第3話:始まりの街の冒険者

【Ⅰ】到着!

「わああ、凄い!!」



 小さな村を旅立ち、野宿をしながら三日ほど歩き続け、ユウとゼノはついに近郊で最大の街――ウィラニアに辿り着いた。


 たくさんの荷物を積んだ馬車が広い道を行き交い、様々な服装の人々が歩いている。

 建物もたくさん並び、どの店も活気付いている。客を呼び込む為に店主は声を張り上げ、店頭に並べられた商品を客が吟味している。


 あの小さな村とは比べ物にならないほど、ウィラニアはとても広くて立派な街だった。


 青い瞳を輝かせ、魔石が埋め込まれた長杖ロッドを握りしめて飛び出しそうになるのを堪えるユウは、一緒にこの街を訪れた美しきダークエルフへ振り返る。



「ゼノ、ゼノ!! 凄いねぇ!!」

「想像以上の人の多さだなァ、こりゃ」



 ボサボサの白金色の髪を手で払うゼノもまた、ウィラニアの人通りの多さに圧倒されていた。


 ユウはゼノの手を取ると、



「ゼノ、ぼくお腹空いた!!」

「そう言うけどな、ユウ坊。まずはやるべきことがあるぞ」

「なぁに? 今日の泊まるところを探すの?」



 首を傾げるユウに、ゼノは彼の銀髪を撫でてやりながら「まあ、それもあるけどな」と頷く。



「まずは冒険者ギルドってところに行かねえとな」

「何するの?」

「冒険者になって、金を稼ぐんだよ。そうしなきゃ飯も食えねェ」



 ゼノはそう言うが、ユウにはあまりピンと来ていないようだった。


 やはり首を傾げたままでいる少年に、美しきダークエルフは懇切丁寧に教えてやる。



「いいか、ユウ坊。アタシらは今まで他人の親切心と自然の恵みによって、金を払わずに飯が食えた。だけど、これからは今まで通りにはいかねェ。何をするにも金が必要になってくるんだよ」

「そうなんだ。おかね? おかねが必要なんだね」



 懇切丁寧な説明が功を奏したのか、ユウは納得した。「じゃあ、冒険者にならなきゃね」と長杖を握りしめて意気込む。


 ゼノは手元の地図に目を落とし、



「あー、そうしたいのは山々なんだがなァ。いかんせん、ウィラニアまでの道のりはあっても、この地図にはウィラニア内部の事情は書かれてねェからな。他人に聞かなきゃダメかもな」



 役目を終えた地図を丁寧に畳んだゼノは、 冒険者ギルドを探すべく通行人に声をかける。



「なあ、そこの。ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」



 ゼノが呼び止めたのは、籠を背負って大量の薬草を運んでいる壮年の男だった。

 草臥れた様子の男は、着古したシャツと履き潰した布の靴という簡素な格好をしている。動きやすさは重視されているが、服の布地は何度も着ている影響でボロボロになっていた。


 男は「はいはい、何だい?」と気さくに応じるが、



「冒険者ギルドってところに行きたいんだが――」

「ひぃッ」



 ゼノが用件を話し始めた途端、男は引き攣った悲鳴を上げてそそくさと逃げ出した。何か怖いものでも見たかのような反応だった。


 目の前で男に逃げられたゼノは、思わず低い声で「あ?」と言ってしまう。



「何で他人の顔を見た途端に逃げ出すんだ、失礼な奴だな」

「ゼノはとっても綺麗なのにねぇ、恥ずかしかったのかな?」



 首を傾げるユウは、近くを通りかかった女を「すいませーん!!」と呼び止めた。


 少年の呼びかけに応じてくれた女は、どうやら買い物途中だったらしい。大きな紙袋を抱えていて、たくさんの食材が詰め込まれている。



「あのね、ぼくたち冒険者ギルドに行きたいの!! どこにあるか分かりますかぁ?」

「ええ、冒険者ギルドはね。ここの通りを真っ直ぐ行くと噴水広場に出るから、そこで一番大きな建物よ」



 ユウの質問に対して、女は懇切丁寧に説明してくれた。意外と道のりは単純なようだ。


 道順を教えてくれた彼女に対して、ユウは元気に「ありがとうのざいます!!」とお礼を言う。



「ところで、君。そこのダークエルフは君の奴隷なの?」

「どれい? なぁにそれ?」



 女からの質問に聞き覚えのない単語が出てきて、ユウは首を傾げる。



「え、えーと、奴隷って知らないの?」

「知らないよ。なぁにそれ? ゼノは知ってる?」



 ユウは話題の中心にいるゼノへ振り返り、奴隷とやらの単語の意味を訊く。


 ゼノは明らかに不快感を露わにすると、



「ユウ坊は知らなくていい単語だ。そのまま育てよ」

「んー? 分かった、知らなくていいんだね」



 ユウは元気に頷くと、改めて大荷物を抱えた女に向き直った。



「その言葉は知らないけど、ゼノはどれい? じゃないよ。ゼノはぼくの大切な家族だよ」

「そ、そう……あまりいい選択とは思えないけれど」



 女は苦笑いして、やはり先程の男と同じようにそそくさと去っていった。


 ともあれ、冒険者ギルドの場所は分かった。

 あとは冒険者に登録するだけだ。


 ユウは不機嫌そうなゼノの手を取ると、にっこりと満面の笑みを浮かべて見せた。



「やったね、ゼノ。これでぼくたちも冒険者になれるね!」

「……アタシは不名誉な扱いを受けたけどな」



 ゼノはユウの頭を撫でると、



「ユウ坊」

「なぁに?」

「もし次にアタシのことを奴隷って呼ぶような奴が出たら、アタシの名誉に懸けて怒ってくれ」

「ん? うん、分かった」



 意味は分からなかったが、とりあえずユウは頷いておくことにした。


 ゼノが酷い扱いを受けた暁には、魔法で懲らしめてやろうと密かに心に決める。

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