【Ⅳ】お宿に泊まろう
「とりあえず一泊。二人で一つの部屋でいい」
ベッドの形をした看板を掲げる店――宿屋に辿り着いたユウとゼノは、宿泊受付に立っている老婆に要求する。
ヨボヨボとした老婆は「一泊三ガルドだよぉ」と
麻袋の中身はどれもこれも同じ金貨が入っていた。
表面に祈りを捧げる少女の絵柄が描かれた金貨で、一目で金銭であることが分かる。
「三ガルドってことは、三枚出せばいいのか?」
「がるどってなあに?」
「この世界の金の呼び方なんだろ。多分な」
ゼノは三枚の金貨を麻袋から摘み出すと、老婆が座る受付に並べる。
老婆は三枚の金貨をしわくちゃな手で拾うと、嗄れ声で「はい、確かに」と頷く。
金貨をしまった老婆は、代わりに小さな鍵を受付に置いた。鍵には札が括り付けられていて、札には『203』と数字が刻まれていた。
おそらく、これが部屋の鍵なのだろう。
ゼノは鍵を受け取ると、老婆に「ありがとな」と礼を告げる。
「ゼノ、ぼくたちはどこのお部屋なの?」
「203だってよ」
受付の横にある狭い階段を上り、ユウとゼノは二階に辿り着く。
客間である二階には、八つの部屋が並んでいた。
廊下を挟んで四つずつ部屋が並んでいて、ユウとゼノの泊まる部屋である『203』は真ん中辺りにあった。
ゼノが鍵で部屋の扉を開けると、ユウが真っ先に「一番乗りぃ!!」とはしゃぎながら部屋の中に飛び込む。
室内は大きなベッドが部屋の半分以上を占めていて、あとは箪笥と燭台ぐらいしかない。金貨三枚の値段の広さだが、部屋には清潔感があって泊まるには最適な部屋だと言えようか。
「すごーい!!」
「なかなか上等な部屋じゃねェか」
ベッドに飛び乗ってゴロゴロと転がり始めたユウは、キャッキャと子供のようにはしゃいでいた。
ゼノもベッドの端に腰掛けて、ゴロゴロとベッドの上を転がるユウを「やめろ、ユウ坊」と窘める。
「他の部屋の客に迷惑がかかるだろ。大人しくしろ」
「はぁい」
ユウは素直にゼノの言うことを聞き、大人しく美しきダークエルフの横に腰掛けた。
男から押し付けられた麻袋をひっくり返し、ゼノは中身の金貨の枚数を確認する。
ベッドの上に広がった金貨の枚数は、かなりの量があった。
数えてみると三桁は超え、しばらく生活する分には困らない程度の金額がある。これなら二人で美味しいものも食べられるし、宿屋でしばらく宿泊しても問題ないだろう。
ゼノは金銭を麻袋にしまいつつ、
「いつか家を建てような。無人島にあった家と同じような」
「うん! ぼく、色んな本が読んでみたいな。あの島にあった本は、もう読み終わっちゃったもん」
ユウはニコニコと満面の笑みを浮かべ、明るい声で言う。
ゼノはそんな少年の頭を乱暴に撫でてやり、
「そうだな。アタシも料理の本がほしいしな」
「冒険者としていっぱいお金を稼がないとね」
「その為には明日からレベル0を脱却しねェとな。もしかしたらレベル0だと依頼が受けられねェということもあるかもしれねェし」
「それはやだなぁ」
「アタシもやだよ。持ってきた荷物を売りながら生活するのだけは御免だ。せっかく出てきたんだから、本格的に魔物とも戦ってみたいしな」
ゼノはユウの頭を撫でながら、真剣な声音で続ける。
「いいか、ユウ坊。アタシが前衛で、オマエが後衛から魔法で応援だ。この約束を忘れるなよ」
「うん。でもでも、ゼノが危なくなったらぼくも魔法を使っていい?」
「そりゃもちろん。アタシも死にたくねェしな、ユウ坊には魔法で頑張ってもらわなきゃいけねェし」
特にゼノは、魔法の才能が全くない。
簡単な火を起こす魔法すら、ユウに頼ることしか出来ないのだ。
一方でユウは、魔法の才能は天才的とも呼べるが、世間知らずが災いをして魔法以外の才能はない。
魔物と正面から戦うことは出来ず、いつもゼノの後ろから魔法で応援するしかないのだ。
二人で足りないところを補える対等な存在であり、大切な家族である。
ユウは「えへへ」と笑うと、
「ぼく、眠くなっちゃった。今日は寝るね」
「おう。ここまでよく頑張ったな、おやすみ」
ベッドの端に寝転がったユウの頭を撫でてやり、ゼノは柔らかく微笑む。
ゼノの優しい手のひらを感じながら、ユウはゆっくりと瞳を閉じた。
☆
静かに眠るユウの頭を撫でていたゼノは、扉の向こうから聞こえた足音に長い耳を揺らす。
ダークエルフという種族の特性上、ゼノは非常に聴力が優れている。
扉越しに聞こえてくる音など、簡単に拾うことが出来る。足音どころか、息遣いさえも聞こえることが出来るのだ。
そう言えば、あの冒険者カードにもスキルの欄に『聞き耳』というものがあったか。
どんなスキルなのか不明だが、この聴力の良さに関係しているのは想像できる。
ゼノはユウが眠っていることを確かめると、銀色の
客間が並ぶ廊下には人の影はなく、ゼノは廊下の先にある階段を下りる。不思議と足音は立たなかった。
受付を通り過ぎて宿屋から出れば、外はすでに夜の帳が落ちていた。
冷たい風がゼノの頬を撫で、紺碧の空に白銀の星々が瞬いているのが確認できる。
「……出てこいよ。アタシに用事があるんだろ」
ゼノは銀色の長弓に手をかけながら、ぐるりと宿屋周辺を見渡す。
すると、闇の中からユウと同じような厚ぼったい長衣を頭まですっぽりと覆うように着込んでいる。
長衣から見える手にはナイフや剣などの武器が見え隠れしていて、明らかにゼノに対して敵意を持っていた。
人数は五人か。
ゼノは胸中で敵の人数を確認する。
「何でここに希少種のダークエルフがいる?」
「捕まえて奴隷商人に売り払ってやろう」
「いや、奴隷にして飼ってやろう」
「美人だし、エロいしな」
「あの小僧が持っているにはもったいない奴隷だ」
この街の連中は、誰も彼もがゼノを奴隷だと思い込んでいるようだった。
実に気分が悪い勘違いである。
ゼノは奴隷ではなく、ユウの家族だ。
呆れた考えを垂れ流す敵にゼノは深々とため息を吐くと、
「オマエらに飼われるような女だと思うなよ」
ダン、とゼノは石畳を強く蹴飛ばして、敵の一人に肉薄する。
背丈はユウよりも若干高い程度で、驚いて「うおッ」と言ったので男だろう。ナイフを構えようとしたが、それよりも先にゼノは鳩尾に拳を叩き込む。
ずむ、と突き刺さる拳。
柔らかな肉を抉る感覚が、ゼノの拳を通して伝わってくる。
膝から崩れ落ちる長衣の男を見下ろして、ゼノは残りの四人へ視線を巡らせる。
「全員跪かせて、身ぐるみ全部剥いでやる」
――そしてゼノは有言実行し、ものの五秒ほどで全ての敵を地面に沈めて身ぐるみを剥いだ。
翌朝、ユウが目覚めた時は何食わぬ顔で朝食を用意しているゼノの姿があった。
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