【Ⅵ】ごぶりんなんかいなくなれ

「火を持ってこい!! 奴らは火を怖がるぞ!!」

「森から誰かが矢を放ってくるぞ、気を付けろ!!」

「誰か明かりを持ってこい!!」



 昼間は長閑のどかな印象があったが、今だけは何故か不穏な気配が村全体を包み込んでいた。


 村中の家から男たちが飛び出してくると、手にした松明で行先を照らしながら進んでいく。

 中にはくわや棍棒などの武器を持ち出す男たちもいて、それだけ村にやってきた望まれない客が凶悪であることを物語っていた。



「ゼノ、何がいるんだろうね?」

「さっきの小人たちかもしれねえな」



 闇の向こうを睨みつけるゼノは、



「ユウ坊、明かりをくれ」

「うん」



 ユウは青い魔石が埋め込まれた長杖ロッドを掲げる。


 しゃらしゃらと繊細な装飾がぶつかり合って、涼やかな音を奏でた。



「《めらめら》」



 ユウがいつもの短い呪文を唱えると、長杖の先端にポッと小さな火球が浮かんだ。


 小さな火球でも十分な光量があり、ユウとゼノの進む先を照らしてくれている。火球が灯った長杖を松明の代わりにして、村の奥で揺れる明かりの群れを目指す。


 他の明かりに近づくほど、何やら耳障りな悲鳴が聞こえてくる。

 それと同時に、何かを殴るような鈍い音も断続的に聞こえる。



「ゼノ、この声やだ」

「耳障りな悲鳴だな」



 ユウは耳を塞いで、闇の向こうから聞こえてくる悲鳴に不快感を表す。


 ゼノもユウと同意見のようで、誰もが振り返るような美貌を歪めていた。ユウと違って彼女はダークエルフなので聴力が優れていて、この悲鳴もよく聞こえることだろう。


 村の男たちが掲げる松明の群れに加わったユウとゼノは、松明を掲げてどこかを睨む男に問いかける。



「ねえねえ、何かあったの?」

「ん? アンタたちは……」



 ユウとゼノへ振り返った男は、見慣れない姿の二人に首を傾げる。


 松明に照らされる顔は、そこそこに年を重ねた印象がある。艶のない黒髪に立派な髭を蓄え、ユウとゼノを見つめる瞳の色はエレナと同じ琥珀色をしている。


 どこか驚いた様子の男に詰め寄り、ユウは不機嫌に応じる。



「ぼくたち、エレナのお家で晩ご飯を食べようと思ってたの。そうしたら、緑色の小人がやってきて晩ご飯を邪魔してきたの」



 火球が先端に灯ったままの長杖を振り回さない勢いで握りしめるユウは、子供が駄々を捏ねるような口調で言う。



「ぼく、怒ってるの!! あの小人は何なの?」

「あ、あの小人はゴブリンだ。この辺りの村を襲う魔物だよ」



 怒るユウに気圧されて、男は簡潔に説明する。


 魔物――ユウはその存在に覚えがある。

 おそらく、海魔と同じような生物なのだろう。先程、ゼノが倒した時に獣の皮を残して黒い粒子となって消えた。


 ユウは唇を尖らせて、ゼノへと振り返る。



「ゼノ、ぼく魔法頑張るから!! ごぶりん倒して!!」

「はいはい、仰せの通りに」



 やれやれと肩を竦めたゼノは、松明を掲げる男の集団を掻き分けて前に進み出る。


 ユウもゼノの背中を追いかけて、男の集団を掻き分けていく。


 辿り着いた先は荒れ果てた畑で、その中心では緑色の肌をした小人――ゴブリンと棍棒を手にした村の男が一騎討ちで戦っている。

 ゴブリンは鋭い爪を縦横無尽に振り回して棍棒を持つ男を遠ざけ、男はゴブリンに近づくことすら出来ていない様子だった。


 耳障りな声で威嚇するゴブリンを冷めた目で見下ろすゼノは、



「ユウ坊はあんまり前に出てくるなよ、いいな」

「《ごろごろどん》!!」



 ゼノの忠告を聞かず、ユウは怒りに任せて魔法を発動させる。


 夜空からガカァッ!! と雷鳴が轟き、魔法によって生じた雷がゴブリンの脳天に落ちた。

 いつか見たぷすぷすと黒煙を漂わせて焦げた状態となったゴブリンは、ドロリと溶けて黒い粒子に変換される。そして獣の皮と汚れた爪を残して、ゴブリンは完全に消えてしまった。


 額を押さえたゼノは「何してんだ……」と呆れる。



「ご飯の邪魔をした罰――」



 ゼノへと振り返ったユウのすぐ側を、何かが物凄い速さで通り過ぎていく。


 ビィィィン、と。

 矢が、ユウのすぐ近くの地面に突き刺さっていた。


 そう言えば、誰かが言っていたではないか。

 ――森から誰かが矢を放ってくるぞ、と。



「ユウ坊下がれッ!!」



 ゼノがユウを庇うように前へ進み出て、銀色の長弓ロングボウに矢をつがえる。


 闇に沈む森を睨みつける彼女は、ギリギリと矢を引き絞りながら犬歯を剥き出しにして矢を放ってきた敵に怒声を叩きつけた。



「アタシの大切なユウ坊に、何してくれてんだこの腐れ外道がァ!!」



 ゼノは闇に向かって矢を放つ。


 夜の闇を切り裂くように飛んでいく矢は、静かな森の中に吸い込まれた。

 遅れて「ギィィ……」とゴブリンの断末魔が聞こえてきた。闇の中に潜んでいても、名前のない無人島で夜でも狩りをしていたゼノには無駄なことだった。


 ゾッとするほどの美貌を歪めて舌打ちをしたゼノは、ユウが仕留めたゴブリンから落ちた獣の皮と汚れた爪を拾い上げる。



「これ何かに使えるか?」

「うーん、分かんない。汚いからあまり使いたくないなぁ」

「同意見だな。捨てるか」



 ポーイ、と森の中へ丸めた獣の皮と汚れた爪を全力投球したゼノは、ユウの頭をやや乱暴に撫でてやる。



「ユウ坊、あまり危険なことはするんじゃねえぞ。アタシが前衛、オマエが後衛から魔法で応援だろ?」



 ゼノの忠告にユウは「はーい」と素直に応じ、その場での説教は終わった。


 一部始終を眺めていた男たちは、ゴブリンを魔法で屠ったユウと闇に隠れる仲間のゴブリンを弓矢だけで仕留めたゼノを交互に見ると、



「さっきの……最上級雷魔法だよな……?」

「あんなふざけた詠唱で使えるのか?」

「いや、そもそも何でここにダークエルフが?」

「闇の中に隠れていて完全に見えなかったのに、ゴブリンを一発で仕留めたぞ」



 何故そんな飛び抜けた才能を持つ二人が、こんな貧しい村にいるのか分からず、ただただ戦慄していた。

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