【Ⅷ】ウィラニアへ
「本当に旅立つんだね」
「ああ。短い間だったが、世話になった」
翌朝、ユウとゼノは村を発つことを決めた。
せっかく何もない無人島から旅立ったというのに、村に長く留まるのはもったいない。まだ見ぬ広い世界を見て回る為に、ユウとゼノは名残惜しいがエレナたちに別れを告げることにしたのだ。
そのことを伝えると、エレナとミチルの両親はユウとゼノに使い古された地図を渡した。
随分と使い込まれているようで、紙の状態は黄ばんでいて、端々がボロボロになってしまっている。だが、地図自体は問題なく見ることが出来る。
「いいのか、地図なんて大切なモンを貰っちまって」
「ああ、いいとも。とはいえ、この村近辺の状況しか書かれていない。最新の地図は大きな街に出れば購入できる」
エレナの父親はしっかりと頷いた上で、最新の地図の購入についても教えてくれた。本当に優しい人たちである。
「この辺りで一番大きな街は、ウィラニアというところだ。ウィラニアに到着したら、まずは冒険者ギルドを尋ねるといい」
「冒険者ギルド?」
聞き覚えのない単語を反芻し、ユウは首を傾げる。
「冒険者ギルドで冒険者として登録すると、様々な依頼を受けて金銭を稼ぐことが出来る。君たちの実力なら、きっと問題なく登録できるだろう」
「へえ、そんな便利な職業があるんだな」
ゼノも冒険者ギルドに関しては初耳で、感心した様子で言う。
すると、今まで母親の背中に隠れていたエレナが飛び出してくる。
少女はユウの腰に抱きつくと、厚ぼったい
「ねえ、お願い。もう少し村にいてくれないかしら? 私、もっとユウさんとゼノさんとお話したいし、一緒に遊びたいわ。私のお友達も紹介したいのに……」
「うん、でも、ごめんね」
懇願するエレナに、ユウは申し訳なさそうに言う。
「ぼくね、この世界をもっともっと見てみたいんだ。この村の人はとても優しいけれど、ぼくは色んなものを見てみたいの」
ボロボロと琥珀色の瞳から涙を流して別れを惜しむエレナは、ユウの真っ直ぐな言葉を受けて「……それは、仕方がないわ」と応じる。
そこまで言われて、彼のことをどうして引き留めることができるだろうか。
このまま村に縛り付けていても、彼の為にはならない。エレナもそのことを、頭では分かっているのだ。
エレナはゆっくりとユウから距離を取りながら、
「また……会える……?」
上目遣いで問いかける少女に対して、ユウは清々しい満面の笑みで答えた。
「うん! また会いにくるね!!」
その約束は、守られる保証などない。
しかし、ユウ・フィーネという少年にとっては必ず守れる約束だ。
何故なら、彼には天才的な魔法の才能がある。
この世界で初めて出来た友達のもとへ再び訪れることなど、魔法を使えば容易いことなのだ。
☆
小さな村から見送られて、ユウとゼノは旅立った。
陽光が差し込む明るい森の中を地図を見ながら歩き、その先にある大きな街とやらを目指す。
「しっずかっなもっりを♪ あっるいっていっくよ♪」
「ユウ坊、その歌は何だよ」
「ぼくが作ったの」
弾んだ声で自作の歌を歌いながら、ユウは意気揚々と森を歩いていく。
歩くたびに、彼が抱えた
地図で街の位置を確認していたゼノは、調子外れな歌を大きな声で歌うユウに苦笑しながら言う。
「それだけ大きな声で歌ってりゃ、昨日のゴブリンも驚いて逃げていくだろうよ」
「ほんと? じゃあ、頑張って歌うね!!」
昨日の緑色の肌の小人――ゴブリンは、ユウの中ではすでに敵と認識されていた。
せっかく楽しみにしていた夕飯を先延ばしにされた罪は重い。もし森の中で出会おうものなら、得意の「《ごろごろどん》」で黒焦げにしてやる所存である。
むん、と気合を入れ直して大きな声で調子外れな歌を歌っていると、森は唐突に終わりを告げた。
パッと視界が開けると、目の前にはどこまでも広い草原が続いていた。
色とりどりの草花が咲き乱れ、爽やかな風が吹き抜け、ユウとゼノの頬を優しく撫でる。
どこまでも続く草原を目の当たりにし、ユウは青い瞳を輝かせて飛び出していく。
「わー、ひろーい!!」
さくさくと草を踏み、厚ぼったい長衣の裾を翻しながらくるくると踊る。
楽しそうに踊るユウに「おーい、行くぞ」とゼノは呼びかける。
少年が心底楽しそうにしているので、本気で怒ることは出来ないようだ。
「ゼノ、ゼノ、広いねぇ!!」
「広いな」
「どこまで続いているんだろうねぇ」
「地図だと意外と広いみたいだぞ。ネウル草原って言うらしい」
「ねうる草原? 面白い名前だねぇ」
「そうだな」
「ゼノ、ゼノ」
「ん? どうした、ユウ坊。もう疲れたか?」
地図を眺めていたゼノは、シャツの裾を引っ張られて黄ばんだ紙面から顔を上げる。
ユウは美しきダークエルフに微笑むと、
「これから楽しいことがあるといいね」
「そうだな。この世界はまだ知らないことだらけだしな」
ゼノに頭を撫でられて、ユウは「にへへ」とはにかむ。
規格外な二人の旅路を祝福するように、柔らかな風が広い草原を抜けていった。
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