周囲で聞いていた他の客もまた驚きと興味が綯い交ぜになった視線をくれてきた。


 ユウとゼノは金銭面に関して、特に問題視していなかった。

 金に余裕があるから、という訳ではなく、今持っている金銭にどれほどの価値があるのかよく分かっていないからである。無知とは怖いものだ。


 足を縺れさせながら店の奥に引っ込んでいく給仕の少女を見送り、ユウとゼノは改めて少女へ向き直った。


 涙で腫れた目元は綺麗な翡翠色、ふわふわと肩までかかる栗色の髪と愛らしい顔立ちが清純そうな印象を与える。鼻の頭に散った雀斑そばかすが、なんとも特徴的であった。

 ユウと同じような厚ぼったい白色の長衣ローブを纏い、木を削り出して作られたらしい素朴な長杖ロッドを装備としている。魔法使いであることは容易に想像できた。


 少女は申し訳なさそうに肩を縮こまらせて、



「あの、私……ミザリーって言います。ミザリー・ベルです」

「ぼく、ユウ・フィーネだよ!! よろしくね、ミザリーおねーさん!!」

「アタシはゼノ・シーフェだ。いい名前じゃねェか、ミザリー」



 自己紹介も済んだところで、どうして少女の集団から仲間外れの宣告を受けたのか聞くことにする。


 空気を全く読まないユウが「ねえねえ、どうしてあんな酷いことを言われちゃったの?」と詰め寄る。机から身を乗り出す彼を制止させる意味で、ゼノが首根っこを掴んで椅子に戻した。


 ミザリーは目を伏せると、テーブルの下で白い長衣をギュッと握りしめた。



「私、治癒師ヒーラーなんです。でも、専門分野の回復魔法が使えなくて」

「ゼノ、治癒師ってなぁに? エレナも言ってたよ?」

「アタシが知るかっての」



 すぐに別の話題に気を取られるユウに、ゼノが「大人しく話を聞いてろ」と叱る。



「あ、あの、治癒師っていうのは、回復魔法や支援魔法を専門とする魔法職のことです。その証拠に、私の長衣は白なんです」

「そうなんだぁ。ミザリーおねーさんが白い色好きなのかと思った」

「あ、あはは……ちょっと違うかな……」



 ミザリーは苦笑いすると、治癒師の説明の為に中断していた話を再開した。



「あの女の子の集団を率いるリーダーを、シュラちゃんって言うんですけど。彼女はこの街では珍しいことに、パッシヴスキルを持っているんです」

「ぱっしぶ?」

「あ、はい。パッシヴスキルというのは、魔物との戦闘時に常時展開しているスキルのことです。シュラちゃんは自分と同行者の防御力を上昇させる『聖騎士の行進』というスキルを持っているんです」



 ユウは「ほえー」と納得する。


 確か、ユウとゼノのスキルの欄も二段に分かれていたような気がする。そこには『固有』と『パッシヴ』の二種類があったはずだ。

 なるほど、あのスキルの欄はそういう意味合いを持つのか。



「パッシヴスキルを持っているのは極めて珍しいことですから……シュラちゃんと一緒に組みたいって子は大勢いたんです」

「――で、そのシュラちゃんってのに役立たずって言われて、仲間外れにされたのか。そりゃ可哀想になァ」



 ゼノが結論を言ってしまい、ミザリーは細々と「はい……」と発して俯く。


 泣きそうになるミザリーの頭を、ユウは優しく撫でてやった。


 何だか、聞いているだけで胸の辺りがムカムカしてくるような感覚である。何かを壊してしまいたい衝動に駆られる。

 どうせなら、ミザリーを捨てたあの少女たちをギャフンと言わせたい。



「お、お待たせしましたぁ。こ、こちらご注文の品でございます」



 すると、給仕の少女が大量の皿を抱えてやってきた。


 白い綺麗な皿には色とりどりの果実や菓子が使われたケーキや、紅茶にジュースにと様々な品物が所狭しと机に並ぶ。

 これだけの食べ物を前に、料金など気にしていたら負けだろう。



「とりあえず食おうぜ。まずは食ってから、冒険者としての教えを請おうじゃねェか。なあ先生」

「せんせ? ミザリーおねーさん、せんせーなの?」

「いや、その、私は先生と呼ばれるような立場ではないんですけど……」



 普通にケーキを食べ始めたユウとゼノは、謙遜するミザリーの言葉など全く耳に入っていなかった。


 物凄い勢いで菓子類や飲み物を消費していくユウとゼノに、ミザリーは苦笑するしかなかった。

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