【Ⅲ】レベル0

 気を取り直して、冒険者登録である。


 水晶玉に手を翳せば何故か爆発してしまうが、情報はきちんと伝達されたようだ。


 受付の少女はユウとゼノの情報が記された『ラプラスの紙片』を確認してから、それぞれの紙片をユウとゼノに手渡す。



「こちらは冒険者カードと言います。依頼を受ける際に必要になりますので、必ず携帯してくださいね」

「はぁい」

「おう、分かった」



 ユウとゼノは、それぞれ受け取った紙片――冒険者カードを眺めると、



「あれぇ? ゼノ、この『れべる』ってところはなぁに?」

「さあな」

「ゼノ、この『すきる』ってところはなぁに? ぼくのところにたくさんあるよ」

「分かんねェ」

「ゼノ、この『えいちぴー』と『えむぴー』ってなぁに? ぼく表示されてないよ」

「知らん」



 冒険者カードに記されている情報は、どれもこれもユウとゼノの知識の範囲外にあった。

 カードの情報が果たして何を示しているのか分からず、二人揃って首を傾げる。


 だが、ここで何も知らずに「まあいっか」で済ませるのはよくない。分からないことは分からないと、そして分かる人物に聞いた方が早いのだ。


 という訳で、



「おねーさん、冒険者カードのことを教えてください!!」

「えぁッ!?」



 規格外な二人の相手からようやく解放されたと安堵していた受付の少女は、唐突なユウの質問に対して驚いていた。


 ユウは少女に冒険者カードを突きつけて、そこに記される情報を指で示す。



「れべるってなぁに?」

「レベルはこの世界における強さの基準です。こちらのレベルは魔物を倒しますと、上昇していきますよ」

「このすきるってなぁに?」

「あなたが有する潜在能力ですね。多ければ多いほど、魔物との戦いに有利になります」

「このえいちぴーとえむぴーは?」

「あなたの体力を数値化したものと、魔力量を数値化したものですね。このHPの欄が0になりますと、あなたは死んでしまうのでご注意くださいね」

「死んじゃうのッ!?」



 ユウは青い瞳を見開いて驚くと、慌ててゼノに飛びついた。


 一緒に少女の説明を聞いていたゼノは、飛びついてきたユウに「どうしたよ」と聞く。



「ゼノ、ぼく、えいちぴーが表示されてないよぉ!! 死んじゃうの!?」

「生きてるだろ。死んでたら触れねェし、喋れねェし、美味いモンも食えねェだろ」

「だってぇ!!」

「生きてるのが知りたいなら胸に手を当てろ。心臓が動いてたら生きてる」



 ゼノの投げやりな言葉を信じて、ユウは厚ぼったい長衣ローブの上から胸に手を当てる。

 手のひらから伝わってくる心臓の鼓動は確かなもので、ユウは「生きてる!!」と安堵した。



「よかったぁ、ぼく生きてるよ!!」

「よかったな、ユウ坊。ついでに離れろ」



 ゼノはユウを引き剥がすと、改めて冒険者カードを眺める。



「ユウ坊、レベルが表示されてねェだろ?」

「うん」

「アタシも表示されてねェ」

「そうなの?」

「同じようにHPとMPってのも表示されてねェ」

「そうなんだ」

「……つまりこれ、レベルが表示されないぐらいにアタシらは弱いってことじゃねェのか?」



 ゼノの言葉に、ユウはハッと気づく。


 全てのものには初心者という段階がある。

 つまり、冒険者にも初心者があるのだ。その段階がレベルが表示されない状態――つまりレベル0である。


 ユウとゼノは、レベル0の状態だ。

 だからHPもMPも表示されていないのだ。



「ゼノ、頑張って魔物を倒してレベル1になろうね!!」

「そうだな。レベル1にならなきゃお話にならねェからな」



 むん、と気合を入れるユウの頭を、ゼノはやや乱暴に撫でる。


 無事に冒険者として登録された二人は、レベル0からなんとかしてレベル1に到達しようと誓い合うのだった。

 さすがにレベル0はまずい。


 ☆


 そんな訳で、本日の宿探しである。


 冒険者に登録し終えたユウとゼノは、本格的にレベル1になろう大作戦(仮称)は明日から開始することを決めて、今日のところは泊まるところを探すことにした。


 冒険者ギルドを出ると、ユウはゼノのシャツの裾を引っ張って「お腹空いた」と空腹であることを訴える。


 ゼノはぐるりと冒険者ギルドの周辺の建物を観察しながら、



「まずは金の工面だな。ユウ坊、海魔から出てきた綺麗な石があるだろ。あれを売るぞ」

「うん!!」



 ユウは長杖を振ると「《あるある》」と呪文を唱えた。


 すると、無人島でまとめた荷物のうち、翡翠色の魔石がたくさん詰め込まれた瓶が一つだけ石畳の上に出現した。

 呪文を唱えただけで大量の荷物が出現するとは、やはりこの魔法は便利である。


 ゼノは翡翠色の魔石が詰め込まれた瓶を抱えると、



「どっかに質屋がありゃいいんだけどな」

「しちや?」

「いらねェ品物を売ったりする店だ。この魔石、結構綺麗だからいい金になるだろ」



 ゼノはキョロキョロと質屋の建物を探すが、その看板を掲げた建物はこの辺りでは見当たらない。


 長杖を抱えるユウが「また誰かに聞く?」と首を傾げると、すぐ近くでなにやら重いものを落とす音が聞こえてきた。


 振り返ると、そこにいたのは立派な鎧で全身を包む髭面の男が、わなわなと震えて立っていた。彼の視線はゼノが抱える翡翠色の魔石が詰め込まれた瓶に注がれていて、それを指差してぶるぶると震えている。



「そ、そ、それェ!!」

「これがどうかしたのかよ」



 ゼノが瓶いっぱいに入っている翡翠色の魔石を示すと、男は唾を飛ばしながら「売ってくれ!!」と懇願してくる。



「た、頼む。金ならいくらでも出す!!」

「ええ……いやこれ質屋に持っていこうと思ってたんだが……」

「頼む、お願いだ!! か、金……金はこれでどうだッ!?」



 男は懐から麻袋を取り出すと、ゼノにそれを押し付ける。その麻袋の中にはたくさんの金が入っているようで、じゃらじゃらと布越しに音が聞こえた。


 売る手間が省けたので、ゼノは男が押し付けてきた麻袋を受け取り、代わりに翡翠色の魔石が詰め込まれた瓶を男に渡してやる。



「よかったねぇ、ゼノ。美味しいもの食べられるかなぁ?」

「そうだな。今日の宿も見つけような」



 何故か瓶を掲げて雄叫びを上げる髭面の男を捨て置き、ユウとゼノは今日の宿を探して歩き出した。



 この日、何故か最高レアリティを誇る『海神の魔石』が大量に市場に出回ることになり、世界中で大混乱が起きることになるのを、ユウとゼノは知らない。

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